承認を取らずに始められた2011年という追い風
先週は、シャープ公式アカウントを一人でやり抜くと決め、稟議のない自由な環境で始めた話が語られました。
平田さんは、誰にも承認を取らずに投稿していく方針が社内で論争にならなかったのかと尋ねます。
おそらく2011年って、企業がSNSをやる黎明期の直後ぐらいですよね。震災で様々な社会インフラが落ちてしまったのに、Twitterだけは動く。マーケティングでもやらない手はないみたいな、そういうタイミングだったんです。
ただし山本さんは、やらなきゃいけないという空気だけがあって、それが何かわかっていなかったと振り返ります。
それが何かわかってないのに、やんなきゃいけないっていう雰囲気だけがあった。だから、よくわからんままスタートできたっていうのは、僕、運が良かった。
当時は新聞広告やテレビCMに匹敵するものとは思われず、広告メディアとしてすら認識されていませんでした。
もし今から同じ許可を取ろうとすれば、SNSは巨大なメディアとして認識されているため、必要な判子は膨大になるだろうと話されています。
「結果を先に示せ」という広告への違和感
タイミングの良さがあった一方で、山本さんは「めっちゃ怒られる」と言い、呼び出されることも繰り返していたと語ります。
それらの叱責もネタにし、ファンの共感を集めていったと平田さんは指摘します。
その根っこには、広告という仕事への違和感がありました。
金を投下したら、それにどれだけ返ってくるかをあらかじめ想定して、判子を実施する。でも本当は、やってみなきゃわかんないじゃないですか。やってみて結果がわかるのに、結果を先に示せっていうこと自身は、意味がよくわからないままずっと仕事をしてた。
だからこそ山本さんは、「やって大丈夫でしたよ」という事実を積み上げるしかないと考えていました。
時の流れで因果関係を自然に見せ、大丈夫でしたよと伝え続ける。社内で心配する人の杞憂を、あとから解いていく仕事だったといいます。
主語を小さくする。勤務中の「僕」という発明
平田さんは、キャラ設定として大事にしていることを尋ねます。山本さんはまず「主語を小さくしたかった」と答えます。
企業とか集団が発する言葉の主語を、どこまで小さくできるかっていうのが僕のトライアルだった。主語の最小単位は多分「僕」とか「私」なんですけど、私という主語にするには、私という個人の立場を確立するしかないと思って。
とはいえ、丸裸の自分が出てきては個人アカウントと変わりません。そこで山本さんが設定したのが「勤務中の僕」でした。
働いてる時って泥酔したりせんし、喧嘩もしたりしない。一応ちゃんとしますよね。だから僕は勤務中だっていうことにすれば、利用の常識から外れるようなことはなかろうという感じ。
ただし、ガチガチの仕事人は人気が出ません。そこで山本さんは、お客さんの側へ自ら近づくという発想を加えます。
エンドユーザーに向けて作るメーカーでありながら、会社は「お客さんがこっちに来るのでは」という態度でいる。その距離感に違和感があったといいます。
僕はトコトコってお客さんの方に近づこうと思った。近づけば距離が近くなるので親近感がある。もう一個は、お客さんの側からくるっと振り返ると、会社のことが実は客観的に見えるんですよ。
客観的に見えるからこそ、「あれ、うち言ってんすよ」と自社を優しく突っ込める。それが広告っぽさを消し、客観性の担保になると気づいた場所でした。
主語を小さくする
企業の言葉の主語をどこまで小さくできるかを試す
「私」を選ぶ
最小単位は「僕」や「私」だが個人の立場の確立が要る
勤務中の僕にする
泥酔も喧嘩もしない、常識から外れない立場を設定
お客さん側へ近づく
親近感が生まれ、振り返ると会社が客観的に見える
コンテクストを積み上げる場としてのSNS
平田さんは、山本さんの言葉選びやメッセージで大切にしていることを尋ねます。
本を読むのは好きでしたが、書くことはその時点であまりしていなかったと山本さんは答えます。ただし、分析は好きだったといいます。
どういう文脈で語られるかがすごい好きなんですよ。何を言うかというよりも、そのコンテクストをどう作るか、どう育んでいくかっていうのが、個人的にもすごい興味がある。
毎日何回発言してもタダというSNSは、コンテクストを積み上げるのに最適な場所だと山本さんは考えます。
「誰が言うか」の「誰」を作っていけることは、メディアの枠を買う広告にはできないこと。だからこそ発話者の一貫性をよく考えているといいます。
覚悟した苦情より多かった「買いました」の声
平田さんは、クレームになりそうな返信もうまく消化する対応力について尋ねます。
山本さんによれば、SNS初期は一対一の返信はやらない方がいいという考えが保守的な企業に多くありました。
メーカーはコールセンターを持ち、毎日お怒りの電話が鳴っています。SNSに窓口を開ければ同じように苦情が殺到すると当初は身構えていました。
ところが、いざ始めてみると最も多かったのは苦情ではなく「買いました」という声でした。
空気清浄機を買いましたとか、君のところのエアコンを買ったよとか。それが僕にとっても誤算で、文句じゃないんやと思って。っていうことは、お礼を言うしかないと思って、お礼だけやり始めた。
これまで買ったお客さんに「ありがとうございました」と言っていたのは量販店の人でした。メーカーが買った人に直接お礼を言うことは、基本的になかったのです。
買った人に直接お礼が言えるようになったのは、あんまり注目されへんけど、SNSの僕は割と革命なんちゃうかなと思ってた。
そこから山本さんは、買っていない人に買わせるのではなく、買った人と話すという逆張りを選びます。
買った人と話す分には、よほどのことがない限り怒られない。落ち着いた平和なやりとりができると経験から語られています。
買っていない人に買わせようとするのが使命
買った人と話し、直接お礼を言う。平和なやりとりになる
売れるのか。本質に立ち返って交わした数値目標
山崎さんは、成功してくると会社側も成果を期待し始め、来年の目標台数を問われるのではないかと尋ねます。
山本さんは、本来の話にいつも立ち返ればいいと答えます。冷蔵庫の新商品を面白くツイートできたとしても、リターンは必ず遅いといいます。
冷蔵庫は壊れたら買うものだし、引っ越す時に買う。だからリターンが絶対に遅いはずなんですよ。言ったらすぐ売れると思ってるのは、明らかに見識不足。マーケターとしてどうなんかなと思う。
山本さんは、この仕事を狩猟ではなく農耕のようなスタンスだと表現します。十年ほどのスパンで、壊れた時にアカウントが浮かぶような緩い効果を狙うという考え方です。
売れるやろって言われて、ツイートしろって言われたけど、「売れると思うんですか、本当に」って言ってましたよね。自らの不明を恥じるべきやっていう感じには言ってました。
さらに山本さんは、決裁の根拠そのものを手放していました。
決裁が偉そうに居続ける源泉は、多分お金を使うからだと思った。お金を使わないってことにしたら、決裁の根拠がなくなるんちゃうかなと思った。
そのためSNS運営の広告予算はずっとゼロに据えていました。代入する数がゼロなので、KPIそのものが成立しなかったといいます。
SNSを運営するにあたっての広告予算はずっとゼロを据えてた。代入する数がゼロなので、KPIが成立しない。お金を使うと目標が生まれると思うので。
現在は業務委託というかたちで運営を継続しています。レポートはあるものの、ここまで行けという明確な数値目標はないと語られます。
その委託費は、辞める前の人件費と同額に設定したといいます。山崎さんは、その交わし方を「一休さんみたい」と評しました。
まとめ
主語を小さくし、勤務中の「僕」としてお客さんの側へ近づく。買っていない人ではなく買った人と話し、農耕のように長い時間軸で関係を育てる。山本さんの運営は、広告の常識を一つずつ裏返した結果として成り立っていることが語られました。
- 2011年は広告メディアとして認識される前で、承認なしに始められた追い風があった
- 主語を「勤務中の僕」に設定し、お客さん側から会社を客観的に見せる人格をつくった
- 何を言うかより、コンテクストと発話者の一貫性を積み上げる場としてSNSを捉えている
- 買った人に直接お礼を言えることをSNSの革命と考え、買った人と話す逆張りを選んだ
- 広告予算をゼロにすることで決裁とKPIの根拠を手放し、農耕的なスタンスを守った
