1本目は書けたのに、2本目でピタリと止まった
今度の全国ツアーでは、新作漫才を5本ぐらいやろうと思っているんですけれども。
1本目は比較的サクッと書けたんですよ。
それで「あ、俺いけんじゃん」と。漫才から離れてたけど、まだまだ全然いけるな、やっぱ俺すげえなみたいな感じで調子に乗った訳です。
ところが、それも束の間でした。2本目からピタリと筆が止まったんです。
結局、この2日間で書けたのは最初の1本だけとなりました。
使わない筋肉は、きちんと衰える
僕はですね、映画の脚本を書いたり、ミュージカルの本を書いたり、オンラインサロンの記事を毎日書いたり、音楽を作ったり、会社経営をしたりしています。
商品サービスの開発をしたり、美術館の事業再生みたいなこともしていて、基本的には四六時中、朝から晩まで頭と手足を動かしているんですね。
けれども、漫才を書く筋肉っていうのは、そのどれとも重なってなかったんです。
使わなかったら、きちんと衰える。それをまざまざと思い知りました。
「お前もともと書く力がなかったんじゃないの」と思われる方もいるかもしれないので、名誉のために一応言っておきます。
皆さんが見たことのあるキングコングの漫才って、その多くは僕らが芸歴1年目から2、3年目ぐらいまでにやってたネタなんですよ。
僕らは養成所時代から売れて世に出てしまって、ネタのストックなんてものがなかった。
だからネタ番組の前日とか、ひどいときは出番の1時間前に作ったネタをやってたんですね。どこの劇場でもかけてない、出来たてホヤホヤのやつです。
その環境で育ったものだから、ネタを書くのはめちゃくちゃ早かった。人間の中で一番早かったんじゃないかってぐらいには。
それが昨日一昨日の僕は、もう見る影もない。老害もいいところで、筆が止まって「うー」って唸ってました。
書こうと思ってから書き出したら、もう遅い
今回わかったのは、漫才って書こうと思ってから書き出したら、もう遅いということです。
常日頃からネタを拾ってメモして、それを繰り返す。かつ劇場でお客さんの前で試す。
そこで「あ、これウケるんだ、これスベるんだ、このノリがいけるんだ」というヒントをもらうものなんだろうなと思います。
それを日常的にやってない奴が「ネタ書きます」って言っても、書けるわけがないんですね。
というわけで新ネタ執筆の初回は完敗でしたが、別に悲観的にはなってなくて。
強がりでも何でもなく、自分の立ち位置が知れたことで、落ちるところまで落ちたから、あとは上がるだけだなという気持ちになれたんです。
この年齢になって、こうやって挑戦できる機会があること自体、本当にありがたいなと思いました。
改めて、僕は梶原さんが好きなんだと思った
もう一つ、キングコングの漫才を書いていて気づいたことがあります。
改めて、僕はやっぱり梶原さんのことが本当に好きなんだなということです。
この年齢になると、ネタの中でも嘘がつけないんですよ。テレビやYouTubeでもう素性がバレてるじゃないですか。
だから梶原さんがポンポンとテンポよくボケていくのは、もう嘘なんです。そんなの無理だから。
となると、梶原さんのポンコツっぷりを描いていくしかない。テレビでうまく立ち回れない、みたいなところをですね。
とにかく梶原さんが人として可愛く見えるように、と思いながら書いていたら、気がつけば息子が着る服を選んでるお父さんみたいな気持ちになっていて。
「梶原君にこれやらせたら可愛いんちゃうかしら」みたいな。もう46歳のおっさん同士で気持ち悪い話なんですけども。
ただ、そう思える相方で、そう思えるコンビ関係で本当に良かったなと思いました。
今日の話を読んで、西野はもうオワコンだ、老害だと不安になった方もいるかもしれません。
でも僕、一応プロなんで。来春のキングコングの全国ツアーの漫才は必ず間に合わせますので、ぜひ遊びにいらしてください。
チケットの発売は9月27日の日曜日、チームチケットでよろしくお願いします。
それでは素敵な一日をお過ごしください。じゃあまたね。
まとめ
久しぶりに新作漫才を書いたら、書く筋肉がしっかり鈍っていました。使わない力はきちんと衰える。でも立ち位置が知れた分、あとは上がるだけだと思っています。
- 1本目は書けたのに2本目で筆が止まり、漫才を書く筋肉の衰えを痛感した
- 漫才は書こうと思ってから書き出したら遅い。常日頃ネタを拾い、劇場で試すことで鍛えられる
- ネタを書きながら、改めて相方の梶原さんを可愛く見せたいと思う自分に気づいた






