霞が関から熊本県知事へ。「世界に誇れる地元を作りたい」
熊本と東京、産官学などの拠点を行き来する杉山浩司さんが、ゲストに熊本県知事の木村敬さんを迎えます。東京出身で、岡山、鳥取、熊本、霞が関と拠点を移してきた木村さんの視点から、いまの熊本を聞いていく回です。
拠点思考、私の世界の見つめ方。
皆さんこんにちは。番組『拠点思考』へようこそ。パーソナリティを務めます、スケールアップソリューションズの杉山浩司です。よろしくお願いします。
この番組は、熊本と東京、日本と海外、産官学という複数の拠点を行き来している私の視点から、これからの働き方、生き方、そして事業の作り方を見つめていく番組です。
今日は特別なゲストをお迎えしています。熊本県知事の木村敬さんです。木村知事、どうぞよろしくお願いいたします。
はい、こんにちは。木村敬です。
木村知事は東京のご出身ですけれども、岡山とか鳥取、そして熊本、それから総務省で中央の霞が関におられたり、各県庁におられたりと、いろんな拠点を経験されていらっしゃると思います。
そういう木村知事の視点で、今の熊本についてお話をお伺いしたいと思います。改めて、簡単に自己紹介をお願いできますでしょうか。
今、杉山さんから特別なゲストと言いましたけど、私は全然特別なゲストっていう気がしなくて。(杉山さんは)大学の尊敬する後輩という仲で。
熊本に来る前から知り合いで、来てからは余計に親しくなって、いろんな政策を一緒に作ったり、飲み会でいろんな議論を重ねてきた仲です。
普段のトークみたいなつもりなので、あんまり羽目を外さないように気をつけなきゃと思っています。
今、熊本県知事になっているんですけど、これはもう運命のようであり、運命のようでもなくというか。僕は生まれが熊本じゃないし、親戚が熊本にいるわけでもないので、なんで今こうやっているんだろうって時々思うんですけれども。
ただ、縁あって霞が関から(熊本に)赴任してきた時に、これだけポテンシャルのある県で仕事をできるっていうのは、と思って。
総務省とかいろんな職場でずっと地方創生やってきても、こんだけ魅力のある、可能性のある県っていうのはないなと。
そんな中で、10年前の地震があったり、6年前の豪雨災害があったり、その一方でTSMCというか、半導体の経済安全保障の話に乗っかったりとかしてやってて。
で、私の恩師である蒲島前知事が引退して、お前あとやってくれっていうことになった時に、ここで自分の夢だった理想的な地方を作りたいと思ったんです。
地方っていうのは、東京という地方も含めてね。日本で誇らしく暮らしていける場というか、世界に誇れる地元を作りたいなという思いで、今こんな仕事をやっているというところでございますね。
早速いろんなキーワードが出てまいりました。理想となる地方とか、世界に誇れる地元とか。東京も一つの地方っていう考え方もあると思うんですけども。
これは、いろんな県に行かれる中で、そういう理想像を築いてこられたんですか?
恵比寿の下町風景が消えていった寂しさ
木村さんは、理想の地方像の背景に、生まれ故郷の東京への「やや幻滅」があったと明かします。
そうそうそう。それとともにね、あんまり言いたかないけど、自分の本来の生まれ故郷である東京にやや幻滅してきたというか。
僕が好きな東京っていうのは、東京でもやや下町っぽいところで。浅草のお祭りとか、親戚が深川とかにいたりとか。
結局僕の酒飲みの話になっちゃうんだけど、吉田類の酒場放浪記的な、街の酒場みたいなね。そういう商店街の風景とかがどんどん消えていって、画一的な街になっていってしまうのが寂しくて。
生まれは東京でも渋谷区の恵比寿っていうところで、皆さんからすると都会ですねっていうんだけど、恵比寿って実は昭和の時代はあんまり何もなくて。
東京あるあるなんですけど、大ターミナルの隣って大した駅じゃなくてね。渋谷の隣は恵比寿でしょ。新宿の隣は新大久保でしょ。池袋の隣は大塚で、上野の隣は鶯谷とか。
もともと恵比寿っていうのはサッポロビールの工場しかなかったような街で、意外に下町っぽいところでね、とても良かったんですけどね。だんだん都会化してきて。
東京話ばっかりしてますけど、渋谷も東京の個性のギラギラしたところだったのが、21世紀に入ってくると、非常に均一的な街になってきて、面白くないなというのが正直なところで。
そういう時に、地域地域の個性があって、働く場とプライベートのオンとオフがうまく共存できればっていう意味において、すごく熊本って力あるなと。
僕には子供はいないんだけれども、子育てをする環境にしても、そうなんですよね。
(熊本に)産業があって、それが未来に向かってコロコロと転がっていけるようになっていれば、全然こっちでできるじゃんと。ましてや今、東京だって世界だって近いしね。
その時に杉山さんがさ、ちょうど東京と熊本で両拠点でやりだした頃で。こういうライフスタイルもあるんだなって、えらい感動したのを覚えてます。
そうなんですか。そんなきっかけがあったとは。
特にオフの方ですよね。週末を熊本で過ごすっていうのは、この10年ぐらいやってて、すごい心地いいなっていうのを感じるんですよね。
わかりますね。熊本市内に住んでると、交通渋滞の問題はあるにせよ、週末に30分ぐらいかけて合志とかに行けばすぐ温泉もあるし。
1時間行って三角の辺りまで行けば魚釣りはできるしね。プレジャーボート持ってる人もいるしさ。そういうのってものすごい豊かな生活。
東京で同じことやるとしたら、車で片道2時間とか3時間とかかけて行かなきゃいけないじゃない、房総半島とか行くにしても。
帰りもアクアライン詰まったらもう終わりですし。
そうそうそうそう。話飛ぶけど、東京じゃないと選択肢がないっていうけど、そんなことは僕はないっていうのが僕の考えですよね。
確かにさ、歌舞伎座とかは全国にあるわけじゃないから。だけど別に歌舞伎座に年に10回も20回も行くわけないんであって。
選択肢があること自体はいいことなんだけど、逆に熊本の中でこそ見つけられるものがある。映画館だって、モール系になるけれども、見ようと思えばいっぱいあるし。
文化財にしたって、びっくりするぐらいいいものが(ある)。例えば県の美術館にだって、細川家が持ってるすごい歴史的な文物があったりとか。
山側に行くと、チプサン古墳なんていう、ものすごい斬新な古墳があったりとか。ましてや阿蘇は、もう世界文化遺産になって当然だと思ってるんだけど。
そういうのがいっぱいあって、それが暮らしの一部に入ってるってことはすごいことだし、仕事においても僕は発想の転換ってのはやっぱりいいと思いますね。
日本一人口の少ない県・鳥取で、できたこと
杉山さんは、東京と地方の対比から一歩進めて、地方と地方の個性の違いを尋ねます。木村さんは足かけ8年過ごした鳥取県の経験を語ります。
私は地方っていうのは熊本しか知らないわけなんですけど、岡山とか鳥取、特に鳥取に長くいらっしゃいましたけど、地方と地方の個性みたいな観点からいかがですか。
やっぱり個性を磨かなきゃいけないんですよ。鳥取県に結局足かけ8年いたんですけど、(鳥取は)日本一ちっちゃい県なんですよね。
人口が当時60万切ったぐらいで、今もう50万ギリギリみたいな。熊本市が人口70万だからそれよりちっちゃい、東京の世田谷区とかよりもちっちゃい自治体なんですよ。
ちっちゃいなりにやれることはいっぱいあって、それがなかなか地元の人からするとわかってくれない。
鳥取県ってちっちゃい県だから、すごくベンチャー企業みたいに、知事のトップダウンで新しい発想でガンガン新しいことができたし。
今のTSMCと似てる発想なんだけど、鳥取県にいた時は環日本海構想っていうのがあって。日本海を平成の地中海にしようとか、わけのわかんないことを言ってたんだけど。
それで鳥取と韓国の東海岸とロシアのウラジオストクを結ぶ航路を作ったりとかして。
その頃実はね、プーチンさんも習近平さんも、前向きな改革派だと思われてた時期だったんで。あの二人がこんなに振り切れるとは、当時思ってなくて。
例えばヨーロッパに輸出するのも、ウラジオストクからシベリア鉄道で持っていけば面白いんじゃないかとか、もっと日本海でビジネスができるんじゃないかって考えてたんだよね。それはちょっとうまくいかなかったんで。
地方自治体で、国と国をまたぐようなことの構想まで。
というか、そういうのをやりたいっていう韓国の船会社があったんで、ぜひやりましょうという感じで乗っかってた。
鳥取は人口が少なければ、逆に言えば養う数が少ないんで、地域の個性を生かして(やれる)。ただ難しいのよ、本当に。
日本どころか世界中そうだけど、県民が住み続けるための一番(の条件である)働く場っていうのがなかなか難しい。1次、2次、3次の産業がある程度ないとという議論はどうしてもあるんですよね。
そういう意味では、熊本っていうのは1次、2次、3次のバランスが取れてるし、定着する産業があるっていうのは強み。鳥取はややそこが弱い。
ただ、それはもっと農業の付加価値化をするとか、攻めていけばいいんで。ものづくり系がとっても弱いところは残念なんだけど。
日本海側で人口が少ない、つまり自ら消費できない、域内経済が弱いんでしょうがないんだけど、そこはそこでやり方があるんだっていうのが僕の考えなんですよ。
もう鳥取の話はそこは終わったんで、今は熊本のことしか考えてないけれども。
僕は、日本はそれぞれの地域でそれぞれの良さを生かして、自分たちの持ってるもので勝負していくべきだと思っています。
前から、ないものねだりじゃなくて、あるもの探しをしようっていうのをずっとおっしゃってますよね。
ここで木村さんは、鳥取時代の「しょうもない話」として、東日本大震災のときの銀鮭の養殖の話を持ち出します。
鳥取時代のしょうもない話を言うと、私は片山前知事と平井知事の二人に仕えたんですけど、平井知事ってすごいアイデアマンで、行動力があって天才的な人なんですけど。
唯一彼にね、「木村そこまでやるか」って言われて。僕は褒められたと思ってるんだけど。
東日本大震災の時にですね、ある全国的な水産会社の銀鮭の養殖場を、鳥取に持ってきちゃったんですよ。
それで「被災地に手を突っ込むのか」と言われて、当時知事には怒られたんだけど、「いやいやいや」と。
宮城の石巻なんだけど、(銀鮭の)筏とかが全部ぐちゃぐちゃになっちゃったんで、回復するのには最低○年かかる。その間お預かりするんですと。
稚魚を、鳥取の山の中にある使われなくなったマスの釣り堀とかで育てて、境港の海で育てるっていうのをやって。大手水産会社さんからヘルプがあって、ありがたいとやれて。
実際に○年後に東北の方は復活するんだけど、その時に関わったメンバーたちが鳥取を好きになっちゃって一部残って。
弓ヶ浜水産という会社を作って、境港サーモンという、ご当地サーモンのほぼ全国第一号だったんですよね。
今やお魚の陸上養殖ってのは常識になってきたんだけど、それ(境港サーモン)は陸上養殖じゃなくて海面養殖なんだけど。ただそれでもご当地でサーモンを作る。
今、熊本県内でも陸上養殖でサーモンがあるけど、サーモンって実はもう地産地消できる時代になってきた。
災害の時に、来るはずがないものが来た時に、とりあえずちゃんと受け入れたっていうのが良かったなと思ってます。だからできないことないんですよ、鳥取で。
空いてる養魚場があって、そこには大山の清らかな水がジャブジャブ入ってきてる。それを生かすために一時的でも入れていって、そこで人が育っていくと、残っていくっていうかな。
災害とか、番狂わせって変だけど、予定調和じゃないことがってことですよね。
そういう時期だからこそ。今まさに熊本は、今回7月の地震から、また新たなる創造的復興を目掛けていくんだけれども。
災害地だからこそ起こるニーズとか、前例のないことがもしあれば、それにしっかり食いついていきたいなと思ってますね。
熊本愛の裏にある「もんだ主義」とは
話題は熊本県内の地域の個性へ移ります。木村さんは、熊本の一番の強みを「熊本愛」と言い、そこから生まれる課題を語ります。
今度は熊本の中でも、地域地域で表情が全然違うじゃないですか。熊本隅々までよくご存知でいらっしゃるわけですけど、熊本の中の個性というか、どうですか?
一番いいのは、いろんな個性がありながら一つにまとまっている。熊本の一番いいところは、熊本県民が熊本愛に溢れてるってこと。これがもう一番いいところだと思う。
ただ、愛しすぎているが故に、今回の7月の地震でいうと、宴会や旅行を自粛したりとか。被災者に心を寄せているがために、いい意味で自粛ムードが広がっちゃった。
被災していないところは経済を回していかないと、被災地の支援にもつながらないんで、そういうのは意識して。
もう一つが、好きすぎて、熊本流のやり方で満足しちゃってるというか。
他の県とかに行かずにずっと熊本が好きでいてくれてることが素晴らしいんだけれども、だからこそ、熊本はこういうやり方だからそうしましょうと。僕はよく「もんだ主義」っていうんですけど、そういうもんだ。
なんでも「もんだ」ね。
「もんだ主義」っていうのから脱しなきゃいけない。脱・もんだ主義。
こういうもんだから、熊本は。だってそれでよかでしょうみたいな感じになっちゃう。みんなそうしてきたんだからって。
そこを少し変えられたらいいなっていうのが、僕の実は一番の根底にある考え。
よそ者がとか、そういう話ありますけど、逆によそ者だからこそ持ち込める価値観とか、経験とかありますもんね。
なぜラーメンが一番イノベーティブなのか
「もんだ主義」の話は、イノベーション、そして木村さんの一番好きな食べ物であるラーメンの話へと続きます。
杉山さんが仕事上でやってることと近いんですけど、やっぱりイノベーションなんですよね。
イノベーションというのは、脱もんだじゃなきゃいけない。こういうもんだって言った瞬間、思考が停止してしまうっていうか、新しい発想が出てこない。
いつも同じ話ばっかりするんですけど、僕、実は一番好きな食べ物がラーメンなんですけど、ラーメンっていうのは一番イノベーティブだと思ってて。一番もんだが少ないっていうのが僕の思い。
なんでかっていうと、トマトラーメンとか、普通考えられないものとか。バジルのラーメンとかも食べたことあるし、八代ではイグサを練り込んだラーメンを作ったりする人もいる。
そうした時に、熊本ラーメンは豚骨でマー油がかかってなきゃいけないんだっていう、もんだ思考になっちゃうと、新しい発想は絶対生まれないんですよ。
熊本のこの水と、天草大王を使ったら、こういう醤油ラーメンがいいよねとか、塩ラーメンがいいよねとか。前提はないはずなんですよね。前提なく考えてほしい。
私が産学連携とかにこだわっているのも、こういう方向に行きましょうっていう答えは、多分行政には無いんですよ。この産業が次受けるぞみたいなのは、僕はないと思ってて。
ただ、社会のニーズに応じて、アジャイルにごちゃごちゃの中で、何が新しい発想とか、こうしたら売れるんじゃないかみたいな(ものが出てくる)。
日本が一番面白かったのは、戦後のごちゃごちゃの時期にいろんなニーズがあって、ソニーのトランジスタラジオが出てきたり、日清のチキンラーメンが出てきたりとか、そういうじゃない。
社会がいい意味で変わる中で、既得権がなくったって、アイデアと行動力と、できれば人脈で、新しいチャンスをつかめるような社会にしたいっていうか。
今言うならば、本当に熊本好きすぎる。そこを、僕も大好きなんで一緒にしながら、イノベーションが出てくるようにちょっと変えれば、熊本はできるはずなんで。
今、半導体なんかの話もあるけれども、半導体のその先っていうのは、僕、全てがそれなのね。
なるほど。今すごいいろいろつながってきてですね。
僕の中で、ラーメンっていうのが常に変わり続けてるっていうか。
さっきの恵比寿の話から始まったじゃないですか。昔の恵比寿って今も横丁がちょろっと残ってますけど、ああいうぐちゃぐちゃっとした中でいろんなことが起こっていくみたいな。
ごちゃごちゃっとした、アジャイルな。それは決して無秩序じゃなくて。まあ確かに戦後の闇市とかはそうなのかもしれないけれども。
決められたことだけをやってるというのじゃない。発想の転換とか新しいアイディアが生まれてくることもそうだし、それを評価しなきゃいけないし。
ただ評価するためには、僕は厳しい引っ張り合いの文化も、その中で鍛えられれば、それでいいと思ってるんですよね。よりいい方向に。
あまりにも詰まってない話って、絶対成功しないんで。肥後の議論倒れとかいうのも、議論してしっかり煮詰まれば、僕はとてもいいことだと思ってるんで。
そういうのをうまく前向きな方向につかめていきたいな。
そういう発想の転換とか、新しい発想って、いろんなことを経験したから、いろんなものを見たからこそ出てくるっていうところもあるんでしょうね。
井戸への支援と「自宅の庭の仮設住宅」
木村さんは、発想の転換が求められた例として、7月の地震への対応を挙げます。象徴的だったのは、井戸への支援と、自宅の庭に建てる仮設住宅の2つです。
ですね。あと、目の前の課題を解決していきたい。僕は中長期の話よりも目の前のほうに行きがちになるところを、自分の中ではかなり修正するようにはしてんですけど。
ただ、今回の7月の地震からの対応でも、発想の転換っていうのがいっぱい必要だったんですよね。
社会のニーズが、今回で言うと被災地のニーズがあるから、それに取り組んでいくんだっていう原点ですよね。だからルールはルールであっても、それを変えようと。変えるためにはどう布石を打っていったらいいか。
今回だと象徴的なのが2つあって。一つが、八代を中心に井戸に対する支援。井戸っていうのは個人の所有物なんで、水道とは違うんだって。私物にどれだけ公が支援をするのかみたいな。
それと似たような側面があるんだけれども、自宅の庭とか空いてる土地に仮設住宅を造ってもいいかいけないかみたいな。
個人の土地の中に、税金を使って仮設の住宅を造るっていうのはどうなんだみたいな議論があって。団地みたいに作るよりもやや高いのもあって、経済性の議論はあるんだけど。
そうは言ったって、農家の人とか、家から離れたくない人とか、健康上とか福祉的な配慮で集合住宅じゃ住みづらいっていう人たちのためには。しかも庭あるんだから、土地は。
スペースがね。
何年かして使わなくなったら、それをどっかにまた持っていけばいい。トレーラーハウスとかだったらそのまま持っていけますんでね。そんなのも含めていろんなロジックを作って。
被災者の人が今必要としてるからっていうんで取り組んでいく。僕は課題があって、それを解決したい。やらしいけど、問題があったら解きたいっていう、そういう感覚。
もうちょっと長期的なことも僕も考えていかなきゃいけないのが、今の知事としてのバランスの中で。今、地震の復旧・災害対応モードなんで。
目の前にね、課題がたくさん。
目の前の課題の方がやや優先されつつあるので、少し中期的な方にも話を持っていかなきゃいけないなっていうところが、自分の今の悩み。
杉山さんは、「こういうもんだ」という前例や、国の制度の決まりを、目の前のニーズに合わせてどう乗り越えてきたのかを尋ねます。
さっきの「もんだ主義」っていう話ありましたけど、10年前の経験があったので、こういう時はこうするもんだっていうのが、いい方向にうまく対応できてることもあると思うんですよね。
さらに言えば、法律でこういう時は国からお金が出るとか決まってるじゃないですか。そういうのを目の前のニーズに合わせて乗り越えてきてらっしゃるって、そういうことなんですか。
そのためには理解し合えるパートナーが必要なんで、今回も地震の後、最初に国にお願いしたのが、国の幹部による現地対策本部をすぐ作ってくれと。
現場を見ないとね、わかんないんですよ。しかもできれば、霞が関とかで制度を作る人たちに現場を見ておいてほしいんですよね。そのための対策本部だと、僕はもう割り切ってて。
高市さんはありがたくて、地震の当日もお電話をしてその話をして、それでもやりますっていうことで、熊本に現地対策本部ができて。
各省庁の、僕よりも場合によってちょっと上ぐらいの年代の幹部が来てくれて、それ(現場)を見ていくと、やっぱりこれ必要だよねと。
井戸はちょっと後だったんだけど、そういう新しい課題は現場で見てやりましょうと。じゃあ霞が関の人たちがやりやすいようにどうするかって言って。
こっちはこっちで、総理大臣とか、今の木原さんっていう、高市さんの懐刀で県出身の方とか、そういう先生方ともポイントを絞りながらアタックして。
国の負担が増えるとかいう議論じゃなくて、その分早いですよと。特に早く動けますよっていうのが、説得の一つのポイントだったかな。
自宅内仮設住宅もちょっとお金かかるんだけど、30戸とか集合で作った方がコスト的には安くなる。でも、トレーラーハウスやコンテナハウスを持ってくるんだったら、それでハッとできちゃう。
スピード感持てますよって言ったら、その方がいいよねと。避難所にずっといてもらうよりかは、1日も早く足を伸ばせる場所が家のそばにあって、防犯上もその方がいいんで。
ただ問題は、家に仮設住宅を作っちゃうと個別になっちゃうんで、個々の健康状態の配慮とか、見回りとか、次なる論点が出てくるんだけど。
一つの課題がクリアになったら、次のことを考えなきゃいけない。
セットなんですね。だけど、仮設住宅じゃなくたって、お年寄りの見守りっていうのは、本来高齢化社会においてはあってしかるべきだし。
なるべくなら、いちいち人が行くんじゃなくて、おじいちゃん、おばあちゃんでもスマホとかタブレットとかでパンパンってできたらいいよねとか、健康状態を管理できたらいいよねとかいうふうにしていきたいですね。
そういう意味だと、行政の最前線っていうのは、課題に常に触れてらっしゃるっていうことなんですかね。
そうそうそうそうそう。僕はそれが面白いというか、interestingなので、興味深い。やることがいっぱいあるってことはいいことなんで。
それを解決する手法として、機械とか新しいイノベーション的なところも出てくるだろうし。それは追いつくものなんですか?それとも、どんどん考えて新しいものを作っていくのか。
想像以上にイノベーティブな世界なんだな、行政の現場はって、今お話伺って思ったんですけど。
そこはまさにさっきの「もんだ主義」に近いんだけど、法律上こうだからとか、過去はこうだったからということで止まっちゃったら、何にもできないんですよね。
僕の中では過去のやり残した感があるんですよ。自宅内仮設住宅なんていうのは、10年前の時にも実は1件か2件やってんだけど、ちゃんと制度として認めてなかったっていう。
やり残した感をちゃんと解決していくっていうのは、僕のちょっと意地悪い性格なんだけど、絶対なんかやって(やろうと)。
リベンジじゃないけど、宿題をちゃんとみたいなとこあるんですかね。
例えば、全国から応援に入ってきてくれてる職員がいて。これも実は10年前にはなかった制度で、10年前は被災地の職員の手が足りてなくて。
それを全国からかき集めるのに、私が当時、県の人事の担当の総務部長で、大変苦労したのがあったんですよ。
それを受けて、今は総務省が中心になって全国から集めて熊本に送り出す制度ができて、今全国からどんどん人が来てくれるんで、非常に助かってる。
全国から来た人が、とにかく熊本は対応が早いと言ってくれているんで、客観的に見ててもそうなのかと。ただ、もっと早くしていって、ちゃんと経済も回していく。ここに今持っていこうとしています。
「たった6日でフル稼働」半導体工場が示したレジリエンス
最後の話題はレジリエンスです。木村さんは、残された断層への備えと、10年前の教訓を生かした半導体工場の免震構造について語ります。
レジリエンスっていうのが、言葉としてどんどん重みを増してくるじゃないですか。地震もあったし、豪雨災害もあったし、日本全国で見たら本当に次から次へ起こってきちゃうんですよね。
地球温暖化の中で、地球の温度が上がるっていうことは、海面が上がるし、大雨が起きる頻度が高くなる。異常災害が以前より起きやすくなっているわけだから、その前提で取り組んでいかなきゃいけない。
今回の地震も、10年前からとはいえ、また起きてしまった。ただ、地球の歴史からしたら10年なんてほんのミリ単位の世界なんで。
しかも今回よく言われてるのが、全部の断層が動いたわけじゃなくて、通称「割れ残り」っていうのがあるわけなんで、そこに今回は前回以上に真剣に向き合っていこうと思ってます。
特に言うのが、八代海の海の中の断層が動いてないんじゃないか。本当に動いてないかは、まだわかんないですよ。
ただ、そんな(調査の)能力は実は県にはないんで、国に掛け合って、国の地震調査委員会がちゃんと調査するっていうのも、もう高市政権の文書に入れ込ませたんで。
もし動いた時に、どれぐらいの津波が起きるかとかいうのも、ちゃんと科学的に今から調べながら。
海の岸壁の強化だとか、海に近い人のお家に止水板を作ったりとか、いろんな支援を講じていくんだろうなと思っていて。
一方で、10年前の地震からの対応を踏まえてやったのが、特に半導体業界。あの後、菊陽とかの辺りは工場がどんどん増えてきたんだけども。
TSMCさんだけじゃなくて、ソニーさんとか東京エレクトロンさんとかも、10年前の経験を踏まえて、実は免震耐震構造をぐっと中に入れ込んだのね。
そしたら今回、ほぼびくともしないで、1週間以内にほとんど全部(の工場が)動いて。
TSMCの最高幹部の一人がその後熊本にやって来て、僕に向かって、今回本当に熊本はいい仕事をしてくれたと。
たった6日でフル稼働を戻したっていうのは、このモデルはもう世界でTSMCが今後使っていけると。台湾も地震が多いんですよ。だけど、本当の大地震を経験してないんで。
今回、菊陽の辺りは震度5強から6弱ぐらいだったんですね。それを震度を3つ下げる免震構造をしてたんですよ。2から3ぐらいに抑えるっていう。本当にそれが機能したっていうんですよ。
だから1週間以内に工場が再開できたと。これはもう世界に持っていけると。
台湾の後にも、ひょっとしたらベトナムとかインドネシアとか、今後の地域って火山や地震の多い地域なんで、そういうのはあるよねって。
だから今回の地震を踏まえて、その教訓でレジリエンスを高めていくっていうことになるのだな。
世界的な経済活動をする中で、今はそういう対応をするのが当たり前というか、前提条件になってますもんね。
それをしっかりと、うまく熊本はちょっと掴んでいきたい。
ここまで、木村さんの生い立ちから、各地方の個性の話、そして地震とレジリエンスを伺ってきました。
後半では、半導体の集積みたいな経済活動が、このレジリエンスをベースにしながらどう展開していくかというお話をお伺いしたいと思っております。木村知事、後編もよろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
今回のお話、いかがでしたでしょうか。ご感想やご質問は、Xでハッシュタグ「拠点思考」をつけて投稿いただくか、Apple PodcastsやSpotifyのレビュー欄にお寄せください。
次回は木村知事との対談の後編をお届けします。前編はここまでとなります。ありがとうございました。後編もよろしくお願いします。
まとめ
前編では、木村敬さんが東京・鳥取・熊本で見てきた地域の個性と、熊本の強みと課題が語られました。熊本の一番の強みは「熊本愛」で、その裏返しとして「こういうもんだ」で止まる「もんだ主義」があると木村さんは話しています。ラーメンを例にしたイノベーション論は、7月の地震での井戸支援や自宅内仮設住宅という前例のない判断にもつながっていました。後編では、このレジリエンスを土台にした半導体の集積の展開が語られる予定です。
- 熊本の一番の強みは「熊本愛」。ただし愛しすぎて「こういうもんだ」と思考が止まる「もんだ主義」から脱したい
- ラーメンは「もんだ」が少なく、前提なく発想するから一番イノベーティブだという
- 鳥取で銀鮭の養殖を一時的に引き受けたことが、境港サーモンという新しい産地を生んだ
- 井戸支援や自宅の庭の仮設住宅は、現場のニーズと10年前の「やり残した感」から組み立てられた
- 10年前の教訓で免震構造を入れた半導体工場は、今回の地震から6日でフル稼働に戻った





