最近ハナウタしたこと、会いに行くことで広がった世界
番組冒頭、もえちんがまやこに最近のハナウタを尋ねます。まやこはこの1年、行ってみたい場所や会いたい人に会いに行くことをテーマにしていると話しました。
先週末には長野県飯綱町のパカンコーヒースタンドと併設のDOBOOKS、そして長野駅近くのCHANNELBOOKSへ、片道3、4時間かけて日帰りで訪ねたそうです。
山や川が好きなまやこにとって、道中の大自然そのものがハナウタになったと言います。
物理的にハナウタしながら、何もない道を歩いて本屋さんに向かうみたいな。本屋さんも楽しかったし、その道中も大自然がいっぱいでハナウタいっぱいしてきました。
このテーマを始めたきっかけを問われ、まやこは年齢とともに体力の不安を感じるようになったこと、そして会うとわかることや広がることが多いと実感したことを挙げました。
その一例として、ハナウタさんのZINEをきっかけにもえちんへインタビューする機会をもらい、せっかくなら会いに行きたいと尼崎まで足を運んだ体験を語ります。
初盆の帰省と、廃校の宿で見た子供たちの社会
もえちんの最近のハナウタは、夫の実家がある関東への帰省でのことでした。今年亡くなった夫の祖父の初盆で、栃木を訪ねる機会があったそうです。
その際に泊まったのが、廃校を宿泊施設に変えた場所です。親戚が集まり、教室に畳を敷いたような広い部屋で合宿のように過ごしました。
昔は結構ね、親戚同士、はとこぐらいまでバーって集まって、子供だけで16人ぐらいいるみたいなのを、わちゃわちゃしてるのがすごい好きやったんですよね。
もえちんは、かつて自分が楽しんだ親戚の集まりを、今は自分の子供たちが体験していることに喜びを感じたと言います。子供たちの中にも社会があるような様子を見ているのが楽しかったそうです。
もともとは星を見に行くつもりでしたが、お盆は大雨や台風が続き、星は見えず体育館で大暴れになったとのこと。それでもより密な人付き合いの時間になったと二人は振り返ります。
「話しすぎてしまう」お便り、悪いことじゃないという視点
続くコーナーで、ため息さんからのお便りが紹介されます。
悩み相談を受けてもついつい話しすぎてしまって、聞き上手になりたいです。
もえちんは、居場所や若者向けの相談室を開く活動をしています。悩みを受けるうちに、自分のことも話さないと関係が深まらないと感じ、話し好きも相まってつい話してしまうと共感しました。
まやこもその話を受けて、自分を開示しないと相手も信頼して話してくれないと同意します。だから自分の話をすること自体は悪いことではないと考えを述べました。
まやこはライターとしてインタビューの仕事をしており、相手が言葉に詰まって沈黙することが以前は怖かったと明かします。
やばい、なんか変な質問しちゃったかなとか、いろいろ考えて、「でも」とか話を逸らしたり、いろいろ違う質問に変えてみたりってしてたんですけど。
しかし慣れとともに、相手を信じて待てるようになったと言います。今きっと自分の中の言葉を探してくれてるんだなと思えるようになってから、沈黙が怖くなくなったそうです。
自分の話もしつつ向き合えば相手も安心する。話しすぎてしまうという悩みも、お互いに話した方がいい関係になるのではないか、というのが二人の受け止めです。
そもそも「話しすぎた」と感じるのは誰の側なのか
もえちんは、この悩みについて「話しすぎてしまう」と感じたのはどこなのかが気になったと投げかけます。
終わった後に自分で「話しすぎたな」と思うことはある。けれど相手はそう思っていないかもしれない、という視点です。
なんか実は向こうはそう思ってないかもしれないなみたいな。
相手がどう思ったかはわからない、とまやこも応じます。
さらにまやこは、自分自身が最近あまり悩み相談をしなくなったことに気づいたと話します。年を重ねるごとに、自分から悩みを口にしていないと言うのです。
一方で、店などでたまたま出会った、ママ友の入り口ではない人にふと悩みをこぼしたとき、その場ではなく後で一言メッセージをもらって救われた経験を語ります。
すごい、あ、考えてくれてたんだみたいな、寄り添ってくれてる気持ちにすごい救われたので。
うまく聞けなかったと思っても、気持ちは寄り添っているという一言を後から伝えるといいのかもしれない、とまやこは提案しました。
じいちゃんに言われた「聞き上手」の意味
もえちんは相談室を開く側でありながら、話すうちに自分も相談に乗ってもらう形になることが多いと言います。それが相手にとって存在価値を認める時間になっているのかもしれないと考え、持ちつ持たれつだと捉えています。
店によく来てくれるじいちゃんから、もえちんは「聞き上手だから」と言われた経験を紹介します。ただ、その聞き上手にはレスポンスがあることまで含まれていたと感じたそうです。
自分が振った話に対して自分の意見がこう出てくるというか。それについて一緒に深められるっていうことに対して、聞くの上手だからって言われた感じがしたんですよね。
もし「ふんふん」と聞くだけなら、そうは感じてもらえなかったのかもしれない。もえちんはそう振り返ります。
まやこも、レスポンスをくれた方が嬉しいタイプだと共感します。いろいろ話せると、いい時間だったと感じると言います。
年配の人はむしろ黙って聞いてほしいのかと思っていたが、そのじいちゃんは人の意見が聞ける柔らかい人で、若者とよくつるむのだと二人は語り合いました。
オープンダイアログが教える、聞くと話すはセット
もえちんは、店でオープンダイアログの会をやっていることを紹介します。
この場では、相談者が一旦すべて話し切り、その内容について聞く側だけがさらに話す。話す側はそれを聞いているという形です。話すと聞くを完全に分ける対話だと説明します。
相談者が話す
一人ないし関係者が、悩みをつらつらと全部話し切る
聞き手が対話する
聞く側の複数人だけで、その内容について話す
相談者が聞く
話した側は、他者がどう受け止めたかを俯瞰して聞く
もえちんは、来る人がライトな相談から精神障害を持つ方まで幅広く、まず理解することが聞く側に必要だと言います。理解しきれない場合もある、と正直に語りました。
その上で自分が思ったことや考えたことを話すところまで含めて、聞く人として成り立つと言います。
まやこは、それは自分の悩みが語られているのをただ聞く場面が生じるということかと確認し、最初は受け止めきれないこともあるのではと問いかけます。
もえちんは、ノンストップで1時間ほど話しすぎてしまう人が来て、どう聞いていいかわからなくなる場面もあると認めます。時間を区切るルールを設けるなど、ちゃんと聞くための工夫を重ねているそうです。
「聞きたい」と「聞き上手」は違う。悩む時点で素地がある
いろんな聞き方や話し方があると知り、まやこはため息さんも興味のある場に参加してみるのが良さそうだと勧めます。
もえちんは、聞く場で面白いのは聞き手になりたい人がとても多いことだと言います。自分の話は別にいいから聞く側をしたい、という人も多いそうです。
そこから二人は、ただ聞きたい人と聞き上手は違う、という点に話を進めます。
聞きたいと聞き上手も違うし、喋りたいと喋り上手も違うしね。
そしてまやこは、聞き上手になりたいと思っている時点で、だいぶ聞き上手なのではないかと投げかけます。ちゃんと相手の話を聞きたい心があるかどうかが大事だという見立てです。
もえちんも、心がなければ聞けないと応じ、いろいろな聞くがあって楽しいと締めくくりました。
まとめ
話しすぎてしまうという悩みは、聞くことと話すことを切り離せるものとして捉え直すと、少し景色が変わります。二人の対話は、自分を開示することや相手の言葉を待つことも聞き上手の一部だと示していました。
- 自分を開示して話すことは、関係を深めるうえで悪いことではない
- 沈黙を怖がらず、相手が言葉を探す時間として待てるようになると変わる
- 「話しすぎた」と感じるのは自分の側で、相手はそう思っていないかもしれない
- オープンダイアログのように、聞くと話すはセットで成り立つ場もある
- 聞き上手になりたいと思う時点で、相手を聞きたい心という素地がある







