MCハマーのペプシCMは何を予言していたのか
速水健朗さんが16、7歳の頃は、MCハマーの全盛期でした。そのMCハマーが出演していたのが、ペプシコーラのCMです。
このCMでは、コカ・コーラを一口飲んだMCハマーが、それまでのラップをやめて急にムードソングの「Feeling」を歌い始めます。ペプシを飲み直すと再びラップを始めて元気になる、という内容でした。
速水さんは、このCMがコカ・コーラのキャッチコピー「I Feel Coke」へのあてこすりだったのではないかと見ています。比較広告 ── 自社の商品を競合商品と比べて、優位性を訴える広告。日本では競合を貶める表現に厳しい目が向けられやすく、広告規制の対象にもなりますが過激化した例として批判され、ペプシはこのCMをやめたといいます。
速水さんは、このCMをどこか予言的だったと振り返ります。MCハマーは後に牧師になるからです。厳密には、もともとペンテコステ派 ── 聖霊の働きを重視するキリスト教プロテスタントの一派。熱狂的な礼拝スタイルで知られ、アメリカを中心に信者が多くいますの敬虔なクリスチャンでした。
ポップスター、ラッパーから牧師に転職したっていうね。(CMと牧師への転身の)その2つのエピソードが俺には重なっているっていうね。
『HIPHOP経営学』が描くMCハマーの意外な姿
速水さんは、去年出た『HIPHOP経営学』という本を紹介します。この本は、MCハマーをヒップホップ史における重要な存在として位置づけています。
『HIPHOP経営学』の解釈では、MCハマーはラッパーからさまざまなビジネスを手がけ、後にJay-Zらが続く道の礎を築いた人物です。速水さんによれば、MCハマーがヒップホップシーンでここまでリスペクトされるのは珍しいことだといいます。
この本は山形浩生さんが翻訳しており、速水さんは本の件でインタビューをしたこともあるそうです。速水さんはMCハマーを、意外と根が真面目で二面性がある人物として捉え、そこにこそヒップホップの神髄があるような話だと語っています。
Palantirのミートアップ、2時間の列に並んでいたのは誰か
速水さんは、収録の数日前の26日に、Palantirのポップアップストアに行ってきました。厳密には、Palantir側は「ミートアップ」という言い方をしていたそうです。
Palantirのグッズ販売が渋谷で行われることは、前日にTwitterで急に告知されました。速水さんは列を見に行ったものの、あまりの長さに一度は諦めて帰ったといいます。
ところが、タイムラインで評論家の宇野常寛さんが並んでいることを知り、LINEも来たため、速水さんも並ぶことにしました。その時点で200〜300人ほどいて、結局2時間並んだそうです。
宇野さんは仕事のため途中で抜け、グッズの購入は速水さんに託されました。販売されたのはPalantirのバケットハットで、来場するとTシャツとポスターももらえたといいます。
速水さんが驚いたのは、並んでいる人の多くが、Palantirが何なのかをよくわかっていなかったことです。後ろの20代の男性は友達に頼まれて並んだだけで、ずっと一人でぼやいていたそうです。
僕の前にいた2人組っていうのも明らかにわかってなくて、「アメリカから来た新しいアパレルなんでしょ?」みたいな感じで喋ってるんだよね。
速水さんの見立てでは、こうした人が列の2〜3割はいたのではないかといいます。一方で、4人ほど後ろのグループはテック業界の新しいトレンドの話をずっとしていて、こういう人たちも来ているのだと把握しながら中に入ったそうです。
Palantirとはどんな会社で、会場には誰がいたのか
Palantirは、ピーター・ティール ── PayPalの共同創業者として知られる投資家。Facebookへの初期投資でも有名で、リバタリアン的な思想や政治的な発言でも注目されていますとアレックス・カープの2人が率いる会社です。CEOはカープで、ピーター・ティールは株主という立場です。
アレックス・カープの著書『テクノロジカル・リパブリック』は、アメリカでは去年発売され、日本でも数か月前に翻訳版が出て話題になりました。ミートアップにはカープ本人も来ていたといいます。
速水さんは、会場で見かけたおじさんがカープだったのではないかと話します。ただ、後で聞くとカープはかなり気まぐれな人で、45分だけいて帰ったそうで、会えた人はごく一部だったと考えられます。
Palantirのミートアップは、名刺交換会のように、お酒を飲みながら自分の仕事の話をする交流の場でした。Palantirは少し前から日本に支社を構えており、その渋谷のオフィスの近くで開かれたそうです。
速水さんや宇野さんのような野次馬も多かった一方で、AI技術に関心のあるエンジニアなど、交流を深めたい人も多く集まっていたのではないか、と速水さんは見ています。
会場で出会ったシンギュラリティ派と、超知能AIの終末論
速水さんは、2時間並んだのだからと3時間ほど会場に滞在し、何人かに声をかけました。Tシャツを着た、明らかにシンギュラリティ ── AIなどの技術が人間の知能を超え、社会が予測できないほど急激に変わるとされる転換点。技術的特異点とも呼ばれますコミュニティの人たちが何人かいたといいます。
話しかけた別の一人は、インド系のテック系の研究者で、やはりシンギュラリティに関心があると話していたそうです。速水さんは、バカにしているわけではないと前置きしたうえで、テクノロジーがもたらす社会の変化に興味を持ち、多くの本を読んでいる人たちだと受け止めています。
会場で話題に挙がったのが、ユドコウスキーの本です。「超知能AIが出てくると人類は破滅するのか」といった趣旨の長いタイトルで、早川書房から最近翻訳版が出た本だといいます。
速水さんもこの本を読み、面白かったと語ります。ユドコウスキーの本の主張は、未来の予測は大まかには当たるというものです。たとえばAIが人類の知能を超えることは、どこで線を引くかはともかく、いつかは起こると考えます。
ただ、それ(超知能の出現)が3ヶ月後なのか30年後なのかっていうのは非常に予測が難しいんだと。
そして超知能が出てきたとき、ロジカルに考えれば人類は滅びるだろう、というのがユドコウスキーの主張です。滅びに至るロジックは書かれている一方、その具体的な方法は予測不可能だとされている、と速水さんは説明します。
超知能の出現
AIはいつか人類の知能を超える。ただし時期は予測が難しい
ロジカルな帰結
超知能が出てくれば、人類は滅びるだろう
方法は不明
どうやって滅びるのかは予測不可能
速水さんは、この考え方をテクノロジー版の終末思想にすぎないと見ています。加速主義も終末思想の一種で、マルクス主義と何ら変わらないと考えると、そこまで新しいものではないといいます。
それでも、テクノロジーに関心がある人たちがそこに行き着き、その一部がPalantirに惹きつけられていることは興味深い、と速水さんは語ります。
軍需企業Palantirがポップアップを開く異様さ
速水さんは、そもそもPalantirは軍需企業であり、強いナショナリズムと結びついた企業だと指摘します。そうした企業がポップアップストアを開くこと自体がおかしく、そこにノコノコ行く自分もどうなのか、と自嘲気味に話しています。
速水さんによれば、カープの『テクノロジカル・リパブリック』はシリコンバレー批判の本です。この50年、シリコンバレーは無意味なアプリや消費者向けサービスばかりを作り、それがアメリカをダメにした、という主張だといいます。
『テクノロジカル・リパブリック』の論理では、アメリカはソフトウェアだけを作り、組み立てやものづくりの工程を海外にアウトソーシングしてしまいました。その結果、中間層を失い、国として停滞したとされます。
消費者向けアプリばかり作る
シリコンバレーが無意味なサービスに注力
ものづくりを海外へ
組み立てなどの工程をアウトソーシング
中間層の喪失
アメリカ自体が停滞する
国家との結びつき
テクノロジーはアメリカという国家と共に立ち上がるべき
だからこそテクノロジーはもう一度アメリカという国家と一緒に立ち上がらなければいけない、というのがPalantirの主張だと速水さんは説明し、「めちゃやばい話」だと評しています。
速水さんは、Palantirがキリスト教保守を抱えていることも、先ほどの終末思想と重なるのは偶然ではないと見ています。キリスト教が外から侵食されていることに対し、もう一度レコンキスタ ── 中世イベリア半島で、キリスト教勢力がイスラム勢力から領土を奪い返した一連の動き。国土回復運動とも訳されますを仕掛けるような意味があるといいます。
その視点に立つと、日本はまさに相手側の国です。キリスト教圏ではなく、アウトソーシングされた技術を引き受けた技術大国の筆頭だからです。
(Palantirという)会社が日本に進出するときに、なんかそのグッズ作って売るみたいなポップアップやるっていうのはさ、なんかあっと驚くようなことなわけ。
ピーター・ティールの加速主義と、マイケル・ジャクソンの「再臨」
速水さんは、ピーター・ティールについても触れます。アルゼンチンに移住した話に加え、先日朝日新聞が取り上げた、アメリカでのドーピングありの水泳大会に賞金を出している話です。
このピーター・ティールが支援する水泳大会は、通常の水泳の記録を超えると高額の賞金が出るもので、身体改造もOKだといいます。速水さんは、加速主義が極まっている話が笑い事ではなくたくさんあると語ります。
この状況っていろいろ耐えられない人たちが出てきてるよねっていう。マジかっていう、正気かっていうね。
終末が近づいていると思う人が増えるのも仕方ない、と速水さんは続けます。そして、再臨が近づいているといえばマイケル・ジャクソンだ、と話を移します。
マイケル・ジャクソンの伝記映画が6月に公開されます。速水さんは、神格化された神話の存在であり、老いることなくこの世を去ったマイケルが「再降臨」するという意味で、これをある種の終末論的な現象として捉えています。
1984年は何が変わった年だったのか
速水さんは、マイケル・ジャクソンが亡くなったとき、中央公論に「1984年のマイケル・ジャクソン」という趣旨の原稿を書いたことがあるといいます。ここから、その1984年の話が始まります。
1984年はロサンゼルスオリンピックの年です。速水さんによれば、ロスオリンピックはオリンピックの歴史の中でも重要な転換点でした。
大会プロデューサーのユベロス ── 1984年ロサンゼルス五輪の組織委員長を務めたピーター・ユベロス。民間資金による大会運営を進め、商業五輪の先駆けとされますは、1業種1社の公式スポンサー制度を作り、初めて大会を黒字化しました。ここから資本主義的なオリンピックの時代が始まったと速水さんは説明します。
1984年はマッキントッシュが発売された年でもあります。この年のスーパーボウルで、Appleはリドリー・スコット監督による重要なCMを流しました。
AppleのCMは、管理社会のようなディストピアを、ハンマーを持った女性が走ってきて打ち壊すという内容でした。その数日後に、マッキントッシュが発表されます。
速水さんは、AppleのCMがIBMの名前を出していないので厳密には比較広告ではないとしつつ、80年代序盤に市場の中心にいたIBM PCに対し、官僚的ではない新しいコンピューターとしてマッキントッシュが登場した伝説的な広告だと語ります。
さらに同じ1984年、マイケル・ジャクソンがペプシコーラのCMに出演します。「ビリー・ジーン」を替え歌にした「ニュー・ジェネレーション」のCMで、これも伝説のCMになりました。
ジョン・スカリーの移籍とペプシの大攻勢
Appleでは、その前年の1983年に、スティーブ・ジョブズがペプシコーラからジョン・スカリーを引き抜いていました。そのときの口説き文句は有名だと速水さんは紹介します。
「お前は一生砂糖水を作り続けるのか、それとも俺と一緒に世界を変えるのか」っていう口説き文句でスカリーを引き抜くっていうエピソードがあって。
ジョン・スカリーはペプシ時代、比較広告で知られた経営者でした。「ペプシチャレンジ」は、2つのコーラを飲ませてどちらが好きかを選ばせ、視聴者はペプシを選んでいると示す広告だったといいます。
スカリーがリドリー・スコットのCMにどこまで関わったかについて、速水さんは、おそらく彼のチームが具体的に作ったわけではないと見ています。ただ、マッキントッシュの発売とCMの時期にスカリーがAppleの上層部にいたことは間違いない、と話しています。
一方のペプシは、スカリーが去った後にマイケル・ジャクソンをCMに起用して大ヒットさせます。80年代半ばは、ペプシがコカ・コーラを追い越そうと大攻勢をかけていた時期でした。
マイケル対ロスオリンピック、コーラ戦争の代理戦争
ペプシが切り札として用意したのが、マイケル・ジャクソンへの500万ドルのオファーという破格の契約です。これは、コーラ戦争の最中の1984年の話でした。
一方のコカ・コーラは、この年のロスオリンピックの公式スポンサーとして1000万ドル以上を払っていました。ペプシとコカ・コーラはオリンピックのスポンサーの座を争い、勝ったのはコカ・コーラだったといいます。
敗れたペプシは、その年の広告費をマイケル・ジャクソンに投じました。速水さんが中央公論の原稿で書いたのは、これがマイケル対ロスオリンピックという1984年の代理戦争だった、という話です。
ロスオリンピックの公式スポンサーとして1000万ドル以上を支払う
スポンサー争いに敗れ、マイケル・ジャクソンと500万ドルの契約を結ぶ
速水さんは、ここから80年代の資本主義のルールが変わっていったと語ります。少し大げさかもしれないと断りつつ、それまでお金になると思われていなかったオリンピックが、ビジネスになったというのです。
ペプシとマイケルが一緒に始めたのが、ワールドツアーです。スタジアムツアーはそれ以前からあったものの、世界規模の大規模ワールドツアーはマイケル・ジャクソンが始めたことだと速水さんは話します。
日本でも、できて間もない東京ドームでマイケルのバッドツアーの公演が行われました。世界レベルのツアーが実現したのは、ペプシとマイケルの力によるものだったといいます。
オリンピックを使ったコカコーラと、マイケルを使ったペプシ、どっちがより大きい影響力持ってたのかっていうのは、簡単には比較できないとはいえ、それ自体が比較されるっていうこと自体が、ものすごい時代になったわけですよね。
ただ、費用対効果っていう意味では、やっぱりマイケルが圧勝だったんじゃないかなっていうね。
ただ、ペプシのCM撮影中にマイケルの髪に火が燃え移り、そこから整形手術が必要になっていくという悲しい話も、ペプシとマイケルの関係から生まれていると速水さんは付け加えます。
キングオブポップの神話と、シリコンバレーの神話
1984年当時のマイケル・ジャクソンは、すでに「スリラー」とそのミュージックビデオが大ヒットしていました。翌年には「ウィー・アー・ザ・ワールド」の中心人物にもなります。
この頃からマイケルは、チャリティーとワールドツアーを行い、数年に一度巨大なアルバムを出し、整形を繰り返すようにもなります。キングオブポップの神話はこの時期に形作られた、と速水さんは語ります。
速水さんは、ペプシがなくてもマイケルはマイケルだったとしつつ、ペプシがその神話を作る一つのピースになっていたと見ています。
マッキントッシュの側から見ると、ここからシリコンバレーの神話が始まったと速水さんはいいます。Apple IIから始まったと見る見方もあるものの、IBMがPCの世界でトップを取った後、そのライバルとしてマッキントッシュが登場しました。
Appleはカウンターカルチャー ── 1960年代のアメリカで広がった、既存の価値観や体制に反発する若者文化。ヒッピー運動などを含み、初期のパソコン文化にも影響を与えたとされますの空気を持った企業で、マッキントッシュはアーティスト用のツールとして定着しました。ジョブズが一時期離れながらも、iMacやiPhoneを経てシリコンバレー最大の企業となり、Google、Meta、Amazonがその後に続いていきます。
1984年から始まったターンは、Palantirによって終わるのか
速水さんは、1984年に始まったシリコンバレーの流れが、Palantirによって完全に崩される可能性があり、半ばもう崩されていると話します。Palantirは国家と結びつき、戦争によって大きな存在になろうとしていて、Appleのスタイルとは真逆だからです。
1984年のマッキントッシュから始まる、Appleを目指すシリコンバレーの流れ
国家と結びつき、戦争で大きくなろうとするアンチシリコンバレーのPalantir
一方、1984年にキングオブポップになったマイケル・ジャクソンは、2026年に伝記映画として再降臨します。速水さんは、このある種の宗教イベントがどうなるのか、実は全然流行らないのかも含めて、あと1か月ほどで答えが出ると話します。
1か月で答えが出るものは他にも多い、と速水さんは続けます。収録はチャンピオンズリーグ決勝当日の5月30日の昼で、応援するアーセナルが優勝できるのか、ワールドカップの開幕、そしてナフサ ── 原油を精製して得られる軽質の油。プラスチックなど石油化学製品の原料として使われますが足りているのか目詰まりしているのか、といった話題を挙げています。
グッズ担当者はカニエのグッズを手がけていた
エンディングトークで、速水さんはPalantirのミートアップで分かったことを話します。きっかけは、音楽家の渋谷慶一郎さんが、Twitterで速水さんの居場所を嗅ぎつけ、近くにいたため駆けつけてくれたことでした。
英語が堪能な渋谷さんは、Palantirのスタッフや関係者と話し、速水さんにも通訳してくれたそうです。マーチャンダイジング担当者との会話で、カニエ・ウェストやトラヴィス・スコットの名前が聞こえてきたといいます。
いや、彼が今日のグッズの担当で、パランティアのグッズ担当で、で、もともとカニエとかのグッズやってたんだってっていう話を教えてくれて。
この話を聞いて、速水さんはPalantirがアパレルのポップアップのような形を取った理由が読めたといいます。グッズをきちんと作ることや、東京のどこにオフィスを構えるのがいいかといった知見は、日本でポップアップを経験したこうしたスタッフがいるからではないか、と速水さんは推測しています。
速水さんは渋谷さんに感謝を伝えたうえで、こういう文化の礎は全部MCハマーだったと冒頭の話に戻し、番組を締めくくります。最後には、アメリカで飲むペプシは最高だ、と一言添えています。
まとめ
速水健朗さんは、Palantirのミートアップ体験を入口に、1984年のペプシとマイケル・ジャクソン、Appleのマッキントッシュを振り返り、そこから始まったシリコンバレーの時代がアンチシリコンバレーのPalantirによって終わりつつある、という見立てを示しました。
- Palantirのミートアップには、Palantirを知らずに並ぶ人とシンギュラリティ派が混在していた
- Palantirは国家と結びつき、消費者向けアプリばかり作ってきたシリコンバレーを批判している
- 1984年、ロスオリンピックのスポンサーとなったコカ・コーラに対し、ペプシはマイケル・ジャクソンに投資した
- マッキントッシュのCMから始まったシリコンバレーの神話が、Palantirによって崩されつつあると速水さんは見ている
- 2026年のマイケル・ジャクソンの伝記映画は、神話化された存在の「再降臨」として注目されている




