スマホシフトという「言うは易く行うは難し」の経営
川邊さんが副社長・社長を務めた期間の大きなテーマは、スマホシフトでした。iPadも登場していたため「スマデバシフト」とも呼んでいたといいます。
目指したのは、パソコンのインターネットを全面的に停止し、経営リソースをスマホに集中させることでした。ただ、これが言葉ほど簡単ではなかったと振り返ります。
難しさの理由は、ヤフーが上場企業だったことにあります。PCの収益が出ている一方で、スマホの収益が上がるまでには時差があったためです。
だんだんPCの収益が出てきて、スマホの収益が上がっていくのに時差があるわけですよね。利益水準を落としてもいいんだったら、いくらでも移行できるんです。
でも利益は成長させていきながら、その利益のクロスオーバーをやるっていうのが、むちゃくちゃ難しいわけですよね。
口ではスマホシフトを掲げて社員を焚きつけつつ、実際にはパソコンの収益もある程度維持・拡大させながら、いかに早くスマホで稼げるようにするか。そのやりくりを続けた副社長時代だったといいます。
資本市場から求められるのは、あくまで増収増益であり続けることです。利益をへこませてよいのなら、世の中の経営者はこれほど困らない、と川邊さんは話します。
辛くも成功したスマホシフトと、ものづくりの変化
話は、LINEやPayPayへの向き合いへと移ります。ただし、この収録は川邊さんの退任前だったため、後半の詳しい話は手短にとどめられました。
まず、スマホシフトは辛くも達成できたといいます。その「できた」には2つの意味がありました。
スマホがパソコンを上回り、スマホが牽引する形でインプレッションやユーザー数もクロスオーバーさせられた
減益はなく、なんとか増益のままスマホシフトを実現できた
そしてこの時期、サービスの作り方そのものが変わっていきました。川邊さんはもともと、自分たちの経験と企画力でサイトを作る時代のプロデューサーだったといいます。
いろんなデータを目で見て、自分の脳みその中でそのデータを一つの知恵に変えて作る、勘ですよね。
ところがスマホが登場したあたりから機械学習の技術が生まれ、人間の議論より先に「このUIはこう変えたほうがいい」「この人にはこの広告を当てたほうがクリックされる」と計算で示すようになりました。これがデータドリブン化です。
社長に就いた2018年には、ABテストの自動化など、その技術はとんでもないものになっていたといいます。広告のクリック率などで圧倒的な差が出るため、データドリブンに変えなければ業績が出ない状況になっていました。
スマホシフトを終えた川邊さんは、宮坂さんから社長を引き継ぎ、Yahooのサービスのデータドリブン化を掲げます。作り方を変えるという地味なテーマだったと振り返ります。
巨大事業の「ミッシングリンク」とLINE・PayPay
もう一つ川邊さんが意識していたのが、1つの巨大事業を立ち上げて横展開することでした。うまくいけば巨大プラットフォーマーになれる一方、それはめったにないことだといいます。
Googleは検索から、AmazonはEコマースから、FacebookはSNSから横展開していった。ヤフーにはそうした「大当て」が必要だと考えていました。
課題は2つありました。1つはSNSが弱かったこと、もう1つは決済です。
SNSの弱さ
YahooはSNSやインスタントメッセージの領域が弱く、何か手を打つ必要があった
モバイルペイメント
アリババの成功を見て、日本でも決済で地位を築けば金融・フィンテックへ横展開できると考えた
LINEとの経営統合
インスタントメッセージのLINEと同盟し、SNS的な領域に対処
PayPayの成功
モバイルペイメントを落とさないよう立ち上げ、大成功した
決済で地位を築けば、横に金融のフィンテックを展開できる。珍しく巨大なジャンルだからこそ、きちんと料理しようという思いがあったと語ります。
データドリブン化には一番時間がかかりました。LINEと経営統合したため、LINEの仕組みも含めて全部一緒にしてデータドリブン化する必要があったためです。結局7年ほどかかり、昨今ある程度終えられたといいます。
一方で心残りもありました。本当のSNSはここまで力を持つと思っておらず、そこは結局もてずじまいだったと振り返ります。
総括は「大丈夫、変われる」という自信
伊藤さんが、退任まであと1ヶ月ほどというタイミングでヤフー生活の総括を尋ねます。
川邊さんはまず「ものすごく楽しかった」と答えます。自由にサービスを作れ、時価総額2、3兆円規模の会社を切り盛りし、同規模の会社と合併するといった経験もさせてもらったといいます。
そしてこの日の話の中心が、イノベーションのジレンマをどう乗り越えるかだったと振り返ります。
やっぱり変化の対応、こればっかりやってたなっていう印象ですよね。
たくさんの変化に対応し、「変化への対応とはなんぞや」を学び、経験できた。そこから生じたものこそが、総括として一番大事だと川邊さんは語ります。
その結論は、シンプルなものでした。とどまることが一番のリスクであり、変わらなければいけない時は変わらなければいけない。だからこそ得た自信があるといいます。
スキルよりも、「大丈夫」という感覚と「変わることはいいことだ」という哲学。そして、変われるのかという恐怖に対して「大丈夫、変われる」と思える自信。それを得たことが総括だと話します。
読書と死生観──変化を楽しむという哲学
話題は、読書家である川邊さんの学びに移ります。大きな影響を受けた本として、まず挙がったのが『イノベーションのジレンマ』でした。
ホンダのバイクとハーレーダビッドソン、8インチと5インチのフロッピーディスク、ハードディスクの争いなど、数多くの事例が紹介されているといいます。
新しい技術が出てきて、最初は技術的に未熟だったとしても、新しいニーズを取り込むことによって、やがて元々あったニーズすらそれに置き換わっちゃう。
変化の激しいITやネット産業ではまさにこうした事象が起きるため、「絶対同じことになってるよね」と実証的に捉えられたといいます。
ほかにも、神戸大学の西名先生の失敗学、『ビジョナリー・カンパニー』などが役に立ったと挙げます。さらに小説では、吉村昭の『漂流』を勧めています。
『漂流』は史実に基づく江戸時代の漂流民の物語です。伊豆七島の先の島で7年ほど、食料も資源もアホウドリしかいない中を生き延び、奇跡的に帰還する話だといいます。
アホウドリを食べ、アホウドリの卵で栄養補給し、アホウドリの羽で服を作り、7年間ぐらいしのいでついに帰ってくる。「あいつよりかはマシ」みたいな。
続いて伊藤さんが、川邊さんの死生観を尋ねます。
諸行無常ですよね。万物は流転して一つにとどまることはないから、あんまり固執しない。変化を楽しむ。
変化は抵抗するものではなく、受け入れてエンジョイするもの。変化の激しい産業に身を置いてきたからこその哲学だと語ります。
トラックレコードと、影響を受けた2人
番組恒例の質問として、伊藤さんが現段階でのトラックレコードを尋ねます。
まず挙がったのが、現在のLINEヤフーの経営です。社長就任時に9000億円ほどだった売上が、今は2兆円を超えているといいます。
単体の事業でいえば、間違いなくPayPayだと川邊さんは話します。上場時の企業価値は約2兆円で、早晩3兆円規模になるはずだといいます。
そして、社会にいい意味でも悪い意味でも与えた影響でいえば、Yahoo!コメントだろうと振り返りました。
もう一つの恒例質問は、人生で一番影響を受けた人物です。川邊さんは2人を挙げました。
一人は孫さんですよね。単にインターネットのサービスをするのが好きでこの世界に入った僕を、ゴリゴリの資本主義の先兵に仕立て上げたのは孫さんですから。
もう一人は、いい仲間という意味で大沢たかおさんを挙げます。主体的に何でもやれるようになったのは、大沢さんの影響が大きかったといいます。
ノリが良くて頭がいい人ってやっぱ最高じゃないですか。大沢さんと出会えて、Yahooっていう大きな舞台で10年間一緒にやれたのはすごい良かったですね。
三足のわらじや事業主の話は、また別の機会に聞くことになりました。話はここで一区切りとなります。
まとめ
副社長・社長・会長として川邊さんが向き合い続けたのは、一貫して変化への対応でした。スマホシフト、データドリブン化、LINE統合、PayPayを経て手にしたのは、「大丈夫、変われる」という自信だったと語られています。
- スマホシフトの難しさは、増収増益を保ったまま収益をクロスオーバーさせる点にあった
- ものづくりは人間の勘から、機械学習によるデータドリブンへと変化した
- SNSと決済という2つの課題に、LINE統合とPayPayで向き合った
- 総括は、変化を恐れず「大丈夫、変われる」と思える自信を得たこと
- 影響を受けた人物として孫さんと大沢たかおさんを挙げた




