メルカリに3億円、手嶋浩己が語る「投資家じゃなかった」頃の勝負
IVS京都2026の会場で、伝説ラジオの出張収録が始まりました。最初に登場したのは、スカイランドベンチャーズの木下慶彦さんと、クロステックベンチャーズの手嶋浩己さんです。
2人の関係は長く、手嶋さんが以前勤めていたユナイテッドが、木下さんのファンドの最初の出資者だったと説明されています。LP出資 ── ファンドに資金を出す投資家をLP(リミテッド・パートナー)と呼ぶ。VCはLPから集めた資金でスタートアップに投資する
手嶋さんはもっとベンチャー投資をした方がいいって、僕は(手嶋さんが)VCの道を見出した男だ的な、前に言ってもらったことがあって。
手嶋さんのキャリアで最も知られているのが、メルカリへの投資です。ユナイテッドのバランスシートから、2013年に約3億円を投資したと語られています。
ただし、手嶋さんはこれを一般的なVCファンドからの投資とは違うと強調します。当時の手嶋さんは投資家ではなく、自らアプリを作る作り手だったからです。
手嶋さんが作っていたのは「ココッパ」という着せ替えアプリで、世界で5000万ダウンロードを記録したと話されています。iPhoneのホーム画面を着せ替えられるようにした世界初のサービスだったと語られています。
このココッパでIVSのローンチパッドに出て準優勝したことが、手嶋さんの転機になりました。1位がfreee、2位がココッパ、3位がマネーフォワード、4位がココナラという顔ぶれだったと振り返っています。
メルカリへの投資は、山田進太郎さんから「世界向けのアプリを作りたい」と相談を受けたことがきっかけでした。手嶋さん自身にフリマアプリの構想があり、それを全部話したことで一緒にやることになったと説明されています。
当時のメルカリはプレ15億円のバリュエーションで、他の投資家からの感触はあまり良くなかったといいます。手嶋さんが3億円を投資し、当時20パーセント弱を保有したと語られています。
無欲だったから乗れた、フリマアプリへの「10パーセントの勝負」
なぜメルカリへの大型投資に踏み切れたのか。手嶋さんは、当時が「無欲」だったからだと振り返ります。VCを長く続けると出口のことばかり考えてしまいますが、その時は純粋だったと語られています。
フリマアプリは絶対ある。で、勝ったら総取りに近いなっていうのは、(フリマは)ネットワーク効果がすごい働くビジネス。
手嶋さんは、勝てる確率は10から15パーセントほどと見ていたと話します。LINEやヤフーも参入してくると感じていたものの、勝てば大勝ちだと判断したと語られています。ネットワーク効果 ── 利用者が増えるほどサービスの価値が高まる仕組み。フリマアプリでは出品者と購入者が集まるほど便利になり、勝者が市場を独占しやすい
当時のユナイテッドの現預金は約20億円で、そのうち3億円を投じた形になります。手嶋さんは、自分で新規事業を作って利益を出せば返せるという感覚だったため踏み切れたと説明しています。
手嶋さんはメルカリが上場した翌日にユナイテッドを退任しました。1年前から辞意を伝えており、偶然そのタイミングになったと語られています。3億円の投資は、上場直後に一時8000億円ほどの時価総額のなかで約12パーセントを保有し、含みで1000億円弱になった計算だと話されています。
木下慶彦にとってのメルカリは「ANYCOLOR」だった
手嶋さんがメルカリを横目に見ていた頃、木下さんはANYCOLORを仕込んでいました。スカイランドが最初のラウンドで投資した会社です。
ANYCOLORの創業者は、木下さんと同じ立教大学の後輩でした。当初は「メタバースのアドネットワーク」を語る若者で、3人でやっていたのが1人になったタイミングで「事業ネタを一緒に考えられますか」と相談を受けたと語られています。
当時はライブ配信が注目され始めた時期でした。SHOWROOMの前田さんから、中国のライブ配信市場がすでに何千億円規模になっているという話を聞き、木下さんは「じゃあライブ配信でお願いします」と提案したと振り返っています。
後発だったため、特徴を出そうと何度か話し合ううちに、アニメのエフェクトでキャラクターを出すアイデアが生まれました。それが今のANYCOLORにつながっています。ANYCOLOR ── VTuberグループ「にじさんじ」を運営する企業。2022年に東証グロースに上場した
(ここまで来るとは)そんなうまくいくとはって、多分お互いに思ってないっていう。
一方で手嶋さんは、VTuber領域で「見る目がなかった」経験も明かします。カバー(ホロライブ)への出資機会が2、3回ありながら断ってしまったと語られています。
カバーの谷郷さんはVRの卓球ゲームを作っていた時期で、手嶋さんは投資の話にならないよう友人として気をつけて接していたといいます。その1ヶ月前に、木下さんの紹介でVTuber企業のピクトリアに投資していたことも背景にありました。
カバーを断った最大の理由は、VTuberへの連続投資への迷いでした。手嶋さんは、この経験から投資判断で相対化やバイアスをかけてはいけないという学びを得たと語っています。
学生起業家 vs 仕上がった起業家、対照的な2つの投資スタイル
渡邉さんは、手嶋さんと木下さんの投資スタイルの違いを指摘します。手嶋さんは「仕上がった起業家」に最初からリーチしてきたのに対し、木下さんは学生をいかに起業家にするかというスタンスだと整理されています。
シードアーリーでも比較的大きな金額を投資し、成功させる。得意なラウンドが後ろ寄り
20代の若手中心、学生起業が半分。最初のファーストインベスターとして投資し、事業を一緒に考える
スカイランドは20代の若手中心で、学生起業が半分ほどを占めると木下さんは説明します。基本はシードの最初の投資家として入り、事業を一緒に考える部分からやると語られています。
手嶋さんは、木下さんの真似はできないと語ります。瞬発力があり、考える前に動くところが、変に考えてしまうVCの職業病とは対照的だと話されています。
(木下さんは)考える前に動くじゃないですか。逆にVCとかって変に考えちゃったりするじゃないですか。
一方の手嶋さんは、投資サイズを増やしたときの難しさを実感しているといいます。木下さんは、そのステージに対して大きめのお金を渡して成功させる手嶋さんの成功体験はすごいと評価しています。
店舗系・非テックへ、VCが注目する「意外な投資先」
最近の投資先の話になり、手嶋さんは木下さんから紹介された起業家が、板前の会社を経て2社目で復活したケースを紹介します。前の会社が失敗したのは7年ほど前で、時空を超えて投資したと表現されています。
この2社目はガバメントテックの会社だと説明されています。木下さんが以前投資した会社からの間接的なリレーで、今年に入って投資したと語られています。ガバメントテック ── 行政や自治体の業務を効率化するIT・テクノロジー分野。GovTechとも呼ばれる
スカイランドの最近の投資テーマは、AI、エンタメに加えて、他のVCがあまりやっていないインバウンドの店舗や外国人向けの寮などだと木下さんは話します。
手嶋さんは、京都発祥の24時間ジム「ライフフィット」にリードインベスターとして投資しており、全国に急成長中だと語ります。ボクシングジムやお土産屋さん、ピラティスなど、非テック系への投資が続いていると説明されています。
手嶋さんが投資した横浜のお土産屋さんは、元ジャニーズJr.のトップだった高橋優斗さんが起業したものでした。両方はできないという条件のもと、起業に集中する姿勢を確認して2年ほど前に投資したと語られています。
なぜソフトウェア中心ではない領域に投資するのか。木下さんは、AIの競争が激しいなかで、リアル系ビジネスのほうが努力が返ってきやすい感覚があると話します。
手嶋さんの場合は、2021年頃から意図的に始めていたといいます。SaaS全盛期で他のVCが投資しなかったため、選り好みせずやっていたら「あそこならやってくれる」と案件が集まってきたと説明されています。
ビザ狙いでIVS参加、羅悠鴻と安藤奨馬のゲリラトーク
次に登場したのは、羅悠鴻さんと安藤奨馬さんです。飲み会のようなテンションで、伝説ラジオの吉村さんの回が失礼すぎて面白かったという話から始まりました。
安藤さんのIVS参加理由は、意外にもアメリカのビザ取得でした。登壇するとビザが取りやすくなるため、登壇目的で参加していると語られています。
(今すぐこの人を)国外追放した方がいいんじゃないか。
安藤さんはエレベーター広告の事業を手がけており、日本ではシェアをほぼ独占していると話します。この事業を三菱地所にM&Aでイグジットしたと明かされました。M&A ── 企業の合併・買収。スタートアップが大企業に会社を売却してイグジット(出口)を迎えることも指す
M&Aのきっかけは、中国でナスダック上場していた競合フォーカスメディアの日本参入でした。安藤さんは、この状況をポーカーに例えて説明します。
(競合が)ブラフで来たらこっち素人なんで、もう真顔でオールインじゃないですか。
安藤さんは三菱地所からM&Aで35億円超を調達し、真っ先に競合のもとへ行って「リアルキャッシュでここをやります」と伝えたといいます。相手がひよって、結果的に圧勝したと語られています。
M&Aから1年半ほど経った今もアクセンチュアで働いており、アナウンサーの岩田絵里奈さんがアンバサダーに就任するなど事業は伸びていると話されています。
Launchpad優勝が呼び水に、羅悠鴻のロボット事業と調達
羅悠鴻さんは、ベンチャーキャピタルと、IVS2024のローンチパッドに出たロボット会社「レナトスロボティクス」を手がけています。
レナトスはローンチパッドで優勝し、京都府から1000万円をもらったと語られています。羅さんは、IVSに出ていいことだらけだったと振り返ります。
(IVSに出て)まずその直後に日本郵政さんすぐ調達決まったし。(そこの)ロゴがあると今度また来やすい。
渡邉さんは、IVSでプレゼンスが出ると調達しやすくなると解説します。VCから見ると競争入札のような構図が生まれ、コンセンサスな存在になるためだと説明されています。
ただし、ファイナンスをやらないのにローンチパッドだけ出ても意味がないという指摘もありました。旬なうちにうまく活用することが大事だと語られています。
話題はIVSの攻略法に移ります。羅さんも安藤さんも、昼のメインセッションよりも夜の飲み会やサイドイベントを制することが重要だと口をそろえます。
渡邉さん自身も、最初にBダッシュに参加した際、番組の相方である新平さんが先輩たちに紹介して回ってくれたことがきっかけだったと明かします。自分は営業や売り込むタイプではないと語られています。
千葉功太郎・福山太郎が語る「小澤トイレ事件」と番組の裏側
続いて、千葉功太郎さんと福山太郎さんが登場します。ここからは、伝説ラジオそのものについての話が中心になっていきます。
福山さんは伝説ラジオの大ファンで、全部聞いていると語ります。過去のゲスト回を細かく引用しながら、番組への愛を語りました。
大好きです。あの、全部聞いてますし。憧れの場です。
千葉さんの回では「港区育ち」というエピソードだけが切り抜きで20万再生ほどされたと語られています。会う人ごとに「お坊ちゃまだったんですね」と言われるようになったといいます。
番組の特徴は、事前の質問リストがなく、当日まで何の連絡もないことです。3時間ノーカットで、休憩も編集もない形で収録されると説明されています。
福山さんは、過去に小澤さんがトイレに行った場面もそのまま放送されたことを引き合いに出します。渡邉さんは、会話がなくなった回はまだないと語り、止めない編集方針を明かしています。
千葉さんは、退役した元航空自衛隊F15パイロットを個人教師につけている話や、ウクライナで航空免許の合宿を取った話など、豊富なエピソードを披露しました。試験に出ない、敵機に追われながらの着陸を練習させられたと語られています。
話は「伝説ラジオからの投資」という展開にも及びました。福山さんが、ニューモの青柳さんの回を聞いて投資したいと思い連絡したと明かし、決まれば激アツだと盛り上がりました。
「岩やん食堂」とハート連打、ダブル岩崎が語るIVS攻略術
YOUTRUSTの岩崎由夏さんと、Pacific Metaの岩崎翔太さんが登場します。姉弟や兄弟だと勘違いされることがよくあるという「ダブル岩崎」です。
岩崎由夏さんは、IVSでのブース出店のプロと言えます。ただの展示会ではなく、ルールを無視してでも面白いものを作らないと人は来ないと語ります。
なんかもう、なんかようわからへんけど、「何の会社っすか?」つって入っていくような、なんか面白い何かを作らないと。
YOUTRUSTは複数フロアにブースを出しており、今年は公式でコンビニを運営しています。前年にIVS会場近くのファミマが閉店した事案を受けて、コンビニを始めたと説明されています。
YOUTRUSTのカルチャーとして、PR TIMESのハートボタンを社員全員で連打する話も紹介されました。9999まで押せるため、全員で20分ほどかけて連打すると語られています。
(ハートを連打しても)なんか見た人が驚くだけです。ただそれを見た人がとにかく驚くっていう。
岩崎翔太さんのPacific Metaは、ブロックチェーンのコンサルや開発の会社です。売上が最初に立ったのは、マグロの解体ショーがきっかけだったと語られています。
当時、海外のクリプトプロジェクトの日本展開のタイミングで、ポリゴンと一緒にマグロの解体ショーを日本で開催したところ、多くの顧客が取れたといいます。日本人も海外の人も集まる手法だと語られています。
話はIVSの盛り上げ方に発展し、タイミーで人を集めてブースを盛り上げるアイデアも飛び出しました。岩崎翔太さんの知人の結婚式二次会では、70人の出席者のうち30人がタイミーで募集した人だったというエピソードも紹介されています。
革ジャンを着た理由、赤川隼一と中澤理香が語るPodcast時代
最終盤に登場したのは、ミラティブの赤川隼一さんと、ニューモ広報の中澤理香さんです。IVS3日目で、みんな夏フェスの最終日のように疲れ果てていると語られています。
ミラティブは日本で一番ゲーム実況者が多いサービスで、2024年12月に東証グロースに上場したと紹介されています。赤川さんは新しいPodcast「偏屈チャーハン」を始めたことにも触れました。
赤川さんが革ジャンを着るようになったのは、けんすうさんから「革ジャンで出た方がいい」とアドバイスされ、翌日そのまま原宿で買いに行ったからだと明かされます。
(革ジャンは)残念ながら見た目っすみたいな話があって。なんかそういうのって乗った方がおもろいじゃないですか。
中澤さんは10年ほどスタートアップで広報を務めてきた人物で、メルカリで100人規模の頃から上場・2000人規模までを経験しています。趣味のPodcastも5年ほど続けていると語られています。
中澤さんは、伝説ラジオがPodcastの新しいフォーマットを作った感があると指摘します。青柳さんの回でも、3時間ノーカットで編集できないという取材依頼書に広報としてドキドキしたと明かされました。
青柳さんの回は、その後の採用候補者に多く見られ、入社を決めた人もいたといいます。「伝説採用」と表現され、番組の影響力が語られました。
伝説ラジオはこうして生まれた、番組誕生とゲスト続出の裏側
番組の由来も語られました。相方の新平さんがTwitterの名前を「伝説」でやっており、それが「伝説ラジオ」という名前につながったと説明されています。
新平さんが「伝説」を名乗り始めた背景には、YOUTRUSTの岩崎由夏さんの登壇があったと語られています。高校時代の新平さんが、人生のライバルを問われた岩崎さんの回答に影響を受けたといいます。
(新平さんは)僕は概念になりたいって言ってて、そこから概念っぽい何かを一生探してるっていう。
番組はノリで始まったと語られています。渡邉さんは、深夜に電話がかかってきて「今から3時間のポッドキャストを撮る」と呼び出され、第一号ゲストとして参加したと明かしました。
収録から8、9ヶ月ほどで、番組はまだ1年も経っていません。それにもかかわらず、出演した本業よりも「伝説ラジオの人」として知名度が上がっていくと手嶋さん(赤川さん)は語っています。
番組は収益化しておらず、広告も入れていないと語られています。聞きたい人に純粋に出てもらいたいという方針が明かされました。
伝説の「新体操ビル」、打率5割・累計1兆円のシェアオフィス
ビットスターの渡邉さんとアイデミーの石川さんの回では、伝説のシェアオフィス「新体操ビル」の思い出が語られました。イーストベンチャーズが運営していたHIVEのことです。
新体操ビルには、BASE、クラシルの堀江さん、そして無名だった頃のANYCOLORの田角さんなど、後に大成功する起業家たちが集まっていました。同じ階で寝食をともにしていたと語られています。
当時の環境は過酷でした。机の下に布団を敷いて寝泊まりし、トイレのシンクで頭を洗い、上から埃が落ちてくるような環境だったと振り返られています。
(インターン生が)机の下にもう布団が敷いてあって。で、寝泊まりそこでするみたいな感じ。
渡邉さんは、当時ベンチャーキャピタルから出資を受けている人がイケイケに見え、神々のように感じたと語ります。しかし実際にはバケツにお湯を入れて足湯をするような環境で、感性がずれていたと振り返っています。
新体操ビルからは、キャンドル、M&A総研の佐々木さん、TERAなど多くの起業家が輩出されました。石川さんは、この打率の高さを驚異的だと指摘します。
渡邉さんが新体操ビルに入った経緯も語られました。前に電気自動車のシェアリング事業をやっていて行き詰まったとき、Facebookでイーストベンチャーズのシェアオフィスとエンジニアアクセラレーターの投稿を見て応募したといいます。
渡邉さんはエンジニアではありませんでしたが、面接でタイガさんに「コード書けるんだよね」と言われ、「書けないですけど、なんとかなります」と答えて入居できたと明かされます。眼鏡をかけていて理系だったため、エンジニアだと思われ続けているといいます。
生活保護的な出資、タイガさんの「かわいそうだから」という判断
石川さんは、タイガさんから出資を受けた際のエピソードを語ります。企画書を持って六本木に行き、焼肉を食べながら「出すよ」と言ってもらえたといいます。
数年後に金子さんから聞いた話では、出資の理由は「かわいそうすぎて、出資しないとこの人ダメになっちゃうかも」というものでした。石川さんは熱意を持ってプレゼンしていたつもりだったといいます。
かわいそうだなと思って出資が決まったらしい。
石川さんはスタートアップ界の大御所のモノマネを得意としており、収録中に国光さんのモノマネを披露しました。SNSでバズったこともあるといいます。
このモノマネは、創業したての頃にネームバリューがないなかで、飲み会で興味を引くための特技として生まれたものでした。武器がない若者はモノマネをやれ、という教訓とともに語られています。
神々の遊びから1万人へ、渡邉拓が振り返るIVSとソーシャルの15年
ミラティブの赤川さんと渡邉さんの回では、IVSの歴史が語られました。赤川さんは2009年か2010年頃、20代の頃にIVSにフックしてもらった感覚があると振り返ります。
当時のIVSは200人ほどのクローズドなイベントで、経営者たちが集まる「神々の遊び」のように見られていたといいます。話題の中心はソーシャルゲームでした。
Twitterでハッシュタグ「#IVS」をつけた登壇のリアルタイム実況が流れ、それを見た人々の憧れを醸成していたと語られています。当時のTwitterはアルゴリズムがなく時間順で並んでいたため、ハッシュタグでまとめて話題を見ることが画期的だったと説明されています。
IVSが1万人規模になったのは、京都や沖縄で開催されるようになった数年前からだと語られています。代表が島川さんに代わり、世代を若返らせたことが大きいと評価されています。
赤川さんは、伝説ラジオのようにプレゼンスを出すことで、事業の初期検証がやりやすくなる側面があると語ります。だからこそ、たまには生存発信をしてプレゼンスを上げる必要があると感じていると話されています。
上が卒業しない業界、パチプロと並んだ「いかがわしい起業」の時代
渡邉さんは、この業界が長く続く理由を、始まりが若かったからだと分析します。20代で起業した人が15年経ってもアラフォーで、まだ現役だからです。
一方で木下さんは、上の世代が卒業しないため若手の枠が空きにくいという難しさも指摘します。カンファレンスで意識的に若返りを図らないと、いつも同じメンバーになってしまうと語られています。
渡邉さんは、DNAの共同創設者の川田さんから聞いた話を紹介します。かつて起業することは「起業するかパチプロになるか」というくらいやばいものだったというのです。
(当時は)起業するって言ったら、そんなんでパチプロパチンコで食っていけなくて、行くなよみたいな雰囲気で止められる。
渡邉さんがDNAに入社したのは2006年で、同期14人に東大出身は1人もいなかったといいます。当時のベンチャーは、学歴ではなく死に物狂いでやるものという雰囲気だったと振り返られています。
渡邉さんは、難波さんの最終面接で「この業界に入ったらサバイブだと思ってる人がいっぱいいるけど、君やっていける?」と問われたエピソードを語ります。当時は何も考えていないバンドマンだったといいます。
木下さんは、当時と比べてスタートアップが王道の選択肢の一つになったと指摘します。渡邉さんは、川上さんが「いかがわしくあれ」とわざわざ言うほど、当時はほっといてもいかがわしかったと語り、時代の変化を振り返りました。
まとめ
IVS京都2026の出張収録は、第一線のVCと起業家たちが投資の裏側や業界カルチャーを赤裸々に語る場となりました。メルカリやANYCOLORへの投資判断、伝説のシェアオフィスの思い出、そして伝説ラジオ自体の誕生まで、スタートアップ業界の熱量と歴史が詰まった内容でした。
- 手嶋浩己さんは「投資家じゃなかった」作り手の立場から、無欲だったからこそメルカリへの大型投資に踏み切れたと振り返った
- 木下慶彦さんはANYCOLORのシード投資で、後発ゆえの特徴づくりを一緒に考えたことが成功につながったと語った
- AI競争が激しいなか、店舗系や非テック領域など「他のVCがやらない」投資先に注目が集まっている
- IVS攻略は昼のセッションより夜の飲み会やサイドイベントを制することが鍵で、プレゼンスが調達や検証を後押しする
- 伝説のシェアオフィス「新体操ビル」は打率5割超・累計時価総額推定1兆円という驚異的な実績を残した
- 起業がパチプロと並ぶ「いかがわしい」ものだった時代から、王道の選択肢へと業界は大きく変化した




