熱中症とお盆明けに注意したい「暑熱順化」
本編に入る前に、小橋さんはお盆明けのこの時期に特に注意が必要な熱中症について触れています。熱中症対策は5月から9月ごろまで必要ですが、なぜ今改めて伝えるのかには理由があると話します。
そのカギが暑熱順化です。人間の体は1週間から2週間ほどで暑さに慣れていく一方、数日以上暑い環境から離れると、その効果がまたゼロに戻ってしまうといいます。
そのため梅雨前、梅雨明け、お盆明けは暑熱順化の観点から注意が必要とされています。先週が夏休みでずっと涼しい環境にいた人は、特に気をつけてほしいと呼びかけています。
そもそも「倫理」とは何か、哲学や道徳とどう違うのか
ここから本編です。小橋さんはまず、倫理の土台となる哲学を、万物の根源やあり方、善や正義といった普遍的な問いを考え、本質を追求していく行為だと捉えていると説明します。
では哲学に対して倫理とは何か。古代ギリシャではタレスやソクラテス、プラトン、アリストテレスといった哲学者が倫理の走りとも言われ、日本では神道、儒教、仏教、道教が影響し合いながら倫理が形成されたといいます。
辞書で倫理を引くと「社会生活で人の守るべき道理」「人が行動する際、規範となるもの」とあります。倫は人の輪や仲間、理はことわりを意味すると小橋さんは補足します。
ただこの定義は堅苦しいとして、もう少し噛み砕いた表現を示します。困った時や葛藤した時に道を照らしてくれる存在、という捉え方です。
もっと一言で言うと、羅針盤だとか、よりどころ、もしくは行動規範。そういったものを倫理として捉えていけばいいんじゃないかなと思います。
道徳との違いについては、道徳がどちらかというと個人的な行動規範であるのに対し、倫理はより社会的な行動規範として使われることが多いと説明します。職域では職業倫理という形になります。
医療だけでなく政治、放送、教育、メディア、テクノロジーなど、さまざまな分野の団体が倫理指針や倫理綱領を出しています。小橋さんは職業倫理を、会社でいうミッション・ビジョン・バリューに近いイメージだと表現しています。
どちらかというと個人的な行動規範として使われることが多い
より社会的な行動規範として使われることが多く、職域では職業倫理となる
ヒポクラテスからジュネーブ宣言へ、医師と看護師の倫理の歴史
産業保健専門職は医師や看護師といった資格をベースにしているため、小橋さんはまず医療周りの職業倫理を振り返ります。医療と倫理の歴史は長いといいます。
医師でいえば有名なのが、医学の父として知られるヒポクラテスの誓いです。本人の言葉かは諸説あるものの、これが元祖とされています。
世界医師会は1948年、この誓いをベースにしたジュネーブ宣言を、翌1949年にはそれを具体化した国際倫理綱領を出しました。さらに1964年に医学研究に関するヘルシンキ宣言、1981年に患者の権利に関するリスボン宣言なども出しています。
看護師では、近代看護の母フローレンス・ナイチンゲールにちなむナイチンゲール誓詞が1893年にアメリカの看護学校から出されました。これをベースに、国際看護師協会が1953年に看護師の倫理綱領を出しています。
日本でもこうしたグローバルな倫理綱領を参考にしながら、日本医師会や日本看護協会がそれぞれ医師や看護師の倫理綱領を出していると、小橋さんは全体像を整理します。
ジュネーブ宣言が示す「人類への奉仕」と自身の健康
具体的に何が書かれているのか。小橋さんは1948年に世界医師会が出したジュネーブ宣言の最新版から、いくつかの言葉を紹介します。
第1文からすごいと言って読み上げたのが、次の一節です。
私は自分の人生を人類への奉仕に捧げることをここに誓います。
いや、人類への奉仕と。これはもう背筋が伸びますね。
ジュネーブ宣言には12から13ほどの誓いの言葉が並びます。患者の健康やウェルビーイングを大事に考える、自立性と尊厳を尊重する、差別や人権侵害をしない、秘密を守るなど、ごもっともな内容が続くといいます。
そのなかで小橋さんが産業医の視点から特に心を打たれたのが、医師自身の健康に触れた一節でした。
私は最高水準の医療を提供するために、私自身の健康やウェルビーイング、そして能力向上に専念します。いや、これいいですよね。
医療職は真面目で熱心な人が多い一方、特に日本では滅私奉公的になりがちだと小橋さんは指摘します。自分自身が健康的な生活を送れていないと、最高水準の医療も持続的な奉仕活動も、どうしても限界が来てしまうからです。
万人が合意できる「医療倫理の四原則」
もう一つ小橋さんが紹介するのが、1979年にビーチャムとチルドレスが提唱した医療倫理の四原則です。自立尊重の原則、無危害の原則、善行の原則、正義公平の原則の4つからなります。
これは基本的にこれまで紹介した倫理綱領の延長線上にあるものですが、いろんな人のいろんな意見が飛び交う場面でも、多くの人が合意でき、多種多様な問題に応用できる原則のセットだと説明します。
広く我々医療に関わる者にとっては、通奏低音として流れているような、そんな倫理原則になります。
患者ではなく「働く人」を見る、産業保健ならではの難しさ
医療周りの職業倫理を踏まえたうえで、小橋さんは産業保健専門職の立ち位置に話を移します。産業保健専門職は医療のフィールドを超えて、企業のフィールドで活動しているからです。
そうなると対象は患者というより働く人全般になり、治療というよりは仕事との両立を考えることになります。本人だけでなく会社全体、場合によっては社会全体を見ていく必要が出てきます。マクロでいえば、産業保健は公衆衛生の一部だからです。
関わる医療外の関係者も増え、情報の取り扱いもより複雑でセンシティブになります。その上で、産業保健専門職は適切な立ち位置を維持しながら業務を遂行しなければなりません。
そうなると、医療の倫理指針だけではカバーできない部分、時にはバッティングしかねない部分が出てくると小橋さんは指摘します。医療と企業では目的が違うからです。
企業にとって健康は大事ですが、あくまで手段でもあります。労使関係の根本は労働契約であり、健康になることではなく働くことだと小橋さんは整理します。
その中で、個人にとっても組織にとっても社会にとっても何が最適解になりうるのかを考えていく必要があります。だからこそ医療の倫理をベースにしつつ、産業保健領域における倫理を身につけていく必要が出てくると話します。
対象は患者、目的は治療。本人の健康を第一に考える
対象は働く人全般、健康は手段。個人・組織・社会の最適解を考える
出しっぱなしにしない、動的なプロセスとしての倫理
今回紹介したものはあくまで一部だと小橋さんは断ります。哲学にいろんな流派があるように、似てはいても、いろんな団体がいろんな倫理指針や倫理綱領を出しているといいます。
どれか一つが正しいとか、どちらが偉いという話ではなく、比べてみると面白いかもしれないと話します。また、一度出したら出しっぱなしではなく、時代とともに改定されることも多いといいます。実際、ジュネーブ宣言も現時点で4〜5回ほど改定されています。
だからこそ倫理は芯はあるが硬直もしない、という柔軟性を持つと小橋さんは表現します。状況に合わせて考え、関係者と対話し、必要に応じて見直していく動的なプロセスを含めて倫理だと締めくくります。
常に状況に合わせて考えて、関係者と対話をして、必要に応じて見直していく、そういう動的なプロセスを含めて倫理だと、そういうことになるかなと思います。
次回はいよいよ産業保健領域における倫理指針として、ICOH国際的な産業保健の学会における倫理コードと、日本産業衛生学会をはじめとした国内の産業保健専門職の倫理綱領を中心に取り上げる予定だと予告しています。
まとめ
この回は、産業保健専門職が拠り所とすべき倫理を、哲学と倫理の違いから医療倫理の歴史、そして産業保健ならではの難しさへと順にたどる内容でした。倫理は固定された答えではなく、対話しながら見直す動的なプロセスだという視点が示されています。
- 倫理は困った時や葛藤した時に道を照らす羅針盤・よりどころ・行動規範として捉えられる
- 医療倫理はヒポクラテスの誓いから始まり、ジュネーブ宣言や看護師の倫理綱領へと受け継がれてきた
- ジュネーブ宣言には、医師自身の健康やウェルビーイングへの専念も明記されている
- 産業保健では対象が働く人全般となり、医療の倫理だけではカバーしきれない場面が出てくる
- 倫理は出しっぱなしにせず、時代や状況に合わせて見直していく動的なプロセスである


