倫理に「絶対の正解」がないのはなぜか
この回は、前回に続いて医療や産業保健にまつわる倫理をテーマにしています。小橋さんはまず、倫理はこれが絶対というものではないという前提を置きます。
その理由として、前回紹介した医療倫理の四原則を挙げます。原則同士がぶつかった場合にどうするのか、もっと関係性やナラティブな要素を入れてもいいのではないか、といった議論がありうるからです。
さらに小橋さんは、倫理や哲学のベースにある思想、いわば「OS」が西洋と東洋で決定的に違うと話します。
西洋は古代ギリシャのプラトンのイデア論を起点に、二元論や理性を重視してきました。中世でキリスト教と融合し、近代以降はデカルトの自我やニーチェの超人に象徴されるように、絶対的な個人を中心に据える考え方が出てきます。
一方の東洋、たとえば日本には、あらゆるものに神が宿るという八百万の神のアニミズム的な考え方が神道のベースにあります。そこでは人間は自然の一部であり、物事を単純に切り分けられるものではないと捉えられます。
そのため個人という概念も絶対的なものではなく、あくまで関係性の中で構築されていく共同体的なものになる、と小橋さんは整理します。
MacのOSにWindowsのアプリを無理やりインストールしても、うまくワークしませんわって話になるかと思うんですけど、人間もそれは一緒だと思うんですよ。
小橋さんは、どちらが正しいとかどちらが偉いという話ではないと強調します。西洋と東洋のそれぞれに強みも課題もあるという立場です。
そのうえで、自分との対話や自分以外との対話を通じて、グローバルから個人までのそれぞれのコミュニティでより良いものを積み上げていくプロセスが、倫理や哲学を考えるうえで本質的に重要だと話します。
1906年発足のICOHがつくった国際倫理コード
本編ではまず、グローバルな倫理指針から取り上げます。世界最大の国際的な産業衛生の学会であるICOHが、1992年に「産業保健専門職の国際倫理コード」を公表しています。
この国際倫理コードは、その後2002年、2014年と改定されてきました。小橋さんは、基本的な骨格は大きく変わっていない印象だと話しつつ、時代の変化に呼応する形で見直されてきた経緯を説明します。
コードの冒頭には、そもそもなぜ国際的な倫理コードを作ったのかが書かれています。理由は大きく2つです。
1つ目は、産業保健専門職が労働者、企業、地域、行政といった多くの利害関係者と関わるため、複雑で競合する責任を負うことがあるという点です。
たとえば企業秘密を守る義務と、労働者の健康を守るために情報を開示する義務が、同時に発生してぶつかるような場面です。
2つ目は、こうした責任が産業医や保健師だけでなく、心理士、療法士、測定士など、働く人の健康に関わるすべての専門家に関わってくるという点です。だからこそ、それぞれの専門職が共通の行動規範を持つことが不可欠だと述べられています。
ILOとWHOが定めた産業保健の目的
コードのイントロダクションでは、産業保健活動の目的が改めて確認されています。これは1995年にILOとWHOの合同委員会が採択した定義に基づくものです。
その定義では、働く人の身体的・精神的・社会的な健康を、できる限り高いレベルで保ち、さらに良くしていくことが目的とされます。つまり仕事をすることで健康を害してはならない、という考え方です。
小橋さんは、健康面からの人と仕事とのマッチングが大事なのだと補足します。産業保健の目的を忘れるな、という念押しがコードの最初でされている、と説明します。
産業保健専門職に求められる三大原則
コードは、産業保健専門職が持つべき行動規範として、三大原則を掲げています。小橋さんはそれを順に紹介していきます。
1つ目の原則は、働く人や組織の健康はもちろん、地域環境や公衆衛生にも貢献していくというものです。そのためにも専門知識と倫理観を常に最高度に保つことが求められます。
2つ目の原則は、働く人の命や健康を守り、人間の尊厳を尊重するというものです。そのために誠実で公平であること、守秘義務を守ること、特に健康情報やプライバシーを保護することが挙げられています。
3つ目の原則は、専門的な独立性を保つというものです。専門職自らがスキルを磨き、独立性が担保される環境を築いていくことが求められます。
コミュニケーションと情報の取り扱いで求められること
三大原則を踏まえたうえで、産業保健専門職に具体的に求められる行動を、小橋さんはいくつか紹介します。
まずコミュニケーションです。労働衛生上のリスクや具体的な予防措置について、労働者と経営者の双方に、専門的な見地からわかりやすく伝えることが求められます。
看過できないリスクが続く場合には、時にエスカレーションもしていくこと。わからないことがあっても一人で抱え込まず、必要に応じて他の専門職と連携すること。こうした透明性のあるコミュニケーションが推奨されています。
次に情報の取り扱いです。ここは特にシビアだと小橋さんは言います。健康診断をむやみやたらに実施するのではなく、フィットツーワークなど産業保健の目的と照らし合わせ、必要な項目について本人に説明したうえで適切に実施することが求められます。
そうやって取得した生の健康情報は、専門職の中など限られた人の間でのみ扱うこととされています。会社に就業上の意見を伝える必要がある場合も、就業措置に必要な最低限の健康情報の共有にとどめる、と説明されます。
企業秘密と情報開示がぶつかったときの優先順位
一方で、企業秘密を守る義務と、労働者の健康を守るために情報を開示する義務がぶつかる場合があります。
コードでは、こうした場合は後者を優先すると明確に書かれている、と小橋さんは説明します。
公衆衛生、労働者に限らず、地域社会の安全とか健康を守るために必要な情報は、開示することを躊躇しちゃダメですよと。
契約に独立性を書き込ませる踏み込んだ条文
こうした職責を全うするには独立性が欠かせません。コードはこの点でかなり踏み込んだ記載をしている、と小橋さんは指摘します。
たとえ雇用関係であっても、契約書に独立性を担保する条文や、お互いにこの倫理コードを守るという条文を入れるよう、専門職自ら要求しなさいとされています。
その要求を受け入れてくれないような会社とは契約をするな、みたいな、そんなことが結構踏み込んで書いてありまして。
その要求を受け入れない会社とは契約するなとまで書かれている点に、このコードが独立性をどれだけ重視しているかが表れている、と小橋さんは述べます。
小橋さんは、この国際倫理コードは労働条件や就業制限を検討する際の考え方など、いろいろな論点に具体的なところまで踏み込んでいる印象だと話し、興味があれば原文を読んでほしいと呼びかけます。
旧倫理指針から倫理綱領へ、日本の位置づけ
続いて国内に話を移します。日本産業衛生学会は、ICOHの国際倫理コードをベースとして、2000年に「産業保健専門職の倫理指針」を出しました。
そして今年、それから25年を経て、より根源的なよりどころという位置づけで「産業保健専門職の倫理綱領」を新たに出しました。これがこの回の旬なトピックです。
小橋さんは、2000年のものを旧倫理指針、2025年のものを倫理綱領と呼び分けます。いずれもICOHの国際倫理コードを参照しているため、基本的な趣旨はほぼ一緒だという認識です。
共通して触れられているのは、産業保健専門職の中核的な使命、公衆衛生や環境権との連携、守秘義務とプライバシーの保護、独立性の担保、そして企業秘密と情報開示の考え方です。これらは旧倫理指針でも倫理綱領でも扱われています。
「労働者」から「働く人」へ、対象の広がり
ここから小橋さんは、ICOHと日本産業衛生学会の違い、そして2000年の旧倫理指針と2025年の倫理綱領で変わった点を見ていきます。
まず目についたのが、産業保健の対象だといいます。ICOHや旧倫理指針では「労働者」という表現が使われていました。
一方、倫理綱領では「働く人(労働契約を締結する労働者にとどまらない)」という形で、対象を働く人全般に明確に規定しています。
この背景には、フリーランスやギグワーカーといった人たちの労働問題が、労働安全衛生上も大きな課題になっている状況があると小橋さんは見ています。経営者個人の健康についても、個人的に課題意識を持っていると話します。
人権・DEIが「ガツンと」入った倫理綱領
次に、人権やダイバーシティ、いわゆるDEIについてです。ICOHには記載がありましたが、旧倫理指針には明記がなく、今回の倫理綱領でかなり強く入ってきた、と小橋さんは指摘します。
小橋さんは、第3回でも伝えた通り、健康問題は人権問題そのものだと述べます。
そのうえで、日本のOSは人権に対して歴史的に少し弱いのではと感じるところもあると話し、改めて産業保健専門職に人権の意識を持たせることは大変意義があると評価します。
日本ならではの共同体的な倫理観
逆に独立性については、日本でも謳われているものの、旧倫理指針や倫理綱領には独自の表現があると小橋さんは指摘します。
専門職であることと所属組織の一員であることを両立させる心構えを持つ、というような記載があって。
こうした表現はICOHの中にはダイレクトには見当たらない、と小橋さんは言います。そこから、日本の産業保健にはみんなでやっていこうという共同体的な考え方が根付いているのではないかと読み取ります。
ほかにも、話を聞いてもらうためには自らが規範となってルールを守れ、ふわっとした健康経営ごっこばかりやるな、地球規模で環境保健を考えていけといった、日本オリジナルな部分が細かく出てくると紹介します。
そのうえで小橋さんは、ICOHよりも日本産業衛生学会のものの方がシンプルで読みやすいので、興味がある人は原文を見てほしいと勧めます。
対象は「労働者」。独立性を強く打ち出し、契約への条文明記など踏み込んだ記載がある
対象を「働く人」全般に拡張。DEI・人権を強く明記し、組織の一員との両立という共同体的な表現がある
最もマニアックな2回と、40歳の節目
小橋さんは、2回にわたって医療・産業保健分野の倫理を取り上げてきたことを振り返ります。産業保健専門職がこうしたものをベースに普段の活動を行っている、というのがなんとなくでも伝わればよかったと話します。
紹介しきれなかった倫理指針については、概要欄にリンクを貼るので確認してほしいと案内します。
そして、産業医の本音史上最もマニアックな2回だったとしつつ、ここまで聴いた人への感謝を述べます。この2、3週間はこのテーマで頭がいっぱいで、下調べは思っていたより大変だったと明かします。
しかも私、今日40歳の誕生日なんですよ。30代のラスト、華やかに散っても良かったんじゃないかなと思うところなんですけれども。
結果的に倫理と哲学の沼に埋もれているうちに誕生日を迎えてしまった、と小橋さんは語ります。これは文字通り不惑だと述べ、産業医として、ワンセルフとして、働く人・組織・社会の健康課題解決に愚直に取り組んでいきたいと締めくくります。
まとめ
この回は、ICOHの国際倫理コードを軸に、日本産業衛生学会の倫理綱領と旧倫理指針を比較する解説でした。共通の骨格を確認しつつ、対象の広がりや人権の明記、日本ならではの共同体的な表現といった違いが浮かび上がりました。
- ICOHは1992年に国際倫理コードを公表し、2002年・2014年に改定してきた
- 企業秘密と労働者の健康の義務がぶつかる場合は、健康を守るための開示が優先される
- ICOHは独立性を重視し、契約に条文を入れさせるなど踏み込んだ記載がある
- 日本の倫理綱領は対象を「労働者」から「働く人」へ広げ、DEIや人権を強く明記した
- 日本には、専門職と組織の一員を両立させるという共同体的な倫理観が見られる


