2日間で10時間超、2つの登壇を振り返る
冒頭で小橋さんは、この回を収録したのが2月15日の日曜日だと明かします。直前の2日間に、性質の異なる2つの登壇を続けてこなしたと振り返ります。
1つ目は2月12日の夜、株式会社パスナの本社で行った保健師向けセミナーです。テーマは産業医と保健師の連携でした。
2つ目は翌日、朝から福岡へ移動して行った産業医科大学の修練医向けの講義です。産業医活動の実際について話し、その後には懇親会もあったといいます。
2日間で合計10時間以上喋り続けた結果、収録時点では声が少し枯れていると小橋さんは語ります。この回は、その2つの登壇のダイジェスト版を公開する内容になっています。
保健師から寄せられた産業医への「本音」
パスナでのセミナーは、前半に産業医サイドと保健師サイドそれぞれの立場から講演し、後半は参加者とのグループワークセッションを行う構成でした。これが非常に盛り上がったと小橋さんは振り返ります。
その中で保健師から産業医に対して、さまざまなコメントが寄せられました。どういう時に産業医に相談したらいいのか、困難なケースで産業医と保健師がどう役割分担して面談を進めればいいのか、といったオーソドックスな相談です。
一方で、産業医にまつわる「お悩み相談」のような声も多く出たといいます。
産業医の先生が忙しそうだから質問しにくいとかですね。
小橋さんは、自身が元々救急医だったこともあり、気持ちがわかるという事例も紹介します。元救急の産業医が、意見はバシッと言ってくれるものの主語を言わないため、結局何が言いたいのか伝わらない、という声です。
これらの相談に対して小橋さんが基本に置く考え方はシンプルです。
抱え込みも丸投げもせず、保健師っていう専門職の立場で考えていること、感じていること、なるべく多く話していただきたい。
ただし適切な仕事の進め方は組み合わせによって様々なので、究極的には保健師と産業医で対話を繰り返していくことになると小橋さんは言います。それでも難しいなら、リプレースやセカンドパートナーとの契約の検討という話になってくるかもしれません。
産業医は保健師をどう頼っているのか
産業医の立場から小橋さんが伝えたのは、産業医が保健師をどう見ているかという点です。
具体例として挙げたのが、産業医が本人に厳しいことをどうしても伝えなければならない場面です。産業医面談をしていれば必ず遭遇する状況だといいます。
そんな時に保健師がその場にいてくれると、どんなに心強いか、と小橋さんは語ります。たとえば厳しいことを伝えた後のフォローを、産業医ではなく保健師に任せる、という役割分担ができるためです。
さらに、本人・上司・人事・産業医それぞれの意見が違う時や、うまく連携できていない時にも、保健師の存在が効いてきます。保健師がハブやクッション、あるいは「クロコ」という表現をする人もいるといいます。こうしたコーディネートがあると、物事がうまく回る場面はたくさんあると話します。
保健師が「伝書鳩」になってしまう落とし穴
一方で小橋さんは、産業医が保健師を頼ることの裏側にある注意点を指摘します。頼れるからこそ、産業医が保健師に甘えてしまう構図が生まれるという問題です。
本来は本人・上司・人事・産業医がそれぞれ直接コミュニケーションを取るべきなのに、みんなが保健師にだけ言いたいことを言い、当事者同士は会話をしない。そうなると保健師が板挟みになってしまいます。
そういう保健師さんが伝書鳩というか、サンドバッグになっちゃう、そういう事例も少なからず見てきました。
だからこそ、そういう状態にならないよう、お互いのコミュニケーションを促していくことが大事だと小橋さんは言います。そして、そこは産業医がサポートすべき領域だとも述べます。
セミナーでは、そうした状況になったら遠慮なく言ってほしい、という趣旨を保健師に伝えたと振り返ります。会は和やかに終わり、機会をくれたパスナと参加者への感謝を述べました。
専門職チームがぶつかり合う、産業保健ならではの事情
翌日の産業医科大学での講義に話は移ります。相手は後輩の修練医たちで、臨床医系のコースに進んだ人も多く含まれるため、小橋さんにとっては結構アウェイな場だったといいます。
そこで小橋さんは、自分の産業医人生を語る構成にしました。複数社の統括産業医の経験と、産業保健サービスを提供する経営者の経験が、卒業生の中でもオリジナリティを持って話せる部分だと考えたためです。
ただ産業医の話だけでは臨床医志望の先生には刺さらないと考え、どんな道でも共通する部分を強調しました。それがチームマネジメントとマーケティングの2つです。
チームマネジメントで小橋さんが挙げたのは、専門職ならではの難しさです。専門職は一般的に思いが強いことが多く、お互いの価値観がぶつかり合うことが少なくないといいます。
さらに、産業保健と臨床では働き方の前提が違うと小橋さんは指摘します。臨床医はそれぞれ外来や担当患者を持ち、シフト勤務もあるため、ずっと一緒にいることはありません。
一方、産業保健では同じ部屋で同じ人と月曜から金曜まで朝から晩まで一緒にいることが珍しくない。だからこそ、それはそれできついと小橋さんは率直に語ります。
一言一言のコミュニケーションというか、言葉選びがより重要になってきますし、一定の距離感を保つっていうのが臨床以上に大事なことになってくることが多いんですよ。
「人」ではなく「事」に向かうチームバリューの作り方
距離の近さゆえに、小橋さんはリーダーとして、臨床では意識せずできていたことをあえて言語化する必要を強く感じたといいます。その核心が、人ではなく事に向かうという姿勢です。
ポイントは、ルールを個人の価値観として押しつけないことだと小橋さんは言います。自分の価値観ではなく、チームの価値観としてみんなで守るものだ、という形でコミュニケーションを取る必要があるという考え方です。
そうしないと、いつまでも個人の価値観のぶつかり合いから抜け出せません。だから、個人の価値観の善し悪しではなく、うちのチームとしてはこっちの価値観を評価しますという伝え方をするのだと語ります。
他のチームでは別の価値観が評価されるかもしれないが、うちはこちらだと明示する。そうやって進めないと、チームとして有機的に物事を進められないといいます。だからこそ統括産業医としてチームバリューを作ってきた、という話をしたと振り返ります。
優先順位の「決め方」を決める
チームマネジメントのもう1つの論点として、小橋さんは優先順位を挙げます。何を大事とするかは人によってバラバラだからです。
たとえば小橋さん自身は健康診断の事後措置が今は最も大事だと考えていても、別のスタッフは禁煙対策が最優先だと考えるかもしれません。そこには人それぞれの正義感や優先順位があります。
大事になってくるのが、優先順位の決め方を決めることですね。
具体的な手法として小橋さんが挙げたのが、緊急度と重要度のマトリックスです。緊急度はいいとして、ポイントは重要度をどう評価するかだといいます。
重要度には複数の評価指標を組み込むと小橋さんは言います。それをすること・しないことが個人の健康レベルにどれくらい影響するのか、会社の経営にどれくらい影響するのか、そもそも法的に義務なのか、といった観点です。
これらを点数化することで、優先順位に客観性を持たせられます。さらに小橋さんは、緊急度と重要度に加えてコストも指標に挙げます。どれだけの時間・人・お金がかかるかによって、最終的な優先順位は変わってくるためです。
評価指標を設定
緊急度・重要度・コストの3つを軸にする
重要度を分解
健康への影響・経営への影響・法的義務などの観点を組み込む
点数化
各指標を点数化して客観性を持たせる
意思決定
何を今やるのか、何は今やらないのかを決める
こうして緊急度・重要度・コストを点数化し、何を今やって何をやらないかを決める。この意思決定の仕組みをルールとして業務に組み込んでいくのだと小橋さんは説明します。
主体性を生む役割分担とミーティング運用
小橋さんはチームマネジメントの実践として、役割分担にも触れます。責任と権限を明確にすることがポイントです。
たとえばこの仕事については誰が何と言おうが最終的にその人が決める、ということをチーム全体にわかってもらう。そうした権限の所在をはっきりさせる話をしたといいます。
もう1つがミーティングの運用です。課題を共有するのはいいものの、ともすれば単なる不平不満の言い合いになってしまいかねないと小橋さんは指摘します。
そこで小橋さんが勧めるのは、課題を共有して終わりにせず、解決策をいくつか一緒に提案するという運用です。この形にすることで、より主体性を持ったチームになっていくのではないかと語ります。
2つの登壇に共通した「期待値コミュニケーション」
最後に小橋さんは、2つのイベントに共通するテーマを挙げます。それが期待値コミュニケーションです。
注意すべきは、自分と相手は一緒だという前提のコミュニケーションだと小橋さんは言います。同質性が高い集団ではうまくいくこともありますが、価値観のずれはどんなに身近でも大なり小なりあるためです。
つまり、自分と相手は違うという起点から始まるコミュニケーション。むしろこちらのほうが、これからのチームマネジメントで大事になると小橋さんは考えます。その意味で、保健師連携の話とチームマネジメントの話は通ずるところが多かったといいます。
産業医科大学で話したマーケティングの話は、この回では詳しくは触れられませんでした。ただ小橋さんは、臨床医はtoC、産業医はtoBという違いはあっても、信頼と認知度を愚直に積み重ねる点はどんな立場で開業しても変わらないと述べます。
クローズな環境だったからこそ、株式会社oneself.で実際にやっていることや苦労話を、ぶっちゃけた形で多く話せたと振り返ります。母校で話す機会は上京してから10年ぶりで、今回の福岡は感慨深いものがあったと語りました。
まとめ
この回は、保健師向けセミナーと産業医科大学での講義という2つの登壇を通じて、産業医と保健師の連携、そして専門職チームのマネジメントの要点が語られました。共通していたのは、自分と相手は違うという前提から出発する期待値コミュニケーションの大切さです。
- 産業医は保健師を頼れるパートナーと考える一方、保健師が伝書鳩やサンドバッグにならないよう、当事者同士の直接対話を促すことが重要
- 専門職チームでは価値観がぶつかりやすく、ルールは個人の価値観ではなく「チームの価値観」として言語化することが必要
- 優先順位は、緊急度・重要度・コストを点数化して「決め方を決める」ことで客観性を持たせる
- 役割分担で責任と権限を明確にし、ミーティングでは課題共有だけで終わらず解決策の提案までを運用に組み込む
- 同質性の高さに頼らず、価値観や期待値のずれをどう見直し対処するかが、これからのチームマネジメントの鍵になる




