衛生委員会は「決める場」ではないのに、なぜ会社は無視できないのか
今回のエピソードは前回の続きで、まず衛生委員会そのものの性格が整理されます。小橋さんによれば、衛生委員会は意思決定機関ではなく、あくまで調査審議機関だといいます。
そのため、衛生委員会で話し合われた方針や意見を実行するかどうか、実行するならどう実行するのかを最終的に決めるのは、あくまで会社側だと説明されています。
一方で、衛生委員会で出てきた意見を会社が正当な理由なく無視し、それで何か問題が起きた場合には、安全配慮義務違反などを厳しく追及されることになります。だからこそ、意見を尊重する義務が生じてくると小橋さんは話します。
衛生委員会は、常設の労使一体となった諮問機関のような効力を本来持っているものだと位置づけられます。だからこそ会社としても、適切に運営するための土台の部分をしっかり押さえておく必要があると小橋さんは感じているそうです。
委員長挨拶から議事録確認へ。会議の入り口をどう作るか
ここから、衛生委員会が実際にどう進行していくのかの再現に入ります。小橋さんによると、まずは委員長の挨拶からスタートする会社が多いといいます。
委員長はトップやマネジメント層が務めることが多く、最初にビシッと挨拶があることで、ちゃんとした会議なんだなという雰囲気になると説明されています。
やっぱり最初委員長の方からビシッとこう挨拶があると、あ、ちゃんとした会議なんだなって感じになるじゃないですか。
挨拶には副次的な効果もあると小橋さんは話します。会社や業界の状況、それに対して会社が社員のことをどう考えているのかを知る機会になり、産業医にとっても情報収集の場になるといいます。
さらに、普段トップと話す機会が少ない一般の社員にとっても、トップの声を直接聞ける場があること自体がいい刺激になるのではないかと述べられています。
委員長の挨拶が終わったら、次は前月の議事録確認です。これをすることで、前月からの進捗や追加で必要な対応を取りこぼさず、連続性のある生きた会議体になっていくと小橋さんは説明します。
不適合を「いつも目にする場所」に載せておくべき理由
前月の議事録確認が終わると、本格的に今月の議題に入っていきます。ここで小橋さんが勧めているのが、法や規則で定められている不適合を、配布資料の表紙や目次、あるいは議事録のフォーマットに全部載せておくことです。
理由は、不適合が多くあるためです。衛生委員会の規定にただ載せておくだけでは、規定自体を頻繁に見るものではないので、どうしても忘れ去られてしまうと小橋さんは指摘します。
そこで、いつも目にする動線上に不適合を載せておくことを勧めています。そうすれば、来月から新しい化学物質を使うから衛生委員会でリスクアセスメントを取り上げなければ、といった気づきが得られるといいます。
月によっては特に話し合うことのない不適合もあります。その場合はバツや該当なしとチェックを入れておけばよく、大事なのはそういう記録を残しておくことだと小橋さんは話します。
記録を残すことで、審議すべきスコープを頭に入れた上で毎月の衛生委員会に臨んでいるという証明になります。結果的にそれが労基署対応などの場面でもプラスに働いてくると説明されています。
前半の定例報告。現場・法令・個別事例・健康増進をどう並べるか
ここから具体的な中身に入ります。よくあるのは、前半に定例報告をやって、後半にディスカッションタイムを設けるパターンだと小橋さんは説明します。
前半の定例報告事項は、前回取り上げた年度計画に沿って行われます。年度計画の中に、法や規則で定められた不適合をすべて満たす形で具体的な実施事項や評価指標を入れておくと、抜け漏れなく定例報告ができるといいます。
定例報告の内容は、大きく4つの領域に整理されています。まず現場系では、リスクアセスメントの結果や、会社によってはヒヤリハットの結果、職場巡視の結果などが報告されます。
職場巡視の結果は、衛生管理者や産業医だけでなく、各職場の委員による巡視結果も併せて報告されることがあるといいます。必要がある場合には、作業環境測定の結果や保護具の管理状況も含まれます。
次に法令セットとして、長時間労働、健康診断、ストレスチェックの状況が報告されます。ここで小橋さんが強調するのは、実施状況だけでなくリスクの部分まで数字で出すことです。
過労死ラインを超えてくる人がどれぐらいいるのかとか、就業制限検討レベルは何人ぐらいいるのかとか、高ストレス者が何パーセントぐらいいるのかとか。
もちろん個人が特定される情報は出しませんが、こうしたリスクの数字まで報告しておくと、より解像度高く現場の状況を理解してもらいやすくなると小橋さんは話します。
3つ目は個別事例です。こちらも個人名は出さず、労災や通災の件数、労災の有無に関わらず今職場で何人ぐらいが病気や怪我で休んでいるのか、といった内容が報告されることが多いといいます。
4つ目は健康保持増進まわりです。健康教育の実施状況、社内外の健康相談窓口の利用件数、毎月ではないものの健康診断やストレスチェックの集団分析結果、健康増進イベントの参加人数などが挙げられています。
小橋さんは、これらが当たり前に出せるようになると、前回触れた審議事項の三大原則、つまり健康障害・健康増進・労働災害を満遍なく満たす、しっかりした定例報告になると述べています。
現場系
リスクアセスメント、ヒヤリハット、職場巡視、作業環境測定、保護具の管理状況
法令セット
長時間労働、健康診断、ストレスチェックの状況とリスクの数字
個別事例
労災・通災の件数、病気や怪我による休業者数
健康保持増進
健康教育、相談窓口の利用件数、集団分析結果、イベント参加人数
定例報告が「活発な議論」に変わる瞬間
ここからは後半のディスカッションタイムです。定例報告が終わると、大体の場合ここで質疑応答タイムが設けられると小橋さんは説明します。
例えば、作業環境測定が今回管理区分になっている点について委員が質問すると、衛生管理者や産業医が状況を答えるやり取りが生まれます。小橋さんは具体的な場面を挙げています。
ここ(作業環境)は先日の巡視で局排の調子が悪くなってるのを確認してて、今業者さんに改善を依頼してるから、それまではちょっと保護具の着用レベルを一段上げるように現場の責任者にはもう伝えてますよ。
ほかにも、メンタルの休職者が増えているが、これは長時間労働やストレスチェックの集団分析結果と相関があるのか、といった問いが出ることもあると紹介されています。
小橋さんは、定例報告をしっかりやると、数字や客観的な指標が出てくるので、そこから活発な議論が生まれると話します。定例報告からディスカッションへ自然につながっていくというわけです。
必ず議題にすべき臨時審議事項。労災・行政文書・社会的緊急事態
ディスカッションタイムには、定例報告からつながる議論だけでなく、その月特有の臨時審議事項もあると小橋さんは説明します。まず取り上げないといけないのが、労働災害に関する事項です。
特に死亡災害や休業災害は、二度と繰り返さないという思いで、真摯に原因調査や再発防止対策を行う必要があるといいます。健康問題はすぐに労災が確定するケースばかりではない点も指摘されています。
業務遂行性や業務起因性が疑われるケース、例えば社員が同時多発的に似た症状を訴えている、重大な事故による精神的影響が多くの社員に及んでいる、といった事案は衛生委員会で審議が必要だと述べられています。
直接的な労働災害でなくても、フィットフォーワークの観点で議題にすべきものもあります。運転業務がメインなのに健康診断の受診が続いていない、受けていても事後措置ができていない、といった社員にも会社にもリスクの高い問題です。
2つ目は行政文書です。労基署の臨検などで長時間労働対策ができておらず、指導票や是正勧告書をもらうケースが挙げられています。
さらに深刻なケースとして、使用停止命令をもらった、特別指導事業場に指定された、といった事態も起こり得ます。そうした際も、包み隠さず衛生委員会へ議題を挙げることが必要だと小橋さんは話します。
3つ目は社会的な緊急事態です。代表例として自然災害や異常気象が挙げられ、地震や台風の際に社員の安全や健康をどう確保するかは、危機管理の観点から重要だと述べられています。
記録的な猛暑も例に挙げられ、従来の熱中症対策だけでいいのか、作業を中止するなど一歩進んだ対策が必要ではないか、といった議題が審議されることも珍しくないといいます。
労働災害
死亡・休業災害の原因調査と再発防止、業務起因性が疑われる事案、フィットフォーワークの問題
行政文書
労基署の指導票・是正勧告書、使用停止命令、特別指導事業場の指定
社会的緊急事態
自然災害・異常気象、記録的猛暑、感染症のパンデミックへの対応
コロナが示した「医学だけでは決められない」問題
社会的な緊急事態の例として、小橋さんは記憶に新しい新型コロナウイルスのパンデミックを取り上げます。ここでは、感染症対策と事業の存続がぶつかる難しさが語られます。
感染症の観点からは在宅勤務が正しくても、それが工場だと事業が成り立たなくなります。事業が成り立たなくなれば雇用を失う恐れも出てくるため、感染症とはまた別の健康問題が大きくなると説明されています。
結局のところ、これはどこまでのリスクを許容するのかというリスクアセスメントの問題だと小橋さんは整理します。医学的な意見も大事ですが、医学だけでは解決できない問題だといいます。
これはもちろん医学的な意見も大事なんですけれども、一方で医学だけでは解決できない問題なんですよね。これは別にコロナに限った話じゃないわけですよ。
だからこそ、労使が一体となって自由に意見を交わす衛生委員会の場がまさに生きてくると小橋さんは話します。医学と経営の両方が関わる判断の場として、衛生委員会が位置づけられています。
差し迫った問題がない月に扱う「定常的な議題」
ここまで必ず議題にすべき事項を見てきましたが、通常はこうした差し迫った問題ばかりではないと小橋さんは補足します。多くの月では、定常的な話題がほとんどだといいます。
定常的な議題の例として、法令改正に合わせた社内ルールの見直しや、今年の健康診断やストレスチェックの進め方の相談などが挙げられています。
健康の保持増進まわりでは、お酒やタバコに関する議題もよく出てくるといいます。接待の頻度を減らしませんか、屋内は禁煙にしませんか、といった提案が例に挙げられています。
さらに、治療と仕事の両立支援も議題になります。これは突き詰めるとフレックス勤務やリモート勤務といった働き方の問題につながっていくと小橋さんは説明します。
衛生委員会は労使対立や労使交渉の場ではないものの、身体的・精神的・社会的な健康を考えると、多くの人が思っているより守備範囲は広いものだと小橋さんは感じているそうです。
安全衛生っていう型苦しい感じだけじゃなくて、本当により社員が快適に働いて、そしてより会社が発展していくためにはどうしていけばいいのか。そんなレベル感でも考えていければ。
まとめ
今回は、衛生委員会の実際の進み方が委員長挨拶から順を追って再現されました。前半の定例報告で数字を出し、後半のディスカッションで議論と臨時審議事項を扱うという流れが、具体例とともに示された回です。
- 衛生委員会は調査審議機関で、決めるのは会社だが、正当な理由なく意見を無視すれば安全配慮義務違反を問われうる
- 委員長挨拶と前月の議事録確認で、会議の入り口と連続性をつくる
- 法や規則で定められた不適合は、いつも目にする配布資料や議事録フォーマットに載せて記録を残す
- 前半の定例報告は、現場系・法令セット・個別事例・健康保持増進の4領域で、実施状況だけでなくリスクの数字まで出す
- 臨時審議事項として労災・行政文書・社会的緊急事態を扱い、コロナのように医学だけでは決められない問題こそ労使一体の議論が生きる


