「何を話せばいいかわからない」を法令から解く
衛生委員会で扱う内容がわからない、という悩みは産業医のもとによく寄せられるといいます。小橋さんは今回のテーマを、衛生委員会の審議事項、つまり委員会の中で何を話し合っていけばいいのかに設定しました。
その手がかりは、前回、前々回でも触れた法令にあります。小橋さんは、法令を読み解くと意外とヒントが散りばめられていると話し、まずは大枠からアプローチしていく方針を示しました。
衛生委員会で何を話していいかわからない。これは本当、よくご質問いただくんですけど、法令を読み解いていくとですね、意外とヒントが散りばめられています。
具体的には、調査審議事項や付議事項が法令で定められています。法令を読み解けば、話し合うべきテーマは自然と見えてくるというのが、この回の出発点です。
衛生委員会の骨格をつくる「調査審議の三大原則」
小橋さんはまず、労働安全衛生法を挙げます。現行の17条から19条が、それぞれ安全委員会、衛生委員会、安全衛生委員会の項目にあたり、その衛生委員会の部分に調査審議の三大原則が書かれているといいます。
三大原則の1つ目は労働者の健康障害防止のための基本対策、2つ目は労働者の健康保持増進のための基本対策、3つ目は労働災害の原因調査と再発防止対策です。
健康障害防止(一次予防)
病気や怪我が起こらないようにする未然防止
健康保持増進(一次予防)
心身ともに健康に働けるようにする積極的な健康づくり
労働災害の原因調査・再発防止(二次・三次予防)
起こった時に振り返り、これ以上起こらないようにする
小橋さんは、これを未然防止、早期対応、再発予防のフレームと説明します。産業保健の業界では、それぞれ一次予防、二次予防、三次予防と呼ばれるものです。
病気や怪我が起こらないようにする。そして起こった時はしっかり振り返ってこれ以上起こらないようにする。この三大原則の中に予防のグランドデザインが組み込まれています。
規定づくりは衛生委員会を通さないと指摘される
ただし、三大原則だけでは漠然としています。小橋さんは、それを踏まえてもっと具体的に何を話し合えばいいのかが、解釈規定のような形で労働安全衛生規則に書かれていると説明します。
そこには付議事項が10項目以上あります。その一つが衛生に関する規定の作成です。条文には「衛生に関する規定を作成に関すること」程度しか書かれていませんが、実務では幅広い規程がここに含まれます。
小橋さんが例に挙げたのは、健康情報取扱規程、ストレスチェック制度規程、給食規程などです。さらに大きなものとして、そもそもの安全衛生管理規程もあります。
こうした健康周りの運用ルールを作る時は、必ず衛生委員会を通していくことが求められます。逆に通していないと、労働基準監督署などから指摘を受けることもあるといいます。
なんで付議事項にあるのに(衛生委員会を)通してないんですか、みたいな、労基署とかから言われたりもしますから、付議事項をしっかり押さえていくっていうのは大事になってきます。
すべてを飲み込むキーポイント「年度計画」
規定と同じくらい衛生委員会の骨格になる付議事項として、小橋さんは年度計画を挙げます。正確には、安全衛生のうち衛生の部分に関する計画の作成、実施、評価、改善に関することです。
小橋さんは、この年度計画を他の付議事項もすべて飲み込むような、非常にキーポイントとなる項目だと感じていると話します。計画、実施、評価、改善が、一年を通じての大きなPDCAサイクルになっているからです。
このフレームの中に、教育、化学物質、作業環境測定、健康診断といった各論的な項目を、それぞれ計画として組み込んでおく。すると毎月の会議資料で、その実施状況に触れることになります。
例えば健康診断だと今受診率これぐらいですよとか、就業制限検討レベルになってるけど音信不通の人がこれぐらいいますよみたいな、そういうことを毎月漏らすことなく共有できます。
毎月状況を共有すれば、そこからどうしていこうという調査審議が自然にできてきます。実施計画と評価指標を準備すれば、盤石な衛生委員会の審議体制が整っていくというのが小橋さんの考えです。
三大原則が「二大原則」だった時代
ここから小橋さんは、審議事項がどう編成されてきたかに触れます。実は、今の労働安全衛生法や労働安全衛生規則ができた1972年の段階では、まだ存在していなかった審議事項が結構あるといいます。
つまり審議事項は、時代とともに数が増えたり文言が変わったりと、随時アップデートされてきました。その一例が健康の保持増進で、審議事項に加わったのは1988年のことです。
それ以前は、最初に紹介した三大原則に健康保持増進の部分がなく、健康障害と労働災害の二大原則でした。1970年代までは、公害や労働災害、急性中毒といった問題を何とかする時代だったためです。
1970年代までっていうのは、公害とか労働災害、人災とか急性中毒、まずはそういった問題を何とかしていかないといけないよねみたいな、そういう時代だったので、それはその時の最適解だったかと思います。
それが80年代になると、健康問題は運動不足や不規則な生活、ストレスからも来るという理解が広がります。有害物質だけでなく、労働者が心身ともに健康に働けるよう積極的に取り組む流れが、1988年の法改正につながりました。
さらに長時間対策やメンタルヘルス対策も、直接的な有害業務ではないものの、過度な長時間労働やストレスによる健康障害が90年代、2000年代と社会問題化しました。これらは2006年の法改正で衛生委員会の付議事項に加わったといいます。
モグラたたきの限界と、先取り型のリスクアセスメント
小橋さんが2006年の変化で特に大きいと見るのが、リスクアセスメントです。当時はまだ努力義務のみでしたが、付議事項に加わったことは結構大きかったのではないかと話します。
リスクアセスメントは、日本語で危険性または有害性などの調査と呼ばれます。労働災害や健康障害が起こった時にどれくらい重篤になるか、そしてそもそも起こる可能性がどれくらいあるかを組み合わせてリスクを見積もる手法です。
リスクの高い順から優先順位をつけて、そのリスクが許容できるところまで対策を講じていくっていう一連のプロセスになります。
小橋さんはこれをヒヤリハットと比較して説明します。ヒヤリハットは、1件の重大な事故の陰に29件の軽い事故、さらに300件のニアミスがあるとするハインリッヒの法則に基づく考え方です。
ニアミスの経験を共有して事故や災害を減らす、素晴らしい活動です。ただし小橋さんは、その限界も指摘します。100個のヒヤリハットのうち99個に対応できても、残る1個が死亡災害につながれば、やりきれないというのです。
やっぱりモグラたたき的なやり方ってどっかで限界が出てきますし、それだけだと多様化するリスクに追いつけないですし、実際に労働災害の件数が下げ止まりになっている。
この現状を打破するには、指示待ち型から自律型、後追い型から先取り型への転換が必要だと小橋さんは言います。その鍵になるのがリスクアセスメントの概念です。
実際にリスクアセスメントを行った上で安全衛生のPDCAを回していくやり方は、グローバルから見てもスタンダードになってきていると、小橋さんは締めくくります。
是正勧告書を隠さず共有する会社が信頼される時代
最後に小橋さんは、本編で触れなかった付議事項として、行政文書に関するものを取り上げます。厚生労働大臣や労働基準監督署長などから文書で命令、指示、勧告、指導を受けた事項のうち、労働者の健康障害の防止に関することです。
具体的には、指導票や是正勧告書のことです。会社はこれらを隠さず衛生委員会で共有し、オープンに議論することが法令で求められています。労働者の知る権利にあたるためです。
こういうのを会社は隠さずにちゃんと衛生委員会で共有して、オープンに議論していってくださいねっていう、当然それは労働者の知る権利ですから。
小橋さんは、情報の非対称性が働く人のモチベーションを下げる要因になっていると感じており、こうした文書は出しにくいところもあると認めます。
その上で、正直に出して真摯に改善策を考えていく姿勢は、一周回って逆にそこで働く人から信頼される時代になってきているのではないか、と個人的な見解を述べて締めくくりました。
まとめ
衛生委員会で何を話すかは、法令に定められた調査審議の三大原則と付議事項をたどれば見えてきます。年度計画をPDCAの軸に据え、リスクアセスメントで先取り型の対策へつなげることが、盤石な審議体制の鍵になるという回でした。
- 衛生委員会の審議は、労働安全衛生法の三大原則(健康障害防止・健康保持増進・労働災害の原因調査と再発防止)が土台になる
- 健康情報取扱規程や安全衛生管理規程などの規定づくりは、衛生委員会を通さないと労基署から指摘されることがある
- 年度計画に各論的な項目を組み込むと、毎月その実施状況を共有でき、審議が自然に回る
- 審議事項は時代とともに更新され、1988年に健康保持増進、2006年に長時間・メンタル対策やリスクアセスメントが加わった
- 是正勧告書などの行政文書を隠さず共有する姿勢が、働く人からの信頼につながる時代になってきている


