リスナーからの質問「なぜ餌を直に置くのか」
今日のお便りコーナーでは、配信アプリ「ポポポ」に届いた質問を取り上げます。
イメージとして、牛さんの餌は長いトレーに入れる感じがしますが、川上牧場さんでは直に置くのはなぜですか?
牛の餌といえば、長いトレーに入っているイメージを持つ方は多いかもしれません。
川上さんによると、この質問には酪農の歴史、牛という動物の進化、そして最近の動物行動学まで、すべてがつながってくるといいます。
そして、結論はシンプルではないと話されています。
地面に置くのが正しい、あるいはトレーに入れるのが正しい、どちらでもありません。牛が食べやすく、衛生的で安全で、人が管理しやすい高さや構造を作ること。これが一番大切です。
牛は本来、地面の草を食べる動物
川上さんはまず歴史から説明します。牛の祖先であるオーロックスかつてヨーロッパからアジアに広く生息していた野生の牛。現在の家畜牛の祖先とされる。すでに絶滅している。は、餌箱のない草原で暮らしていました。
草原を歩きながら少し食べ、また歩いて食べる。これを一日中繰り返していたそうです。
現在の野生のバイソンやアフリカスイギュウもほぼ同じだといいます。
つまり、牛という動物は本来、地面の草を食べる動物です。
約一万年前、人間が牛を家畜化すると問題が起きました。草原なら歩いて食べられますが、牛舎では餌を運ばなければいけません。
そこで作られたのが「飼槽(しそう)」です。餌を入れる水槽のような設備で、英語ではフィードバンクなどと呼ばれます。
つまり、飼槽というのは牛のためというより、人間が管理しやすくするための設備だったんですね。
長いトレー状になっている理由は、餌が散らからない、踏まれにくい、掃除しやすい、給餌車が入れやすい、給与量を管理しやすいといった点にあります。
つまり飼槽の最大の目的は、管理性と衛生性だと話されています。
川上牧場が地面に近い形を選ぶ理由
川上牧場では、コンクリートの床にFRPレジン繊維強化プラスチックを使った塗装。表面がツルツルで水や汚れをはじきやすく、掃除がしやすい。を塗り、そこに餌を置いています。
理由の一つ目は、牛が自然な姿勢で食べられることです。
牛は本来、頭を下げ、首を前に伸ばして左右に動かしながら草を食べます。足を揃えず、交互に前へ出すのが自然な姿勢だといいます。
足を揃えて食べる牛はいません。右足を前に出したり、左足を前に出したり、交互にして、首を下げて食べるんです。
牛が食べやすい草の高さは、だいたい十五センチから二十センチくらいだと話されています。
この自然な姿勢は首や肩への負担が少なく、唾液もよく出ます。
唾液にはルーメン牛の第一胃。微生物が餌を発酵・分解する。酸性に傾きすぎると消化不良や体調不良につながる。の酸性化を防ぐ役割があり、自然な採食姿勢は牛の健康にも関係するそうです。
餌が散らからず踏まれにくく、掃除や給餌量の管理がしやすい。人の管理のために発達した設備。
牛が頭を下げて自然な姿勢で採食でき、唾液が出やすい。ただし土の上だと汚れや寄生虫のリスクがある。
「自然が最高」ではない、衛生管理の重要性
ただし、川上さんは勘違いしてほしくない点があると強調します。
自然だから地面が最高、ではありません。土の上なら泥がついたり、糞尿が混ざったり、寄生虫のリスクが増えます。そして餌のロスも増えてしまうんです。
昔の放牧でも、雨が多い地域ではこうした問題が起きることがあったそうです。
だからこそ、川上牧場では毎日掃除を行い、汚れたらすぐに掃除できることを大事にしています。
質問への回答の途中、「餌が水でバシャバシャにならないのか」という追加の質問も届きました。
餌が水でバシャバシャになってしまわないのかなと思ったのですが。
今の時期は餌が水で濡れやすいものの、川上牧場の形なら濡れたところだけ取り除いてすぐ新しい餌に変えられると話されています。餌箱に入っていると全部捨てる必要が出てしまうため、この点でも掃除しやすさが利点になるそうです。
正解は一つではない、牧場ごとの最適解
近年の動物福祉や動物行動学では、採食姿勢についての研究が進んでいます。
牛は自然に近い頭の位置で食べられる方が行動が安定しやすいという報告がある一方、飼槽が高すぎると首に負担がかかり、低すぎると餌が散らばりやすくなることもあるといいます。
川上さんが就農した二十年ほど前は、お腹の圧迫を避けるため餌の高さは高い方がよいという考えもあったそうです。
それも一理あるものの、やはり足を前に出せて頭を下げられ、頭の前に障害物がないことが大切だと話されています。
世界を見ても給餌の形はさまざまです。
| 地域 | 主な特徴 |
|---|---|
| アメリカ | コンクリート製の飼槽が主流 |
| ヨーロッパ | 牛舎構造に合わせた低めの飼槽 |
| ニュージーランド | 放牧が主体 |
| 日本 | つなぎ牛舎やフリーストール、ロボット搾乳など多様 |
川上牧場で今の方法を選んでいる理由は、食べやすさ、掃除のしやすさ、餌寄せのしやすさ、自動給餌機との相性、作業時間、牛舎構造を全部合わせて、今の方法が合っているからです。もし建て替えるなら、また違う形になるかもしれません。
川上さんは、牛舎のさまざまな設備には理由があると話します。牛のベッドの形、扇風機の角度、首輪や係留方法、そして餌の置き方にも、それぞれ意味があるそうです。
その理由を知ると、酪農は昔ながらの経験だけではなく、歴史や工学、獣医学、動物行動学など、多くの知識の組み合わせで成り立っている仕事だとわかっていただけると思います。
まとめ
牛は本来、地面の草を食べる動物で、飼槽は人が牛を管理するために発達した設備です。地面か飼槽かの二択ではなく、牛が自然な姿勢で採食でき、衛生的で人も管理しやすい環境を作ることが重視されています。
- 牛は頭を下げ、首を伸ばし、足を交互に出して食べるのが自然な姿勢
- 飼槽は牛のためというより、人が管理しやすくするための設備
- 自然な採食姿勢は唾液を促し、ルーメンの酸性化を防いで健康にもつながる
- 地面に置く場合は汚れや寄生虫のリスクがあり、毎日の掃除が前提になる
- 正解は一つではなく、その牧場の牛と人にとって最適な方法を選ぶことが大切
