寄せられた質問と結論
今回の質問は、配信アプリ「ポポポ」のリスナー、関心さんから寄せられました。
私の住む大雪の降る地方ではあまり牛さんを見かけません。大雪地方の酪農は不向きなのでしょうか。乳牛の分布はどうなっているのでしょうか。
冬になると田んぼも畑も牧草地も雪で覆われ、外を見ても牛が草を食べる姿はほとんど見えません。そうなると「こんなに雪が降る場所で牛は飼えないのでは」と思うのも自然です。
川上さんはまず結論から答えます。大雪が降る地域だから酪農に向いていないとは限らない、というのがその答えです。
むしろ乳牛は暑さよりも寒さに強い動物です。ただし、寒さに強いことと、豪雪の中で経営しやすいことは別問題だと川上さんは付け加えます。
牛の体は「発酵タンク」を持っている
話は牛の体の特徴から始まります。牛乳をたくさん出す乳牛は、体の中で大量の熱を作っています。
牛のお腹には第一胃、いわゆるルーメンがあり、この中では微生物が牧草や飼料を発酵させています。その発酵によって熱が生まれます。
さらにお乳を作るためにも大量のエネルギーを使います。つまり乳牛は、体の中に大きな発酵タンクと牛乳工場を同時に持っているようなものだと川上さんは表現します。
農林水産省の乳用牛の飼養管理指針では、成牛の快適な温度の目安は10度から20度とされ、搾乳中の乳牛は他の畜種と比べて低温環境への適応力が強いと説明されています。
一方で暑くなると、呼吸数が増え、餌を食べる量が減り、乳量や乳質が落ち、繁殖成績も悪くなります。
そのため酪農家は夏になると、換気扇で風を送り、水を散水し、霧を出す装置を使い、冷たい飲み水を与えるなど、多くの設備と労力で牛の熱を逃がしています。
この点だけを見れば、雪が降るほど冷涼な地域は乳牛にとって必ずしも悪い環境ではありません。北海道が日本最大の酪農地帯になっていることからも、寒い地域は不向きという考え方はそのまま当てはまらないのです。
寒さに強くても「どんな寒さでも平気」ではない
ただし川上さんは、牛は寒さに強いからどんな寒さでも平気、というわけではないと釘を刺します。
牛が寒さに耐えられるかどうかは、毛が乾いているか、風にさらされていないか、体の状態がいいか、十分な餌を食べられているか、寝床が乾いているか、といった条件で大きく変わります。
体が濡れたり強い風にさらされると、熱は一気に奪われます。雪が降っていても、乾いた毛と風を防げる牛舎があれば牛は耐えられます。
反対に、気温がそれほど低くなくても、冷たい雨と強風にさらされれば大きなストレスになります。大切なのは単純な気温だけではなく、環境の全体だということです。
そして親牛と子牛は分けて考える必要があります。生まれたばかりの子牛はルーメンがまだ未発達で、体が小さいため熱を逃がしやすく、皮下脂肪も少なく寒さへの余裕が小さいのです。
そのため雪国では子牛の防寒が非常に重要になります。厚く乾いた敷料を入れ、隙間風を当てず、必要に応じてジャケットやヒーターを使い、餌から十分なエネルギーを取らせます。
ただし寒いからと牛舎を完全に閉め切ると、湿気やアンモニア、病原体が溜まり肺炎の危険が高まります。温めることと空気を入れ替えることの両立が難しい、と川上さんは話します。
冬に牛が見えないのは牛舎の中にいるから
質問にあった「雪の多い地域では牛をあまり見かけない」という部分について、川上さんは「牛がいないとは限らない」と答えます。
雪のない季節なら牧草地に出ている牛も、冬になると牛舎の中で飼われます。何メートルも雪が積もれば牧草は雪の下で、外で餌を食べることはできません。
水飲み場も凍り、雪の中を歩けば足を痛めたり滑ったりする危険もあります。だから雪国の冬は、牛舎の中で完全に飼い、夏から秋に収穫して保存した餌を与える形が中心になります。
外から見えないだけで、牛舎の中では通常通り乳搾りされ、餌を食べ、牛は生活しているのです。
本当の課題は「雪の季節の餌をどう確保するか」
雪国で酪農を続ける上で本当に大きな問題は、牛が寒さに耐えられるかではなく、雪に覆われる季節の餌をどう確保するかだと川上さんは強調します。
乳牛は毎日大量の餌を食べます。冬に草が生えないからといって、餌を半年休むことはできません。しかもお乳を出す牛には質のいい餌とエネルギーが必要です。
そこで重要になるのが牧草やサイレージです。春から秋に牧草や飼料用トウモロコシを収穫し、乾燥させたり、空気を遮断して乳酸発酵させたりして冬まで保存します。
昔は塔のようなタワーサイロが使われましたが、今はバンカーサイロや、大きなマシュマロのようなラップサイレージが道路に置かれているのを見かけます。
これらは草が取れない季節に備える巨大な冷蔵庫、というより保存庫のような役割を果たしています。雪国の酪農は、雪が降る前に冬の餌をほぼ準備しておくことが大切なのです。
牧場を止めないためのインフラ管理
豪雪地帯で何が大変なのか。川上さんはまず除雪を挙げます。
牛舎までの道、牛乳を運ぶタンクローリーが入る道、餌を運ぶ道、堆肥を搬出する場所を毎日確保しなければなりません。牛乳は毎日出るため、大雪だから今日は休みますとはいきません。
次に凍結です。水道管、ウォーターカップ、搾乳設備、洗浄用の水、糞尿処理設備、窓やカーテンなど、様々な場所が凍ります。
そして一番怖いのが停電です。大雪で電線が切れれば、搾乳機やバルククーラー、給水ポンプ、換気設備が止まる可能性があります。乳牛は災害が終わるまで乳を止められません。
だから発電機や燃料の確保、設備の予備、復旧体制が重要になります。さらに牛舎や倉庫の屋根には雪の重さがかかるため、積雪に耐える構造と雪下ろしの安全対策も必要です。
除雪
牛舎・タンクローリー・餌・堆肥の搬出路を毎日確保する
凍結対策
水道管や搾乳設備、糞尿処理設備の凍結を防ぐ
停電対策
搾乳機や換気設備の停止に備え発電機や燃料を確保する
雪への構造対策
屋根の積雪に耐える構造と雪下ろしの安全対策を行う
つまり雪国の酪農は、冬の寒さ対策だけでなく、牧場全体を止めないためのインフラ管理が経営を左右します。北海道の昔ながらの丸い屋根の牛舎も、雪がたまりにくく、落ちた雪が壁のように断熱の役割を果たす工夫だと川上さんは紹介します。
乳牛の分布を決めるのは気温だけではない
乳牛の分布についても川上さんは触れます。日本の乳牛は北海道に非常に多く集中しています。
ただしこれは単に寒いからではありません。北海道には広い土地があり、牧草や飼料用トウモロコシを作りやすく、人口密度が比較的低く、大規模な牛舎や糞尿処理施設を整備しやすいという利点があります。
さらに集乳、飼料、獣医、乳業工場といった産業基盤が集積しています。乳牛の分布を決めるのは気温だけでなく、土地、餌、乳業工場、物流、歴史、政策、後継者がそろっているかどうかなのです。
同じ雪でも条件は違います。北海道の一部には平坦で広い農地がありますが、新潟や富山、石川、福井、山形などの豪雪地域は水田地帯や山間部が多く、土地が細かく分かれ傾斜もあります。
雪の水分量も違います。北海道の乾いた雪に対し、本州の日本海側では重く湿った雪が降る地域があり、同じ積雪量でも建物や除雪の負担は変わります。
平坦で広い農地があり、乾いた雪が降る地域がある
水田地帯や山間部が多く土地が分散し傾斜もあり、重く湿った雪が降る地域がある
だから「雪が多いから酪農が少ない」というより、豪雪に加えて土地の条件や農業の歴史、飼料生産、物流が重なった結果、酪農の分布に差が出ていると考える方が正確だと川上さんは話します。
雪国と牛が共に暮らしてきた歴史
質問には新潟県の山古志の話も含まれていました。山古志は牛の角突きで有名です。
ただしここで中心になってきたのは乳牛ではなく、地域文化を支えた肉用牛や役牛、牛突き用の牛の系譜です。役牛とは荷物を運んだり畑を耕したりする牛のことです。そのため山古志をそのまま豪雪地帯の酪農の代表例とするのは少し違う、と川上さんは補足します。
それでも、豪雪の中で人と牛がどう暮らしてきたかを考える上では重要な地域です。家と牛舎をつなぎ、人が外へ出なくても世話ができるようにし、餌を家の近くや屋根裏に蓄え、人と牛が近い距離で冬を越しました。
岩手県などの南部の家では、馬と人が同じ屋根の下で暮らした建物もあります。直接の酪農施設ではありませんが、家畜を生活空間に組み込み、人や炉端の熱、屋根、動線を共有する考え方は、雪国の畜産文化を理解する手がかりになります。
現代では人と牛が同じ家で暮らす必要はありません。その代わり、牛舎の断熱と換気、凍結しない給水設備、非常用発電、餌の倉庫、除雪機械、雪に耐える屋根、集乳車が止まった場合の対応といった仕組みが必要になります。
さらに気候変動で、雪国だから夏も涼しいとは限らなくなっています。冬は豪雪、夏は猛暑という両極端への対応が必要な地域も増えていると川上さんは指摘します。
雪の中で酪農をする人たちへの敬意
最後に川上さんは自身の経験を語ります。地元の鳥取県も雪が多く、除雪作業には本当に苦労したそうです。
鳥取県もめちゃめちゃ雪が降るんですよ。もう本当に嫌でした。牛舎に入る前にまず除雪をする。一番嫌なのがバンクリーナーに登ってカンカンカン叩いていくやつ、あれが最悪なんですよ。
知り合いの秋田県の酪農家からは、半年間は畑が雪に覆われて作物が作れず、その数か月の間に一年分の餌を作らなければならないと聞いたそうです。
それに比べると島根県の出雲市は酪農がしやすい、凍結しないだけでもありがたいと川上さんは話します。凍結する環境での酪農は本当に大変で、朝溶かした水が昼にはまた凍る、という日々だといいます。
本当に凍結の中の酪農はマジで最悪なんで。ほんと一日何やってんだろうと思いながら、朝溶かしたと思ったら、昼ぐらいになるとまた凍結してるみたいなね。だから豪雪地帯の酪農家さんの牛乳を、しっかり飲んでもらいたいなと思っております。
まとめ
大雪の地域が乳牛の生理に不向きというわけではありません。乳牛は暑さに弱く比較的寒さに強い動物で、冬に牛が見えないのは牛舎の中で飼われているからです。むしろ課題は、雪の季節に牛をどう飼い続けるかという仕組みづくりにあります。
- 乳牛は暑さに弱く寒さに強い動物で、成牛の快適な温度の目安は10度から20度とされる
- 冬に牛が見えないのは、牧草が雪の下になるため牛舎の中で飼われているから
- 雪国の本当の課題は餌の備蓄、除雪、凍結、停電、屋根の積雪など牧場を止めないためのインフラ管理
- 乳牛の分布は気温だけでなく、土地の広さ、餌の生産、乳業工場、物流、歴史、政策で決まる
- 餌・牛舎・物流・エネルギーが整えば、冷涼な雪国はむしろ乳牛にとって強みになる
