健康と豊かさが一体になった街パースへ
大上博行さんが訪れたのは、オーストラリアのパースです。街の真ん中を川が流れ、朝から自転車やランニングに精を出す人が多いといいます。
大上さんは、この街の様子から健康と人生の豊かさが一体になっている印象を受けたと語っています。
参加したのは、アジアの研究者が集まってファミリービジネスの研究を発表し合う学会です。前日には、大上さん自身も発表を行いました。
私の研究は、この後継者のライフヒストリー、人生を聞いて、そこからどうコミットメントの心理的な変容があるかっていう話をさせてもらいました。
発表自体には課題も見えたと振り返りますが、大上さんが記録に残したいと思ったのは、学会に臨む心構えのほうでの気づきでした。
アジアからファミリービジネス研究を立ち上げた学会
この学会は、全部で50人ほどの小規模なものです。ファミリービジネス ── 創業家など特定の家族が経営に深く関わる企業や、その経営のあり方を指す言葉。同族経営の企業を研究する分野として、欧米で盛んに研究されていますの研究はアメリカやヨーロッパが盛んで、海外には非常に大きな学会があるといいます。
そうした大きな学会では、アジア人は端のほうにちょこんと座っていて、メインストリームに入りづらい感覚があったと大上さんは話します。
その状況に対して、アジアこそファミリービジネスをしっかり研究すべきだという声が上がりました。大上さんの指導教員などが中心になって立ち上げたのが、この学会です。
参加者は、オーストラリア各地の大学や、インドネシア、マレーシア、香港などから来ています。アメリカなどからは、特別な招聘教員も参加していました。
ロールプレイングで「貝」になってしまった二代目役
初日には、アイスブレイクとしてロールプレイングが行われました。ファミリービジネスの家族を5人組で演じ、それぞれに役割とインストラクションが割り振られます。
初代の創業者、二代目、三代目、ボードメンバーといった役をそれぞれが演じ、シミュレーションを進めていく形式でした。
大上さんが引いたのは、二代目である現社長CEOの役です。設定は、レガシーにこだわる先代と、改革を進めたい三代目に挟まれ、ジレンマを抱えるというものでした。
三代目役は、ハーバードに行ってきた若い跡継ぎで、デジタルトランスフォーメーションやコストカットを合理的に進めようとする人物です。
ところが大上さんは、この二代目役でうまく立ち回れず、いわば「貝」になってしまったと振り返ります。
結構先代は先代で思いをすごく強く言うし、跡継ぎもこうしなきゃいけないよねっていうことをすごく伝えてくる。
相手はオーストラリア人と香港からの参加者で、英語力の差はあったといいます。しかし大上さんは、問題の本質は英語力ではないと気づきます。
(相手が)言ってることがわからないわけでもなかったし、これ、なんか英語力がないからいけないんじゃないんだなって思って。
レガシーに強い思いを持ち、それを残すべきだと主張する
ハーバード帰り。デジタル化やコストカットで強い会社を作ろうとする
なぜ発言できなかったのか、その根っこにあった恐怖
大上さんは、先代の言うレガシーも、三代目の言う改革も、どちらももっともだと感じてしまい、その場で自分の意見を言えなくなったと分析します。
言えないなりに、両者の良いところを踏まえた提案ができたはずなのに、縮こまってしまったと振り返ります。英語力を身につけていても、同じように間に入れなかっただろうと考えます。
英語力はもう今のままでもいいけど、なんかそこの間でしっかり入っていく力みたいなのが、やっぱり足りてなかったなって思うんですよね。
その原因を掘り下げると、他人は自分を評価しているという前提で相手を見てしまうことに行き着きます。しかもそれは、恥ずかしさよりも根が深いものだと大上さんは言います。
なんか間違ったこと言ったら、自分に存在価値がないんじゃないかっていう風に、なんかそのレベルまで思っちゃう。
子どもの頃、テストができたら褒められる、ものを買ってもらえるという形で自我を作ってきた。その結果、「できる」ことに自分の存在意義を結びつけてしまっていると振り返ります。
比較を避けたはずのニッチで、また序列を作ってしまう
大上さんは、ファミリービジネスと海外を掛け合わせる領域を選んだことにも、この心理が働いているのではないかと考えます。好奇心であると同時に、比較されない場所へ行こうとする心理です。
比較されなかったら、なんか序列を指摘されるでもないし、できない人間だっていう烙印を押されずに済むみたいな。
ところが、その消極的な意味でのニッチに世界中の人が集まったのが今回の学会でした。大上さんは、そこでまた参加者を序列として捉えてしまったといいます。
評価の世界から出ようとしたはずが、また評価の世界に入ってしまう。大上さんは、これを入れ子の構造だと表現し、人生に何度も立ち現れる大きな課題だと語ります。
比較されるのが怖い
間違えると存在価値がないと感じてしまう
比較されない場所を選ぶ
ファミリービジネス×海外というニッチな領域へ
そこに世界中の人が集まる
今回の学会で、同じ関心の研究者が一堂に会する
また序列として捉える
評価から逃れたはずが、再び評価の世界に入る
「無敵とは敵がいない状態」というコーチングの言葉
そんな大上さんが、コーチングで受けた言葉を印象深く紹介します。それは「無敵」という言葉についてのものでした。
結局は敵がいない状態っていうのが無敵なんだよって。全員仲間じゃんって、評価する敵じゃなくて仲間だっていう風に捉えたら、全部リソースにもなるんだよって言われて、ものすごいハッとして。
評価する側とされる側という捉え方をすると、相手はすり寄る対象や、落とすべきライバルに見えてしまいます。しかし全員を仲間と捉え直せば、相手はリソースになるという発想でした。
大上さんは、自分には自分の良さがあり、それを生かしながら世界の研究者たちの中に入っていけばいい、これも一つのステップだと思えるようになったと語ります。
貝になった自分に、優しく話しかけてくれた人たち
大上さんは、この学会にいる人たちがみんな優しかったと振り返ります。アイスブレイクで貝になってしまった自分にも、終わった後にニコニコと話しかけてくれたといいます。
発表についても、良かったという言葉や、こうすればもっと良くなるという助言をもらえました。緊張でガチガチだった大上さんにとって、それは励みになりました。
長いスパンで跡継ぎを見ていきたい、その変容を見ていきたいって言ったら、それが一番、世の中にないデータになるんだから、本当にやっていこうよっていうのも言ってもらって。
評価される場でありながら、いることそのものを肯定してもらえる。大上さんは、そうした空気を肌で感じたと話しています。
権威ジム・デイビス教授の講義に食らう
学会には、ファミリービジネス研究では知らない人がいないという大物、ジム・デイビス教授が参加していました。スチュワードシップ理論 ── 経営者を、自己利益を追う存在ではなく、組織や次世代のために責任を持って資源を受け継ぎ託していく「スチュワード(管理人)」として捉える理論。ファミリービジネス研究で広く引用されていますの生みの親です。
90年代に書いた論文が何万回と引用されるような研究者です。その講義に、大上さんは衝撃を受けたと語ります。
90分間の講義だったんですけれども、マジで一秒も退屈しなかった。どんな映画を見るよりも面白くて。
講義のテーマはレガシー、日本語でいう遺産です。ロゴやブランドメッセージといった、レガシーが表出した形をアーティファクトと呼び、レガシーと切り離されたアーティファクトが批判を招く例などから話が展開しました。
レガシーには良い面も悪い面もあると大上さんは説明します。良い面は引き継がれ、起業家精神やイノベーションの源泉になります。悪い面では、それらを阻害し、固執を生むものにもなります。
引き継がれ、起業家精神やイノベーションの源泉になる
起業家精神やイノベーションを阻害し、固執を生む
権威が「まさに君は正しい」と全身で応答する場
大上さんが最も感動したのは、講義の進め方でした。おそらく70代というジム・デイビス教授が、少年のように「この発見、面白くないか」と語りかけてきたといいます。
会場の教授たちも、レジェンド相手にどんどん突っ込んでいきます。その場合のレガシーは良くないのではないか、自分はレガシーなど感じたことがない、といった反対意見が飛び交いました。
preciselycorrectとかって、本当その通りだよねみたいな感じで応答していって、体を全身使いながら、でも君は本当に正しいよねみたいな、その一個一個の意見にものすごい体使って反応していって。
大上さんは、これを評価する・されるの世界線と対比します。もし評価の世界なら、指摘に対してシュンとするか、論破し返すことになるだろうと言います。
めちゃくちゃ面白いじゃん、その考え方みたいな感じで。しかもこの大権威ですよ。功績で言ったら世界一なんじゃないかってぐらいの功績を持ってる人が、自分の講義をこんなに楽しんでやって。
講義の後、大上さんは日本での研究について声をかけてもらいました。教授は、日本の醤油作りなど何百年と続く仕組みのすごさを、気さくに語ってくれたといいます。
何者でもない、まだ研究者のひよっこにもなってないような自分にも、本当に全身で向き合ってくれて、この人にとっては全員仲間なんだなっていう風にすごく感じたんですよね。
大上さんは、自分が70歳になった時にはこんな研究者になっていたいと、強く思えた時間だったと語ります。
論理より、ありのままの後継ぎと出会う研究者へ
大上さんは、研究をやりたい気持ちと、後継者と向き合う実感との間で、ずっと悩んできたと打ち明けます。後継者と話す時間が本当に楽しく、一つに定まらない自分に嫌悪感を抱くこともあったといいます。
自分は論理的思考も批判的思考もあまり培ってこられず、見るものを何でも良いと思い、可能性を感じてしまうと自己分析します。
学会には、研究者になるために何をする人なのかを考える講義もありました。博士号や引用数といった目的を超えて、自分は何をする人なのかを持っておくべきだと言われたといいます。
大上さんが見出した答えは、後継ぎが自分の能力や好奇心に素直に気づき、他の誰とも違う自分らしい経営、自分らしい人生を送れるよう支えることでした。
それが引いては、他のどの会社とも違う会社が日本中にできていって、本当にカラフルになって、日本経済そのものが本当にレジリエンスのある強い社会になっていく。
みんなが同じだともろいけれど、みんなが違うから面白く、強い。その源泉は人間一人ひとりの根源的な強さや可能性にあると、大上さんは考えます。
だからこそ、論理的にも批判的にも見ずに、ありのままの人として後継ぎと出会う。それによって相手も構えずに自分を出してくれる。そこに自分にしかできない役割があるのではないかと語ります。
批判的思考が得意な人はいっぱいいる。彼らも味方だからこそ一緒にやっていって、でも僕にできることって何だろうみたいなところを持って。
科学に不可欠だが、得意な研究者が他に大勢いる。仲間として力を借りる領域
相手も構えずに素の自分を出してくれる。大上さん自身が担いたい領域
帰り道で振り返る、悔しさと温かさの残る滞在
帰りの香港トランジットで、大上さんは滞在を振り返ります。最終日は質問や研究方法への意見を述べることをテーマにと教授に言われたものの、それができず悔しい結果になったといいます。
資料についても、クラウドで作ったのではないかと見透かされ、もっと人間味を出すよう助言されました。発表も読み上げになってしまい、次は自分の言葉でと言われたそうです。
本当に懸念してたこと全部見透かされていて、これからだなというのを感じました。
一方で、教授たちは、参加してくれたこと自体が嬉しいと繰り返し伝えてくれました。博士課程の学生全員が学会に出るわけではないからこそ、また来てほしいと言われたといいます。
何かによって評価される世界ではあるけれども、いることそのものに許容してもらえている、肯定してもらえているっていう空間なんだなというのを改めて感じた。
大上さんは、しばらく日本で活動しつつ、しっかりと論文を仕上げ、また国際学会に出していきたいと締めくくりました。
まとめ
オーストラリアの学会に参加した大上さんは、ロールプレイングで発言できなかった自分を入り口に、評価されることへの恐怖という根深い課題と向き合いました。そして、全員を仲間と捉え直す視点や、権威が全身で応答する講義に触れ、自分が目指す研究者像を見つめ直しています。
- 発言できなかった原因は英語力ではなく、間違えると存在価値がないと感じる根深い恐怖にあった
- 比較を避けてニッチな領域を選んでも、そこでまた序列を作ってしまう入れ子の構造に気づいた
- 「無敵とは敵がいない状態」という言葉から、全員を仲間と捉えれば相手はリソースになると学んだ
- 権威ジム・デイビス教授が反対意見に全身で応答する姿に、目指す研究者像を重ねた
- 論理より、ありのままの後継ぎと出会うことに、自分にしかできない役割を見出した




