借り物の服を着たような学会発表
大上博行さんは9月10日から14日ごろにかけて、西オーストラリアのパースで開かれた学会に参加しました。アジア太平洋地域でファミリービジネスを研究する大学の先生たちが集まる場です。
学会そのものは面白く学びも多かった一方で、博行さんは自身の発表に強い反省を残します。英語の壁と準備時間の不足から、AIが作ったスライドと台本を持ち込み、手元のスマホを見ながら読み上げる形になってしまったといいます。
別に(AIの台本を読むのが)悪いっていうわけじゃないけど、やっぱ伝われへんなっていう。
なんか感情乗ってへんように見えるし。やっぱりこう、人の目じゃなくてスクリプト見てやってるみたいな。
博行さんによれば、AIが修正した資料は一見クオリティが高いものの、自分の頭とつながっていない感覚があったそうです。
周りの登壇者の多くは自分の研究を自分の口で語っていました。博士課程でも学会参加は義務ではなく、やる気のある人が集まる場です。そこでわざわざオーストラリアまで来て読み上げたことを、博行さんは「だいぶへちょいことをやってもうた」と振り返ります。
補助金が通らなくなった理由は、AIの文章なのか?
兄の話を受けて、大上陽平さんは最近、オオウエの補助金申請がなかなか通らなくなっていると明かします。AIを使うようになって、きれいにまとまった文章は書けるようになったにもかかわらずです。
僕の所感としてはやっぱこう、熱い思いとか、なぜそれを大上がやらないといけないのかみたいなところがなかなか説明がつかなくなって。
陽平さんは、審査側もAIでスクリーニングしているはずなので、単に内容不十分なだけかもしれないとも話します。さらに、これまで文章が書けなかった人がAIを使って申請できるようになり、倍率そのものが上がっている可能性も挙げました。
大阪の跡継ぎ仲間に聞いても、AIで作った申請書が通りにくくなっているという似た話が出てきたそうです。陽平さんはこの状況を「すごい功罪やな」と表現しています。
質疑応答で誰も質問しなかった理由
大上博行さんは、補助金の話を「ものすごい今日的な課題」と受け止め、自分の発表を振り返ります。学会の持ち時間は20分の発表と10分の質疑応答でしたが、質疑の時間になると会場は「何を聞こうか」という沈黙に包まれたそうです。
結構さ、思い乗ってたりしたらさ、間違ってようがよかろうが、いやなんかそこはこうなんちゃうの?とかってさ、ぶつかっていけるやん、人間同士が。
博行さんは、読み上げの発表によって聴き手に「この人はそのレベルなのか」と判断させ、議論を仕掛けにくくさせたのではないかと考えています。だからこそ、間違っていても自分の言葉を大事にすべきだったといいます。
博行さんは背景に「失敗を恐れる気持ち」があると気づきます。失敗したら存在意義がなくなるように感じ、AIで失敗ではない綺麗なものを作ろうとしてしまう、という構図です。
ほんまはその失敗でも何でもしながら、悔しい思いしながら、自分そのものがこう上がっていくってしなあかんのに。
こう失敗の機会すらも奪ってるのかなと思って。
失敗への恐れ
失敗したら存在意義がなくなるように感じる
AIで綺麗に作る
失敗に見えない整った資料や台本を用意する
自分との乖離
内側から出た言葉ではなくなり、伝わらない
成長機会の喪失
悔しい思いをして自分が上がっていく機会まで失う
大上陽平さんは、手を動かす部分、自分の頭を使う部分、AIに頼る部分をどう見定めるかが今後の課題だとまとめました。
カーナビは捨てられない。AIを「問題集」に変える学び方
反省しつつも、大上博行さんはAIを使わない選択肢はもうないと話します。例えに出したのはカーナビです。
こんだけもうカーナビが出てきてんのに、道間違えたことによってカーナビ信じたらあかんなって言ったとしてもさ、カーナビ使わないっていう選択肢ってもうないやん。
そこで博行さんが注目したのが、補助教材としてのAIです。論文を要約させるのではなく、論文の主張がどこにあるかを探す練習用の問題集を、自分の研究領域の論文からAIに作ってもらうというやり方です。
博行さんはその問題集をプリントアウトし、毎晩鉛筆で「ここが主張だと思う」と書き込んでいます。AIが作った解答例もあり、自分の答えと照らし合わせられます。
自分とは関係のない領域の教科書や、無関係な会社の決算書で練習する
自分の研究領域の論文や、オオウエ自身の決算書を使った問題集をAIに作らせる
論文の量の問題にもAIは役立ちます。博行さんは英語で30ページほどある論文を50本読む必要があり、1本3時間かかると150時間になります。そこで、要点が詰まった冒頭とイントロダクションだけを集めたテキストをAIに作らせているそうです。
博行さんは、オオウエの社員と一緒に、会社の歴史や決算書、商品群をAIに読み込ませて4P戦略 ── マーケティングの基本フレームワーク。Product(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(販促)の4つの観点から施策を考えますを考えるテキストを作る案も出します。模範解答との差分を知ることで、学びのあり方が変わるかもしれないといいます。
大上陽平さんはこれを「準備と学び」と整理し、やりたいことや達成したいことを考える部分にこそ頭を割くべきで、そこまでAIに主導権を渡すと棒読みになってしまう、と応じました。
補助金申請書に足りない「切迫感」とは?
大上陽平さんは、補助金申請でのAIの使い方を具体的に説明します。普段からChatGPTとClaudeで壁打ちをしているため、AIは方向性を把握したうえで、要件に合わせて文字数までぴったり揃えた申請書を書いてくれるそうです。
陽平さんが手を入れるのは、不自然な日本語や間違いの修正程度です。それで提出できる水準になってしまうことが、かえって切迫感が伝わらない原因ではないかと考えています。
大上博行さんが「切迫感はどこに現れるのか」と尋ねると、陽平さんは、AIの文章は一般論的で具体性がなくなるのではないかと答えます。
この市場で自分たちはやってきたので、うまくやれる自信がある
市場はこうで、競合がいないからうまくいく
陽平さんは、前者のほうが伝わるのではないかと話します。博行さんも、AIは平均値を回答として出すため尖らないと応じ、今までにないものを積み上げる研究では、本人のこだわりや偏執的なやりたい気持ちが抜け落ちてしまうと指摘しました。
陽平さんは、落ちている理由は文章がAIっぽいからではなく、オリジナリティや個性、自信が足りないからだろうと考えています。評価基準はわからないとしつつも、手間暇をかけなくなった途端にうまくいかなくなった感覚があるといいます。
なんかこの数字の整合性が合わへんなとか自分で考えてる方が、やっぱりより、その事業についてももっと深く考えるし、
AI以前は、グラフや損益計算をExcelやPowerPointで苦労して作っていました。その時間が、事業を深く考え、本当にこのお金が必要なのかを見つめ直す時間になっていたのだろう、というのが陽平さんの見立てです。
本当はやりたいことがないのに書けてしまう問題
大上博行さんは、AIにオオウエの背景や歴史まで読み込ませているのかを尋ねます。大上陽平さんの答えは、完璧には読み込ませていない、というものでした。
博行さんは、1948年の創業や、戦後の焼け野原から和紙を始めた祖父の話、さらには「家業兄弟」の全エピソードを読み込ませれば、違う文章になるかもしれないと提案します。
逆説的やけど、まあ本質的にやりたいこともないのに、とりあえず義務的に出せるようになったっていうことかもしれん。
陽平さんによれば、前回の申請は「どうしてもフランスに持っていきたい」「これを生み出したい」という目的があって書いたものでした。今は当面の販促費用が出れば助かる、という程度の動機でも、うまく書けてしまいます。
案が生煮えなら「あと2週間では無理」と諦めていた
これまでの背景や販促予算を材料に、とりあえず出せるようになった
一方で陽平さんは、切迫感のあるライバルたちもAIで良い申請書を出せるようになっているため、中途半端なものは通らなくなったとも話します。博行さんは、とりあえず出しても通らないのは「健全っちゃ健全」だと受け止めました。
陽平さんは、補助金申請もプレゼンも同じで、1時間でそれなりのものが作れる時代だからこそ、準備と「何を成したいか」が大事になると結論づけます。博行さんも、やり込んだ研究者から見れば、飾りだけの綺麗な文章は響かず、真面目に議論する気にもなれないのだろうと冒頭の反省へ話を戻しました。
AI時代にコンサルタントや税理士は消えるのか?
大上陽平さんは、コンサルタントや税理士、SaaSがAIでなくなるという話に触れつつ、有能な人はむしろ必要とされると考えています。
それこそ補助金を絶対通すって約束してくれるような人は、あの、より差がついてくるわけやんか。
陽平さんは、99%の人がAIで片手間に申請書を作る中で、経営者が本当に何をしたいかまでヒアリングし、予算を組んで通る資料にできる人の価値は上がると見ています。経営者一人で考えきるのが難しいのは、AIがあってもなくても同じだからです。
大上博行さんはこれを「残酷やな」と表現します。全員が補助金申請書を書けるなら、書けること自体に意味がなくなり、抜きん出たものを持つ人に仕事が集中するからです。陽平さんも、より高度な戦いになるだけだと応じました。
博行さんは、専門家も経営者も研究者も、自分の頭で考えなくなった瞬間に淘汰される側に入ると話します。目先の仕事のために、一番大事な「自分で考えること」まで手渡してしまうのは、長期的にはマイナスかもしれないと、怖さを口にしました。
頭を鍛えるのは、白い紙とペン
大上陽平さんは、自分の頭で考えるトレーニングとして、本を読む、人と話すといったフィジカルな取り組みがよいのか、それもAIを使いながらやるべきなのかを問いかけます。
大上博行さんは、以前の回で紹介した読書会を今も続けています。耳で本を聞き、その内容を自分なりにまとめて音声で意見を吹き込むやり方で、これまで考えなかったことを考えるようになってきたそうです。
AIのまとめや5分の解説動画で十分
1ページずつめくり、書き込みながらその都度考える
博行さんが以前から陽平さんに伝えたかったのは、ノートの大切さでした。紙の手触りや書く手の感覚が脳を刺激するので、読書と書くことの組み合わせは一周回って大切だと話します。
陽平さんは、レターセットが若い人にも根強く売れていると紹介します。実際に手紙を書くと、普段のメールやLINE、チャットのせいで幼い文章になってしまい、とても難しいそうです。
陽平さんは、どうすれば相手が気持ちよくなるか、どうすれば自分の気持ちが伝わるかを考えることは、思考の訓練になると話しました。博行さんは、手紙がよく登場する恋愛リアリティ番組『ラブジョー』を「必修科目」として陽平さんに勧めています。
AIは和紙の問屋にとって追い風になる?
大上博行さんは、補助金も学会発表もつながっていると振り返ります。AI時代になり、核にあるものがないせいで、自分たちの言いたいことが伝わらなくなっているのかもしれません。
博行さんは、SNSや企業の広報も誰が書いたかわからない時代に、人は人間からのコミュニケーションを求めていると話します。そのうえで、伝わるコミュニケーションの価値がどこに出るかを語りました。
やっぱり伝わるコミュニケーションって、ほんならやっぱ一晩かけてさ、消しゴム消しながらやった手紙で拙い文章やけど、
なんかこう誠実に向き合ってくれてんなっていうのがわかるっていうことに、多分大きな価値がやっぱり出るし、
博行さんは、大事なのは美しい文章や正確な情報伝達ではなく、思考が乗っていることだと表現します。そして、紙屋にとってAIは皮肉にも追い風になるのではないかと話しました。
大上陽平さんも、オオウエはもともと一般用紙のような情報伝達用の紙に強い会社ではないため、その分野は良いところではないかと応じます。博行さんは、こだわって選んだ紙の質感も伝わりやすくなると話し、AI時代のコミュニケーションツールをオオウエで開発してほしい、開発されたら買うと締めくくりました。
まとめ
この回では、AIで作った発表や申請書が伝わらなかった経験から、兄弟が「自分の言葉」と「自分で考えること」の価値を確かめ合いました。AIを手放すのではなく、学びの準備に使い、目的や思いは自分で持つという線引きが見えてきます。
- AIが作った台本や資料は一見クオリティが高いが、自分の頭とつながらず「借り物の服」のように伝わりにくい
- 補助金申請では、AIの平均的な模範解答より、根拠は薄くても自分たちの経験に基づく自信や切迫感が伝わると考えられている
- AIは要約させるより、自分の領域の論文や決算書で問題集を作らせる「補助教材」として使うと学びに役立つ
- 誰もがAIで書ける時代には、本当に何をしたいかを考え抜ける人に価値が集中する
- ノートや手紙のように手で書く営みは思考を鍛え、紙の会社にとってAI時代は追い風になるかもしれない



