大阪から名古屋へ。全国を飛び回る現在地
今回のゲストは、newmoでタクシー乗務員採用をリードする中田茉夏さんです。虎ノ門のオフィスに来たのは半年以上ぶりで、上半期お疲れパーティーに合わせての登場でした。
中田さんは前日名古屋にいて、その夜に大阪へ帰り、収録当日は大阪から東京に来たと話します。自宅はまだ大阪で、これからは大阪を拠点に置いたまま名古屋を2拠点目にする予定だといいます。
「真夏、何日から何日名古屋、何日から何日大阪」みたいな。しかも前回真夏さんに会ったの沖縄なのよ。
ホストの中澤さんは、中田さんをnewmoで一番飛び回っているメンバーの1人だと紹介します。いつどこにいるかわからないほど各地を移動している、というのがこの回全体の背景になっています。
広告営業からリクルート、採用支援を経てnewmoへ
中田さんの経歴は、1社目がインターネット広告の会社で、1年の広告営業と1年の新卒採用から始まります。その後、転職を外から支援したいと考えてリクルートに移り、5年間インターネット業界の法人営業を担当しました。
リクルートの後に転職した会社はカルチャーが合わずすぐ辞め、リクルート時代の先輩に拾われて、小さな会社でスタートアップの採用支援や人材紹介を2年ほど経験します。newmoとの出会いは、この会社の支援先の1社としてでした。
「newmoが立ち上がるぞ」という話を聞きつけた(当時の会社の)社長が、「青柳さんのチャレンジをなんとか支援したい」というので、営業を頑張り。
当時は業務委託の立場で、社長と2人で社員のように働いていたといいます。2024年1月、newmo創業期の採用の立ち上げに関わり始めたのがスタートでした。
月十数名、初年度で100人弱。創業期の採用と社員になった理由
2024年1月からの半年間、中田さんは「newmo仲間探し」としてエンジニアやコーポレート、ビジネス側などさまざまな職種の採用を担当しました。多い月で十数名を採用していたといいます。
newmoは2024年1月創業で、創業メンバー数人からスタートし、年末には100人弱まで増えました。中田さんはこのペースを振り返り、当時の必死さを口にします。
恐ろしかったですね。もうとにかく人が足りないし、どの領域も「取らねば取らねば」という感じだったんで、リファラルもやるし、外部採用もやるし、エージェントさんにもお世話になるしという感じで怒涛でした。
半年ほど経った頃、newmoから社員にならないかと打診されます。外からの支援や業務委託の働き方が気に入っていて、事業会社に戻るつもりはなかったと中田さんは言います。
エキサイティングなチャレンジに心が動いてしまって。(それで当時の会社の)社長に謝って、newmoに入ること決めたっていうのが夏ぐらいの話でした。
乗務員採用がいちばん大事。専念に至るまで
社員になった2024年夏は、大阪で買収したMirait(現在の中核会社)のPMIが進んでいた時期でした。その中で、タクシーの乗務員採用がとても大事らしい、とわかってきたといいます。
秋ごろから乗務員採用に半分ほど関わり、大阪へ出張するようになります。その冬には乗務員採用に専念することになり、newmoのHR業務は他のメンバーに引き継ぎました。
専念になったのは1年半から2年弱ほど前で、以降は大阪をメインにしつつ、今年立ち上がる各エリアの採用立ち上げを担当しています。
沖縄、札幌、そして名古屋。1週間で決まった次の任地
大阪以外のエリアについて、中田さんは今年1月から3月ごろまで沖縄の立ち上げを担当したと振り返ります。本来は神奈川を担当する予定でしたが、他のメンバーが引き受けたため外れました。
中田さんは神奈川出身で、京急沿線育ちの「京急っ子」。母親にも「京急やるよ」と伝えていたほど張り切っていたぶん、担当を外れたのは意外だったようです。
その後、大阪の採用がビハインドしていたため専念を求められた矢先に、札幌と名古屋の立ち上げが決まります。札幌は姉が住み毎年フェスで訪れる好きな場所で、次は札幌だと思っていたところに、名古屋の話が来ました。
「大阪専念でよろしく」と言われた1週間後に、「名古屋よろしく」って話を言われたんで、「え、そうなんだ、マジですか」みたいな。
名古屋にゆかりはなく、驚いたといいます。ただ大阪から行きやすく、遊びに行けるほど近いことは前向きに受け止めていました。
週5で単身赴任状態。自ら決めた大阪への引っ越し
タクシー採用に専念する前、中田さんは3か月ほど大阪へ出張で通っていました。週4〜5で現地のホテルに泊まり、週末に東京へ帰る、ほぼ単身赴任のような生活だったといいます。
大きい荷物持ってきて、洗濯しに帰ってくるみたいな感じだったので。もうちょっとこれ無理があるなと思ったのが最初でした。
大阪のタクシー採用はしばらく続き重要だと見込まれ、ミッションも専念になったこと、そして親戚が近くにいて馴染みのある好きな街だったことから、引っ越しを決めました。
引っ越しは会社からの明確な指示ではなく、半々ながら自分から「よかったら行きます」と申し出たものだったといいます。中澤さんはその当事者意識に驚いたと話します。
外から支援しに行っているよそ者感が多分自分の中にまだあったんだと思うんですよね。(それなら)気合入れて仲間入りしようかなみたいな。
当時は3〜4年は大阪でやるつもりの覚悟だったといいます。周りからは「よくそれ決めたね」と言われた一方、本人は馴染みのある街だったこともあり、自然でポジティブな気持ちで移ったと振り返ります。
ナミビアまで行く旅好き。飛び回る人生への変化
大阪への引っ越しから、いまや常に移動している人生になった中田さん。もともと旅行好きで、知らない土地を知っていくのが好きだと話します。
去年の今ごろには、newmoで出会った先輩とナミビアを訪れ、砂漠やサファリを楽しんだといいます。国内も海外も、知らない街や人を知ることが好きだと語ります。
一方で、いつまで飛び回り続けるのかという思いもあり、名古屋は息の長いチャレンジになりそうだと感じているようです。そのうえで、同じエリアで一緒に頑張れる仲間の存在が大事だと強調します。
(大阪も)現地採用メンバーがいたり、後から転勤で仲間が増えたりというのがあって、頑張れたところがあったので。チームは大事と思ってます。
沖縄と大阪の兼務。成果を出しきれなかった3ヶ月
大阪に根付いた後、中田さんは沖縄の立ち上げにも3か月ほど関わりました。旅行で訪れた場所を仕事の目で見るのは新鮮だった一方で、つらい記憶も残っているといいます。
当時は沖縄と大阪の兼務で、沖縄にいても大阪の仕事をし、大阪目線では関与が薄れて成果を出しきれなかったことが苦しかったと打ち明けます。
大阪目線だと私の関与がちょっと薄れてしまっていて、成果上げきれなかったというのは結構つらかった期間の一つで、沖縄の思い出は結構つらかった思い出があります。
立ち上げだけを担い、現地メンバーに託して去るという関わり方でもありました。貢献できた実感と、立ち上げきれずに託した申し訳なさが同居していたといいます。
母数づくりから。タクシー乗務員採用でまず手をつけたこと
IT系の採用からタクシー乗務員採用へ。中澤さんは「180度違う」と表現しますが、中田さん自身も未知のチャレンジで、学びながら進めたと振り返ります。
大阪にはMiraitという母体やブランド、歴史があり、その基盤を加速させる形でスタートしました。中田さんはMiraitがこれまで築いてきた価値は大きかったと話します。
当時の目標は、うまくいっていた採用ペースをさらに一段、二段上げること。数十や倍以上への引き上げが求められる中で、まず課題としたのが母集団づくりでした。
まずは母集団、もっともっと作らないと、到底その目標採用数には届かない感じだったんで。
具体的には、エージェントのチャネルを増やし、選考フローを改善しました。エージェントに「ここに紹介したい」と思ってもらうため、合格を出して決まる会社であること、漏らさず短いリードタイムで結果を出す会社であることを磨いたといいます。
スピードが命。健診クリニックと教習所まで開拓する
タクシー乗務員採用ではスピードが特に重要だと中田さんは言います。転職を急ぐ人や早く働きたい人が一定数いるためです。
すんごく慎重に複数社受けて検討して決めるというよりは、パッと応募して、すぐ面接したくて、すぐ内定欲しくてという方もいたりするので。
最初に内定をもらえたから決めた、レスが早かったから決めた、というケースが多いため、スピードを上げることが採用数に直結します。
スピードのために中田さんが開拓したのが、健診クリニックと教習所でした。乗務員採用では内定を出すまでに雇入れ検診(健康診断)が必要で、予約のしやすさや結果が出るまでの期間がボトルネックになっていたといいます。
一方の教習所は、内定を承諾した人の受け入れ先です。newmoは二種免許の取得からスタートする未経験者を多く採用するため、教習所の枠がないと入社までの期間が伸び、早く働きたい人が離脱してしまいます。
受け入れキャパ拡大という意味で教習所の開拓がすごく大事だったので、もう必死に必死にやってました。いろんな方の手を借りて。
IT採用では想像しなかった仕事に、中田さんも中澤さんも「採用ってこういうこともするんだ」と世界が広がったと語り合います。
「よそ者が偉そうに」から所長と同じ方向を向くまで
スピードを上げるうえで最初に難しかったのが、各営業所の所長との関係でした。M&Aで急に入ってきたnewmoが採用を求める構図に、所長たちからは警戒の目が向けられていたといいます。
よそ者のnewmoという会社が来て、「採用やれ」と偉そうに言ってきて。しかもタクシーのこともよく知らないくせに、「高い目標を背負わせてくる」みたいな目で見られていたと思うんですけど。
中田さんは所長たちの仲間になりに行き、同じ目標を掲げ、採用のメリットを伝えて協力的になってもらうことを重ねました。オペレーション面では、選考結果を早く連携してもらう工夫をしています。
それまで面接結果は電話で確認していましたが、所長たちにSlackを導入し、使えるようにしていきました。所長会議の資料もSlackで配信し、リアクションをつけてもらう形に変えたといいます。
(所長たちも)スタンプとかついて。だんだんリアクションで。
同じくMiraitの元々の採用チームとも、採用目標を共有し、スプレッドシートでタスクを漏らさず管理する体制づくりから着手したといいます。
一件一件の重み。数字を動かす採用スタイルへの変化
中澤さんは、中田さんがいつもスプレッドシートの細かな更新を呼びかけている印象を語ります。中田さんは、この進捗管理のスタイルは以前からのものではないと答えます。
営業出身でパイプライン管理の基礎はあったものの、これまでの採用は求人票を磨き、一人ひとりに声をかけて掘り起こすスタイルでした。大量の候補者を動かす乗務員採用とは動き方が大きく違うといいます。
ITやスタートアップの採用では半年かけて温めることもある一方、タクシー乗務員採用は1週間で決めきる世界です。
ファネルを改善していくとかって言ったりするんですけど、それを内定出しまでの期間って言ったりとか、歩留まりの改善って(言い換えるんです)。
求人票を磨き、一人ひとりに声をかけて掘り起こす。リードタイムが半年に及ぶこともある
大量の母集団をつくり、ファネル全体の歩留まりを改善する。1週間で決めきるスピードが命
髪色・ネイル・タトゥー。身だしなみ基準をつくり直す
中田さんが取り組んだことの1つに、身だしなみ基準の見直しがあります。髪の色、女性のネイル、ワンポイントのタトゥーなどをどこまで許容するかを整理しました。
昔のMiraitは全体に厳しくジャッジし、受け入れられないという方針が強かったといいます。ただ、一概にNGな人ばかりではないという前提で、面接基準と身だしなみ基準をつくり、許容できる人は積極的に受け入れる方針に整えました。
この整理は、母数を広げつつ採用の質を保つための土台にもなっています。
懐に入る鍵は、営業所に通うことと横文字を使わないこと
大阪に携わって、最初と現在で一番大きく変わったのは所長たちとの関係だと中田さんは言います。「採用って大事だよね」「一緒に頑張ろう」というスタンスで、現場が採用数の伸びを喜んでくれるようになったそうです。
所長たちと同じ方向を向けた鍵を問われ、中田さんが最初に挙げたのは「営業所に通いまくる」ことでした。大阪には現在10か所の営業所があります。
いろいろあると思うんですけど、営業所に通いまくる。もう物理。
会う回数に加えて、飲みの場も効いたといいます。数回ながら、自己開示しながら自分の思いを話し、所長たちの経歴やMiraitへの思いを聞いて語り合えたことが大きかったと振り返ります。
大阪への引っ越しは所長たちからも喜ばれ、「気合入ってんな」と受け止めてもらえたことが、その後の仕事のやりやすさにつながったといいます。
懐に入る力について中田さんが意識しているのが、相手と同じ言葉を使うことです。リードタイムは「内定出しまでの期間」、ファネルの改善は「歩留まりの改善」と言い換えるなど、横文字を避けています。
Slack、Slackって言わないとか。メンションって何?って(言われるんで)ちゃんと言い換えるとか。
さらに、所長たちが現場で使うタクシーの用語も学び、相手の言いたいことを吸収しようとしていると話します。中澤さんはこれを「尊重する心」と言い換えました。
大阪・沖縄・札幌で違う「タクシーという仕事の見られ方」
大阪で一通りの採用の型をつくった後、沖縄や名古屋では取り組み方が変わったかを問われ、中田さんは「使える基盤と、そうでないところの両方がある」と答えます。
土地ごとに課題や県民性、マーケット感、そしてタクシーという仕事の見られ方が違うといいます。大阪ではタクシーは稼げる仕事として、若い人や女性にもポジティブに見られている職業だと感じるそうです。
実際、newmoの採用では20代・30代や女性が多く、大阪のタクシー乗務員の平均年齢は若くなったと2人は振り返ります。
一方の沖縄では、タクシーという仕事の見られ方がまだそれほど良くないのかもしれない、と中田さんは言葉を選びながら話します。乗務員の平均年齢が高く、車両が古かったり、タクシー体験自体が良いものとは限らない実情があるといいます。
現地にいるメンバーと喋ってると、タクシーっていい見られ方をしてないとか、タクシーの立ち上げってびっくりされるし、すごい期待もされてるみたいなことを聞いたりして。
沖縄で立ち上げたゆいまーるは、車両が揃い、若い人が多く楽しそうな新しいタクシー会社です。中澤さんは、東京でPRしていた当初は実感がなかったものの、現地に行くと「新しくて綺麗」というだけで魅力になると感じたと語ります。
札幌も、タクシーの見られ方は沖縄に近いかもしれないといいます。北海道では経験者の応募が多く、未経験者を増やしたいのが悩みで、大阪とは違う打ち出しや経路の開拓が必要だと考えています。
札幌だとそこ(未経験の母集団づくり)がなかなかまだ苦戦してたりするんで、ちょっと違う打ち出しをしなきゃいけないのかもなと思ったり。
名古屋もまた違うだろうと中田さんは見ていて、「難しそうと思ってドキドキしている」と率直に話します。
各地にチームを。自分がいなくても回る状態をつくる
今後のチームづくりについて、中田さんは大阪での経験を土台に語ります。高い採用目標のもとで現地採用を進めてチームを築いてきましたが、うまくいった点も反省点もあるといいます。
立ち上げさせていただいて、ちゃんと体制構築して、私がいなくても回るようにしていくということをやっていかなきゃいけない。
リーダーとメンバーで求めるものが違うことなど、悩みながら考えている段階だといいます。目標の高い大量採用が各エリアで続くため、営業的なマインドや目標達成へのやり切り力が大事なポイントだと話します。
同時に、一件一件は人生の岐路に関わる採用であり、単なる数字とは思っていないとも中田さんは強調します。
凹む時もある。数字で可視化される仕事のしんどさ
ここまでの話はタフで順風満帆に聞こえますが、中澤さんは中田さんに「たまにへこんでいる気がする」と切り込みます。中田さんは、アップダウンはある方だと認めます。
乗務員採用は分かりやすく数字目標があって、そこを追っていて、成果を出さないと数字で可視化されている領域なので、それがやりがいでありしんどさである。
好調なときは褒められ、厳しいときは改善が求められる。わかりやすさゆえに、波を乗りこなしながら今に至ると振り返ります。
しんどいときの対処は2つ。1つはnewmoの仲のいい人に付き合ってもらって飲みに行くこと。深夜まで語り合うことも多いといいます。
みんな暗い愚痴ではなくて、それぞれの悩みやしんどポイントを持ち寄りながら、でも支え合って、「しんどいよね、でもやっていこう」と思わせてくれる仲間がいる。
もう1つは、自分を見つめて自分のマインドセットをコントロールするトライです。数字が未達だとつらくなる、課題が見えているのにキャパがなくてやりきれないのがしんどい、と自己分析します。
やった方がいいことなんてわかってるのにやりきれてないみたいな辛さがあったと思うんで、もうそんなこと思い続けてもしょうがないから。
最近は「また私、このへこみやっちゃってるよ」と俯瞰し、取り返せれば大丈夫と考え、つらくならないよう優先順位をつけようとするなど、改善していると話します。
それでも続く原動力。ファネルが動く瞬間の面白さ
高い目標を2年半持ち続けて「もうやだ」とならないのか、原動力を問われ、中田さんはまず人と話すと前向きになれることを挙げます。
達成感を感じる瞬間について、中田さんは採用のファネルを挙げます。応募から面接、合格、内定、承諾という通過ポイントのどこかに必ず課題があり、それに紐づくアクションが見えてくるといいます。
そこ(課題)を改善すると、ちゃんと数字も分かりやすく上がっていくというのは、すごく面白いこととか達成ポイントかなと思います。
そしてそれは一人ではできず、チームや所長を動かして初めて実現します。人の向き合い方や関わり方が変わっていくのを見られると嬉しいと語り、中澤さんは「人間好きなんだね」と受けます。
目標は「全エリアで戦える乗務員採用チーム」
newmoで次に目指すチャレンジを一言でと問われ、中田さんは全エリアで戦える乗務員採用力を持ったチームをつくることだと答えます。
全国で立ち上げが続く中、どこへ行っても最強の乗務員採用チームをつくることが求められている、と中澤さんも応じます。中田さんはそれを「仲間と一緒に」やっていくと言い添えました。
newmoは「チャレンジと確信」の場所
番組恒例の最後の質問として、中田さんにとってnewmoがどういう場所かが問われます。中田さんは言葉を探しながら、「チャレンジと確信」と答えました。
チャレンジの側面は、未知の数の乗務員採用や各エリアへの進出、今後の自動運転など、高く難しい課題に向き合うチームであること。停滞できる日は一日もない、と中田さんは言います。
絶対に飽きないし、絶対ずっとしんどいんですけど。ですけどに続くのが後者の安心とか確信できるという意味で、この仲間だからできるかもなと思ったり。
仲間がいるからこそ「自分も価値を出せているんだろうな」と立ち返れる。そのカルチャーが頑張れる原動力になっていると中田さんは語ります。
中澤さんは、久しぶりに会うたびに中田さんがパワーアップしていると笑います。あるエリアで出会った仲間と解散し、また次のエリアで再会することが最近あるのが嬉しいと、中田さんはこの回を締めくくりました。
まとめ
IT業界の採用からタクシー乗務員採用へと大きく舞台を変え、大阪・沖縄・札幌・名古屋を飛び回ってきた中田茉夏さんの2年半を振り返る回でした。「よそ者」から現場の仲間になるまでの工夫と、数字で可視化される仕事のしんどさ、それでも続く原動力が正直に語られています。
- 中田さんはIT広告・リクルート・採用支援を経て、newmo創業期に業務委託から社員となり、タクシー乗務員採用に専念した
- タクシー乗務員採用はスピードが命で、母集団づくりに加え健診クリニックや教習所の開拓まで手がけた
- 所長との関係づくりの鍵は、営業所に通うこと、飲みの場での自己開示、そして横文字を避けて相手と同じ言葉を使うこと
- 大阪・沖縄・札幌でタクシーという仕事の見られ方や母集団の作り方が異なり、土地ごとの打ち出しが必要になる
- 目標は全エリアで戦える乗務員採用チームをつくること。仲間の存在が、数字のしんどさを乗り越える原動力になっている




