遺伝子工学の出発点はDNAの「ハサミとノリ」
「生命科学の冒険者」では、この回から新シリーズとして遺伝子工学の歴史を順番に話していきます。科学系ポッドキャストの日などの企画を途中で挟みながら進める予定だといいます。
遺伝子工学という言葉を聞いた時点で、アシスタントのとみーさんは「もうわからない」と正直に反応します。
もう遺伝子工学っていう言葉からもう私はわからないです。
プレゼンターのあきさんは、学生時代に遺伝子工学を学んだときの面白さを振り返ります。生物の仕組みをハックしてDNAを操作し、薬を作っていると知ったことが印象に残ったそうです。
正直すごく難しいって話ではないと思うんです。
あきさんは、基礎知識があればわかることも多いはずだとして、「ざっくりとこんなことができるんだな」という雰囲気で聞いてほしいと呼びかけます。
あきさんによると、遺伝子工学の出発点は、DNAを狙った場所で切り、またつなげられるようになったことです。ハサミにあたるのが制限酵素 ── DNAの特定の塩基配列を認識して、その部分を切断する酵素。もともとは細菌がウイルスから身を守るために持っている仕組みです、ノリにあたるのがリガーゼ ── 切れたDNAの断片同士をつなぎ合わせる酵素。DNAリガーゼとも呼ばれますです。
この2つの道具を使った実験の舞台として、よく使われるのが大腸菌です。そこでシリーズ初回は、制限酵素の話につなげる前段として、大腸菌そのものを紹介する構成になっています。
大腸菌の発見を支えた「固形培地」とは
大腸菌が発見されたのは1885年、19世紀末のドイツです。小児科医のテオドール・エシェリヒが、赤ちゃんの下痢の原因を探っていたことがきっかけでした。
当時はロベルト・コッホ ── ドイツの医師・細菌学者。結核菌やコレラ菌を発見し、近代細菌学の祖とされます。1905年にノーベル生理学・医学賞を受賞しましたやその周辺の研究者が病原菌を次々に発見していた時代です。病気には必ず犯人の細菌がいるはずだと考えられていたと、あきさんは説明します。
その時代に整ってきたのが、病原菌を調べるための培養法です。具体的には、平たいお皿に蓋をかぶせるシャーレ ── ガラスやプラスチックでできた、浅い円形の皿と蓋の組み合わせ。ペトリ皿とも呼ばれ、微生物の培養によく使われますに、寒天で固めた栄養たっぷりのゼリー状の培地を流し込んだ「固形培地」です。
固形培地がないと、腸内細菌を分離しようとしても困ったことが起こります。腸の中にはたくさんの種類の菌がいて、そのまま培養すると、それぞれのスピードで増えて混ざったままになってしまうのです。
1匹の菌を「コロニー」に育てる純粋培養の手順
固形培地を使った菌の分離では、まず便を何回か希釈し、10mlの中に菌が10個や100個といった量まで薄めます。それをシャーレの上に振りかけると、菌が1個ずつ離れた場所に置かれます。
寒天の上では、液体の中のように菌が自由に動き回れません。足止めされた菌は、その場所の栄養を使って増え続け、やがて目に見える点のような「コロニー」になります。
1つのコロニーは1匹から増えたものなので、同じ種類の菌だと言えます。それを分析することで「これは乳酸菌だ」「これは大腸菌だ」と分類できるようになり、固形培地は細菌研究にとって非常に重要な道具になりました。
あきさんによると、こうしたアイデアがなかった初期には、スライスしたジャガイモに菌を植えていたそうです。とみーさんが「ねっとりしてるもんね」と応じたように、ジャガイモの表面でも菌は動けず、その場所で増えていきます。
エシェリヒが見つけた「普通の」菌と、E.coliという名前
テオドール・エシェリヒは固形培地を使い、赤ちゃんの便から菌を純粋培養しようと試みました。すると、健康な赤ちゃんの腸からいつも必ず見つかる、棒状の桿菌 ── 棒状、または円筒状の形をした細菌の総称。球状の球菌、らせん状のらせん菌と並ぶ、細菌の基本的な形の一つですがありました。
エシェリヒはこの菌を、必ず見つかる「普通の大腸菌」として報告します。病気を起こす菌ではなく、お腹に普通に住んでいる菌に目を向けたことは、当時としてはかなり先見的だったとあきさんは評価しています。
大腸菌の学名には、その功績を称えて発見者の名前が付けられ、「エシェリキア・コリ」となりました。エシェリキアはエシェリヒの名前をラテン語風にしたもの、コリは「大腸の」という意味のラテン語由来の言葉だと、あきさんは説明します。
研究者は大腸菌を略して「E.coli」と呼ぶことがあります。あきさんは、初めてこの呼び名を聞いたときの印象をこう振り返ります。
(E.coliと聞いて)なんかコリー犬を思い出してですね、なんかそんな可愛いもんじゃねえのになって思った覚えがあります。
腸内でわずか1%の大腸菌が早く見つかった理由
大腸菌は長さ2マイクロメートルほど、幅0.5マイクロメートルほどの、顕微鏡で見ると棒のような形の菌です。人間や動物の大腸に普通に住んでいますが、腸内の菌の中では1%ほどと、かなり少ない部類だといいます。
大腸の中はほとんど酸素がないため、腸内には酸素がなくても増える嫌気性菌 ── 酸素がない環境で生育する細菌。酸素があると増えにくいものや、酸素が毒になって死んでしまうものもいますが非常に多くいます。嫌気性菌は便と一緒に外へ出ると、酸素が毒になるためあまり増えられません。
一方で大腸菌は、酸素がない状態でも生きられるうえ、酸素がある環境に出ると一気に爆発的に増えることができます。
酸素が毒になるため、外ではあまり増えられない
酸素を利用して一気に爆発的に増えられる
あきさんは、大腸菌が「普通の大腸菌」として早く見つかったのは、酸素がある場所で培養しやすかったからだと説明します。腸の中で最も多い菌だったから見つかったわけではない、という点がこの話のポイントです。
地味な指標から研究の主役へ。1940年代の転機
発見からしばらくの間、大腸菌は衛生学や食品の分野で、糞便汚染の指標として使われる地味な存在でした。
大腸菌の転機は1940年代に訪れます。大腸菌は20分で分裂して倍に増え、ブドウ糖といくつかの種類の塩分だけの安い培地で育てられます。
安上がりで一気に増え、世代がどんどん移り変わる大腸菌は、遺伝子がどう変わっていくのかを調べたい遺伝学者にとって、非常に便利な研究材料でした。そのため、この時代に大腸菌を研究する人が一気に増えていきます。
発見後しばらくは、衛生学や食品分野で糞便汚染の指標として使われる地味な存在
1940年代、20分で倍に増え安い培地で育つ性質から、遺伝学の研究材料として注目される
レダーバーグとテイタムが確かめた大腸菌の「接合」
1946年、大学院生のジョシュア・レダーバーグと、指導教官のエドワード・テイタムが、大腸菌の「K-12株」を使ってある実験を行います。あきさんは、K-12株を大腸菌の「ファミリーネーム」のようなものだと説明しています。
二人はまずK-12株にX線を当て、DNAに変異を起こしました。DNAの一部が書き換わったり欠落したりして、死ぬ菌もいれば、DNAに損傷を抱えたまま生き残る菌もいます。
次に、20種類のアミノ酸がすべて入った培地と、1種類ずつ抜いた培地を用意します。すると、全部そろった培地では生きられるのに、トリプトファンが欠けた培地では生きられない株などが見つかります。
X線を当てる前のK-12株は、アミノ酸を自分で作れるので、ブドウ糖だけの培地でも生きられます。X線で変異した株は、特定の栄養を外から取り込まないと生きられない「栄養要求株」になっていたわけです。
レダーバーグとテイタムは、それぞれ違う栄養を必要とする2種類の株を、液体培地で一緒に育てました。液体の中なら、菌は自由に動いてくっついたり離れたりできます。
本来なら、足りない栄養がある株は生き残れないはずです。ところが、その株が別の株とくっつき、情報を受け取って、X線を当てる前の状態に戻ったような菌が現れました。証明実験を重ねた結果、菌と菌がくっつき、片方からもう片方へ遺伝子を渡していることがわかりました。
変異
K-12株にX線を当て、DNAに変異を起こす
選別
特定のアミノ酸がないと生きられない栄養要求株を見つける
混合
違う栄養を要求する2種類の株を液体培地で一緒に育てる
回復
株同士がくっつき、X線を当てる前の状態に戻ったような菌が現れる
とみーさんの確認と「右手のない人と左手のない人」のたとえ
実験の説明の途中で、とみーさんは自分の理解が合っているかを確かめるために、話を整理し直します。
元々のK十二株とその栄養が作れないK十二株ダッシュを同じところに置いといたら、何がしかの情報交換が行われて、K十二株ダッシュがK十二株に戻ったみたいな話?
あきさんは「ほぼその理解でいい」と答えたうえで、実際にはトリプトファンが欲しい株とリジンが欲しい株のように、違う栄養を要求する株同士だったと補足します。とみーさんはそれを受けて言い直しました。
じゃあK十二株アルファとK十二株ベータを一緒に置いといたら、お互いに情報交換してK十二株無印に戻ったみたいな。
あきさんは、例えるのが難しいとしながら、この現象を人間に置き換えてみせます。
右手がない人と左手がない人をあの一緒に入れてたら、お互いに両手戻ったみたいな、そんなことが起こったんですね。
この現象は「接合 ── 細菌同士が細い管などを介して直接くっつき、一方からもう一方へDNAを受け渡す現象。細菌が遺伝子を水平に交換する代表的な方法の一つです」と呼ばれます。くっついている途中の菌をミキサーにかけて引き剥がし、DNAがどう移っているかを調べるといった実験も行われ、菌が遺伝子を送り出していることが確かめられました。
大人同士で遺伝子をやりとりする細菌と、レダーバーグのその後
あきさんは、接合が今問題になっている薬剤耐性菌にも関わっていると話します。大腸菌に限らず、別の菌同士がくっついて、薬剤耐性を受け渡してしまうことがあるそうです。
人間は有性生殖で、卵子と精子から新しい個体を作ります。それに対して微生物は、大人同士で遺伝子をやりとりして自分の形を変えていくような進化をしていることがわかりました。
有性生殖で、卵子と精子から新しい個体を作る
接合によって、大人同士が遺伝子をやりとりして自分の性質を変える
この発見は後に、人間が大腸菌にDNAを送り込み、その大腸菌に薬を作らせることができるようになる足がかりになります。
ジョシュア・レダーバーグは、大学院生のときのこの実験によってノーベル賞を受賞しました。とみーさんの「おめでとうございます」に、あきさんが「大学院生だったのに」と応じる場面もあります。
レダーバーグはその後、宇宙生物学を立ち上げたり、AIの分野に知恵を貸したりと、幅広く活躍しました。とみーさんが調べたところでは、2008年に亡くなっています。
「大腸菌で正しいことはゾウでも正しい」
その後も大腸菌の研究から、生物の仕組みが次々に明らかになります。DNAを鋳型にしてDNAを作るDNAポリメラーゼ ── DNAを複製する酵素。既存のDNAを鋳型として、それに対応する新しいDNA鎖を合成しますや、遺伝子のスイッチを切り替える仕組みであるラクトースオペロンなどが見つかりました。
あきさんは、「大腸菌で正しいことはゾウでも正しい」という言葉が生まれたほどだと紹介します。大腸菌は、生命の基本原理を調べるための共通のモデルになりました。
人間と大腸菌は進化の上で大きく離れた生き物になりましたが、大腸菌で使われている仕組みが、人間の体の中でも使われている例は結構あるといいます。
日本の研究者が見つけた「プラスミド」という遺伝子の運び屋
DNAの受け渡しを調べるなかで、大腸菌の中の「プラスミド」と呼ばれるDNAが見つかりました。ここでは日本人研究者が活躍しています。
1950年代、秋葉朝一郎、落合国太郎、渡辺力の各氏が、赤痢菌の薬剤耐性が菌から菌へ移っていくことを見つけました。秋葉朝一郎・落合国太郎・渡辺力の表記
細菌は、生きていくための大きなDNAの塊である染色体を持っています。染色体も接合で受け渡されますが、細菌はそれとは別に、受け渡し用のコンパクトなDNAも持っていました。それが、小さな輪っか状のDNAであるプラスミドです。
赤痢菌は、薬剤を無力化するためのDNAをプラスミドという小さなパッケージにして、接合のときに他の菌へ渡していました。
このプラスミドは後に、遺伝子工学で遺伝子の運び屋として使われるようになります。薬を作るための情報を載せた小さなDNAを作り、大腸菌に送り込む「ベクター ── 遺伝子工学で、目的の遺伝子を細胞の中に運び込むためのDNA。プラスミドやウイルスがよく使われます」です。
発見
1950年代、赤痢菌の薬剤耐性が菌から菌へ移ることが見つかる
正体
耐性の情報が小さな輪っか状のDNA、プラスミドに載っていた
応用
後に、薬を作る情報を載せて大腸菌へ送り込むベクターとして使われる
あきさんは今回のポイントとして、大腸菌からプラスミドが見つかったこと、そしてDNAを使って大腸菌の性質を書き換えられることの2つを挙げます。次回以降は、DNAのハサミとノリである制限酵素とリガーゼの話へつなげていく予定です。
まとめ
遺伝子工学の歴史シリーズの初回では、DNAの切り貼りの舞台となる大腸菌に焦点を当て、固形培地による発見から、接合の解明、プラスミドの発見までがたどられました。
- 遺伝子工学の出発点は、制限酵素(ハサミ)とリガーゼ(ノリ)でDNAを切り貼りできるようになったこと
- 大腸菌は1885年、エシェリヒが固形培地を使った純粋培養で見つけ、学名にその名が残っている
- 1946年、レダーバーグとテイタムは、大腸菌がくっついて遺伝子を受け渡す「接合」を確かめた
- 20分で倍に増え安く育てられる大腸菌は、「大腸菌で正しいことはゾウでも正しい」と言われるほどのモデル生物になった
- 1950年代に日本人研究者らが見つけたプラスミドは、後に遺伝子の運び屋(ベクター)として使われるようになる




