なぜ今、切り抜きが最強のディストリビューションなのか
今回のOff Topicは、コメンタリーカルチャー、リファレンスカルチャーと続いてきたシリーズの締めくくりです。宮武さんは、ブランドがコンテンツを通じてどのようにカルチャーを作っているかを話したいと切り出します。
宮武さんによると、今カルチャーを動かす大きな手法の一つが「インタラクティブなミーム作り」で、その最もわかりやすい例が切り抜きです。テック業界ではTBPN ── 米国のテック系ライブ番組。長尺の配信をベースに、短い切り抜き動画をSNSで拡散して急成長したことで知られていますが代表例として挙げられています。
どの時代にもそのディストリビューションのハックがあると思っていて。
宮武さんは、かつてはメールマーケティング、アプリ時代はオンボーディングやKファクター ── 1人のユーザーが何人の新規ユーザーを連れてくるかを示す指標。1を超えると口コミだけでユーザーが増え続ける状態とされます、最近はインフルエンサー戦略がハックだったと振り返ります。そして今のハックが、切り抜きを大量生産する「ClipFarming」だといいます。
草野さんは、日本では切り抜き動画がアメリカより早く話題になっていた印象があると問いかけます。宮武さんは、米国が少し遅れた理由として、切り抜きで稼げる・フォロワーを増やせるといったインセンティブがなかった点を挙げます。
米国では今、大手インフルエンサーが切り抜き専門の企業を自ら雇い、大量に作らせているといいます。草野さんは、日本でもひろゆきさんが切り抜きの会社をやっていると補足しました。
宮武さんは、クリエイター個人は昔から切り抜きをしていたものの、ブランドや企業が取り組むのは比較的最近だと見ています。一世代前のSNSはフォロワーベースで競争も今ほど激しくなく、面白いものを出せば徐々にフォロワーが増えましたが、今はディスカバリーが難しくなっていると話します。
やっぱ長い(動画からは)見つけられないですよね。面白いハイライトって。
人気配信者がゼロから再挑戦したら何が起きたか
切り抜きの重要性を示す実証実験として、宮武さんは人気ライブ配信者Radwimps(ラドウィッグ)さんの試みを紹介します。ファンに「ゼロから始めても同じ成功ができるか」と聞かれ、本人は「自分のコンテンツがいいからできる」と答えたことがきっかけでした。
実験は、新しいTwitchアカウントを作り、3つのルールのもとで行われました。
- フォロワー0人から始める
- 自分の名前を一切使わない(既存のフォロワーも呼ばない)
- 友達に支援をお願いしない
雑談カテゴリー「Just Chatting」で配信を始めて5分ほどでフォロワーが1人つき、本人は「ほら見ろ」と興奮しますが、そのフォロワーはボットでした。結局、初めての視聴者が来たのは、『ONE PIECE』のカードパック開封を始め、タイトルに「Giveaway」と入れてからで、3〜4時間かかったといいます。
宮武さんは、この結果はプラットフォームのアルゴリズム設計次第だと解説します。フィードは常に「新規コンテンツをどれだけ見せるか」と「既存の人気コンテンツをどれだけ見せるか」のバランスを取らなければなりません。
新しいクリエイターに機会が生まれるが、人気コンテンツが出にくくなりエンゲージメント時間が落ちうる
エンゲージメントは保てるが、新しいクリエイターが入る余地がなくなる
Twitchは同時視聴者数をもとに表示するケースが多く、既存の人気寄りだといいます。そのため視聴数を水増しする「ビューボッティング」を使うクリエイターもいるそうです。
実験を経た本人の結論は、運良くアルゴリズムに拾われるのを待つのではなく、1日1〜2個の記憶に残る瞬間を切り抜いてばらまくほうが適切だというものでした。
SpeedやKai Cenatを「見たことがない」のに知っている理由
草野さんは、コンテンツが増えたこと以外にも、切り抜きが重要になった理由があるのかと尋ねます。宮武さんは、競争の激化と、新しいコンテンツを見つける手段としてTikTokに頼る人が増えたことの「二軸」だと答えます。
二人(SpeedとKai Cenat)のライブ配信をちゃんと見たことって本当に数回しか僕はないんですよ。
宮武さんは、インフルエンサー業界のツートップであるSpeedとKai Cenatの活動を、ほとんどTikTokやXで見ているといいます。視聴の仕方が「よりダイレクトではなくなっている」からこそ、切り抜きが大事になっていると話します。
草野さんは、TikTokerを集めたイベントで人が集まらなかった例を挙げ、「有名そうだけど何をしている人かわからない」ケースは増えるのかと問いかけます。宮武さんは増えると見ています。
ただしSpeedやKai Cenatが成功しているのは、TikTokで認知されながら、ライブ配信まで足を運ぶコアなファンも多いからだといいます。TikTokファーストの場合、コアなコンテンツ自体がTikTokなので、一度消費すると終わってしまい、その先への道のりがありません。
切り抜き
TikTokやXで認知を広げる
きっかけ
ライブ配信に行く動機を作る
ライブ配信
本人を好きになり、コアなファンになる
草野さんが、2人の共通点として年に1〜2回の巨大イベントを挙げると、宮武さんは配信者を2タイプに分けます。SpeedとKai CenatはMrBeastのような企画型、Hasan Pikerのような配信者はエマ・チェンバレン的なVlog型の毎日配信で、どちらも切り抜きで認知を高めてライブへ誘導しています。
そのファンとの関係性を(TikTokで)終わらせるっていうのをやってないのが結構大事かなと思いますね。
リファレンスとは真逆の「普通ではない体験」とは?
宮武さんは、切り抜きやリファレンスカルチャーはあくまで一部のハックであり、目的は視聴者との関係性を作り、記憶に残ることだと整理します。人気IPとコラボしたり、リファレンスしたりするのは、ブランドを連想させる仕組みです。
一方で宮武さんは、それだけが記憶に残るカルチャー作りではないといいます。今のカルチャーや「普通」から切り離した、ちょっと違う体験を提供することでも記憶に残せる、というのが次の論点です。
最初の例は、ハンバーガーチェーンのFive Guysです。テイクアウトでは袋にポテトとハンバーガーを詰めたあと、最後にもうワンスクープ、袋からあふれるほどポテトを追加してくれます。
得した気分になる。
しかもポテトはマクドナルドのような専用パックではなく、ドリンク用のカップに入っています。宮武さんによると、これは全員に行う決まったプロセスで、創業者の意向による完全なマーケティングだといいます。
Five Guysのメニューは少し高めで、それは追加のポテトを加味した価格設定なのだそうです。つまりお客さんはすでに代金を払っており、入れる順番を最後にするだけで「得した」という体験に変わる、と宮武さんは話します。
草野さんは、韓国コスメを買うとおまけがたくさん付いてくるのも、値段に加味されている場合があるのではと重ねました。
ダブルツリーホテルはなぜクッキーを焼き続けるのか
2つ目の例は、米国のホテルチェーンのダブルツリーです。宮武さんによると、ラグジュアリーではなくビジネスホテルに近いホテルで、泊まった人がみんな同じ体験をするといいます。
ダブルツリーのロビーではクッキーの匂いがします。受付デスクの下、ゲストから見えない位置にオーブンがあり、チェックインの際に焼きたてのクッキーを2枚ほど袋に入れて渡してくれるのです。
宮武さんは、有名店のクッキーではないものの、温かいので結構おいしいと話します。1日7.5万枚を配っており、受付で頼めば追加ももらえるといい、宮武さん自身も外出からの帰りに「あと2枚ぐらいください」と頼んだことがあるそうです。
宮武さんがこの2社を参考になると考えるのは、注文やチェックインのように半自動的にこなす決まったプロセスに、あえて変化を入れているからです。
パスポートを見せ、名前を言い、クレジットカードを渡し、サインしてカードキーを受け取る
同じ手続きの最後に、焼きたてのクッキーを手渡される
僕って別に、あの、ファイブガイズって正直一回しか行ったことないんですよ。
宮武さんは、Five Guysは1回、ダブルツリーも2〜3回しか利用していないのに、ほかのチェーンより多くその体験を人に話してきたといいます。機能だけでは差がつきにくく、部屋を広くすると大きなコストがかかるビジネスホテルにとって、口コミを生むこのアイデアは正しいと評価します。
ダブルツリーが2018年に顧客約1000人に行ったアンケートでは、3分の1が過去2か月にクッキーについて話したと答えたそうです。宮武さんは、1日数千人から1万人ほどがクッキーの話をしている計算になると見ています。
期待値が低い場所にこそ仕掛ける理由
草野さんは日本の例として、ドーミーインの夜鳴きそばを挙げます。無料でラーメンが食べられる体験は、得した気分とともに「話したくなるネタ」になるといいます。
宮武さんは、部屋に置いておくこともできる体験を、チェックインのような全員が通るプロセスで渡すことが大事だと話します。それは口コミのトリガーであり、期待値がそこまで高くないところに入れることがポジティブな記憶作りの鍵だといいます。
ただし全員が同じことをすると、それが基本の期待値になり、口コミにつながらなくなります。ドーミーインの施策も登場時は画期的でしたが、似た施策を始めるホテルが増えてきていると宮武さんは見ています。
ダブルツリーでは、オーブンで焼き続けるコストを理由に、CFOとみられる人物がクッキーの廃止を提案したことがあったそうです。
それを聞いたCMOが、「これは絶対やめるべきじゃない」って言って、クッキーをさらに大きくしたらしいです。
草野さんは、一度始めたサービスをやめるとショックが大きいと指摘します。宮武さんも、基本の期待値を失うことは、金銭以上にレピュテーションや体験のコストになると同意しました。
草野さんは、映画館で上映前に流れるティモシー・シャラメのCMの話も挙げます。ユーザーが必ず通る機能的な時間をブランド化し、楽しくすることが重要だという考えです。
数千億単位のコストがかかるっていう話ではなくて、クッキーを渡してるだけなんですよ。
草野さんは、Erewhonのスムージーがセレブとのコラボでブランド化した例を挙げ、ダブルツリーのクッキーも限定コラボができればホテルの集客につながるかもしれないと想像します。宮武さんは「一個のプラットフォームになり得る」と応じつつ、Five Guysのポテトは自分でも食べきれない量で、創業者は残りをハッシュブラウンにするよう勧めていると笑いを交えて語りました。
サイコロで6が出たら無料、Dishoomはなぜ富裕層を惹きつけるのか
宮武さんは次に、期待値にランダム性を加える例として、ロンドンの有名インド料理店Dishoomのロイヤルティプログラムを紹介します。客の少ない午後6時前に来店した会員には、会計時にサイコロが届き、6の目が出れば無料になります。
経済的に見れば6分の1の確率なので、平均16.6%の割引と同じです。しかし宮武さんは、利用者にはそうは見えていないといいます。
宮武さんの知人には、Dishoomを買収できそうなファンドを運営する富裕層や、ゴールドマン・サックスのようなバンカーがいて、ロンドン出張のたびに通っているそうです。しかも「連れて行くと必ず6が出る」と言われている同僚を連れて、わざわざ6時前に行くのだといいます。
この六回に一回無料になれるっていうランダム性があることによって、なんか期待値が、期待値のボラティリティがすごい激しくなる。
宮武さんは、単に16.6%割り引くだけでは同じ人は集まらないと考えています。感情が動くほど人はお金を出し、体験を楽しむので、草野さんの言う「ギャンブル」の要素が効いているという見立てです。
草野さんは、外れても安くておいしいという保証があるのも良いと話します。TikTokで見かける「水に浮かべたレモンにコインを乗せられたら会計無料」というチャレンジも、成功者はほぼいないのに、やってみたい人が多いといいます。
宮武さんは、すでに払う覚悟で行っているからこそプラスの無料が嬉しく、「この間無料になったよ」と話せるネタになるのが良いのだろうと話します。草野さんが挙げた串カツ田中の例にも、宮武さんは同じ構図だろうと応じました。
同じ割引なのに売れ行きが変わる自販機実験
宮武さんは、ランダム性の効果を示す研究として、トロント大学の自動販売機の実験を紹介します。同じお菓子が入った2台のうち、1台は常に割引付き、もう1台は通常価格75セントで、3回に1回ほど無料になる設定でした。
| 自販機 | 価格設定 | 約2週間の購入回数 |
|---|---|---|
| 固定割引 | 常に割引 | 84回 |
| ランダム | 75セントで約3回に1回無料 | 120回 |
平均的な結果は数学的に同じなのに、ランダムのほうが約1.5倍購入されたといいます。
草野さんが「自分は当たると楽観的になるのか」と問うと、宮武さんは「当たったらいいな」という希望だと答えます。草野さんは、固定の割引より、無料にかけるワクワク感があると表現し、宮武さんは人は上がり下がりがあるほうを求めると整理しました。
草野さんは、100万円の買い物でランダムと言われたら困るが、日常の安い金額だからこそ試したくなると付け加えます。
ブランドが作るドラマシリーズはなぜ増えているのか
宮武さんは、リファレンスカルチャーは便利だが唯一の方法ではないとし、米国のマーケティングでは「アルゴリズムやカルチャーをハックする」ことにやりすぎ感が出始めていると指摘します。その反動として、遅いコンテンツ、特にシリーズものを求めるユーザーが増えているといいます。
背景には、ブランドが自社のコンテンツスタジオを立ち上える動きがあります。Off Topicでも過去に、自動車ディーラーが『ザ・オフィス』風のTikTokシリーズを出した話を取り上げていました。
宮武さんは、ショートドラマというより長めのシリーズで、米国ではシットコム風のものが多いと見ています。紹介された主な例は次のとおりです。
| 作り手 | シリーズ | 内容・反響 |
|---|---|---|
| 人形ブランドのBratz | Always Bratz | 1話約2分、シーズン1で合計約5000万再生 |
| ジュエリーブランドのAlexis Bittar | The Bitterverse | ニューヨークのエリートとアシスタントの昼ドラ風 |
| 雑誌InStyle | The Intern | シーズン3の第1話が約500万再生 |
| Cozy Earth | ベッドロットチャレンジ | ベッドで長く寝る企画。切り抜きが約1000万再生、優勝賞金2万5000ドル |
ほかにも、クリエイター発の「Brooklyn Coffee Shop」、男性の汚い部屋をリメイクする「Boy Room」(Amazonプライムがパートナーに)、全米オープンのリアリティデーティングショーなどが挙がりました。草野さんも、子どもにインタビューする「リーシスセラピー」でBLACKPINKのリサが先生役を務めた例を挙げています。
宣伝しないモキュメンタリー「Roomies」の何がすごいのか
宮武さんが最も話題のブランド発シリーズとして挙げるのが、家賃の支払いでポイントが貯まるクレジットカードを提供するBiltの「Roomies」です。25歳のエリーがオハイオ州からニューヨークに引っ越し、仕事や住まいを探す姿を追うモキュメンタリー ── ドキュメンタリーの手法で撮影されたフィクション作品。『ザ・オフィス』などが代表例ですです。
引っ越しやルームメイトあるあるなど、ブランドに近いテーマはあるものの、Bilt自体はほとんど登場しません。それでも8話を超えた時点で合計約800万再生、約11万人のフォロワーを集めたといいます。
草野さんは、単発のあるあるコントではなくエピソードがつながっている点を評価し、シリーズにしたのは勇気ある選択だと話します。宮武さんも、経営陣の説得は大変で、低予算で始めたのではないかと推測しつつ、Roomiesは普通に面白いと語りました。
これだけオリジナル性がある程度あって、なんかそこまでなんかブランドっぽくないコンテンツマーケティングってあまり見たことないと思うんですよ。
宮武さんは、5年後も同じとは限らないとしながら、今はオリジナルで遅めのコンテンツを求める人が増えていると見ています。草野さんは「次のエピソードが気になるからフォローする」という、フォローする意味が生まれる点を挙げました。
記憶に残るための手法は「親近感」と「新しさ」の両輪
宮武さんは、コメンタリーカルチャーもリファレンスカルチャーも、最終的な目的は作り手が「どう記憶に残るか」だとシリーズ全体をまとめます。
既存のネタへのコメンタリーや、みんなが知るIPのリファレンス
親しみのあるプロセスの中に、まったく違うものを入れる
宮武さんは、その手法の幅が広がっているのが今のマーケティング環境であり、米国で勝負するうえで、カルチャーを理解し、カルチャーを作るノウハウの価値が高まっていくと話します。
草野さんは、できることが増えたのは前向きな変化だとしつつ、カルチャーを知らなければ従来の広告や口コミでは広まらないと感じています。宮武さんも、CMを出せばいい時代ではなくなり、消費者がレベルアップしていると応じました。
最後に草野さんは、Panda Expressのフォーチュンクッキーを、ランダム性と期待値を超えるアイテムとして挙げます。宮武さんは、フォーチュンクッキーは中国のものではなく、アメリカンチャイニーズの発明であり、ランダム性によるカルチャー作りそのものだと締めくくりました。
まとめ
切り抜きやリファレンスはディスカバリーが難しい時代の有効なハックですが、目的は記憶に残ることです。Five Guysのポテト、ダブルツリーのクッキー、Dishoomのサイコロ、BiltのRoomiesのように、普通のプロセスへの意外性やランダム性、続きが気になるシリーズもまた、低コストで記憶に残るカルチャーを生むと話されています。
- 今のディストリビューションのハックは切り抜きの大量生産で、ライブ配信などのコアへ導くファネルとして機能する
- 全員が通る、期待値の低い決まったプロセスに小さな変化を入れると、口コミのトリガーになる
- 平均が同じ割引でも、ランダム性があるほうが人を惹きつける(自販機実験では約1.5倍)
- ブランド色を抑えた連続ドラマシリーズが、フォローする理由を生む新しいマーケティングとして増えている
- 記憶に残る方法は「親近感」と「新しさ」の両輪で、カルチャー作りのノウハウの価値が高まっている


