なぜ岩田さんをゲストに?労務入門シリーズという縁
この回は、パーソナリティの小橋正樹さんが40歳の誕生日を迎えて最初のゲスト回です。招いたのは、岩田社会保険労務士事務所の岩田佑介さんでした。
番組ではこれまで、バックオフィスや人事のゲストが続いてきました。小橋さんはその流れで「次は労務の方をお呼びしたい」と考え、真っ先に浮かんだのが岩田さんだったと話します。
きっかけになったのが、坪谷邦充さん坪谷邦充 ── 人事図書館などで知られる人物。「100のツボ」をまとめた図解付きの人事入門シリーズを手がけていると岩田さんが一緒に執筆した「労務入門」でした。小橋さんの会社ワンセルフの中でも、この本がバイブル的な存在になっているそうです。
この労務入門シリーズ、ワンセルフの中でも今バイブル的な存在になっているんで、これはもうこの流れでぜひ岩田さんをお呼びしたいですとDMしたところ、とても快く応じていただいて、それで今回の対談を迎えました。
横浜で開業する社労士・岩田佑介さんの現在地
まずは岩田さんの自己紹介から。今は神奈川県の横浜市で社労士事務所を開業していると話します。
これまでのキャリアは、人材会社のパソナ、ベンチャーの生命保険会社ライフネット生命、三菱UFJ系列のコンサルティング会社と、人事制度・労務の周辺を渡り歩いてきたものでした。
一社目は株式会社パソナという人材会社で、主に中堅中小企業の人事制度設計なんかをやっておりまして、その後ライフネット生命というベンチャーの生命保険会社で人事の責任者をやっていました。
去年は2冊の本を出したそうです。1冊は労務の考え方を学ぶ「図解 労務入門」、もう1冊は趣味である旅とワーケーションに関する本でした。ワーケーションの話は、この対談の後半で触れられる予定です。
個別指導塾のバイトで気づいた「向いてるかも」
小橋さんは、岩田さんが最初から人事労務に興味があったのか、少年時代はどうだったのかを尋ねます。
岩田さんが人事労務に興味を持ったのは、大学3年生の頃。当時、受験生時代から通っていた縁で個別指導塾の講師アルバイトをしていました。
転機は、社員が休みを取るために、代わりの人事労務業務がバイトリーダーだった岩田さんに任されたことでした。労働時間のルール上、塾の社員は週1回しか休みが取れず、その穴を岩田さんが埋める形になったのです。
講師の仕事も楽しかったんですけど、なんかアルバイトさんの労務管理している方がより楽しくてですね、これは自分に向いてるかもしれないと思って、そこでちょっと興味を持ちました。
振り返ると、当時やっていたのはオンボーディングオンボーディング ── 新しく採用した人を組織に迎え入れ、早く戦力になれるよう研修やナレッジ共有などで支援することに近いものだったと岩田さんは言います。
自分が最初に困った経験から、「新しい方に同じ思いをさせたくない」という気持ちがあったそうです。生徒の指導方法や先輩の教え方といったナレッジを共有する取り組みが、いま思えばオンボーディングだったと話します。
人事を学ぶために選んだ、意外な最初の配属先
塾での経験を経て、岩田さんは「人事について学べる」を就活の軸にしました。当時は職種別採用がなかったため、人材会社・コンサルティングファーム・生命保険会社と、人事と接点のある業界を幅広く受けたそうです。
そうして入社したのがパソナでした。関西出身の岩田さんですが、新卒からいきなり東京に集められ、初めての東京生活が始まります。
関西弁が私今出てないと思うんですけど、東京来て一週間で染まってしまってですね、その後今関西弁が喋れなくなってます。
ところが、配属された部署は人事とはまったく関係のないものでした。担当したのは、経済産業省や農林水産省といった中央省庁の政策事業を企画提案し、実際に立ち上げていくシンクタンクに近い仕事だったのです。
政府の仕事って民間が実は回してるんだっていうことに気づかせていただきましたね。
同期の多くが人材派遣の営業などに配属される中、岩田さんの部署には同期が2人だけ。飲みに行っても話が合わず、「何の仕事してるの?」と言われる葛藤もあったと振り返ります。
国の政策を回す仕事が、いまの社労士業に生きている
一見遠回りに見えるこの経験について、小橋さんは「人事労務をする前にやったことで、今に生きていることはあるか」と尋ねます。
岩田さんの答えは明快でした。国がどう政策を考え、予算がつき、それが社会に浸透していくのかというマクロな視点が身についたことは、生きてることしかないくらいだと感謝しているそうです。
この社労士っていう仕事をやる上でも、やっぱり国の政策、すごく大事ですので、そういう視点が身につきました。
さらに、予算の中で経営者育成や農林漁業者の経営力支援といった人材育成の仕事をしていたことも、社労士業に直結する知見になったと話します。政府の予算を使った人材育成の仕事だった、というわけです。
小橋さんも、産業医の仕事で厚生労働省の動きに慣れるのは最初は難しいと共感します。国会や官僚の資料をひたすら読むところから始めた経験が、その勝手を分かりやすくしてくれたのかもしれません。
「僕は何のために入ったんだろう」から始まった人事コンサル
その後、岩田さんは人材派遣には最後まで触れないまま、ある問いにぶつかります。「僕は何のためにこの会社に入ったんだろう」という思いでした。
そこで「人事コンサルをやりたい」と伝えたところ、企業規模は大きくてもカルチャーはベンチャーだったパソナでは、あっさり道が開けたそうです。
じゃあやりゃいいじゃんって言われて。兼務ねって言われて、人事コンサルタントをやることになりましたね。
最初に担当したのは、100人ほどの企業の人事制度設計でした。国の事業と違い、企業の場合は経営者からヒアリングして課題を探り、何もないところから制度をデザインする必要があります。
本当に何もないキャンバスに自分で人事の制度をデザインしていくっていう感覚は、そこがすごく難しかったですね。
とはいえ、任せるタイプのベテランの先輩に恵まれ、1件目から「岩田くん、じゃあやってみよう」と任せてもらえたことが、成長につながったようです。
「中で運用するとどうなるのか」を知りたくてライフネット生命へ
人事制度を10社ほど手がけて外から作ることに慣れてきた頃、岩田さんは新たな疑問を持ちます。コンサルタントは制度を納品すれば基本的に終わりで、その後の運用が見えないからです。
これ中で運用するのって結局どうなってるのかなっていうのがコンサルタントの立場だと気になるんですね。納品して基本的には終わっちゃうので。
そこで、事業会社の人事として制度を運用してみたいと考え、ライフネット生命に転職します。20代後半で、中途採用の担当者兼労務担当者としてのスタートでした。
岩田さんが入った頃はまだ小規模なフェーズで、そこから中途採用を担い、150〜160人ほどの規模になるまでの間をずっと見てきたそうです。採用はかなり頑張ったと振り返ります。
面接の仕方やエージェントとのコミュニケーションは、採用畑出身の当時の人事部長から全て教わりながら、実務の中で学んでいったと話します。
1年で人事部長へ──ベンチャーの醍醐味と労務のつらさ
第二新卒のつもりで育成されながら1年ほど働いていた岩田さんに、想定外の展開が訪れます。年度末に上司が退職し、実質的に人事部を回す立場になったのです。
突然マネージャーに階級を上げられて、実力追いついてない中で、人事部のマネジメントしなきゃいけないっていうのは結構最初つらかったですね。
小橋さんが「入社2年でいきなり人事部長とは、どういう経緯だったのか」と驚くと、岩田さんは「これがベンチャーの醍醐味だ」と笑います。
体制づくりでは、労務を教えてくれていた先輩とタッグを組みました。トラブルシューティングに強いその先輩と二人三脚で、上司が抜けた後をカバーしていったそうです。
採用や制度づくりはコンサル出身の岩田さんにとって肌感のある領域でした。一方で、労務は経験値がものを言う世界。相談されても自分では解決策が出せず、苦労したと言います。
労務に関しては、本当にやっぱり経験値がものを言うので、相談をされても自分では解決策が出せない。その労務の先輩に相談をして、一ケース一ケース丁寧にやっていくというのはすごく難しかったですね。
独立前の「唯一の心残り」だったコンサルティングファーム
ライフネット生命には5年ほど在籍しました。岩田さんは在職中に「役職任期制」という制度を導入したそうです。
自分の任期も近づいてきた頃、次のキャリアを考えます。将来は社労士として独立したいと決めていましたが、一つだけ心残りがありました。
就活で受けた人材・コンサル・生命保険のうち、コンサルだけが未経験だったのです。独立前に一度は経験したいと考え、人事系で日本最強クラスと位置づける三菱UFJリサーチ&コンサルティングに転職します。
そもそも岩田さんは、大学生のうちに社労士資格を取得し、社労士でやっていくと先に決めた上でキャリアを積んできた人でした。学生時代に取得するのは珍しいケースです。
大学(3年)生で社労士を取ってて、ゆくゆく社労士でやっていくぞっていうのはもう先に決めてて、そのためのキャリアを、こうどう積むかっていう感覚でやってきた人間ですね。
M&Aの現場で知った、労務のスケールと難しさ
三菱UFJリサーチ&コンサルティングでは、仕事のスケールが一気に変わります。グローバル大企業のM&AM&A ── 企業の合併や買収のこと。複数の会社を一つにまとめたり、他社を買い取ったりする経営手法に伴う統合の仕事など、大規模な案件が入ってきたそうです。
M&Aの難しさの一つは、給与水準の違う制度をどう一つにまとめるか、そして各社の労働組合の意見を踏まえながらどう統合するかという、テクニカルな部分にあります。
もう一つの難しさは、もっと根の深いところにありました。歴史ある日本の大企業では、福利厚生に創業者や会社の思いがこもっているというのです。
会社の歴史がある日本の大企業って、福利厚生に魂がこもってるんですよね。その思いと思いを切った張ったすることはできなくて、これどうやって落としどころを見つけていくのっていうのが結構大変でしたね。
さらに、統合では全員が有利になるとは限りません。ある人にとって有利な条件が、別の人にとっては不利になる。同じ会社の中でも価値観が違うため、それを労働組合と調整しながら一つの制度にしていく難しさがあると話します。
統合後にも課題は残ります。絶対に詰めなければならない部分は頑張るものの、それ以外の細かなもの、とりわけ組織文化は紙に落ちておらず、統合時に苦労するポイントになるそうです。
労務監査に上場審査──厳しくなる労務デューデリの現場
近年は社労士がIPOIPO ── 新規株式公開のこと。企業が証券取引所に株式を上場し、一般の投資家が売買できるようにすることやM&Aに関わる話も増えてきました。小橋さんは、人事労務のウエイトが大きくなっているのか尋ねます。
岩田さんは、相当大きくなっていると答えます。今回の国会で社会保険労務士法が改正され、「労務監査」という仕事が社労士の業務として新たに認められたことも、その一例です。
IPOに関しては、今、証券会社さんが相当細かいところまで労務を綺麗にしないとなかなか審査を通してくれない。弁護士の先生だと細かすぎて踏み切れなくて、我々のような社労士にデューデリジェンスをやってくれっていう声がすごく増えてますね。
小橋さんは、産業医の立場からも、長時間労働や衛生委員会、健康診断後の医師の意見聴取などがIPOの課題として依頼につながることが多いと共感します。
長時間労働対策はもちろん、過去の未払い残業も精査の対象になります。時効が3年に伸びたため、退職者にまで「未払いはなかったか」を確認し、全部精算しなければならないほど厳しくなっているそうです。
「労務の熱」が止まらず、予定より早く独立へ
コンサルティングファームでの在籍は、実は1年ほどでした。大規模な労務案件を経験したことで、岩田さんの中の「労務熱」が一気に高まってしまったのです。
本業はPMIPMI ── M&A後の統合プロセスのこと。合併・買収した企業同士の制度や組織を一つにまとめていく作業を指すではなく経営者の役員報酬設計で、そちらのほうが案件数は多かったといいます。それでも、熱が入った労務を優先したいという気持ちが勝ちました。
ちょっとこの会社に申し訳ないんですけど、もうちょっと予定より早く社労士としてやらせてくださいって言って、一年ぐらいで飛び出してしまってますね。
岩田さんは実は2回独立しています。2018年、ライフネット生命にいた頃に副業で一度開業し、コンサルに入る際に一旦閉じました。そして2021年頃、コロナ禍の真っただ中に改めて独立します。
M&Aやその後の統合の案件を通じて、労務がこんなに世の中に求められているのだと実感したことが、リスクを度外視した早い独立を後押ししたようです。
労務っていうのがこんなに世の中に求められてるんだなと思った時に、やっぱりちょっと早くやりたいなと思って、リスク度外視で行ってしまいましたね。
副業時代の顧客も一旦閉じて手放していたため、独立は完全にゼロベースからのスタートでした。勤務者として準備してから独立する人もいる中で、岩田さんは最初から独立の道を選んだのです。
まとめ
岩田さんのキャリアは、学生時代の塾バイトで芽生えた「労務が面白い」という感覚が一本の軸になっています。人事コンサル、人事部長、大企業のM&Aと経験を重ねるほどに労務への熱が高まり、最終的に社労士として独立する道につながっていきました。
- 岩田さんが労務に興味を持ったのは、大学時代の個別指導塾でのアルバイト経験がきっかけだった
- パソナで担当した中央省庁の政策事業は、国の政策を読み解く視点として今の社労士業に生きている
- ライフネット生命では入社1年ほどで人事部長を任され、経験値がものを言う労務の難しさを痛感した
- M&Aでは制度統合のテクニカルな難しさだけでなく、福利厚生に込められた「思い」のすり合わせが大きな壁になる
- IPOやM&Aで労務デューデリジェンスの需要が高まり、労務案件を経験した岩田さんは予定より早く独立を決めた




