公認会計士が「監査法人」からスタートする理由
植西祐介さんは公認会計士試験に合格したあと、まず監査法人に進みました。会計士の多くがたどる、王道のキャリアです。
会計士は受かったらほとんど監査法人なんですよ。7、8割ぐらいは監査法人に行きます。
植西さんによると、税理士は独立する人が多い一方で、会計士は大手の監査法人に入り、いわゆるサラリーマンのように働くことが多いそうです。
(会計士は)ピラミッド組織で、多分に漏れず僕もそこに行ったと。
監査法人での仕事は、上場会社に対する会計監査と内部統制監査の2つが中心だったと話します。数字を見るだけでなく、業務プロセスが正しく行われているかもチェックする仕事です。
会計士は「合格しただけ」ではなれない
会計士は試験に合格しただけでは正式に名乗れない、という話も出ました。合格後に3年間の実務補習を受け、修了考査に合格して、ようやく会計士になれます。
会計士って試験合格しただけだとなれないんですよ。その後3年間の実務補習を受けて、修了考査を受けて、ようやく会計士になれるんですよ。
小橋さんが「弁護士の司法修習生みたいな感じですか」と尋ねると、植西さんもそれに近いと答えます。しかもこの最後の修了考査が意外と落ちるのだそうです。
それまでは会計士の準会員って言って、正式な会計士じゃないんですよ。
この修了考査に受かるまでの期間があるため、大体3年経つと辞める人が増えるのだと植西さんは説明します。合格すると監査法人に残る人、転職する人、独立する人と、キャリアが枝分かれしていきます。
なぜ会計士がボストン コンサルティング グループへ進んだのか
植西さんが次に選んだのは、監査法人でも独立でもなく、ボストン コンサルティング グループという海外の戦略コンサルティングファームでした。事業経営や計画づくりに元々興味があったからです。
外部専門家として、コンサルタントとしての世界を見たいという思いで。当時若かったので、いろんな経験したいというのが強かったんですよね。
小橋さんが「将棋でいうと飛車と角が行ったみたいな」と例えると、植西さんは笑いながら、面接だけで6回ほど受けたと明かします。
志望動機は何ですか、とか聞かれないんです。ビジネススキルがあるか、考える力があるかだけを徹底的に見られて、しかも5、6回やるんですよ。
面接ではビジネスケースのお題が出され、経営課題をどう解決するかをディスカッションする形式だったといいます。志望動機ではなく、考える力そのものを問われる選考でした。
公認会計士の知識が「逆に邪魔」になった
コンサルティングファームでは、公認会計士としての知識が役立ったのか。植西さんの答えは意外なものでした。
正確に言うと、おそらくなかったと思いますね。
士業の仕事は、自分が持っている知識を引き出して提供するのが中心です。一方でコンサルタントは、ゼロから課題解決の道筋を考える仕事なので、アプローチがまったく逆だと植西さんは言います。
そのため、会計や業績管理といった既存の知識がかえって邪魔な思考になり、最初は怒られることが多かったそうです。固定概念にとらわれている、ロジックがない、とよく言われたと振り返ります。
30歳ぐらいだったんですけど、30歳になってメモの一つも書けないのかみたいな、自分より若い人にボコボコにされるみたいな。
人格否定されるようなことばかりだったと話す一方で、そこで得たものは大きかったと植西さんは強調します。
ロジカルシンキングとか論理とか合理っていうのは、コンサルティングファームの経験が一番強いです。クリティカルシンキングとか仮説思考は、そこで徹底的に培われました。
「秘書募集」の投稿から始まったスタートアップCFO
コンサルティングファームには2年半ほど在籍し、その後スタートアップへ転職します。きっかけは、セブ島での短期語学留学で知り合った起業家でした。
セブ島の短期語学留学に行った時にたまたま知り合って、よくわかんない人いるなみたいな。
時間が経ってから、その起業家がコーポレートスタッフを募集しているのを見かけます。ただ、それはCFOの募集ではなく、事務をやる秘書募集のような投稿でした。
なんか秘書募集みたいな感じなんですよ。それでなんかあれ、そしたら色々困ってんじゃないかなと思って声かけたら、あれよあれよと決まった感じですね。
植西さんには、外のコンサルタントでいるよりも自分で事業をやりたいという思いが元々ありました。売上ゼロ円のゼロイチの環境に、何も武器もなく飛び込んだと表現します。
当時はすでに4歳、5歳の子どもがいて、収入も半分近くになる決断でした。それでも奥さんの理解もあり、飛び込んだといいます。
そこはやっぱり当時は英断だったなと思うんですけれども、家族、子供もいたので。
CFOなのに、仕事の半分は「人」だった
飛び込んだ先での仕事は、まさに何でも屋でした。銀行振込のやり方から請求書の集め方、誰が振込権限を持つのかといった整理まで、仕組みが何もない状態から始めたと植西さんは語ります。
CFOという名前はかっこいいですけれども、単なる何でも屋みたいな感じですよ。当時は最初は一人でしたのでね。
植西さんは、コンサルティングファームで培ったゼロベース思考が、この環境でこそ発揮されたのだろうと振り返ります。
ここで印象的だったのが、CFOの仕事の実態です。数字に強い人が入ることが多いのに、実際は人事や労務の仕事が大きな割合を占めるといいます。
CFOは会計士や投資銀行出身など、お金に慣れた人が多い一方で、人のことには慣れていない。だからこそ苦労するのだと植西さんは説明します。
なんか雇用契約書って何ですか、みたいな人とか、そこから入るんですよね。
3つの事業体をいきなり抱えて起業した理由
スタートアップには数年半ほど在籍しました。その後、コロナ禍などの環境変化のなかで経営ビジョンを見直す議論があり、経営方針のずれから退任することになります。
経営方針が経営陣の中でずれてるのってあんまりよろしくないので、そういうのもあって、私退任はしたんですよ。
次に何をするか考えたとき、これだけ幅広くやってきた自分に残っていたのは、経営者として自分でやる道だったと植西さんは語ります。そうして立ち上げたのが株式会社コンダクトです。
特徴的なのは、最初からグループ体制でスタートしたことです。持っている資格や経験を、それぞれ別の事業体として立ち上げました。
会計事務所
会計士・税理士の資格を生かした事業
社労士事務所
社労士の資格を生かした労務の事業
経営コンサルティングファーム
CFO経験や経営企画の経験を生かした株式会社
最初から3つぐらい事業体があった感じなんですよね。でも一人で回すみたいな。
独立時によくある、お客さんを引っ張ってくるようなこともなく、完全にゼロから始めたそうです。最初はコンサルティング系の仕事が多かったものの、リソースが取られて持続性に欠けると感じ、税務顧問や労務顧問といったストック型の収益を少しずつ増やしていきました。
現在はメンバーも20人ちょっとまで増え、紹介や採用媒体からの採用でだんだん規模が大きくなっています。最初期から続けているYouTubeも、人となりを見てもらえる採用面で役立っているといいます。
経営者になって変わった「コーポレートの見え方」
コーポレート畑を歩んできた植西さんが、経営者になってみてコーポレートへの認識は変わったのか。小橋さんの問いに、植西さんはまず「変わっていない方が良い」と答えます。
元々コーポレートは経営に欠かせない大事な組織だと考えていたので、その前提は変わらなかったといいます。お金の管理も人の採用も法律の順守も、どれも会社が回るために必要だという感覚です。
やっぱそこの大事さは変わってないっていう、まあやっぱり結局必要だよねっていう感覚ではありますかね。
一方で、視点が変わったことで新たに芽生えた感覚もありました。それが「育てなきゃいけない」という意識です。
CFO時代は、自分が目に見える範囲でコーポレートを担っていました。しかし経営者になると、コーポレートは全体のなかの一つの部署でしかありません。
大事な部署であることは変わらないものの、他部署とのバランスのなかで価値を出す難しさが見えてきた、と植西さんは語ります。自分ですべてを見られない分、持っているノウハウをどう人に伝えていくかも悩みどころだといいます。
下北沢の「奏で箱」が生まれたのは偶然だった
話題は、小橋さんも訪れたことがある下北沢のコワーキングスペース「奏で箱」に移ります。素敵な空間ですが、構想があってできたわけではなく、偶然の産物だったそうです。
元々はオフィス探してただけでして、実は。人も増えてきたので、ちゃんとした拠点をとって、というので。
世田谷区の下北沢や三軒茶屋あたりで探していたところ、下北沢では珍しい広めのスペースが出てきました。下北沢は小さな店舗が多く、大きなスペースはなかなかないといいます。
その広さを見て、コワーキングも一緒にやろうと発想が広がります。コーポレートの魅力や価値を伝え、イベントやコミュニティで盛り上げるブランド発信基地にできると考えたのです。
コワーキングとかイベントスペースも兼ねて、YouTubeスタジオも兼ねて、やりだした感じです。
実際にイベントも開かれており、下北沢の古着屋オーナーを集めて起業支援のセミナーをやるなど、コーポレート系のテーマを扱う場所になっています。
コーポレートの価値を高める、というライフテーマ
最後に、今後の展望が語られました。植西さんのライフテーマは、会社のビジョンやミッションでもある「バックオフレコやコーポレートの価値を高める」ことです。
DXや生成AIの台頭で仕事のあり方が変わるなか、コーポレートのあり方も新しいビジネスにアジャストしていく必要があると植西さんは考えています。
新しいツールや方法論を貪欲に吸収しながら、いろいろな界隈の人を巻き込んでいきたいと話します。小橋さんとのこの対談も、その取り組みの一つだと位置づけていました。
小橋さんも、人事労務だけでなくコーポレート全般を経験してきた植西さんの話に視点が広がったと振り返り、リスナーにも気づきが多い回だと感じたようです。次回は、そもそもコーポレートとは何か、具体的にどんな業務があるのかを掘り下げる予定です。
まとめ
公認会計士として監査法人から出発し、戦略コンサル、スタートアップCFO、そして起業へと進んだ植西祐介さんのキャリアを、経営者視点で見えたコーポレートの価値とともにたどった回でした。
- 会計士の多くは監査法人からキャリアを始め、修了考査を経て3年前後で道が枝分かれしていく
- コンサルティングファームでは会計士の知識が逆に邪魔になり、ゼロベース思考やロジカルシンキングを徹底的に鍛えられた
- スタートアップCFOの仕事は数字だけでなく、その半分近くを人事や労務が占める
- 起業時は会計・社労士・コンサルの3事業体をいきなり立ち上げ、一人でゼロから回した
- 経営者になると、コーポレートは大事な一部署として他部署とのバランスの中で価値を発揮する必要がある




