弁護士が名乗る「◯期」って何を表しているの?
今回のゲストは、杜若経営法律事務所の井山貴裕さんです。井山さんは司法修習71期で、弁護士になって6年目。立教大学を卒業後、慶應義塾大学の法科大学院に進み、青森で司法修習を経て、今の事務所にずっと在籍しています。
自己紹介のなかで井山さんが「71期」と言ったのを受けて、小橋さんが「弁護士の方はよく◯期って名乗りますよね」と質問します。これは法曹界ならではの特殊なルールなんだそうです。
弁護士って司法試験受かった後に、国の研修で司法修習っていうのをやって、それが終わらないとバッジももらえないんですよ。
井山さんいわく、この「何期か」は年齢や登録年ではなく、司法修習を受けた順番で決まります。先輩後輩は年齢じゃなく司法修習期で決まるのが業界の暗黙の了解で、自己紹介で「◯期です」と言えば登録何年目かがだいたい伝わるそうです。
(仲いい同期に)一回り以上の同期もいますし、年下の同期もいますし、同期なんで、もう普通に会社の同僚みたいな感じで接します。
きっかけは月9ドラマ。小学生で弁護士を志すまで
続いて話は、井山さんがなぜ弁護士を目指したのかへ移ります。きっかけは本当に単純だったと、井山さんは笑います。
小学校高学年のころに観た「ビギナー」というドラマがきっかけでした。司法修習生を主人公にした月9ドラマで、研修生が実際の事件に触れながら、理想と現実のあいだで議論して成長していく姿に惹かれたそうです。
目の前の困ってる人を、みんなで議論してディスカッションして、なんとか解決に向かえないかっていう職業って面白いなっていうのが元々あって。
とはいえ、当時の弁護士像は「なんかかっこいい職業」くらいの解像度で、サッカー選手になりたいというのとほぼ同じ感覚だったと振り返ります。
転機は高校の進路選択です。両親から「道楽で大学に行かせるつもりはない。やりたいことがはっきりしているなら学費は出す」と言われ、真剣に将来を考えた結果、やはり弁護士が面白そうだと法学部を選びました。
ちゃんと説明して、学費を親からもぎ取りなさいっていう(話があった)。
さらに、立教大学の法学部に入ってからサークルの先輩に誘われたゼミが、法曹関係者の多いゼミでした。実際に弁護士事務所を訪ねて仕事の話を聞くうちに、その働き方の面白さに惹かれ、司法試験を受けようと決めたそうです。
立教で司法試験を受けるのは少数派。独学中心の受験勉強
医学部だと入学者のほとんどが医師国家試験を受けて医師になりますが、法学部はそうではありません。小橋さんが「周りにも受けない人が多かったんですか」と尋ねると、井山さんは受けない人の方が多かったと答えます。
受けない人の方が多いですね、立教大学に関しては。受けるのは少数派ですね。
立教の法学部はそもそも学年で300人ほどと少なく、司法試験を受ける人は限られていました。中央や早稲田、慶應のように法曹の学閥が有名な大学とは事情が違い、井山さんの学年で最終的に法曹になったのは3人ほどだといいます。
勉強の進め方も、医学部とはかなり違うようです。医学部は最終学年で国家試験に向けて缶詰めのように勉強しますが、法学部の場合は大学の授業だけでは足りず、自分で対策を進める必要があります。
司法試験とか法科大学院に向けて独学しなきゃいけないところが多くて、授業だけでは全然足りない。
井山さんは大学1年から司法試験の予備校に通い、大学の授業とは別に受験対策を進めていました。学校、予備校、アルバイトをスケジュールに組み込む生活を、大学1年からずっと続けていたそうです。
公法・民事・刑事。六法と司法試験の全体像
ここで小橋さんが「六法全書ってよく聞きますが、法体系の基本を教えてもらえますか」と質問し、井山さんが法律の全体像をわかりやすく整理してくれます。
いわゆる六法は、憲法、民法、民事訴訟法、商法(現在の会社法)、刑法、刑事訴訟法の6つを指します。体系としては大きく公法・民事・刑事の3つに分かれると、井山さんは説明します。
国が侵してはいけない国民の権利を定める。表現の自由などを扱う憲法が代表
契約トラブルや労働問題、離婚、交通事故など、物とお金の権利をめぐる分野
万引きや殺人など。裁判員裁判で「死刑にするかどうか」を判断するような分野
民事を会社版にアレンジしたものが会社法で、裁判手続きを定めるのが民事訴訟法。刑事の手続きを定めるのが刑事訴訟法です。この3分野を試験科目として学ぶのが、今の日本の司法試験だといいます。
司法試験を受けるルートも決まっています。大学を卒業して法科大学院を修了しないと受験できず、そこがまずスタートラインになります。
ただし例外として、法科大学院を飛ばせる「予備試験」もあります。予備試験に合格すれば、法科大学院に行かなくても司法試験を受験できるそうです。
浪人なしのストレート合格。合格発表までの流れ
話は井山さん自身の受験の経過へ移ります。大学を4年で卒業し、法科大学院に2年通って、その卒業年に司法試験を受けるのが基本的な流れです。
つまり、大学受験まで含めてすべてストレートで進んでも、受験のタイミングでは20代半ばになります。井山さんは一度も浪人することなく、ストレートで合格できたそうです。
運が良かったんですけど、全部ストレートで、一回も人生で浪人をすることなく、なんとかここまで来れました。
小橋さんは「20代後半になっても、人によっては難しい方もいる世界ですよね」と驚きます。井山さんも、同期には自分より年上の人が普通にいると応じました。
裁判官・検察官・弁護士。進路はどう決まる?
続いて、司法試験合格後にどう進路が決まるのかという話になります。裁判官・検察官・弁護士の3つのうち、どれになるかはどう決まるのでしょうか。
井山さんによると、検察官と裁判官は司法修習中にリクルートされる形になります。修習が始まる段階で、志望の割合を記したシートを書くそうです。
裁判官何パー、弁護士何パー、検察何パーみたいなのを書いて、志望高い子には、そのリクルートの裁判官がいろいろ説明したりして、適性を見ていく。
なりたい人の数の方が募集より多いため、修習の成績や態度、適性を見られながら絞られていきます。井山さん自身は裁判官0パーセント、検察10パーセント、弁護士90パーセントと書いたそうです。
ただ、この志望は現場を見る前に書くものです。修習で実際の現場を見ると、イメージと違うことも多く、志望が大きく変わる人も少なくないといいます。
ゼロだった人が裁判官になりたいっていうのも見ますし、百だった人が急に弁護士に転向するとか、進路変更がどんどん一年間でみんなで起こる。
3つの職業、それぞれの向き不向き
小橋さんが「裁判官・検察官・弁護士で、向いている人・向いていない人はありますか」と尋ねると、井山さんはまずコミュニケーション能力が全職種の前提だと答えます。
どれもコミュニケーションが必要な、人との対話なんで、コミュニケーションスキルはマストで。
一定の年次になると、3つの職業のどれもマネジメントが必要になり、対話スキルがないと詰まってしまうといいます。作業だけこなしていればよくなるわけではない、というのが井山さんの見立てです。
そのうえで、弁護士は公務員ではなく、自分の収入を自分で営業して取ってくる自営業的な側面があります。営業できるスキルや、営業が嫌でないかどうかが、弁護士に求められる要素だそうです。
一方、検察官と裁判官は公務員なので営業は不要です。その代わり、目の前の事件や証拠にひたすら向き合う作業を苦に思わないかどうかが問われる、と井山さんは対比します。
自営業的な側面が強く、自分の収入を営業して取ってくる必要がある。サービス業的
公務員なので営業は不要。目の前の事件や証拠に向き合う作業を苦にしないかが問われる
給料は貸与。青森で過ごした修習1年間の実態
ここで話は、司法修習中のお金の事情に移ります。小橋さんが「これって給料は出るんですか」と聞くと、井山さんは「自分の時から出るようになった」と答えます。
井山さんより前の期は給料が一切なく、国が生活費として年間300万円を無利息で貸す仕組みでした。井山さんの期からは、さすがに厳しすぎるということで、毎月13万5000円が支給されるようになったそうです。
私の前までは一切出なくて、国が年間で三百万貸してあげるようでした。
ただし支給額で足りない分は借りる形になり、その借りた分は弁護士などになった後に返済しなければなりません。5年間の返済猶予があり、井山さんも去年から返済を始めたといいます。
さらに修習の場所も自由には選べません。希望は6つまで出せますが、通らないこともあります。井山さんは父の実家が青森の裁判所の近くにあり、高齢の祖母の面倒を見ながら通えることから、第一希望で青森を選んだそうです。
一緒に仲いい同期は東京って書いて、青森に飛ばされました。
修習中はアルバイトも原則禁止です。答案添削のような小遣い稼ぎは許可を得れば可能ですが、コンビニの夜勤のようながっつりした仕事はできません。
そのため、13万5000円のなかで家賃も税金も年金も払い、残りで生活する必要がありました。井山さんは「学生時代よりシビアだった」と振り返りつつ、その分、同期との仲は深まったといいます。
(実家から届いた野菜を)みんなで豚汁とかにして、誰かの家で食べたり、青森って暖房費すごいかかるんで、図書館に行って、日中暖房使わないでみんなで映画見て過ごすとか。
そうやって節約生活を共にした同期とは、今でもワンシーズンに1回、家族連れで全員そろって旅行に行くほど仲がいいそうです。
なぜ「使用者側」の労働問題を選んだのか
ここからは、井山さんがなぜ労働分野、それも使用者側を選んだのかという話に入ります。実は大学生のころは、労働法に興味がなく、授業も取っていなかったそうです。
当初はむしろ、離婚や相続、交通事故、刑事事件など何でも扱う「一般民事」の分野に進もうと考えていました。事務所訪問で聞いた弁護士の姿に憧れていたからです。
転機は法科大学院でした。慶應義塾大学の法科大学院では、使用者側を専門にする弁護士が実務家教員として授業を開講しており、井山さんはその授業を取っていました。
その先生に「使用者側で労働事件をやる面白さは何か」と素朴に聞いてみたところ、返ってきた答えが井山さんの進路を決めます。企業法務というとM&Aや資金調達のような経済合理性の世界を思い浮かべがちですが、使用者側の労務はむしろ人と向き合う仕事だというのです。
理屈的には全然話にもならない議論が、なぜか気持ち面で収まって話がまとまったりする、不思議なことが起こる分野なんだよと。
さらにその先生は、そもそも紛争が起きなければ、経営者も労働者も誰も困らずに済むのが一番いいと語りました。井山さんはこの言葉に強く納得します。
使用者側の労務こそ理想的な働き方につながると感じた井山さんは、その分野を第一に、使用者側の労務ばかりを扱う事務所に絞って就職活動を始めました。
絞ったからこそ選びやすい。事務所選びのリアル
使用者側の労務に分野を絞ると、受ける事務所の候補も一気に絞られたといいます。井山さんの事務所は、経営法曹会議という使用者側の労働問題を専門に扱う弁護団体に、メンバー全員が加入しています。
この経営法曹会議に属する事務所は、良くも悪くも新卒募集をあまりしません。当時、新卒採用をしている事務所は3つほどしかなく、井山さんはその3つを受けて、2つから内定をもらったそうです。
小橋さんが「選択肢が絞られているぶん、逆に選びやすいのでは」と聞くと、井山さんも同意します。分野を絞った瞬間、志望する事務所もぎゅっと絞られたことが、結果的に迷いを減らしたようです。
上の先生と二人一組。OJTで仕事を覚える
続いて、入所後にどう仕事を覚えていくのかという話になります。井山さんの事務所では、必ず上の先生と2名体制で1件に当たるそうです。
入りたてのころは、上の先生のクライアント対応や電話対応を見て覚え、会議の議事録を作りながらどんなアドバイスをしているかを学びます。裁判所に出す書面(起案)を書いて添削してもらい、赤字で返ってきたものを直す、というやり取りを繰り返します。
顧問相談の業務も、いきなり経験の浅い弁護士が答えるのは難しいため、上の先生のやり取りにCCで入ったり、回答を急がない質問を任されたりしながら覚えていきます。上の先生から「それだとクライアントが求めている回答じゃないよ」と教わりながら成長していくスタイルです。
三年目、四年目ぐらいになったら絶対一人立ちできる、案件は一人で回せるよねっていうところがあるので、初めの段階は上がしっかり見て。
最初の2年ほど手厚く見て、一緒に働くなかで「任せても大丈夫」と判断できるようになると、上の先生が徐々に手を引いていきます。下の弁護士の稼働が増えていくことで、仕事を覚えていく仕組みです。
法律なのに理屈じゃない。実務で感じたギャップ
小橋さんが「実際に仕事を始めて大変だったことは」と尋ねると、井山さんはクライアントの生の声をぶつけられる瞬間を挙げます。
相手は中小企業の経営者で、従業員を抱える社長クラス・取締役クラスの人たちです。その本音をぶつけられたとき、法律論だけでズバッと切り返せばいいわけではない、というのが難しさだといいます。
社長それ間違ってますよって言ったら、もう議論は終わるわけで。そんなのわかってるけど、どうにかしてほしいんだよっていうのがクライアントの自然な動きなわけで。
法律を勉強してきたぶん、新卒のころはどうしても頭でっかちになりがちです。そこで、できること・できないことを切り分け、できるものの中でどこが最善かをクライアントと一緒に模索していく。法律なんだけど、理屈じゃないという不思議な側面に、入所直後はギャップを感じたそうです。
ただ、井山さんはもともとその面白さに惹かれて入ってきたため、そのギャップを嫌には感じなかったといいます。
一日の3分の2は顧問業務。今の仕事の実際
話は、井山さんが普段どんな業務をしているのかへ移ります。弁護士の業務は大きく、訴訟・裁判、顧問業務、そして執筆やセミナーなどの情報発信の3つに分けられます。
労務は長い付き合いのなかでしか見えてこないことが多く、スポットの相談では分からない部分もあるため、顧問業務がメインのサービスになっています。井山さんの場合、一日の3分の2ほどを顧問業務に使っているそうです。
残りの時間で、波のある裁判対応や、セミナー準備・執筆活動を行います。小橋さんは「一日中ずっと裁判所に行っているイメージでした」と話しますが、実際はそうではないようです。
今は証人尋問などで行く必要がない限り、裁判もオンラインでできるようになりました。コロナをきっかけに国がTeamsでの裁判を導入したところ、移動時間がまるごと使える便利さから元に戻れなくなり、裁判所に行かない月の方が多いといいます。
Teamsやったら、みんな超これ便利じゃんってなって、戻れなくなっちゃったんですよ、この便利さに一回慣れちゃうと。
労働問題をなくしたい。井山さんが描く展望
最後に、今後どんな弁護士になりたいかという展望を聞きます。井山さんは、使用者側の労務で第一人者になりたいという入所時の思いは今も変わっていないと語ります。
事務所の理念は「雇用の社会から日本を元気に」というもの。経営者が労働問題で悩まず、自分のビジネスに専念して、稼いだお金を従業員や会社に還元できる状態を目指しているそうです。
井山さんは、労働問題は会社にとってプラスを生む分野ではなく、マイナスを削る作業だと捉えています。解決したからといって会社が成長するわけではない、正の相関がない分野だからこそ、そもそも起きないようにしたいと考えています。
担当する会社では労働問題が起きない仕組みを考えていきたいし、起きたらすぐ解決したい。そういう弁護士でありたいと、井山さんは締めくくりました。
最後に小橋さんが感想を求めると、井山さんは弁護士になると自分のキャリアを振り返る機会が意外にないため、こうして話せたのは新鮮で楽しかったと応じました。次回は、井山さんが出版した書籍「労働事件《実例》トレーニング」を踏まえ、より実務的な内容を取り上げる予定です。
まとめ
弁護士のキャリアを、司法修習の実態から使用者側労務という分野選択、日々の顧問業務までたどったインタビュー回でした。専門家の頭の中と現場のリアルが、産業医の素朴な質問を通して見えてきます。
- 弁護士の「◯期」は年齢ではなく司法修習を受けた順番を表し、法曹界での世代の目安になる
- 井山さんは月9ドラマ「ビギナー」をきっかけに小学生で弁護士を志し、浪人なしでストレート合格した
- 検察官・裁判官は修習中にリクルートされ、志望は現場を見る前に書くため、修習を経て進路が変わる人も多い
- 使用者側の労務は経済合理性より人と向き合う仕事で、紛争が起きる前に防ぐことが理想とされる
- 井山さんの一日の3分の2は顧問業務で、「労働問題をなくしたい」という理念のもと働いている




