産業医の本音が10回目まで産業医を扱わなかった理由
この回は、番組タイトルに「産業医の本音」と掲げながら、第10回まで産業医そのものを取り上げてこなかったことへの言及から始まります。
小橋さんによれば、これは第6回からのシリーズものだといいます。第6回では、人事労務の担当者からワンセルフによく寄せられる問い合わせを3タイプに整理しました。
- 純粋な健康課題がある
- 法律で産業医が必要になった
- 今の産業医や産業保健サービスを変えたい
第7回、第8回では、1つ目の純粋な健康課題の例として、メンタルヘルス周りの質問を扱いました。今回はお正月企画を挟んで、2つ目の「法律で産業医が必要になった」というケースへ話を進めます。
そのうえで小橋さんは、産業医を本格的に始めて10年以上のなかで、人事労務の方から必ずと言っていいほど聞かれる質問を3つ紹介し、産業医の解像度を高めていくと切り出しました。
質問1「産業医の先生ってお医者さんなんですか?」
1つ目の質問は「産業医の先生ってお医者さんなんですか?」というものです。小橋さんは、これが本当によく問われると話します。
契約から5年ほど一緒に仕事をしている労務の方からも、この前同じことを言われたそうです。獣医や歯医者と同じように、産業医という枠があるものだと思っていた、という反応でした。
(産業医のことを)獣医さんとか歯医者さんとか、なんかそれと同じように産業医っていう枠があるもんだと思ってましたみたいな感じで言われまして
結論として、産業医は100%医師だと小橋さんは明言します。厚生労働省の医師検索ページで名前を検索すれば出てくるといいます。
日本では、医学部に6年間通って卒業し、毎年実施される医師国家試験に合格して免許申請が通れば医師になれます。毎年1万人弱の医師が新しく輩出されているそうです。
産業医は、この医師であることを前提とした資格です。厳密には資格というより、労働安全衛生法のなかで「この条件を満たせば産業医をやってよい」という要件だと小橋さんは説明します。
産業医になるルートはいくつかあります。労働衛生コンサルタントを取る、労働衛生系の大学教授などの地位に就く、産業医科大学の医学部を卒業して実習を受ける、といった道です。
ただ、最もメジャーなのは産業医の研修を受けるルートです。研修は大きく2つあり、どちらかを受ければよいといいます。
1時間1単位を合計50単位受講する。少しずつ受けるか、1週間ほど集中して受けるかは選べる
基礎から実践までを数ヶ月かけて体系的に学ぶ。北九州で日中に受けるコースと、東京で平日夜間に半年弱かけるコースがある
産業医科大学の講座は人気で、なかなか受講できないという話もよく聞くそうです。一方で修了試験のようなものはなく、真面目に出席すれば産業医になれる仕組みだと小橋さんは話します。
質問2「病院の先生と何が違うんですか?」
2つ目の質問は「産業医の先生って病院の先生と何が違うんですか?」というものです。言い換えれば、主治医と産業医の違いです。
小橋さんはこれを一言で、パーソナルドクターかチームドクターかの違いだと表現します。
これ一言で言うと、パーソナルドクターかチームドクターかの違いになります
まず活動するフィールドが違います。主治医は病院や診療所などの医療機関で活動しますが、産業医は企業で活動します。
小橋さんはスポーツチームを例に挙げます。社員が大怪我をして手術やリハビリが必要になったときは、チームから離脱して、医療機関でパーソナルドクターである主治医が担います。
一方で産業医は、本人のケアもしつつ、その社員が復帰できるか、どのポジションから戻すべきかといったチーム全体のことも考えます。専門的な見地から意見を述べるチームドクター的な役割が求められます。
法的根拠も異なります。主治医は医師法や医療法の影響を強く受けますが、産業医は働く人の安全と健康を守る労働安全衛生法の一手段として設置されています。
見る対象も変わります。主治医は患者と治療契約を結ぶため個人が対象ですが、産業医は企業と契約するため、働く人個人だけでなく企業全体も見ます。
仕事の内容も異なります。主治医は診断や治療といった診療がメインですが、産業医の主な業務は、病気にならないよう、あるいは病気になっても仕事とうまく適合できるようにする予防活動が中心です。
医療機関で活動。医師法・医療法にもとづき、患者個人と治療契約を結ぶ。診断・治療などの診療がメイン
企業で活動。労働安全衛生法にもとづき、社員個人と企業全体を見る。病気の予防や仕事との適合がメイン
このため産業医は主治医とスタンスが違い、同じ症状や診断名でも、それが仕事によるものかどうかを重視します。また診断や治療方法よりも、その状態で社員が働けるかどうかを重視します。
小橋さんは、産業医は病院の医者というより、税理士や社労士のような士業の先生に近いイメージのほうがしっくりくるかもしれないと話します。
産業医は企業の健康管理に特化した士業っていうイメージの方がもしかしたらしっくりくるかもしれません
質問3「普段は何の仕事をされてるんですか?」
3つ目の質問は「先生、普段は何の仕事をされてるんですか?」というものです。これは人によって答えが違うといいます。
病院で勤務医をしている、クリニックを経営している、大学で研究している。質問する側もそうした回答を想定していることが多いようです。ところが小橋さんの場合、産業医を生業としているため、意外な反応をされることが多いといいます。
(産業医を本業にしていると言うと)え?そんな働き方あるんですねみたいな形でよく驚かれます
日本には医師が約35万人いて、そのうち産業医要件を満たしているのは1万人ほどと言われています。ただ、その9割以上は病院やクリニックで本業をやりながら産業医を兼業しているのがデフォルトだそうです。
小橋さんのように産業医そのものを生業にしているのは1000人から2000人ほどと言われ、結構マイナーな存在だといいます。
一方で、企業における健康管理の重要性は増しています。産業医が扱う領域も、メンタルから化学物質、感染症、両立支援まで、昔と比べてどんどん増えていると小橋さんは話します。
コロナ禍で顕著になった変化もあります。かつては産業医は月1回の訪問時だけ業務を行うのがなんとなくの相場観でしたが、今はそのやり方だと企業も回らなくなってきているといいます。
そのため、兼業で頑張る産業医へのニーズもある一方、産業医を生業とする先生に頼みたいという企業のニーズも増えてきていると、小橋さんは肌で感じているそうです。実際、クリニックを開業するように産業医事務所を開業する先生も、そう珍しくなくなってきたといいます。
産業医にも専門医資格がある
3つ目の質問と合わせて、「先生ご専門は何ですか?」という質問もよくいただくと小橋さんは言います。
これも内科、外科、精神科などを答えたうえで、50時間の講習を受けて産業医要件を満たしている、という先生が多いそうです。ただ、産業医に求められることが増えるなか、産業医そのものにも専門医資格があると小橋さんは説明します。
正式には、日本産業衛生学会の産業衛生専門医という資格です。小橋さん自身も持っており、産業医を生業としている人であれば、全員とまではいかなくても半分以上は持っているのではないかと話します。
この資格を伝えると、「そんな資格あるんですね」と同じく驚かれるそうです。一般的な認知度はまだ低いといいます。
(産業医の専門医だと言うと)え?そんな資格あるんですねっていう風に同じく驚かれます
ただ、有害業務があって特殊研修をやっている企業や、健康管理に本当に力を入れたい企業では、できれば専門医を持つ先生がいい、という声もちょこちょこ聞くようになってきたそうです。
つまり、生業としていなくても、専門資格がなくても、要件を満たしていれば産業医活動はできます。そのなかに、産業医を生業とし、専門資格を持つ人もいるという話でした。
まとめ
産業医への3つのあるある質問を通じて、産業医は100%医師であり、主治医とは役割も法的根拠も異なるチームドクター的な存在であること、そして働き方や専門資格に幅があることが語られました。
- 産業医は必ず医師であり、医師資格を前提に労働安全衛生法の要件を満たすことでなれる
- 主治医はパーソナルドクター、産業医はチームドクターで、産業医は予防や仕事との適合を重視する
- 産業医は病院の医者というより、企業の健康管理に特化した士業に近いイメージ
- 医師約35万人のうち産業医要件を満たすのは約1万人で、9割以上は兼業。生業とするのは1000〜2000人ほど
- 産業医には日本産業衛生学会の産業衛生専門医という専門資格があり、生業とする人の半分以上が保有している


