法令が定める産業医の職務とは
今回のエピソードで小橋正樹さんは、産業医の具体的な職務を取り上げます。まずは労働安全衛生法令に、産業医の職務がどう書かれているのかを確認するところから始まります。
その基礎になるのが、労働衛生における三管理というフレームワークです。作業環境管理、作業管理、健康管理の3つを指します。
産業医はこの三管理において、医学に関する専門的知識を必要とする仕事をするよう法令に定められています。具体的には健康診断、長時間労働、ストレスチェックの三点セットが挙げられます。
そのほかにも、教育を行う、衛生委員会のメンバーになる、職場を巡視する、時には会社へ勧告するといった職務が、法令につらつらと規定されています。
ただし小橋さんは、この切り口だけでは物足りないと指摘します。「あれも産業医の仕事、これも産業医の仕事」と並べるだけでは、本質的な部分が見えてこないというのが理由です。
法令によらない産業医業務の3本柱
そこで小橋さんは、法令によらない本質的な産業医の業務として、3つの柱を紹介します。
職業病の予防
仕事で健康を害していないかをチェックし、職業病を防止する
フィットトゥーワーク
医学的に働けるかどうかを判断する(医学的な職務適性の評価)
健康保持増進施策
社員や会社全体の健康を、医師という立場から支援する
この3本柱のために健康診断を行い、社員と面談し、職場を巡視し、企業にアドバイスをする。そうした一連の産業医活動があるのだと、小橋さんは整理します。
職業病の予防、肝機能の例で考える
ここからは3本柱をそれぞれ深掘りしていきます。まずは職業病の予防です。
例として小橋さんが挙げるのが、健康診断の結果で肝臓の機能がとても悪い社員がいたケースです。
肝機能が悪いとき、医学的にはまずお酒や体に合わないサプリ・薬を摂取していないかを確認し、次にB型肝炎やC型肝炎といったウイルス性の疾患にかかっていないかを鑑別していくといいます。
ただし産業医としては、そのフローの中でもう1つ考えるべきことがあります。仕事が原因で肝機能が悪くなっていないかという視点です。
具体的には、例えば何かしらの化学物質を仕事で使っていて、その化学物質を吸っちゃってることで肝機能が悪くなってる可能性はないのか。
これを見ていくために、本人から話を聞いたり、過去の作業環境測定の結果を確認したり、実際に仕事場へ出向いたりします。
こうして、本人がお酒が好きで肝機能が悪くなっているのか、それとも仕事が原因なのかを見極めていきます。もし仕事で健康を害しているとわかれば、改善に向けて早急に動いていくといいます。
この健康状態でこの仕事をさせていいのか
次の柱がフィットトゥーワークです。これは「この健康状態で、この仕事を本当にさせていいのか」を判断する仕事だと説明されます。
小橋さんによれば、第8回で扱ったメンタルの休職・復職もここに含まれます。それ以外にも、健康診断で血圧がとても高いのに車を運転させていいのか、呼吸器疾患があるのに重いものを持たせ続けていいのか、といった健康と仕事のマッチング全般が対象になります。
この判断をおざなりにするとどうなるか。小橋さんは2つのリスクを挙げます。
- 事故があった際に、本人だけでなく周りを巻き込んでしまうリスク
- 直接的な有害業務でなくても、仕事をすることで病気が悪化するリスク
だからこそフィットトゥーワークを行い、その人が仕事と医学的にマッチングできるかどうかを見ていくのだと、小橋さんは述べます。
データと現場をつなぐ健康保持増進施策
3つ目の柱が、健康保持増進施策です。ただし小橋さんは、やみくもに「運動しよう」「バランスのいい食事を取ろう」と呼びかけるだけの話ではないと言います。
健康診断やストレスチェック、個別対応を続けていると、いろいろなデータが積み上がっていきます。そのデータを会社の実情と照らし合わせるのがポイントです。
例えば、じゃあこの企業では全国平均と比較して睡眠と肥満の数値が悪いよねって話になった時に、そういう医学的なデータと会社の実情を照らし合わせて。
たとえば長時間労働で夜遅く帰宅し、寝る直前に食事をしている社員が多いなら、その影響もあるのではないか、といった具合に原因を探ります。
さらに産業医面談で社員から「こういうやり方ができるのではないか」という声を聞き、実際に試してみるといった動きも生まれます。
その企業に応じた地に足ついた施策が行いやすいっていうのも、産業医業務ならではの部分も多いんじゃないかなというふうに思います。
なぜ今あえて3本柱に立ち返るのか
最後に小橋さんは、なぜわざわざ3本柱に立ち返ったのかを説明します。
背景には、産業医の業務が各論的にどんどん広がっている現状があります。メンタル、化学物質、感染症対策、労務チェックといった領域が増えているのです。
さらに近年は、法令の枠を超えて健康経営のコンサルをする産業医や、各拠点の健康管理をまとめ上げる統括産業医など、先進的で付加価値の高いタイプの業務も出てきています。
こうした付加価値の高い業務は素敵な話だと小橋さんも認めます。ただし、その前提となる職業病の予防やフィットトゥーワークがザルになっていると、話は変わってきます。
それは会社が本来の産業医業務をやらせていないことになり、社員はもちろん会社のリスクにもなりかねない、と小橋さんは警鐘を鳴らします。
50人未満でも3本柱は関係ない
本編では触れなかった補足として、小橋さんは産業医の選任基準にも言及します。労働安全衛生法令では、常時50人以上の労働者を使用する事業場で産業医の選任が義務づけられています。
ただし小橋さんは、今回紹介した3本柱は人数や場所に限らず、会社として大事な話だと強調します。特に職業病やフィットトゥーワークの問題を引き起こしてはいけないのは、50人以上か未満かに関係ないという考えです。
規模とか業種に関わらず、企業の健康管理における相談先っていうのをしっかり持っておこうと。これをぜひおすすめしたいところですね。
まとめ
今回の回は、法令に並ぶ産業医の職務を列挙するのではなく、その根っこにある3本柱に立ち返って産業医の仕事を整理する内容でした。業務が多様化する今だからこそ、本質を押さえておく意味があると小橋さんは語ります。
- 産業医の職務は労働衛生の三管理を基礎とし、健康診断・長時間労働・ストレスチェックなどが法令に規定されている
- 本質的な業務は「職業病の予防」「フィットトゥーワーク」「健康保持増進施策」の3本柱に整理できる
- 職業病の予防では、肝機能の悪化が仕事や化学物質に由来していないかまで踏み込んで確認する
- フィットトゥーワークを怠ると、事故で周囲を巻き込むリスクや、仕事による病気の悪化リスクが生じる
- 3本柱は事業場の人数や業種に関わらず重要で、規模を問わず健康管理の相談先を持っておくことが勧められている


