契約後のキックオフで必ず話題になる「健康情報の取り扱い」
今回のテーマは、企業が定める健康情報の取扱規程です。前回の産業医の選任報告に続く内容として、小橋さんはワンセルフでの実務の流れから話を始めます。
ワンセルフではクライアントと契約を締結すると、改めて詳細なヒアリングを行い、その内容をもとにオーダーメイドのプランニング案を作ります。その上で方向性や優先順位をすり合わせるキックオフミーティングを実施しているそうです。
このキックオフの場で、必ずと言っていいほど話題になるのが健康情報の取り扱いだと小橋さんは話します。
例えば、産業医面談の情報はどこまでフィードバックしてもらえるのか。
面談内容だけの話ではありません。上司や社長といった立場の人にまで報告書を見せていいのかどうかという、共有範囲の問題が絡んできます。
さらに健康診断、ストレスチェック、長時間労働者の疲労蓄積度チェックなども、もれなく健康情報にあたります。そのため、誰がどの情報をどういう条件で取り扱うのかを決めていく必要があると説明されています。
健康情報が「他の人事情報と究極的に違う」理由
なぜこのプロセスが大事なのか。小橋さんはまず、健康情報が個人情報の中でも特にセンシティブな要配慮個人情報にあたる点を前提に置きます。
一方で、労働安全衛生法をはじめとした関連法令では、労働者の健康の確保が求められます。安全配慮義務や合理的配慮義務を企業が果たすためには、一定の健康情報が必要になるという側面もあると小橋さんは整理します。
健康情報も人事管理上取り扱う個人情報の一部ではあります。ただし、他の人事情報と究極的に違う部分があると小橋さんは指摘します。
(健康診断の)生のデータを見たところで、人事管理上どういう意思決定をしていけばいいのか。それってやっぱり専門的な知識がないとわからないじゃないですか。
そこを適当に扱うと企業リスクが高いと小橋さんは言います。具体例として、健診結果では危険な状態なのに普通に働かせているケースを挙げています。
逆のケースもあります。持病はあっても普通に働けて本人も働きたいのに、なんとなく業務量を制限され続けているといった事態です。
さらに、生データや診断名が勝手に独り歩きして、結果的に本人や周りを苦しめてしまう事態も往々にしてあると話されています。
だからこそ、健康に関することは医療と企業の翻訳家である産業医専門職の力を借りて、適切適正な意思決定をしていく。これが健康情報を取り扱う上での国の基本的な考え方だと小橋さんは説明します。
取扱規程は何を決めるものか、5つの取り扱いと「加工」の意味
こうした考え方を踏まえ、企業が実際に取り扱いのルールを具現化したものが健康情報の取扱規程です。
これは厚生労働省が出している健康情報の取り扱いに関する指針に基づくもので、義務ではないと小橋さんは補足します。ただし基本的な考え方は前述の通りなので、原則として作っていくべきものだと位置づけています。
規程の要点として、まず健康情報を取り扱う目的は従業員の健康と安全を守るためであること、そして健康情報そのものを使って人事上の差別をすることは許されないことが挙げられます。
次に取り扱いの方法です。取り扱いの種類としては、収集、保管、使用、加工、消去の5種類が挙げられており、小橋さんはこの中でも加工がポイントだと強調します。
企業として知りたいのは、働けるかどうか、働けるならどういう条件が望ましいかという点です。だからこそ、健康情報の加工権限を産業保健専門職に委ねる形になると小橋さんは説明します。
産業保健専門職は、収集した健康情報を適切に加工して、就業上の意見っていうのを企業に伝えていかないといけない。
「誰が」取り扱うのか、4つの登場人物
取扱規程で一番のポイントになるのが、誰が、どの情報を、どういう条件で取り扱えるようにするのかという設計です。小橋さんはまず「誰が」の部分から整理します。
厚生労働省の資料では、取り扱う人として4つのパターンが設定されていると紹介されています。
実際には、この区分をさらに細かくすることも想定されます。例えば衛生管理者と産業医、保健師を分けるパターンも考えられると小橋さんは述べています。
健康情報を3つのレベルに分ける
続いて「どの情報を」という部分です。ここが規程の最も肝になる部分だと小橋さんは話します。この規程では、健康情報を3つのレベルに分けて考えます。
1つ目のレベルは、労働安全衛生法令に基づいて事業者が直接取り扱うべきとされている健康情報です。いずれも法令に基づいたものという条件付きになります。
具体的には、健康診断を受けたかどうか、長時間労働やストレスチェックに基づく医師面接指導の申し出があったかどうか、そしてその面接指導などを通じて医師から聴取した就業上の意見や、そこから講じた就業上の措置などが含まれます。
つまりレベル1は、事業者が把握を怠ると労働者の健康の確保ができない、そういう性質の情報だと整理されています。
2つ目のレベルは、労働安全衛生法令に基づいて本人の同意を得ずに収集できるものの、事業者が直接把握する必要まではない情報です。ルールを決めて担当者に取り扱わせる形が望ましいとされます。
代表的なものが健康診断の結果です。ほかに長時間労働者や高ストレス者への医師面接指導の結果、保健指導や健康相談の有無や結果などが含まれます。
なお小橋さんは、これらの情報が法令に基づいて事業者に把握されうること自体がおかしいのではないかとも感じていると述べ、その点は別の回に回すとしています。
3つ目のレベルは、法令に規定されていない健康情報です。本人の同意はもちろん、会社で取り扱いルールを決めて適切に運用していくべきものになります。
具体的には、法定外の健診項目全般が該当します。一般的ながん検診や人間ドック、両立支援や休職周り、一般的な健康相談の内容などです。休職の際に主治医の診断書を求めることも、労働安全衛生法上に条文があるわけではないと補足されています。
| レベル | 性質 | 代表例 |
|---|---|---|
| レベル1 | 事業者が直接取り扱うべき | 健診受診の有無、面接指導の申し出、就業上の意見・措置 |
| レベル2 | 同意なく収集可だが直接把握は不要 | 健診結果、面接指導の結果、保健指導・健康相談の有無や結果 |
| レベル3 | 法令に規定なし、会社でルールを決める | 法定外健診、がん検診、人間ドック、両立支援・休職、一般的な健康相談 |
管理テーブルこそが規程作成の核心
「誰が」と「どの情報を」が揃うと、誰がどの情報をどういう条件で取り扱えるのかというパーツが揃ったことになります。
具体的には、それぞれの登場人物がレベル1、2、3の各健康情報について、収集、保管、使用、加工、消去のどの権限を持つのか、あるいは持たないのかを決めていきます。
これを管理テーブルとしてまとめ上げることが、取扱規程を作るにあたって最も重要なポイントだと小橋さんは強調します。
ただし、これは言うのは簡単でも、やるのは難しい作業です。この規程は、産業保健業務全体を健康情報の観点から横串で刺すような性質を持つためです。
そもそも、それぞれの産業保健業務のフローや基準が定まっていないと、実務と連動した生きた規程にはなりにくいと小橋さんは指摘します。
さらに健康情報は人事情報の一部、つまり個人情報の一部です。大元となる社員の雇用管理情報の規程があるかどうかも関わってきます。
その規程がなければ先にそちらを作ったほうがよいという話になりますし、あるならば整合性を持たせないと、バッティングした際にどちらが正しいのか分からなくなってしまうと説明されています。
この健康情報取り扱い規定を正しく策定するっていうのは、産業保健の総合格闘技的な、かなりレベルの高い業務なんじゃないかなって個人的には思っています。
なぜ厚労省の雛形コピペは現場を混乱させるのか
厚生労働省の雛形は存在します。ただ、それをコピペしても現場では全く使い物にならないと小橋さんは言います。これは厚生労働省の検討会に出たメンバーからも伺った話だと紹介されています。
具体的な問題点として、雛形ではレベル3の情報も、専門職が適切に加工した情報であれば、人事権のある人や管理監督者でもすべて収集、保管、使用ができる、といった書き方になっている点が挙げられます。
これをそのまま運用すると、企業によっては規程を根拠にしたやり取りがまかり通ってしまうと小橋さんは指摘します。
規定にこう書いてんだから、誰々さんの面談の記録を適切に加工して見せてくれよとか、誰々さんが健康相談に来たかどうか適切に加工して教えてくれよみたいな、そういうコミュニケーションがまかり通っちゃうんですよね。
しかし、ここまでいくと加工の問題ではありません。そもそも収集しないでほしいという話だと小橋さんは述べます。実際に雛形をそのまま運用している企業では、現場が混乱している例もあるそうです。
そのため小橋さんは、自社の取扱規程が気になる場合は、このポッドキャストを聞き終わった後に一度確認してみてほしいと呼びかけています。
本人同意の取り方と、規程に残る論点
本編では触れられなかった論点として、小橋さんはよく議題に上がる本人からの同意の取得方法を挙げます。
個人情報保護の観点からは、全例個別に同意を取るのが望ましいのは間違いないと小橋さんは言います。ただ、その都度個別同意を取るのは大変な作業でもあります。
そのために、この健康情報の取扱規程には包括同意という側面もあると説明されています。厚生労働省の資料では、就業規則で周知する方法も考えられるという見解が書かれているそうです。
このほかにも周知の方法や第三者提供のポイントなど、取扱規程にはさまざまな論点があります。詳しくはワンセルフのコラムでも触れられていると案内されています。
また、本編で扱った「誰が、どの情報を、どういう条件で」という課題を押さえたオリジナルの雛形も、コラムの最後に用意したと紹介されています。完璧なものではないとしつつ、参考にしてほしいと締めくくられました。
まとめ
健康情報は要配慮個人情報でありながら、労働者の健康確保のために企業も一定の情報を必要とします。取扱規程は、誰がどの情報をどういう条件で扱うかを管理テーブルとして設計することが核心であり、雛形のコピペでは現場が混乱しかねないと小橋さんは指摘しました。
- 健康情報は要配慮個人情報だが、安全配慮義務などのため企業も一定の情報を必要とする
- 取り扱いは収集・保管・使用・加工・消去の5種類で、専門職への「加工」権限の委譲が肝になる
- 取り扱う人は4パターン、健康情報は法令上の位置づけで3つのレベルに分けて考える
- 誰がどのレベルの情報にどの権限を持つかを管理テーブル化することが規程作成の最重要ポイント
- 厚労省の雛形をそのままコピペすると、収集すべきでない情報まで求められるなど現場が混乱しうる


