なぜ健康情報の回をもう一度取り上げるのか
前回のテーマは、健康情報の取扱規程でした。健康情報は個人情報の中でも要配慮個人情報 ── 人種・信条・病歴など、取り扱いに特に配慮を要すると個人情報保護法が定める情報。取得や第三者提供に原則として本人同意が求められる。に当たるため、特に取り扱いに注意が必要だと小橋さんは整理しています。
一方で会社は、社員の健康や安全を守るため、人事労務管理の一環として一定の健康情報を扱う必要があります。だからこそ、誰が・何の情報を・どういう条件で扱えるのかを会社として定めておくことが大切だと語られました。
ただ、厚生労働省のひな形をそのまま使うと、その線引きが不明瞭なままになりがちです。場合によってはトラブルに発展するため、自社の実態に合わせた規定づくりを小橋さんは勧めています。
規定づくりの進め方についても具体的な目安が示されました。
- 50人以上の事業場は衛生委員会を通じて検討する
- 50人未満の事業場は関係労働者の意見聴取を行う
- 必要に応じて専門家の力も借りる
本来は前回1回で完結させる予定だったものの、予定を変更して急遽もう一回取り上げることにした、と小橋さんは切り出します。理由は2つあります。
1つ目の理由は、前回の回が企業の健康管理担当者からかなりの反響を得たことです。どこも同じ悩みを抱えているのだと感じたと振り返っています。
特に多かったのが、産業保健の専門職が常勤でいるような大企業からの声でした。同じ会社なのに、なぜ面談結果を教えてくれないのか、記録を見せてくれないのかと、役員や上層部から言われて困っているというコメントです。これは小橋さん自身の経験からも多い印象だと語られます。
個人情報保護法では、同一法人内での個人情報の共有は第三者提供に当たらないという理屈もあります。ただ、労働安全衛生まわりの法令・指針・通達の趣旨を踏まえると、たとえ役員であっても健康情報を必要以上に集めるのは控えた方がよい、と小橋さんは考えています。
役員が社員のために良かれと思って言っている気持ちは受け止めるべきだとしつつ、健康情報を過剰に収集することは役員自身の善管注意義務 ── 善良な管理者の注意義務。取締役などが職務を行う際に、その立場にふさわしい注意をもって行動する義務を指す。の観点からも問題になりうる、という指摘です。
産業医が「最も葛藤するテーマ」とは何か
もう1つの理由が、この回の核心です。健康情報の取り扱いは、産業医として最も葛藤するテーマの1つだと小橋さんは言います。
会社が就業上の措置を適切に講じられるよう、独立した専門的な立場から意見を言い、コーディネートしていく。これは産業医面談の回や倫理指針の回で繰り返し語られてきた原則です。
ただ、産業医も人間であり、そこに至るまでの過程には様々な葛藤があります。特に大きいのが、産業医として知ってしまった以上は会社に伝えざるを得ない、という場面です。
問題は、その情報を会社に伝えると、本人がおそらく就業上不利な扱いを受けることです。だから本人は会社に伝えてほしくない。ここでプライバシーと安全配慮義務が真正面から交錯します。
具体例として挙げられたのが、意識消失を繰り返すケースです。全身性のてんかんや睡眠時無呼吸などがコントロールできていない状態で、業務の一環として運転作業を行っているような場面が該当します。
この領域は法整備も進んできているものの、産業医面談の中で初めてその事実が明らかになる場面はまだまだあると小橋さんは話します。社員が産業保健専門職を信頼しているからこそ、そうした情報を打ち明けてくれる側面もあるのです。
社員さんも我々産業保健専門職を信頼してくれてるから、そういった情報を言ってくれる側面もあるわけなんですよ。
プライバシーより安全配慮義務が勝る理由
信頼して打ち明けられた情報であっても、この場面ではプライバシーよりも安全配慮義務が勝る、と小橋さんははっきり述べます。もし情報を産業医の中だけにとどめ続け、結果的に他者を巻き込む事故が起きてしまえば、取り返しがつかないからです。
関連する事件として、鹿沼市のクレーン車暴走事故、京都市の軽ワゴン車暴走事故、そして海外のジャーマンウィングス墜落事故が挙げられました。いずれも社員の健康状態に起因して多くの犠牲者を出し、企業の法的責任が問われた痛ましい事件です。
さらに、過労死をめぐる電通事件などにも触れつつ、健康面における企業の安全配慮義務の範囲は、20年前・30年前と比べ物にならないほど大きくなってきている、と小橋さんは現実を示します。
その中で、産業医がリスクを認知していたのに会社に言わなかった、あるいは本人にきちんと説明もしなかった、という事態が起きればどうなるか。当然、産業医の法的責任も一定問われることになると語られます。
図として整理すると、産業医が向き合う2つの要請は次のように対比できます。
本人が会社に伝えてほしくない情報。伝われば就業上不利な扱いを受けるおそれがある
本人や他者の生命・安全を守るため、会社が必要な情報を把握し措置を講じる責任
伝えると生活が立ち行かない。それでも、どうするか
原則はプライバシーより安全配慮義務が勝るとしても、話はそこで終わりません。本人にも生活があるからです。
会社に伝えれば、ほぼ今まで通りには働けなくなる。それは勘弁してほしい、やっとありつけた仕事だ、養う家族もいる。そう社員から懇願される場面は、何度経験しても本当に難しいと小橋さんは打ち明けます。
これを会社に伝えると、ほぼ今まで通り働けなくなると。それは勘弁してくれ、やっとありつけた仕事なんだ、養う家族もいるんだ。
では次の一手をどうするか。これはケースバイケースで、ただ説得することもあれば、主治医にまず手紙を書くこともあります。正規ルートではないものの、本人が信頼している会社の人にまず話を聞いてみましょうとなることもあります。
ただし、聞かなかったことにするのは、いろんな意味で危険なので絶対にダメだと釘を刺します。
保身だけを考える産業医であれば、「安全配慮の観点から会社に言わざるを得ないので、もしそうでも言わないでくださいね」といったコミュニケーションをする人もいるかもしれない、と小橋さんは想像します。ただ、それは倫理的にも法的にもアウトだと明言しています。
そう言いたくなるほど葛藤する場面である、というのが率直な本音です。だからこそ、リスクの見積もりをした上で、しかるべき次の一手を模索していくしかないと語られます。
三柴先生に学ぶ「利益考慮」と「手続き的理性」
この葛藤に向き合う際の基本的な考え方として、小橋さんが強く参考にしているのが、日本産業保健法学会の発起人であり近畿大学法学部教授の三柴丈典先生の文献です。
まず大切なのが「利益考慮」という考え方です。プライバシーの問題と企業の健康管理の問題のどちらがその瞬間に重たいのかを、常に天秤にかけるという発想です。
その上で、すべての法律をクリアする完璧な正解を見つけるのはほぼ不可能だと小橋さんは言います。だからこそ、結果だけでなくプロセスを重視せよ、というのがもう1つの柱です。
三柴先生はこれを「手続き的理性」と呼んでいます。情報を出してどうなった、出さなくてどうなったという結果よりも、最善を尽くすために誰がどんな目的でどう情報を扱い、どのように会社や本人に説明したのか。その一連の対話を誠実に積み重ねることが、企業や担当者を守ることになるという考え方です。
そして最後に、一連の経過を5W1Hを明確にした形で記録に残す。ここまでが具体的な次の一手として示されます。
三柴先生の考え方は、次の3つのステップとして整理できます。
たとえば本人がどうしても会社への情報提供を拒む場合、その旨をきちんと記録すれば、産業医の一定の免責にはなるかもしれません。ただ、免責は本質ではないと小橋さんは付け加えます。大事なのはプライバシー保護と安全配慮義務の両立なのです。
本人同意がなくても情報提供が正当化される条件
両立を考える上で大きなポイントになるのが本人同意です。健康情報の取得や第三者提供に本人同意が必要なのはその通りだ、と小橋さんは前置きします。
問題は、本人が体調不良で判断能力が低下している場合や、自分の体調不良をかたくなに認めようとしない場合です。こうした状況で個別同意を厳格に求め続けると、必要な保護ができず、事故や自殺といった最悪の事態を招く恐れがあります。
この点について三柴先生が示すのが、日本の裁判例の傾向です。従業員の健康管理や情報管理に尽力する良識的な企業に対しては、裁判例は最大限、従業員の健康情報の取り扱いを許容してきたといいます。
つまり、企業は本人の個別同意をもらえるよう努力すべきである一方、一定の条件を満たせば、本人の個別同意がなくても必要最低限の情報を産業医から会社へ伝える行為が正当化されうる、という考え方です。
その条件として挙げられたのが、次のような環境整備です。
- 衛生委員会などを通じて労使が合意形成し、ルール化している
- 生データは専門職しか取り扱わせない
- その上で適切な情報加工ができている
こうした条件を満たせているのであれば、本人の個別同意がなくても必要最低限の情報提供が正当化されてよいのではないか。そうすることでプライバシー保護と安全配慮義務は両立するのではないか、という提言です。
小橋さん自身もこの立場に賛成だと述べ、実際に葛藤の中で最適解を導く道しるべになっていると語っています。
情報加工のさじ加減と、日本ならではの難しさ
今回のまとめとして、小橋さんは情報加工のさじ加減の難しさに触れます。最適解は企業やケースによってまちまちだといいます。
原理原則はシンプルです。医学的に働けるかどうか、働けるならどういう働き方が望ましいのか。最低限これさえ伝えれば、あとは労使で対話して決めていけばよい、という話です。
ところが日本の場合、一般健康診断、ストレスチェック、長時間労働者の面接指導という法令の三点セット1つを取っても、企業が極めて多くの健康情報を扱う仕組みになっています。これは国際的には珍しいと小橋さんは指摘します。
背景には、第43回でも語られた共同体的な感覚があります。そうした感覚が日本には歴史的に染みついている、という見立てです。
安全配慮義務に抵触するほどの葛藤ではないものの、「本人は言いたくないと言っているが、会社に共有した方が本人にも会社にもプラスになるのでは」と感じる場面は、むしろ人を大事にしている企業ほどあると小橋さんは話します。
もちろん本人の意向を無視して、就業上の意見以上の情報を会社へ一方的に流すことはしません。ただ、生の情報に普段から接している立場として、個人が特定されないよう情報を加工し、役に立つ形で企業や社員に還元していきたいと、小橋さんはこの回を締めくくっています。
まとめ
健康情報の取り扱いは、産業医が最も葛藤するテーマの1つです。プライバシーと安全配慮義務がぶつかる場面では原則として安全配慮義務が勝りますが、本人の生活への配慮も欠かせません。だからこそ、結果だけでなくプロセスと記録を重視する三柴先生の考え方が、最適解を探す道しるべになると語られました。
- 健康情報は要配慮個人情報であり、会社は必要な範囲でのみ扱い、規定は自社の実態に合わせて作るべき
- 度重なる意識消失など安全に関わる情報は、原則としてプライバシーより安全配慮義務が優先される
- リスクを知りながら会社にも本人にも伝えなければ、産業医の法的責任も問われうる
- 完璧な正解は難しいため、利益考慮・手続き的理性・5W1Hの記録というプロセスを誠実に積み重ねることが企業と担当者を守る
- 労使のルール化・専門職のみが生データを扱う・適切な情報加工などの条件が整えば、本人の個別同意がなくても必要最低限の情報提供が正当化されうる


