公開収録2回目、そして黒歴史回のその後
この回は、The Source Dinerでの公開収録として始まります。ゲストは店主の安達真さんで、番組への出演は2回目です。
冒頭、北爪さんはフリマに出す思い出の品を漁っていて、アンドレ・ザ・ジャイアントのTシャツを見つけたと話します。プロレス好きだった記憶がよみがえり、スタン・ハンセンの「うぃー」をやりたい気分になったそうです。
スターハンセンはうぃーだから、もう僕の少年時代の、とにかく大好きだった人なんですよ。
前回の安達さんの出演は、藤原さんいわく「大人気回」。安達さん自身は「黒歴史回」と呼び、その後もSNSで自ら擦っていたといいます。
黒歴史回ね。
安達さんは、当時の自分の格好を生成AIに投げて画像を作らせ、それをインスタにさらしたと振り返ります。おじさんの顔のまま、服だけが中学時代という画像だったそうです。
(当時の格好を)チャッピーに投げたら、めちゃめちゃリアルに再生してくれた写真が生成されて、それをインスタにさらすという。あれやばかった。
FOR OLD MEとは何か。松本編を開いた理由
今回の収録は、フリマイベント「FOR OLD ME」の松本編にあわせて行われました。安達さんが、そのイベントの成り立ちを説明します。
もともとは7月に群馬県みなかみ町で開かれたイベントで、飲食の出店やライブなどがマルシェ的に行われていたといいます。そのうちのフリーマーケットの部分だけを抜き出して、松本に持ってきたのが今回です。
このフリマの特徴は、価格設定がアダルトとスチューデント ── 大人向けと学生向けで同じ商品に2種類の価格を設けた仕組み。安達さんいわく「学割みたいなもん」で、若い世代がカルチャーに触れやすくする狙いがありますの2つに分かれていることです。同じ商品でも、学生向けには安い価格が付きます。
その学生さんたちに向けたみたいなアプローチはめちゃめちゃいいなと思って。
安達さんは元イベント主催の茶屋さんに「うちでもやらせてもらえないか」と相談し、快諾を得ました。茶屋さん側も、このパッケージがいろんな場所で行われることを最初から望んでいたそうです。
群馬で開催
7月にみなかみ町で飲食・ライブを含むイベントとして実施
一部を抽出
フリーマーケットの部分だけを取り出す
安達さんが相談
主催の茶屋さんに松本での開催を打診し快諾を得る
松本編を開催
The Source Dinerでフリマとして実現
若者へカルチャーを手渡したい。老害にならないために
藤原さんが、若者向けという狙いの背景を尋ねます。安達さんは、自分たちがおじさんになってきたこと、周りの同級生の子どもたちが大きくなってきたことを挙げます。
安達さんの店には、その年代の若い子もたまに来ますが、敷居が高く感じて超えてこないと入れない雰囲気があるといいます。そこをもっと開きたいというのが、安達さんの思いです。
うちの店が敷居が高いというか、そこをもう少し、全然入ってきていいんですよっていうアプローチをしたいなとは思っていて。
安達さんは、自分たちも学生の頃はかっこいい大人に憧れていたと話します。今は「老害」と言われる年になってきたけれど、そうではなく、若い子たちと仲良くしたいという気持ちが根っこにあります。
このコンセプトが、安達さんがもやっと考えていたことと合致したといいます。単発ではなく継続することに意味があると考え、松本を皮切りに全国へ広がることを願っています。
売るより提案したい。北爪さんの出品熱
北爪さんは、このフリマの仕組みにくすぐられたと話します。普通の売り場ではピンとこなかったのが、「学生に向けて」「あなたの時代の」という枠組みで、自分の趣味をさらす快感に火がついたそうです。
買ってもらうっていうよりは提案。もういいわと。とにかくぶつけたいっていうその気持ち。
その気持ちのせいで、商品説明の筆も走り、値段も上がってしまったといいます。安達さんは「思い出込みだとね」と受け、北爪さんも思い出のせいで高く付けてしまうと認めます。
買ってもらうより提案したいという感覚は、そのまま安達さんの「若者へカルチャーを手渡したい」という思いと重なります。北爪さんは、これを勉強だと言い、誰かが買った反応を見るのが楽しみだと話します。
一張羅の真っ白なダッフルコートという黒歴史
話は出品者それぞれの思い出の買い物へ移ります。藤原さんは、高1のときに立川の丸井で真っ白なダッフルコートを買ったエピソードを披露します。
当時好きだった子とのクリスマスデートの一張羅として選んだそうで、「これ以上かっこいいやついないだろう」と決まったと思ったといいます。
(真っ白なダッフルコートで)完全に決まったなと思ったんですよ、僕は。
しかし実際には怖くて2回ほどしか着ていないそうです。コートはその後どこかで捨ててしまったといいます。北爪さんは、それこそ思い出込みで書いて出せば付加価値が上がると盛り上げます。
そこで(付加価値が)上がると思うのはちょっと老害なんです。
ハリウッドランチマーケットとニューバランス。高校からのファッション遍歴
安達さんの高校時代の思い出の買い物は、ハリウッドランチマーケット ── 日本のアパレルブランド。安達さんは高校時代にジーンズやチノパンを、大学時代にはインディゴ染めのセーターなどを購入したと話しますでした。先輩から買ったり、松本のセレクトショップで頑張って買ったりしたといいます。
話の流れで、安達さんは前日に木村拓哉さんのYouTubeを見たと語ります。木村さんが大街道のハリウッドランチマーケットで買い物をする回で、思わず嬉しくなったそうです。北爪さんと藤原さんは「全然違うけどね」とすかさず突っ込みます。
靴はニューバランスを愛用していました。当時は今ほど人気がなく、エアマックス95 ── ナイキのスニーカー。安達さんが高校生の頃に大流行し、当時はニューバランスよりナイキが全盛だったと語られますやジョーダンシリーズが全盛の中で、2万円ほどのニューバランスを選んでいたといいます。
きっかけは、大学時代に仲の良かった友人が履いていてかっこよかったこと。吉祥寺のABCマートで買った記憶があるそうです。当時のABCマートは今のように大型ショッピングモールに入る前で、セレクトショップに近いハイセンスな立ち位置だったと振り返ります。
レディースを穿く男、そしてエイプの第1世代
藤原さんが、北爪さんの若い頃のファッションを尋ねます。北爪さんはずっとジーパンで、高校時代に気づいたのはサムシングというレディースのラインをずっと穿いていたことでした。
サムシングはエドウィン ── ジーンズで知られる日本のアパレルメーカー。サムシングはそのレディースラインで、北爪さんはメンズ・レディースの区別を知らずに穿いていたと話しますのレディースラインでした。北爪さんは表記もサイズもわからないまま、いいと思ったものを穿いていたといいます。
今はいいじゃん、おしゃれレディースを着る男って。かっこいいじゃん。全くわかんないで買ってたから、読み方もわかんないわけ。
藤原さんは、松本パルコのトミーヒルフィガーを中学から着ていて、その後エイプが流行り始めたと話します。原宿で背伸びして買ったものを今でも持っているそうです。
だって第1世代ですよね、僕らは多分。原宿の本当に全く無名なアパレルがバーンと出てくるみたいな。
当時はBOON ── 1990年代のストリートファッション雑誌。エイプやステューシーなどの裏原宿系ブランドを特集し、若者に大きな影響を与えました。SMARTも同系統の雑誌として挙げられていますでエイプ特集が組まれ、ステューシーやバーバリーへと少しずつ移っていったといいます。
NYで知ったダボつきと「XL以上」の掟
話は安達さんのアメリカ時代へ移ります。それまでジャストサイズのファッションだった安達さんは、渡米して服がダボつくようになったといいます。
きっかけは、ヒップホップの流行とともに入ってきたトリプルファイブソウル ── 1990年代に人気を集めたニューヨーク発のストリートブランド。大きめのシルエットが特徴で、ヒップホップカルチャーの広がりとともに日本にも入ってきましたでした。大学の同級生の大柄な人が着ていて衝撃を受けたそうです。
実際にニューヨークへ行くと、ウォール街のサラリーマンはきちんとしている一方、ストリートにいる人はサイズ感が大きかったといいます。安達さんは、そのかっこよさに惹かれていきました。
MとかLとか着てるとお前ゲイかみたいな。やっぱもうXLだろみたいな。
周囲は4XLのダボダボを着る中、背の低い安達さんは「せめてXL」で応じていったといいます。
ジャストサイズのファッション。日本ではダボつきに違和感があった
ニューヨークのストリートに合わせ、XL以上のダボついたサイズへ
Supreme一号店とレジェンドが歩く街
ニューヨークでの買い物先について、安達さんが語ります。友人が働いていたReconや、Supreme ── 1994年にニューヨークで生まれたスケートボードブランド。安達さんが通ったラファイエット通りの店が一号店で、現在は移転していますに通っていたといいます。
おしゃれ偏差値高すぎない?
藤原さんと北爪さんはSupremeを最近のブランドだと思っていたと驚きますが、安達さんによれば、当時から普通に買い物ができたそうです。スケートブランドだけあって、スケボーで着られないような値段ではなかったといいます。
さらに安達さんの住まいのすぐ近くには、ReconのボスであるフューチュラやSTASH ── ニューヨークを代表するグラフィティライター。フューチュラとともにReconに関わり、ストリートカルチャーのレジェンドとされますのオフィスがありました。家の前でスケボーをしていると、フューチュラが歩いてきて挨拶を交わすような環境だったといいます。
北爪さんと藤原さんは、話を聞くほど自分たちがダサく思えてくると笑います。高校でバドワイザーのバッグを背負っていた安達さんが、数年後にはこの世界にいたという成長速度に驚きます。
スケボーを抱えて走る、NYストリートの入り方
藤原さんは、このニューヨークでの体験を、冒頭のフリマの「XL買えよ」という半強制のいざないと重ねます。強いメッセージを浴びて、いい意味で迎合していく姿だといいます。
安達さんは、スケボーは大学ではなくニューヨークデビューだったと明かします。Supremeで「デッキ買わないの?」と言われ、やったことがないのに「とりあえず買うっしょ」と勧められたそうです。
スケボーは、言葉が通じなくても現地の人とつながる手段になりました。「今度あっち行くから一緒についてこい」と誘われ、街に繰り出したといいます。
ただ、みんなが上手にすべる中、安達さんは途中で転ぶため、ボードを抱えて次のスポットまで走ったそうです。北爪さんは、それを番組で以前話したスキー場の下りのエピソードと重ねて笑います。
段差とかみんな滑りでポンポン越えていくんだけど、俺それできないから一旦降りて抱えて走るみたいな。
カルチャーの話はここで一区切りとなり、続きの秘話は次回に持ち越しとなりました。
まとめ
The Source Diner店主・安達真さんをゲストに迎えた公開収録回。若者へカルチャーを手渡すフリマ「FOR OLD ME」から、白いダッフルコートの黒歴史、そしてニューヨークでのストリートカルチャー体験までが語られました。
- FOR OLD MEは、同じ商品に大人向けと学生向けの2価格を設け、若い世代にカルチャーを渡すフリマ
- 安達さんの狙いは、店の敷居を下げ、かつて憧れた「かっこいい大人」として若者とつながること
- 高校時代のハリウッドランチマーケットやニューバランスから、エイプ第1世代、NYのダボつきへと遍歴が続く
- ニューヨークではSupreme一号店に通い、フューチュラやSTASHが歩く街でストリートカルチャーに触れた
- スケボーはNYデビューで、転んでは抱えて走りながら現地の仲間とつながっていった


