土合駅から温泉宿まで、ちゃや夫妻は何を仕掛けている?
この回は、松本のThe Source Dinerで開かれたフリマイベント「for old me」の最中に行われた公開収録の2回目です。冒頭、藤原さんはサプライズゲストとして、群馬県みなかみ町で最初にこのイベントを立ち上げ、松本開催のきっかけを作ったちゃやさんとみなみさんを呼び込みます。
ちゃやさんは、みなかみ町での事業内容を自分の言葉で説明します。
土合駅という無人駅がありまして、そこの駅直結の宿泊施設と、あと駅舎の中でカフェをとりあえずやっていたんですけども、その後町の温泉宿と、あと新幹線駅でコーヒースタンド、今3つ大きくは事業をやっている会社をやっております。
ちゃやさんによると、妻のみなみさんはそれぞれの事業のデザイン全般を担当しています。3つの事業にはそれぞれコーヒー屋も入っているそうです。
群馬県桐生市出身の北爪さんは「同郷ですね」と反応します。ただ、同郷というだけでは話がそれほど広がらず、北爪さん自身が笑いながらそれを認める場面もありました。
藤原さんが「自分のことを何屋さんと言うのか」と尋ねると、ちゃやさんは「言ったことないですね」と答えます。北爪さんが「茶屋さんです」と返し、名前から京都のお茶屋や茶道を連想する冗談で会場を和ませました。
女性誌を読む中学生男子は、どんな服を着てきたのか
藤原さんはこの回のテーマを「ファッション回」に定め、ちゃやさんにいつおしゃれに目覚めたのかを聞きます。三重県伊勢市出身のちゃやさんは、中学時代にはすでに、部活以外の時間に古着屋へ通い詰めていたといいます。
古着屋とか、そうですね、行けるお店行って、なんか買えないけど見るみたいなのをずっと繰り返してたのが中学時代ですね。
ちゃやさんの中学時代のスタイルはアメカジで、ナイキなどがブームの時期でした。珍しいのは、情報源が女性ファッション誌だったことです。
当時ジュディマリとかPUFFYとか好きで、(彼女たちが)載ってる特集は買うになると、だんだん女性のファッション誌買ってて。
ちゃやさんは、女の子のボーイッシュな着こなしも可愛いと思って見ていたそうです。藤原さんは「女性のファッション誌を買う中学男子は周りにいなかった」と驚き、先取りしていると評しました。
高校に入ると、ちゃやさんはパンクを聴き始め、短パンとオーバーサイズのTシャツという格好に変わります。聴いている音楽と服装がセットになっていたことを、ちゃやさん本人も大きかったと認めています。
安達さんからは、ちゃやさんが大学時代に一瞬だけ、アバハウスやPARCOに入っていたブランドや20471120 ── 1990年代に中川正博さんとLICA(リカ)さんが立ち上げた日本のファッションブランド。ブランド名は2047年11月20日という日付に由来し、原宿系のアバンギャルドなデザインで知られましたを着ていた時期があったという証言も出ます。
藤原さんは、当時の雑誌「東京ストリートニュース」に載る高校生の読者モデルが、襟付きシャツにスラックスのようなきれいめスタイルだったと振り返ります。ちゃやさんは、仲の良い同級生にその系統の友人はいたものの、自分はそちらを通らなかったと話しました。
ちゃやさんの服装の変遷を時系列で並べると、次のようになります。
この流れを受けて、藤原さんはきれいめの服を「流行」、音楽やスケボーやHIPHOPを「カルチャー」と分けて考えます。
(きれいめは)結構ファッションというか、流行りなんですよ。カルチャーじゃないんですよ。
藤原さんは、カルチャーを本気でやっている人たちはみんなおしゃれだと続けます。北爪さんも、音楽とファッションは結びついていると同意しました。
いかつい顔は、どうして亀仙人にたどり着いたのか
藤原さんは、おしゃれになる方法としてよく語られる着こなし術や色の合わせ方ではなく、安達さんとちゃやさん自身の転機を尋ねます。
安達さんが挙げたのは、自分のキャラクターがわかってきたことでした。高校時代はスピッツと同じ髪型で「可愛いキャラ」だったものの、坊主にしてみると、思っていたよりも顔がいかつかったといいます。
安達さんは、同じ頃にヒップホップを聴き始め、自然と服も大きくなっていったと振り返ります。最初は着させられている感じだったかもしれないが、それがキャラに合ってきたのかもしれない、という控えめな言い方でした。
北爪さんは、安達さんの顔を「マフィア顔」と茶化します。一方の藤原さんは、あと10キロ太ってスピッツ風の髪型にすれば、また可愛い路線にいけると返しました。
話題は、安達さんが最近している「亀仙人」の格好へ移ります。安達さんによると、きっかけは店で推している水餃子からの連想ゲームだったそうです。
水餃子
店で水餃子(ダンプリング)を推している
チャオズ
餃子から『ドラゴンボール』の餃子(チャオズ)になろうと思い、頭をつるっと剃ることを考える
断念
イラストを頼んだ相手から、チャオズを安達さんのキャラにはできないと言われる
亀仙人
普段の赤いサングラスと白いヒゲから、亀仙人のキャラに落ち着く
安達さんはクリリンでもよかったと言いつつ、白いヒゲがあるので亀仙人に決めたようです。藤原さんが「これから亀仙人で通すのか」と聞くと、安達さんは変遷していくかもしれないと答えました。
流行を追わなくなったのはいつから?
同じ転機の質問に、ちゃやさんはある時期から服で悩まなくなり、流行を追わなくなったと答えます。
服のことでいうと、あんまりどっかのタイミングからですね、悩まなくなったというか、流行を追わなくなったと思いますね。
ちゃやさんの場合、自転車を通じて交友関係が広がりました。友人の店や友人のブランドのものを選ぶうちに、好きな人たちが作る服で自然とスタイルが統一されていったといいます。
なんか友達たちにそのまま今のスタイル作ってもらったのかもしれないなとかすごいありますね。
藤原さんは、雑誌に載っているものを真似して買う段階を抜けることが大事なのかもしれないと受け止めます。
続いて、大学時代の北爪さんの話になります。上京してからも東京が怖く、雑誌で情報は得ていても買いに行くところまで踏み出せず、一度は浅草で観光だけして引き返したというエピソードが語られます。買い物は安い古着屋が中心で、「小汚い感じ」でいたため、かっちりした服は着たことがないそうです。
音楽の話では、B'zなどを聴いていた高校生が、隣の席の安全ピンを付けた同級生からセックス・ピストルズの映像を渡されて衝撃を受けたという話も出ます。こんな世界があるのかと思いながら自分では踏み出せず、モヤモヤしていたという内容です。
藤原さんは、こうした話を聞いて、やはり音楽はすごく大事なのだと実感したようでした。
スケボーもDJもライブハウスも、地方の若者はどこで出会うのか
藤原さんは、ストリーミングで音楽が流れてくる今は、自分からアーティストやミュージックビデオを取りにいく行為が減ったのではないかと問いかけます。そのうえで、スケボーのカルチャーは今もあると話を広げました。
東京都国立市出身の藤原さんは、自分が住んでいた多摩地域にはスケボーカルチャーがなかったと振り返ります。そのため、地方のほうがスケボーカルチャーがあるように感じるそうです。これに対しては、会場から「東京発信だと思う」という声も上がりました。
ちゃやさんは、伊勢にいた高校時代にスケボーをやっていたと答えます。安達さんは、伊勢が藤原ヒロシ ── 1964年生まれの音楽プロデューサー、ファッションデザイナー。裏原宿カルチャーの中心人物として知られ、多くのブランドやアーティストに影響を与えてきましたさんの出身地だと話をつなぎます。
安達さんによると、かつて藤原ヒロシさんが雑誌メンズノンノの後ろのほうで持っていたコーナーに載ったものは、必ず流行る時代だったそうです。ジーンズの2枚ばきが載った翌日には、高校の友人が真似をしていたという思い出も語られました。
では、みなかみ町の若者はどうなのでしょうか。ちゃやさんは、音楽はわからないとしたうえで、スキー場が多いため若い人たちはスノーボードやスキーに一生懸命だと話します。
みなみさんは、みなかみ町には大学がなく、大学生は高崎まで出てしまうと説明します。夜に遊べる年代がいないため、25〜30歳くらいの人たちがようやく何かを始めている状況だそうです。
松本については、安達さんが店でDJをしているボンバーくんのイベントを例に挙げます。ビートだけのイベントに20代前半の若者を出演させ、シーンを作っている印象があるそうです。
百瀬さんも、自身が関わるライブに高校生のバンドやDJが出てくれていると話します。
(高校生は)いろいろなライブハウスとか(に出ています)。
百瀬さん自身も、松本のライブハウスALEXやSONICに出ていたバンド経験者で、ロキノン系の全盛期の世代だといいます。一方で、みなかみ町にはライブハウスがなく、高崎まで行く必要があるそうです。
Mrs. GREEN APPLEを聴いても、服はおしゃれにならない?
藤原さんが「今の若者は何を聴いているのか」と尋ねると、百瀬さんは即答します。
Mrs.です。
藤原さんは、Mrs. GREEN APPLEを見て服を真似しようとはならず、ファッションとは関係ないのではないかと話します。ちゃやさんも「衣装な感じ」と応じます。百瀬さんが長野県内のアーティストとしてKing Gnuの名前を挙げると、安達さんもファッションとはつながっていないと同意しました。
ファッションとつながる音楽みたいなやつが結構入り口としてすごく最適なんじゃないかなと思って。
藤原さん自身、globeをよく聴いていたものの、いくら聴いてもおしゃれにはならなかったと笑います。スピッツについては、安達さんが髪型を真似し、フレアやブーツカットのような70〜80年代風のパンツも話題になりました。
安達さんは、自分がずっと探しているのは、この人かっこいい、真似したいと思える「ファッションリーダー」をどこに置くかだと話します。
藤原さんは、高校時代のファッションリーダーとしてキムタクの名前を挙げ、キムタクが着ているものは全部流行ったと振り返ります。しかし安達さんは、それより先に藤原ヒロシさんが紹介していたことで流行った面が大きいと指摘しました。
日本の作業着はなぜかっこよくならないのか
藤原さんは、ファッションリーダーがいないなら自分たちがなるしかないと言い出します。そこから、ブルーカラーの仕事着をかっこよくするという、この日の本題の一つに話が移ります。
安達さんは、アメリカのBen Davis、Dickies、Carharttを着て働く人たちは、日本人から見てかっこいいと話します。その作業着がファッションに降りてきているのに、日本の作業着はそうならないという問題意識です。
なんかその作業着業界に僕ずっとなんかこう違和感持ってたのが、そのどんどん細身になってるんですよ。
こっち上もなんかこう細身になっていってスタイリッシュになってるんですよ。あれ良くないよね。
北爪さんは、見た目の問題だけでなく、実用面の不満も付け加えます。
だからね、ズボン、サイドポケットも無くなりつつあるから不便なんですよね。
Carharttなどは、働く人が着て古くなってもかっこよく、古着として誰かに着られてファッションに降りてくる
細身でスタイリッシュな方向に進み、サイドポケットも減りつつある。古着として着回されることはまずない
安達さんは、ボロボロになったCarharttはかっこいいのに、日本の現業の人たちのジャケットが古着になることはまずないと話し、そこに「革命を起こしてほしい」と投げかけます。
藤原さんは、ただ同じシルエットのノーブランド品を作るのではなく、Carharttを取り入れていること自体にメッセージがあると考えます。
百瀬さんは、建設業などの現場はこうした作業着を求めているはずだと話し、自社の安全靴の例を紹介します。
うちニューバランスとミズノと今までなかったブランドが入って。ニューバランスとかもめっちゃみんな履いてるんですよ。
確かにかっこいいから、(社員が安全靴を)そのまま普段着で履いてるんですよ。
ベンデイビスをサンプリングした「マコトデイビス」とは
安達さんは、藤原ヒロシさんがポッドキャストで、ファン付きの作業服もかっこよくしたらいいと冗談半分に話していたことを紹介します。そうした発想を本当に形にしてリリースするのが藤原ヒロシさんのやり方だとしたうえで、自分も現業の人の服をプロデュースすれば、そちらに近づけるかもしれないと話します。
ここで安達さんがこの日着ていた服が「マコトデイビス」だと明かされます。Ben Davisをサンプリングした名前ですが、デザインはオリジナルです。
安達さんによると、マコトデイビスは「インプレストア」インプレストアというブランドに依頼して作っているそうです。シャツはオリジナルの形で作り、短パンは既存の形にオリジナルのタグを付けています。長袖やロング丈も作れるといいます。
北爪さんが何着から注文できるのかと聞くと、安達さんは何着からでも作れるものの、数が多いほど単価を下げられると答えます。100着や200着作れれば価格を抑えられるという話に、藤原さんは「3社合わせたら200着は余裕」と乗ってきました。
北爪さんは、元ネタを知っているからこそできる「ひねり」に価値があると話します。
この小穴っていうかさ、ちょっとひねりはさ、知ってないとできないじゃない。ベンデイビスっていうのはこうでっていうのがわかってて。で、ひねるじゃん。
安達さんは、会社の作業着として使うなら、表に大きく出すのではなく裏側やタグにマコトデイビスが入っていればよいと話します。これまでの肩書きは「オーナーシェフ」でしたが、名刺を「ファウンダー・クリエイティブディレクター」に変えようかと考えているそうです。付けすぎかとも思うものの、それが仕事につながったらいいという前向きな言葉でした。
カルチャーを知らずに育った世代は、何を見ていたのか
藤原さんに促され、ちゃやさんはみなかみ町の施設を紹介します。最初に訪れやすいのは、上越新幹線の上毛高原駅にあるコーヒースタンド「イヌワシストア」イヌワシストアです。
そのほかに、温泉宿「真田沢のテラス」と、キャンプ場とカフェの「土合ビレッジ」があるといいます。
安達さんは、みなみさんのファッション遍歴も聞きたいと話を振ります。みなみさんは、自分は出演者たちより少し下の「失われた時代」の世代で、ここまで語られてきたような流れがないと話しました。
みなみさんは小学生の頃から雑誌『Seventeen』を読んで育ったそうです。ただ、そこから何のカルチャーも吸収できておらず、北川景子さんや榮倉奈々さんを見ていたという思い出しかないと振り返ります。
安達さんが、なぜカルチャーを語るちゃやさんに惹かれたのかと尋ねると、みなみさんは、最初は「カルチャー」や「コミュニティ」という言葉の意味すらわからなかったと答えます。
みなみさんは、名古屋の自転車店の仕事を手伝ううちに、そうした概念を説明しようとする会社に触れ、ようやく理解できてきたといいます。今でも自分から取りに行ったり作ったりするわけではありませんが、アメリカの自転車コミュニティの温かさのようなものはわかるそうです。
藤原さんは、みなみさんの感覚に「すごいよくわかる」と共感します。藤原さん自身も、かっこよくなりたいという気持ちから、今もそうした場に足を運び、研究しているのだと話しました。
カルチャーに触れる「賞味期限」はあるのか
みなみさんの話を受けて、藤原さんは、カルチャーに触れるには年齢的な期限があるのではないかと切り出します。
何歳までに触れないと、もう多分それ以上成長しても、触れてもアンテナが響かない。
安達さんも、Mrs. GREEN APPLEや藤井風を聴こうとしても入ってこず、すぐ止めてしまうと打ち明けます。個人の好みだと断りつつ、大人になってから新しい音楽はなかなか入ってこないという実感でした。
反対に藤原さんは、ヒップホップを聴きたいのに聴き込めないと話します。
どうしても聞き込めないっていうか、体重が乗ってかないんですよ。
一方、ちゃやさんの悩みは逆で、いろいろなものに手を出してきたからこそ、どれか一つに定まらないといいます。
僕は多分全部食いすぎてどれにも定められないんですよ。
藤原さんはここで、表面を真似る「スタイル」と、カルチャーが体に染み込んだ「スタンス」を分けて整理します。ファッション誌やテレビを真似るのはスタイルで、パンクやスケートボードやヒップホップに深く触れた人はスタンスまで行っている、という見立てです。
ファッション誌やテレビで見たものを表層的に真似すること
パンク、スケボー、ヒップホップなどのカルチャーが自分の中に浸透し、キャラクターや服装が必然的に決まっていく状態
藤原さんの考えでは、カルチャーが入り口になってスタンスが生まれると、その人のキャラクターや服も自然と決まっていきます。
みなみさんは、そうした入り口がある人をうらやましく思うと話します。入り口がないので、どこから入ればよいのかがわからず、時間がかかったそうです。今は自分の心地よさが自分のスタイルでいいと思えるようになったといいます。
みなみさんは、25歳より前の自分の服装を「教科書のない中での自分なり」で、振り返るとめちゃくちゃだと笑います。ただし、痛いほど振り切ってもいないそうです。中心軸がないので、少しずれていて何かが気持ち悪いと思いつつ、当時はそれがいいと思っていた、という独特の感覚です。
安達さんは、その感覚が自分にはよく理解できていないと率直に認めます。みなみさんも、夫婦の間でこうした話をすり合わせたことはなく、今初めて話している気がすると話しました。情報量が多く、音楽ジャンルも細分化された時代の話としてまとまったところで、公開収録は締めくくられます。
まとめ
ちゃや夫妻と安達さんを迎えたこの回は、若い頃の服と音楽の遍歴を振り返りながら、好きなカルチャーが服を決めていくという感覚を、世代による違いも含めて掘り下げる雑談になりました。作業着を再発明する「マコトデイビス」の構想も飛び出し、昔話にとどまらず、今の仕事にどうつなげるかという話にも広がっています。
- ちゃやさんは、女性誌、パンク、自転車を経て、友人のブランドで今のスタイルができていった
- 安達さんは、いかつい顔というキャラの自覚から、水餃子の連想で亀仙人スタイルにたどり着いた
- 細身化してポケットも減る日本の作業着に対し、Carharttのように古着になってもかっこいい服を目指す「マコトデイビス」が登場した
- 藤原さんは、カルチャーに触れる「賞味期限」と、スタイルとスタンスの違いを提示した
- みなみさんは、カルチャーの入り口がなかった世代の感覚を語り、出演者との違いが浮かび上がった






