Retreatはどんなグループ旅行事業なのか
山田俊輔さんが経営するRetreatは、企業やコミュニティのグループ旅行を斡旋する事業です。山田さん自身は「一言で言うと、グループ旅行の斡旋の事業」と説明しています。
Retreatが旅行業に入ったのは、コロナ禍が終わったタイミングでした。当時、ホテル側は個人客だけでなく、グループ向けの大きな案件にも力を入れるようになっていたといいます。
同じ時期にリモートワークが広がり、オフィスを持たない会社が増えました。オフィスを持たない代わりに、社員がホテルに集まるオフサイト ── 社員がホテルなどに集まって行う合宿型の社員旅行やミーティングのこと。リモートワークの普及で、対面の機会として重視されるようになりましたを開くトレンドが生まれ、Retreatはそこをプラットフォームとして押さえる形で参入しました。
現在のRetreatは企業向けにとどまらず、さまざまな団体やコミュニティの旅行も扱っています。フォロワーの多いインフルエンサーがファンと一緒に行く旅行を商品化する支援まで手がけているそうです。
2015年のサンフランシスコで何を見たのか
山田さんは新卒で入ったソフトバンクを1年ほどで辞め、2015年、23歳でサンフランシスコに渡りました。当初はシリコンバレーを見ておきたいという、観光に近い気持ちだったといいます。
それまで山田さんが抱いていたシリコンバレーのイメージは、FacebookやGoogle、Appleのような巨大企業でした。一人の天才が生み出す、百年に一度の奇跡のような会社だと思っていたそうです。
ところが現地で山田さんが目にしたのは、上場前のユニコーン企業だったAirbnbやUber、Dropboxが街を盛り上げる姿でした。知らない人の家に泊まる、知らない人の車に乗るという体験に、本当に世界を変えていると感じたといいます。
(Airbnbのようなサービスは)自分らでもなんか作れそうなアイデアだったっていうか、なんかすごい身近なアイデアだったなと思ってて。
こういうアイデアでも、なんか世の中変えられるんだとか、なんか世界で使われるサービスって作ることできるんだっていうのが、なんか僕はすごい希望でしたね。
身近なアイデアでも世界は変えられるという発見が、山田さんがアメリカでの挑戦を志すきっかけになりました。
フードコートの残飯と、溶けた歯
サンフランシスコで山田さんは、起業を目指す日本人が集まるシェアハウスTechHouseで、後にAnyplaceを立ち上げる内藤悟さんと出会います。しかしお金が尽き、フードコートの残飯でしのいだ時期もありました。
山田さんによれば、現実は残飯以上に厳しいものでした。Amazonが無料で開いていたコワーキングスペース「Pop-Up Loft」では甘いものだけが無料で出されていて、コーラやお菓子ばかり食べていたといいます。
お金なくて、まあ残飯も食ってたんですけど、もうなんかそこで甘いものばっか食ってて、僕最終的に歯溶けてましたから。
そんな状態でも周りの助けを得られたのは人柄のおかげでは、と問われた山田さんは、意外な答えを返しました。
だから、それでもいけたって思ってほしいです、むしろ。人間性が超低くてもいけたっていう。
一度日本に帰った時期を、山田さんはどう振り返るのか
最初の渡米の後、山田さんはビザが切れて日本に戻りました。アメリカに残る理由も探せばあったはずなのに、その小さな可能性を見出せなかったといいます。
帰国後の山田さんはフリーランスエンジニアとして稼いでいました。プログラミングを自分で学んだことで、食いっぱぐれないという自信はついたそうです。
(あの時期は)なくてもよかったって今めっちゃ思いますね。やっぱあの時期なくてもっと多分しがみついて、アメリカ残るだなっていうのは思っちゃいました。
人生全体で見れば結果的に意味はあったとしつつも、山田さんは「後悔してるかもしれない」と率直に語っています。
最初の顧客はLinkedInの地道な営業から
再びアメリカに通い始めた山田さんは、グリーンカード ── アメリカの永住権のこと。抽選で発給される枠があり、山田さんはこの抽選に当選していますの抽選に当たり、2019年頃に移り住みます。2020年に作ったオンライン通話のサービスはアクセラレーターLaunchに選ばれたものの失速し、2021年の終わりからRetreatに切り替えました。
Retreatの最初の顧客は、LinkedInで見つけました。ターゲットは人事部門の責任者で、アメリカの人事は採用を担う部署と、従業員のROIを高める「ピープルオプス」に明確に分かれているといいます。
ピープルオプスの担当者は、コロナ禍でリモートになると、社員を対面でまとめるオフサイトを任されるようになりました。山田さんはこの層に1日数百件とメッセージを送り、アポイントを取る中で顧客を見つけています。
リストづくりには、月110ドルほどのLinkedInセールスナビゲーターを使いました。送れるメッセージには上限がありますが、クレジットなしで送れるオープンプロファイルの人事担当者が多く、そうした人を地道に探したそうです。
でもその一日それしかないですよ。朝起きてLinkedIn見て、LinkedInで終わるっていう。
送ったのは1日100件前後、多い日は200件ほどで、確認したプロファイルは数百件にのぼったといいます。
返事が来るコールドメールの書き方とは
知らない相手にいきなり送る営業のメッセージは、コールドメールと呼ばれます。山田さんは、アポを取る段階では売り込みではなく、アドバイザーになってほしいというオファーを送ったといいます。
当時の山田さんはカスタマーアドバイザリーボード ── 顧客候補に助言役として参加してもらう仕組み。製品への意見をもらいながら関係を築く狙いがありますとして、わずかな株式を提供する代わりにアドバイザーになってもらう形を取りました。ミーティングの中で、相手の現状や課題を聞き出していたそうです。
山田さんはもう1つのコツとして、スクロールせずに読める範囲に簡潔に書くことを挙げます。そこに入れる要素を整理すると、次の流れになります。
結構そう、リプライYESとかでも良かったりしますね。だから一旦メールが返事したらそこから続いたりするんで。
アメリカで会社を回すには日常を溶け込ませる
アメリカで起業するときに押さえておくべきこととして、山田さんは日常を挙げます。自分の日常にアメリカを溶け込ませないと、消費者向けのアイデアやマーケティングの発想は浮かばないといいます。
企業向けの事業でも、山田さんは現地で周りの人と食事をしながらビジネス感覚を養うことが大切だと考えています。問題と解決のロジックは日本からでも組み立てられますが、差が出るのは細かなところだからです。
でもやっぱ差が出るのってすごい些細なところだと思うんですよね。
Retreatのチームは現在11人で、そのうち日本人は3人です。マネジメントで一番苦労しているのは時差だといい、英語についてはGoogleのリアルタイム字幕にとても助けられているそうです。
英語のキャッチアップでは、山田さんはミーティングをすべて録音し、後からフォローアップしていました。アメリカ人の倍ほどの時間を1つのミーティングに使っていたといいます。発音を厳しく指摘された時期には、ペイジさんという先生をつけていたそうです。
供給ベースではなく、検証を重ねるプロダクトづくり
アメリカ向けのプロダクトづくりで、山田さんは作り手が供給ベースで考えがちな点に気をつけています。作れるもの、あったらいいものではなく、需要をもとに検証することを重視しているといいます。
RetreatはマネタイズモデルをSaaSモデル ── ソフトウェアを月額などの定額課金で提供するビジネスモデルからトランザクションモデルに変えたこともあり、その際もABテストを丁寧に行ったそうです。対象が5と5の少数でも、結果は大きく変わることがあるといいます。
ユーザーインタビューでも、山田さんは1週間のうち5つのミーティングと別の5つで話し方を変え、結果を見てスライドを毎週改善しています。社員のミーティングの録音をもらい、AIも使ってレビューしているそうです。
日本人と現地の感覚の差については、細部には出るものの、人間の本質はあまり変わらないと山田さんは考えています。人がどうすれば動くのかを描いた本に感銘を受けたといい、誰にとっても変わらないものを大事にしたほうがよいと話しています。
資金調達はうまくいっている時に、人脈はアクセラで
資金調達のタイミングについて、山田さんは「うまくいっている」と感じたその瞬間に調達すべきだと言います。好調は続くと思いがちですが、続く保証はなく、続けるためにこそお金が必要になるからです。
投資家との接点では、アメリカで発達したアクセラレーターに積極的に応募することを勧めています。Y Combinator ── シリコンバレーを代表するスタートアップ支援プログラム。少額出資と引き換えに、短期集中の育成とネットワークを提供します以外にも、分野ごとのニッチなプログラムが山ほどあるといいます。
山田さん自身も、出資の有無にかかわらず多くのプログラムに入りました。YCの元パートナーのダニエル・ロスさんが作ったPioneer、ジェイソン・カラカニスさんのLaunch、出資のないMercury Raiseなどです。Mercuryからは、Mercuryのオフサイトを紹介してもらったこともあったそうです。
アクセラレーターで一番得られるものは人脈だと、山田さんは言います。
(僕は)現地の学校に行ったわけでもないし、スタンフォード出たとかでもないし、現地の会社に就職したわけでもないんで、やっぱ何もないんですよね、人脈が。
人脈を「繋ぐ」のではなく「育てる」
山田さんは、人脈を繋ぐことと育てることは違うと考えています。人脈を育てるとは、全力で相手のためになることだといいます。
引っ越しを手伝う、困りごとに人を紹介する、日本旅行のおすすめの店を教えるといった小さなことでよいそうです。山田さんはサンフランシスコのおすすめの日本料理店もよく送っているといいます。
具体例として山田さんが挙げたのは、ある著名なシードVCのLP ── ベンチャーキャピタルのファンドにお金を出す出資者のこと集めを手伝った話です。Retreatに出資しているVCではありませんでしたが、東京で2日ほどLP候補を一緒に回り、プレゼンを手伝ったそうです。
その結果、そのシードVCは山田さんたちを信頼し、案件や人を積極的に紹介してくれるようになりました。
本当アメリカ人にできないことで、僕らは彼らに貢献できたなっていうのはあって。
ただし山田さんは、見返りを期待して動いたわけではないと強調します。出資や紹介を求めず、テイクしようと思わないギブを意識していたといいます。
採用は紹介と「先に一緒に働く」ことから
Retreatの採用は、紹介や紹介の紹介が中心です。友人のエンジニアからバングラデシュの人材を紹介してもらい、そのバングラデシュの社員からさらに紹介を受ける、といった形だといいます。家族に手伝ってもらっていた時期もあったそうです。
採用の判断で山田さんが意識しているのは、採用前に一緒に仕事をすることです。グロースを担う社員は、以前Retreatが顧客として取引していたハイアットの担当者で、ヘッドハンティングしたといいます。
エンジニアの採用でも、お金を払ってテストプロジェクトに取り組んでもらい、仕事ぶりを見てから決めています。リモートでは結果しか見えないため、この点を大事にしているそうです。
ビザと会社設立で舐めてはいけないこと
ビザについて、山田さんはグリーンカードの抽選には毎年申し込んだほうがよいと話します。山田さん自身もグリーンカードに当選しています。
一方で、ビザには甘い話が多いと山田さんは注意を促します。「ビザを取らなくても働ける」といった話に乗らず、信頼できる移民弁護士に頼むべきだといいます。
変な弁護士やるとしくったりするんで、やっぱり、それこそがクレディビリティ、ちゃんとした知り合いの、取るところ信頼のある、やっぱ弁護士とか移民弁護士に頼む。
Retreatの実務を支えるツールや専門家は、次のように分担されています。
| 領域 | 使っているもの | 山田さんのコメント |
|---|---|---|
| 法人設立 | Stripe Atlas | 一瞬で、誰でもできる |
| 法務 | TMI(弁護士) | スタートアップフレンドリーな価格 |
| リモート採用 | Deel | すごく便利 |
| 税務 | 日本人の会計士 | 毎月の試算表を作り投資家に報告 |
なお番組では、グリーンカードの抽選によるビザについて、2025年12月にアメリカ国務省が発給を一時停止したと補足しています。応募前には国務省の最新情報の確認が必要です。
日本人であることは「キラカード」になる
アメリカに行って山田さんが初めて気づいたのは、日本人であることが自分のアイデンティティになるということでした。日本にいれば当たり前のことが、アメリカでは有利に働く場面が多いといいます。
何も持たないで行ったように見えて、手札めちゃくちゃ持ってたみたいな状態だったりするんですよね。
あえて日本人と関わらないやり方もあると認めつつ、山田さんは大きなことを成し遂げるなら全部のカードを使うべきだと考えています。自分がどの手札を持ち、どう増やすかを考えることが大切だといいます。
世界で勝負する面白さについて、山田さんは2つを挙げます。ニッチな新しいものでも受け入れる市場があり、TwitterやAirbnbのように小さな体験から市場を広げられること。そして世界一の会社を目指せることです。
夢を追うにはやっぱ夢の国なんで、本当にいろんな人が夢を叶えてきている夢国ではあるんで、そこはすごいダイナミズムあるなと思いますね。
中でもシリコンバレーを選ぶ理由は、特異なアイデアにもお金と人が集まる、受け入れる土壌があるからだといいます。
失敗の多い場所で、自分を責めない
失敗の多いシリコンバレーで生き残るために、山田さんは自分を責めないことを挙げます。うまくいかない時は自己嫌悪に陥りがちで、周りでも精神を崩してしまう人が何人もいたといいます。
山田さんが勧めるのは、挑戦して失敗している自分を、他人を見るような目線で見ることです。後輩や同期が挑戦して失敗していたら、多くの人はかっこいいと思い、応援したくなるはずだからです。
ただし、なぜダメだったのかは猛省すべきだとも付け加えています。反省はしても、自分をダメだと思わないという線引きです。
それでも続けられる理由は何か
山田さんは10年以上、アメリカでの挑戦を続けてきました。若い頃は夢と勢いで走れましたが、今は投資家やチーム、顧客の期待に応えたいという気持ちが、辞めない理由の大きな部分を占めているといいます。
ユニコーンを作れない人生、プロダクトを世界で成功させられない人生は認めたくない、という強い感情も山田さんにはあります。
世界で成功したいと思う原体験について、山田さんは人生の主人公は自分だという考えを挙げます。「普通ならこうする」は誰かの人生であり、自分はかっこいい人生を歩めているかを常に問い直しているといいます。
周りで辞めていく人を10年見てきて、山田さんは続けること自体が難しく、だからこそ続けられる人にはアドバンテージがあると考えるようになりました。近くで絶対に諦めない内藤さんの存在も、大きな支えになっているそうです。
週末の過ごし方と、まだ見ぬホッケースティック
山田さんはこの4年間、毎週土曜日にメンバー一人ひとりへのフィードバックを書き続けています。休みという感覚はあまりなく、土曜日はチームのレビューの時間にしているといいます。
趣味も家庭もない山田さんは、日曜日には内藤さんの本の手伝いや、起業家のメンタリング、Launchのプログラムなど、自分の価値を発揮できるボランティアに時間を使っているそうです。
これまで50以上のサービスを手がけてきた山田さんですが、Retreatで「これはいける」と確信した瞬間はまだないといいます。3〜4ミリオンほどのトランザクションは作れていても、急成長を示すホッケースティックの曲線はまだ見ていないそうです。
1日100件前後の営業メッセージを送り続けた行動量の源を聞かれると、山田さんは短く答えました。
杞憂とプレッシャーとの付き合い方
海外に出る前の自分に声をかけるなら、お金の心配はしなくていいと山田さんは言います。お金や家、友達、英語といった個人の問題は、なってから大体解決できるからです。
(海外に出る前は)杞憂めっちゃ多かったみたいな。うまくいかなかったらどうしようとかもそうですけど。
プレッシャーについては、自分にあえてかけるタイプだといいます。とはいえ資金の残高が減っていく時は胃が痛いと認め、考えても仕方ないことはすぐ切り替えるようにしているそうです。
アメリカに残る人と帰る人を分けるもの
アメリカに来ても帰っていく人は多くいます。山田さんは、チームや投資家、顧客など、人間関係の中で現地との接点が常にある人は残りやすいと考えています。
山田さんの勧めは、こうしたステークホルダーとの関係を先に作ってしまうことです。後戻りできなくなるからだといいます。
これから海外に挑戦する人へのメッセージは明快でした。日本に一時帰国していても、アメリカにいる時のほうが戦場に戻った臨戦態勢を感じるといいます。
まとめ
山田俊輔さんの11年は、身近なアイデアでも世界を変えられるという希望から始まり、困窮や一時帰国を経て、圧倒的な行動量と人とのつながりでRetreatを形にしてきた歩みです。営業、資金調達、採用、ビザの実務には、どれも地道な検証と信頼の積み重ねが通底しています。
- コールドメールは売り込みではなくオファーで、ファーストビューに信頼性・問題・対価・簡単な依頼を収める
- 資金調達は好調を感じた瞬間に行い、ニッチなアクセラレーターにも積極的に入って人脈を得る
- 人脈は見返りを求めず全力で相手のためになることで育ち、日本人であることも強い手札になる
- ビザは甘い話に乗らず信頼できる移民弁護士に頼み、最新情報を専門家に確かめる
- 個人の不安は杞憂が多く、現地との関係を先に作って一日でも早く飛び出すことが大切



