西日本の人は名前を「子」抜きで呼びがち?という自論
冒頭でオカジュンさんが持ち出したのは、長年あたためてきたという1つの仮説です。西日本の人は名前を略して呼びがちというものでした。
オカジュンさん自身、本名は「純子」ですが、子どもの頃から親も親戚も友達も、初期設定として「純子ちゃん」ではなく「純ちゃん」と呼んできたと言います。
ところが大学で出会った人たちは、初期設定が「純子ちゃん」だったそうです。仲良くなって砕けてくると「純ちゃん」と呼ぶ人も出てくる、という順番でした。
そういうもんだなと思ってたら違ったんですよ。
小学生の頃、少女漫画好きだったオカジュンさんは、名前の「子」まで呼んでもらえることに特別な意味を感じていたと振り返ります。
私にもし将来恋人ができたら、純ちゃんじゃなくて純子ちゃんって呼んでもらおうっと、みたいな感じで思ってたんですよ。
大学を卒業して岡山に戻ると、新たに出会う人はみんな初期設定が「純ちゃん」に戻ったと言います。「純子ちゃん」と呼ぶのは、身内に同名の人がいて区別するためといった特殊な事情がある場合だけだったそうです。
周囲を見ても、「リエ子ちゃん」「さくらちゃん」と、子や最後の音まできちんと呼ばれている子が多かったとオカジュンさんは観察しています。
仮説を「ゆる言語学ラジオ」に送ってみたい
この自論について、東京から岡山に来た人に話したところ「確かに」と大発見のように反応してくれたそうで、オカジュンさんは「証言者は1名います」と語ります。
今回はAIにも尋ねてみたと言いますが、地域差を示すはっきりしたデータはない、という答えが返ってきたそうです。
これ、ゆる言語学ラジオあたりに送ってみようかな。
番組内でも触れられていないか探したものの見つけられなかったとして、オカジュンさんは「研究があるよ」「それはあなたの主観では」といった意見や感想を広く募集していました。
リスナーからの感想紹介──「同い年で歌人を目指す人」との出会い
番組は、Xフォロワー数の発表から始まります。この日は104人で、前回から14人増えたと報告されました。数字の発表は、別番組にならった演出だと語られています。
ここからは、寄せられた感想の紹介です。第1回「本当に無理なのかな?」の回には、ざっこく。さんからSpotifyコメントが届いていました。芥川賞を目指す姿勢やBGM、アートワークを絶賛する内容でした。
オカジュンさんは、雑穀さんが同い年で、40代半ばになって歌人を目指しているという点に強く共感していました。
私は作家に、雑穀さんは歌人になろうとしているというところから、もう似たところを感じ、知り合えてとても嬉しいです。
第9回「愛しさと切なさと心強さと」の回には、sottoさんがXで「オンラインの人格は統合したい」「冒頭の相方はワンコインで手に入れた」と感想を寄せていました。オカジュンさんも「私も人格は統合したい」と応じています。
岡山を好きになった人からの便り──美観地区という避難先
「ネガティブケイパビリティを鍛えよう」の回には、山村達也さんから、岡山県浅口郡に友人がいるので行ってみたいというコメントが届きました。
浅口郡(現在は浅口市)は歌手・藤井風さんの出身地の近くだとオカジュンさんは紹介し、ぜひ岡山へ、と歓迎していました。農作業の手伝いにも興味があると語っています。
同じ回にはジョンさんからも初コメントが届きました。祖父母が笠岡出身で、仕事が嫌になると弾丸で美観地区へ行くほど岡山が好きだという内容でした。
オカジュンさんは、美観地区は誰にでも間口が広い土地ではないものの、好きになった人はとことん好きになる街だと語ります。自身も「ビビビ」ときた一人だと言い、ジョンさんに感覚の近さを感じていました。
これだけ人がいたら半分くらいには勝ってるだろうっていうのが面白い。ネガティブなのかポジティブなのか。
前回のゲスト・シュウさんからは「会話のドライブ感を思い出した」というXの投稿があり、店長さんからは「空気椅子の意味を勘違いしていた」という共感のコメントが寄せられていました。
ミーハー心で入った学会が、文化祭みたいに楽しかった
ここから本題です。オカジュンさんは、前回予告していた学会参加の感想を語り始めます。
心理学の学会員になれてまだ2年目だというオカジュンさん。大学院での研究歴や先生の推薦がない中、国家資格を取ったからには学会に入りたいという「ミーハー心」で入会したのが正直な動機だと明かします。
行く前は、難しい言葉が飛び交い、半分くらいわからないのでは、とイメージしていたそうです。ところが実際は、思っていた以上に楽しかったと言います。
例えるなら、高校とか大学の文化祭、学園祭みたいな感じ。
1つの大きな建物の中で、小さな部屋では事例発表、大講堂では偉い先生のスピーチ、廊下ではポスター発表と、同時にいろいろな発表が行われている。歴の長い先生同士が廊下で立ち話をしている。その光景が普通に楽しかったとオカジュンさんは語ります。
昔から授業中に眠くならないタチで、生徒と一緒に受けた講義で「授業中に寝たことがない」と話したら、精神科医の先生に心配されたという余談も添えられました。
私、若干それ(研究発表)をエンタメとして摂取してるような。
一人の人間を大人が何人も集まって考える「美しい光景」
オカジュンさんが心に迫ってきたと語るのが、事例発表の内容です。ある事例は、心理臨床家が4年かけて1人の相談者と150回面接した記録だったと言います。
心理学は「人間とはこうだ」という一般的な法則を見出す場所だと思っていた、とオカジュンさんは振り返ります。ところが実際はむしろ逆でした。
一人の人の事例を大人が何人も集まって、その一人の人間のこの発言ってこうなんじゃないかを延々考えるんですね。
そもそも「人をわかるって何なんだろう」という、答えのないことをみんなで考えている。その光景がとても美しく、見ているだけで来てよかったと思えたとオカジュンさんは語ります。
大きいフロアで質問する先生方の言ってる言葉が、もう小説家みたいなんですよ。
自分はそんな美しい言葉を紡ぎ出せなかった、という無念も口にします。ほかの先生に相談すると「そんな美しい言葉で言わなくていい」と励まされたそうですが、それでも先生方の言葉の美しさが印象に残ったと話します。
共感ではなく「目撃」──簡単に理解しない専門家という仕事
学会では、心理職の仕事そのものを問い直すような議論も交わされていました。「あなたの痛みは私にもわかる」と共感することさえ、暴力になりかねないという話です。
では相談を受ける側は何をすればいいのか。オカジュンさんが受け取ったのは、共感ではなく「目撃」というキーワードでした。
共感じゃなくて目撃、一緒に見つめ続ける、そこにとどまり、目撃し、共にいること。
「あなたのことがわかりました」ではなく「まだわかろうとしていますよ」と、そこから逃げずにいること。それが心理の仕事なのかもしれない、とオカジュンさんは解釈します。
相談者は、家族と暮らしていても誰にも話せないものを抱え、その悩みに関しては孤独になっている人たちだと言います。社会から切り離された人にとって、最後まで「わかろうとする人」でいることの意味が語られました。
守秘義務と論文の壁──フィクションで事例を残せないか
オカジュンさんが特に伝えたかったのが、心理臨床の論文が抱える難しさです。学術論文は複数の研究者による査読を経てようやく掲載されますが、心理臨床には守秘義務があります。
相談内容をぼかして書いても、その事例を表したことにはならない。かといって発表を諦めるのはもったいない。相談の中で起きた臨床にとって大事な知見が、無念のまま埋もれてしまうことがよくあると言います。
そんな中、オカジュンさんが「ミーハーに追いかけている」という好きな先生が、この壁に立ち向かっていました。エスノグラフィーやフィクションの記述の仕方を、研究として認められないかという問題提起です。
フィクションのまま査読を通過すれば論文になるのではないか。どうにか後の世代に知見を残そうという姿勢に、オカジュンさんは先進的だと感動していました。
つまり論文って何なんだろう、研究って何なんだろうっていうところまで熱く議論していたんですね。
心理学のど真ん中が、とても文学的だった
自分でその世界に足を踏み入れておきながら、心理学は「こういう人はこうだ」と型にはめて見るものだと思っていた、とオカジュンさんは言います。ところが行ってみると、とても文学的でした。
今の型ではこういう人を取りこぼしてしまう、となったら、型のほうを変えようとしている。人間を研究の型に合わせるのではなく、一人の人間さえ切り捨てないその姿勢に、オカジュンさんは感動を覚えたと語ります。
人間を一般的な法則や型に当てはめ、「こういう人はこうだ」と分類して見る学問
一人の事例を切り捨てず、必要なら研究の型そのものを変えようとする、とても文学的な営み
少年院や刑務所で更生プログラムに関わる人、児童相談所の人の話も聞いたと言います。学校や病院で関わっていた相手が、社会の多くの人から見えなくなった後も、誰かがその心の問題を担っている。それが見えて「ちゃんとそこにいたんだ」という気持ちになったそうです。
前回、ゲストのシュウさんから「自分の内側ではなく外側に解決策を求めているように見える」と指摘されたことにも、オカジュンさんは触れます。やりたいことは外から答えをもらえるものではない、と一度は納得したと言います。
学問を信用する理由は、答えではなく「積み重ね」にある
よく考えると、自分は学問をかなり信用しているとオカジュンさんは気づきます。ただしそれは、学問が正解を知っているからではありませんでした。
誰かが「人間はこうだ」と言えば、別の人が「本当か」と調べ、批判し、反対意見が出ればまた考える。必要なら研究方法そのものまで疑う。その面倒くささを何十年、何百年と引き受け、知のバトンを手渡してきた。オカジュンさんが信用しているのは、その一連の流れでした。
答えは究極的には出したいけれど、その前にある面倒な手続きや、研究者たちが汗水垂らしてきた過程そのものを信用して勉強したいのかもしれない。オカジュンさんはそう自分を分析します。
何屋さんなんだろう──進路に迷っていた自分
最近のオカジュンさんは、論文を書けば、と研究テーマを渡してくれる人と多く知り合ったと言います。どれも面白そうだけれど、興味が湧きすぎて、どちらに進むかわからなくなっていました。
番組名は『オカ純文学 心理百景』で、第1回から芥川賞を目指すと掲げています。それでも「結局私、何屋さんなんだろう」という迷いがあったとオカジュンさんは打ち明けます。
論文に全振りして大学に入り直す道を提案してくれる人もいたそうです。時間を1つに決めたほうが「ちゃんとしてる人っぽい」と、少し悩んでいたと言います。
個人的なことは社会的なこと──「私はこうだった」を投げる
そんな迷いに答えをくれたのも、学会でした。学問そのものが境界を広げようとしていた。誰かの観点を書くこと自体が、社会への働きかけになるという気づきです。
とても個人的だと思って口をつぐむのではなく、それを社会に投げること自体が何かにつながるかもしれない。心理学者の河合隼雄先生も「事例とは文学的なものである」と語っていた、とオカジュンさんは紹介します。
これで自分の中のやってきたことがつながった、とオカジュンさんは語ります。どんな仕事をしていても心理臨床家であろうと方向転換し、一個に決めなくていいのかもと思えたそうです。
そもそも人間とはみたいなことをずっと考えてるなら、何してたって考えてりゃいいじゃんっていう感じで。
このポッドキャストも同じだと言います。1人の超個人的な目を通して見たことを聞くことで、その後にいろいろな社会が見えてくる。まさに「心理百景」だと語られました。
文学を思い出した──これから何者になるかはわからない
40代独身女性はこうだ、心理職とはこうだ、人間とはこうだ、と言わなくていい。オカジュンさんが言えるのは「私はこうだった」ということだけだと語ります。
私に言えるのは、私はこうだった。それをもうポンと出す。
受け取る人がどう取るかはわからない。それは受け手側の問題で、そこから何かが次へ渡っていくかもしれない。この番組もそういう番組にしていけるかもしれない、とオカジュンさんは展望を語ります。
これから何者になるのかはまだわからない。しばらくは全部やっていくと思う。自分が考えたことを言葉にしてポンと出してみるので、これからも一緒に見てほしい。そう呼びかけて、この回は締めくくられました。
まとめ
名前の呼び方をめぐる自論やリスナーの感想紹介から始まったこの回は、参加した心理学の学会でオカジュンさんが得た大きな気づきへとつながっていきます。学問のど真ん中で「文学」を思い出し、進路の迷いに1つの答えを見つけるまでの自己確認の回でした。
- 西日本では名前を「子」抜きで呼びがち、という自論を発表。データはないが「証言者1名」と共感を募った
- 心理学の学会は文化祭のように楽しく、1人の事例を大勢で延々と考える「美しい光景」に感動した
- 心理職とは「簡単に理解したことにしない専門家」であり、共感ではなく「目撃」して共にいる仕事だと解釈した
- 守秘義務で埋もれる事例を、フィクションやエスノグラフィーで残そうとする議論に、学問の文学的な側面を見た
- 個人的な経験を社会に投げること自体が働きかけになると気づき、「私はこうだった」を発信する番組として続けていく決意を語った






