睡眠を削ると良い作品は作れる?
この回の最初のお題は「睡眠を削ると良い作品が作れると思いますか?」でした。AIの結論はシンプルに「作れません」です。
最近はショートスリーパーをめぐる話題がネット上でよく盛り上がっています。箕輪さんは、睡眠や野菜のような話題は誰でも参加できるから、ネットミーム化しやすいと話します。
睡眠とかさ、野菜とかさ、みんな好きよね。なんかネットミーム化しやすくない?みんな関わるから。
箕輪さんは、何でもいじる自分がこの件では一言もツイートしていないと明かします。理由は、相手が本当に気に病んだり危ない行為に及ぶ可能性を心配したからです。
ツイートして煽ってたら、なんか取り返しつかないなと。
面白いと自分では思ってるかもしれないが、1万回ぐらい言われてるんで。全然面白くないんですよね、きっと。
寝ないで頑張った俺、という物語
けんすうさんは、手塚治虫のように睡眠を削った超人エピソードが多すぎて、いまだに「寝ずにやろう」と言われがちだと指摘します。箕輪さんも、月に1冊本を出していた頃は寝ないで作業していたと振り返ります。
昔その月1冊とか出してた時は、ほんと寝ないで、立ってやってた、寝ちゃうから。
箕輪さんは、寝ないで頑張っている自分がゾーンに入り、興奮モードになって熱が乗る面は否定しないと話します。
一方で、クオリティや俯瞰した視点については、寝て朝一の方が絶対にいいとも言います。冷静に考えれば寝る方が100パーいいけれど、物語的に「寝ないでやったぞ」という部分はある、という整理です。
寝ないで頑張る自分がゾーンに入り、熱が乗る。興奮モードになれる
幅広く俯瞰して考えるなら、寝て朝一の方が絶対にいい
話題は、寝ないことで有名な前田裕二さんへ。眠くなるから立ってできるスタバに行って作業していたというエピソードが出ます。
あ、それだ。俺それの真似してるだけか。前田さんの本作ってた時立ってたのよ。
箕輪さんは、前田さんの本を作っていた時に「俺寝ちゃうから立って編集してる」と人に言っていたと思い出し、それが前田さんのエピソードの真似だったことに気づきます。
言いたいよ、それは。めちゃくちゃ言いたい。
飲み会の後にわざわざ会社へ戻る心理
箕輪さんは、立って作業する前に普通に飲みに行っていた自分に、当時ツッコミを入れます。その時間を削れば普通に寝られたはずだ、というわけです。
けんすうさんも、新卒の頃に会社の飲み会の後わざわざ会社に戻り、3時間仕事をして終電を逃して帰っていたと明かします。
俺は全く必要ないのに、会社の飲み会の後、みんながタクシーなり終電なりで帰ってる時、一回会社戻りますって言った。
しかも、やることがあると思わせたいだけで、実際には5分ほどで帰ったといいます。二人とも「こいつはここから仕事するんだ」と思われたい気持ちがあったと笑い合います。
わかります。こいつこっから仕事すんだって思われたいから。
休日も同じで、大してやることがないのに出社し、たまたま来ている他の社員に「あ、何々さんもですか」と声をかけて仲間意識を演出していたそうです。
ちょっと仲間意識をね。俺ら頑張ってるからっていう。
3時45分に起きる優越感と、秋元康に見つかった夜
けんすうさんは、こうした自己演出は結構大事だと言い、田中圭さんが3時45分に起きて走ることで優越感を得ているという例を挙げます。前日に11時まで飲んでいても早朝に起きて走り、周りに驚かれることが気持ちいいのだそうです。
前日11時まで飲んでんのに、3時45分に起きて走ってると、それがまたみんなにびっくりされるとかが、やっぱり気持ちがいい。
箕輪さんにも同じような経験があります。珍しくオフィスに一人で残っていた夜、たまたま取材で来た秋元康さんに「お前こんな時間まで一人で仕事してんのか」と声をかけられたのです。
なぜかオフィスに来るわけないのに、まあなんかミノワがいるとか聞いたのか、お前こんな時間まで一人で仕事してんのか、って言われて。
その後、秋元さんはどこかで「箕輪は実は本当に真面目にやって、それを見せないようにしてる」という趣旨のことを話していたといいます。珍しく残っている場面をピンポイントで見られたわけです。
たまたまの1回だけ、なぜか必ず見られる人
箕輪さんは、サッカー部時代にもほとんどやっていない筋トレの最中に監督が通りがかり、「箕輪やってんな」と言われた経験を挙げます。1回しかやっていない時に、なぜか絶対に見られるというのです。
これは前回話した「努力が認められない人」のちょうど逆だと、けんすうさんは整理します。初めてやったことが全部見られて、評価につながるパターンです。
なんでか初めてやると絶対に発見されて、実はあの人裏では、みたいな。
二人は、ずっとやっているのに全然見られない人と、たまたまやったら必ず見られる人の違いはどこにあるのかと考えます。10回出席して1回欠席しただけで、その1回に偉い人が来て「あいついないのか」となる人もいる、という話です。
箕輪さんは、自分は逆で、1回いるだけで「箕輪いつもいるのか」となるタイプだと言います。ここで一つのヒントとして、期待値がめっちゃ低いほど印象に残りやすい、という点が挙がります。
真面目な人がね、毎回残ってても別に。箕輪さんが確かに深夜やってたりするとね、びっくりしますね。
フォワードが1回だけ守備に戻る技
箕輪さんは、見られ方のコツをサッカーで例えます。フォワードだった彼は、通常フォワードがディフェンスラインまで戻ることはないと前置きします。
その上で、フォワードが一試合に1回だけディフェンスラインまで戻るだけで、「とんでもなく守備してるやつ」に見えると話します。しかもそんなに疲れないのがポイントです。
一番前にいるやつが一番後ろまで組んだみたいな。そうすると箕輪すっげえ追いかけんなってなるんだけど、それは1回でよくて。
むしろずっと守備を頑張っている選手より、1回だけ前から後ろまで戻った箕輪さんの方が「守備を頑張っている」と見えてしまう、という逆説です。
けんすうさんは、タイミングも重要だと補足します。最初の方に良い印象を付けておくと、後でサボってもあまり印象が変わらない、というわけです。
刺さる言葉は「言ってほしいことを先に言う」だけ
後半のお題は「人に刺さる言葉と刺さらない言葉の差って何でしょうか?」でした。AIの結論は「刺さる言葉とは、相手がすでに感じていたのにまだ言葉にできなかったものを相手より先に名指しした言葉」です。
箕輪さんは、これは自分が言おうとしていたことだと反応します。要は、相手が言ってほしいことを言うだけだ、という整理です。
ここから箕輪さんは種明かしを始めます。経営者の心の内を紐解いて言葉にするビジョニングのような場も、半分ぐらいは占いと同じだと言うのです。
あの場で滑らかに言葉に自分のことされると、そんな気がするの。3日後ぐらい冷静に考えたらそうでもねえなって思ったりすんのよ。
その空間、言葉遣い、間合い、普段聞き慣れない熟語や言い回しがそろうと、内容以上に「いいこと言われた」と感じてしまう、というのが箕輪さんの見立てです。
どんな質問も「大丈夫」で終わらせられる
けんすうさんは、箕輪さんがよく使うパターンとして「なんだかんだ言ってお前は大丈夫だよ」という元気づけ型を挙げます。箕輪さんも「大丈夫」はめちゃくちゃ使うと認めます。
箕輪さんによれば、たいていの質問は一言で言えば「大丈夫ですか、大丈夫じゃないですか」と聞かれていることです。だから「大丈夫だよ」と返せば成立してしまうといいます。
大丈夫か、大体の質問って一言で言ったら大丈夫ですか?大丈夫じゃないですかって聞かれてること。
けんすうさんは、初対面の質問に対しても「お前はこういうところあるけど、最終的には大丈夫だよ」と返していたのを見て驚いたと明かします。理由は今わからなくても、最終的に大丈夫ならいい、という理屈です。
刺さるのは内容ではなく表現
けんすうさんが、言葉の表現で刺さる刺さらないの差はあるかと尋ねると、箕輪さんは「めちゃめちゃある」と即答します。むしろ表現だけで、内容はほぼ合っていないとまで言います。
内容なんてほぼほぼ合ってないです。だから表現、言い回し。
箕輪さんは、人が言わない文語的な言い回しをすると、それっぽく聞こえると説明します。実演として、けんすうさんに向けたそれらしい一言を披露します。
今、けんすうさんは相反する2つの矛盾するものを統合しようとしてて、その葛藤の時間こそが自らに気づきを与えてくれて。
内容は何もないのに、そんな気がしてくる。けんすうさんも「そんな気がしてくる」と認めます。相反する2つの統合に悩んでいるという言い回しは、たいていの人に当てはまってしまうからです。
抽象度を上げれば、何にでも答えられる
けんすうさんは、相手の話がわかる時は具体まで落とし、わからない時は一段ずつ抽象度を上げていく、という構造を見抜きます。そして最終的に一番上げると「大丈夫」に着地する、というわけです。
AかBかをさ、編集の仕事だったら言えるけどさ、知らんから言えないじゃん。この統合を試みるその過程があなたが生きている証ですよって言えば。
さらに箕輪さんは、自分の世界の話にいったん持ってきて説明する技も使うといいます。「これは何々業界でも同じで」と言えば、どんな相談にも応じられるからです。
顧問ビジネスとコーチングの正体
箕輪さんは、この語り口こそが月30万の顧問ビジネスの中身だと種明かしします。学ぶもよし、「こいつやってんな」と思いながら聞くもよし、という自由さです。
学ぶもよし、こいつやってんなって思いながら聞くもよしよ。
けんすうさんは、コーチングもほとんど同じで、月100万取っていても「全然いい」という人がいると指摘します。箕輪さんは、名前は出せないトップコーチに1億払った会社が、結果「本当の虚無でした」となった例を挙げます。
結果、何もなかったですと。本当の虚無でしたと。まあでも逆に良かったですみたいな。
箕輪さんは、トップはそれでいいのだと言います。むしろ役に立つことをし始めるとアクセンチュアのようなコンサルが来るから、意味あることをしたら負けだ、という逆説的な見立てです。
コンサル費は熊手費、そして狂気の役割
けんすうさんは、変なコンサルに30万払うより、箕輪さんに30万払った方がなんかいい、という感覚に真面目に共感します。「浴びたな」という満足感がある、というのです。
浴びてるみたいなの。うわーあるなー。
箕輪さんは、顧問を続けている人と飲みに行くと、みんな「縁起物みたいなものですからね」と言うと明かします。何かを聞くのではなく浴びる対象だ、というわけです。
この感覚を、二人は商売人が買う熊手にたとえます。コンサル費は熊手費であり、お守りのようなものだ、という整理です。
内容やアドバイスにお金を払う。意味を求めた瞬間、専門コンサルとの比較になる
エネルギーや縁起を浴びる対象にお金を払う。内容以外の情報を受け取っている
さらに箕輪さんは、村上隆さんの話として、お金持ちがピカソを買う理由を紹介します。非日常が起こり続けて感覚が狂ってくる時、自分より明らかな狂気を置くことで、自分を相対化して癒される、というのです。
自分より明らかな狂気を置くことによって癒されるみたいな。
箕輪さんは、自分がふざけて騒いでいるのを見て「自分はまだ大丈夫だ、道を踏み外してない」と感じる人がいるのも、ピカソと同じ役割だと言います。アウトのラインは外にあるんだと安心させる存在、というわけです。
外した側として箕輪さんを見てるんですね。
最後に箕輪さんは、村上隆やピカソという高次元な名前を出すこと自体が、そんな気がさせるテクニックだと自ら明かします。けんすうさんはこれをハロー効果と錯覚資産と呼び、権威を使った説得だと整理して締めくくります。
まとめ
今回の種明かしは、印象も言葉も「中身」ではなく「見せ方」で決まる、という一点に尽きます。たまたまの1回を見られる立ち回りから、抽象度を上げて何にでも答える語り口まで、箕輪さんが自分の手の内をここまで明かす回になりました。
- 寝ないで頑張る熱は否定しないが、クオリティは寝て朝一の方が絶対にいい
- 期待値が低いほど印象に残る。1回だけ守備に戻るフォワードのように立ち回るのが効く
- 刺さる言葉とは、相手が言ってほしいと感じていたことを先に名指しした言葉
- わからない相談は抽象度を上げ、最終的に「大丈夫」で締めれば成立してしまう
- コンサルや顧問は内容だけでなく、熊手やお守りのように「浴びる」価値でも選ばれている







