復職判断はなぜ「やってみないとわからない」のか
今回のエピソードで小橋さんが取り上げるのは、休職からの復職を支える試し出勤制度です。まず前提として、復職判断には産業医面談だけでは埋められない不確実さがあると指摘します。
復職の場面では、人事や上司から「本当に元通り働けるのか」「再発は大丈夫か」と産業医が問われることが多いといいます。ただ、産業医にも未来予知はできません。
現状の評価だとか懸念事項っていうのはお伝えできるんですけど、正直ですね、実際にこれ(復職)やってみないとわかんないよねっていう部分も多いんですよね。
たとえば自宅で日中に勉強やパソコン作業をして、頭の回転が8割方戻っているとします。これは大事な根拠ではあるものの、職場での証明にはならないと小橋さんは話します。
自宅の作業は職場でも仕事でもありません。いろんな人がいる中で元の業務を遂行できるかどうかは、別の話だからです。
試し出勤制度とは何か。厚労省が示す3つの形態
試しに働いてみて、自他ともに問題なく働けるなら正式に復職する。これがお互い分かりやすいという発想が、試し出勤制度の出発点です。
対象をメンタル疾患に絞る会社もありますが、小橋さんはがんや脳・心臓疾患など、あらゆる病気で必要があれば適用したほうが、社員にとっても会社にとっても良いと考えています。
リハビリ出社やトライアル勤務など名称は様々ですが、厚生労働省の手引では模擬出勤、通勤訓練、試し出勤の3形態に分類されています。
図書館やカフェで生活リズムを整える訓練。リワークもここに含まれ、基本的に指揮命令下では行わない。
通勤できるかを試す制度。来てから帰るまでは自由で、指揮命令下に置かないケースが多い。
職場に毎日来て、復職後の業務を見据えた簡単な作業を行う。原則として指揮命令下で実施する。
運用方法は会社によって様々で、模擬出勤を経て試し出勤へ、というように組み合わせることもあります。
なぜ小橋さんは「試し出勤」を勧めるのか
小橋さんが個人的に勧めるのは、復職後になるべく近い形、つまり実際に職場へ来て作業をする試し出勤です。理由は復職後とのギャップが少なくなるからです。
この点を、小橋さんは学習の例えで説明します。微分積分ができるかを評価したいなら、足し算引き算より因数分解の確認のほうが確実性が高い、という考え方です。
復職後の最終的なゴールから逆算して、ご本人と上司で話し合って、段階的な計画書を作成していくっていうことが大事になってきます。
期間の相場は1か月から3か月ほど。最初は半日4時間程度から段階的に始めるケースも多いといいます。
ただし、少なくとも毎日決まった時間に出社できることをスタートラインに置くべきだと小橋さんは話します。それすら難しいなら、そもそも試し出勤自体がまだ早いという判断です。
時には撤退の判断をすることも必要です。
試し出勤のゴールについては、ラスト2週間から4週間ほどはフルタイムで、自他ともに業務が安定して継続できていることを、小橋さんは正式復職へ進む指標として伝えているといいます。
評価は「見える化」する。指標を記録に残す意味
試し出勤の評価では、頭の中だけの主観的な指標だとばらつきが生じるため、評価項目を見える化して記録に残すことが重要だと小橋さんは強調します。お互いの理解のためにも、トラブル防止のためにも大切だといいます。
具体的に見るのは、生活リズムや日中の症状、主治医の治療状況だけではありません。
- 決まった時間に出社できているかという出勤率
- 実際に業務を遂行できる能力
- 周囲とのコミュニケーション
これらは自己評価だけでなく、周囲から見てどうだったかも確認します。すべてが満点でないと復職できないという趣旨ではなく、自他の評価にずれがないか、ずれがあればどう修正するかを見ていくためです。
こうした客観的な指標と記録を見ながらフィードバックすることで、結果的に復職できても、できなくても、双方が納得しやすい形に持っていけるといいます。
うまくいかなかったときこそ活きる制度
小橋さんは、試し出勤制度の大きな利点は、うまくいかなかったときにこそお互い納得しやすい点だと話します。
休職期間にまだ余裕があれば、産業医面談で「もう少し休むかリワークを」と意見しやすいといいます。しかし休職満了間際になると、事情が変わります。
いよいよ休職満了間際となってくると、産業医面談の結果だけを持って、はい、あなた、じゃあ契約終了ですって言われても、なかなかご本人納得しにくいんですよ。
たとえば生活リズムは安定しているが日中の活動は微妙、というラインで本人も復職を希望する場合。実際に試し出勤で見て、クリアすれば復職、できなければ退職という合意を取る方法があると小橋さんは説明します。
実際にトライして難しかったとなれば本人も納得しやすく、中には試し出勤までやってくれたことに感謝する人もいるといいます。
薄々無理だと分かってたけど、試し出勤までやってくれてありがとうございましたって、最後に会社の方に感謝される方も実際結構いらっしゃるんですよね。
だからこそ、試し出勤のステージを会社として用意しておくことが望ましいと小橋さんは考えています。
お金と労災はどうなる。カギは「指揮命令」の有無
最後に小橋さんが触れたのは、実務で気になるお金と労災です。ここは弁護士や社労士の領域として、一般論にとどめて説明されています。
お金が発生するかどうかのポイントは、指揮命令があるかどうかです。勤務時間中に「あれやって、これやって」という業務命令があれば、使用従属関係があると評価されます。
その場合、試し出勤であっても労働基準法上の労働に当たり、最低賃金法による賃金と、労災保険法による労災が適用になります。
ややこしいのが賃金の額です。小橋さんは、労働契約上の賃金と法令上の最低賃金を分けて考えると整理します。
使用従属関係があれば最低賃金は払う必要があります。一方で試し出勤中は債務の本旨を十分に果たせていない不完全な労務提供の状態なので、具体的な額は最低賃金以上であれば会社が定めてよい、という考え方です。
労働基準法上の労働に当たり、最低賃金以上の賃金が必要。労災保険も適用される。ただし賃金が低くても傷病手当金はおそらく出ず、労働契約上は休職扱い。
法令上の労働に当たらず、賃金は出ない。通勤中などの事故は労災保険の対象外になる。
指揮命令がない場合について、小橋さんは会社として民間の損害保険に入っておくと、本人も安心して訓練できると話します。
試し出勤を「盤石な制度」に落とし込むために
まとめとして小橋さんは、産業医面談だけではどうしても限界がある中で、試し出勤は非常に有効な制度だと述べます。
一方で、賃金や労災など丁寧な合意形成が必要で複雑な部分もあります。だからこそ弁護士や社労士の力も借り、しっかり規定に落とし込んで運用してほしいと小橋さんは呼びかけます。
まとめ
試し出勤は、「やってみないとわからない」復職判断を、実際の職場で確かめるための制度です。評価を見える化し、双方が納得できる形で復職か退職かを見極める点に、産業医としての小橋さんの重視するポイントがあります。
- 復職判断には産業医面談だけでは埋められない不確実さがあり、実際に働いてみて確認する試し出勤が有効
- 厚労省の手引は模擬出勤・通勤訓練・試し出勤の3形態を示し、小橋さんは復職後に近い試し出勤を勧める
- 期間は1〜3か月が相場で、ラスト2〜4週間はフルタイムで安定継続できることが正式復職の指標
- 評価項目を見える化して記録に残すことで、復職できてもできなくても双方が納得しやすくなる
- 賃金や労災の扱いは指揮命令の有無がカギで、複雑なため弁護士や社労士と連携し規定に落とし込むことが重要


