士業ゲストが口をそろえた「就業規則」の重要性
今回のエピソードは、これまで登場した社労士や弁護士といったゲスト回の振り返りから始まります。産業医の小橋正樹さんは、専門分野は違っても、根底に共通する思いがあったと話します。
小橋さんによれば、社労士の内山先生・吉田先生、弁護士の井山先生はいずれも産業医や産業保健と隣接する士業です。普段の業務は違っても、経営者・労働者を問わず働く人を取り巻く環境を良くしたいという思いが伝わってきたといいます。
勤怠が乱れている社員や、長く休んでいた人が復帰する場面で、会社が何もしないことは紛争リスクを高めます。小橋さんは、それが医学的にもリスクの高い状態だと指摘します。
そして、こうしたトラブルを防ぐ方法論として、どのゲストも共通して挙げていたのが就業規則でした。小橋さんも同じ考えだといいます。
この回では、就業規則の中でも小橋さんがよく関わる休職・復職の部分について、産業医の立場から思うところが語られます。
休職・復職制度は「作らなくてもいい」のに、なぜ多くの会社が持つのか
小橋さんはまず、休職制度の位置づけを整理します。休職制度は就業規則の中でも相対的必要記載事項にあたり、法律で強制されているものではありません。
では、なぜ多くの会社が休職制度を作るのか。小橋さんは労働契約の考え方から説明します。会社は賃金を払い、社員は働く。これが労働契約の基本です。
労災など明らかに会社に責任がある場合を除き、私病が理由で社員が働けなくなることは、本来の労務提供ができていない状態、つまり債務不履行にあたります。そのため本来であれば解雇となる、と小橋さんは言います。
一方で、生きていれば誰しも大きな病気にかかる可能性があります。小橋さんは、だからこそ復職の見込みがあるなら解雇を先延ばしにできる制度に意味があると話します。
こうしたロジックで休職制度は多くの会社で運用されている、と小橋さんはまとめます。そのうえで、まずは自分の会社に休職制度があるかどうかを知ることが出発点だと強調します。
ここから小橋さんは、休職前・休職中・復職前・復職後という4つのフェーズに分けて、産業医として感じてきたことを語っていきます。
休職前
休職を発動する要件や受診命令の根拠を定める段階
休職中
休職期間・連絡方法・期間の長さを運用する段階
復職前
復職基準と復職プロセスを定義する段階
復職後
再休職に備えた通算規定を考える段階
休職前は「何かあれば会社が動く」というメッセージを打ち出す
1つ目は休職前のフェーズです。小橋さんは、休職を発動する要件が書かれているかどうかがポイントだと話します。例えば欠勤が何日続いたら、1か月の出勤率が何パーセントを切ったら、といった条文です。
ただし小橋さんは、要件をそのまま機械的に運用するのは難しいとも言います。「5日連続」と書いてあるから4日ならいいのか、という話ではなく、柔軟性を持たせることも大事だといいます。
もう一つ小橋さんが重視するのが、指定医を含む医療機関の受診や産業医面談を命令できる、という条文です。本人が病院に行きたくない、休みたくないというケースは珍しくないと話します。
一方で安全配慮義務の観点から、どう見ても対応が必要な場面もあります。小橋さんは、具体的な記載がなくても総合的に対応はできるものの、根拠となる規定があると進めやすいと語ります。
休職中に決めておきたい「期間・連絡・お金」のルール
2つ目は休職中のフェーズです。小橋さんは、給料や傷病手当金といったお金まわりは当然大事だとしたうえで、産業医の立場から特に気になる点を挙げます。
それは、いつまで休めるのか、どの段階で復職の見込みがなければ契約終了になるのか、という点です。休職期間を書いていない会社は見たことがないものの、運用として認識を合わせておかないと、期間満了の際にトラブルになりやすいといいます。
会社の制度に基づく休みである以上、診断書の更新も必要になります。加えて、誰がどのタイミングで本人と連絡を取るのかも決めておくべきだと小橋さんは話します。連絡先は原則として会社支給ではなく個人の連絡先を使い、デバイスを回収するかどうかも含めて取り決めておくのが大事だといいます。
一方で、連絡が頻繁すぎると、本人は病気の最中なのでストレスになってしまいます。小橋さんは、連絡の相場は1か月から3か月に1回くらいではないかと話します。
本人が連絡を負担に感じ、主治医からも必要以上に連絡しないよう意見をもらうこともあります。そうした場合は、本当に必要最低限の事務連絡にとどめるべきだと小橋さんは言います。
次に小橋さんは、休職期間の長さそのものについて語ります。規模や業態によって適切な期間は異なりますが、個人的には短すぎず長すぎずがいいといいます。
休職期間が1か月や3か月しかない場合、休み始めの段階から復職を考えなければならず、安心して休めません。不安定な状態のまま復職の診断書が出てくることもあると小橋さんは指摘します。
逆に3年、4年と長すぎるケースもあります。復職の見込みがあり必要な療養であればしっかり休むべきですが、なんとなく期間が伸びてしまっていると感じることも正直あると小橋さんは話します。
定年間近の人であればまだよいものの、20代や30代でキャリアが停滞していないかと感じるケースもあります。小橋さんは、産業医の枠を超えるかもしれないとしつつ、この会社で休みながら過ごすことが本人の人生にとってベストなのか、と考えてしまうと語ります。
復職前が最重要。緩すぎても厳しすぎてもトラブルになる復職基準
3つ目は復職前のフェーズです。小橋さんは、ここには本当に大事なポイントがいくつもあると強調します。まず必要なのが復職の基準を会社として定義しておくことで、緩すぎても厳しすぎてもトラブルになります。
一般的な基準となるのが治癒という概念です。小橋さんによれば、元の仕事を通常程度に行える健康状態に戻っていれば復職してよい、という位置づけです。
ただ、全員がその状態でなければ復職できないのは酷です。そこで、すぐには難しくても復職して2〜3か月ほどで元の状態になる見込みがあればよい、という基準も使われます。
さらに、元の仕事に戻れなくても、労働契約の範囲内で任せられる別の仕事があればよい、という基準もあります。小橋さんは、これらが今では一般的な復職基準として確立してきていると話します。
いずれにせよ、まず復職基準を会社で規定しておくことが初手になります。そのうえで、そこから逆算して復職のプロセスを示していくことがポイントだと小橋さんは言います。
復職を決定するのは誰か。小橋さんは、それは会社だと明言します。会社には業務命令権・人事権・施設管理権といった経営三権があるためです。
本人の意向や主治医・産業医の意見は尊重する必要があります。ただし、復職させるか否か、どのような条件で復職させるかを最終的に決めるのは会社である、という点も押さえるべきだと小橋さんは話します。
主治医と会社で「復職可能」の意味がずれる理由
復職前のフェーズで小橋さんが厄介だと指摘するのが、治癒という言葉の意味のずれです。労働分野では、元の仕事を通常程度に行える健康状態に戻っていることを治癒とします。
ところが医療の世界では、治癒はあくまで病気やけがが落ち着いて臨床的にコントロールできているくらいのニュアンスだと小橋さんは説明します。同じ言葉でも、意味する状態が異なるわけです。
元の仕事を通常程度に行える健康状態に戻っていること
病気やけがが落ち着き、臨床的にコントロールできていること
さらに小橋さんは、主治医の診断書をめぐる誤解にも触れます。主治医から復職の診断書が出てきたけれどどうしよう、という相談はよくあるものです。
しかし主治医は、普通に診療していれば会社側の復職基準を知り得ません。小橋さんは、だから主治医に悪気があるわけではないと話します。
そこで実務上は、まず会社側が主治医へ、復職制度や復職基準、その人の具体的な業務を書面などで伝えることが大事だといいます。主治医の考える復職可能と、会社の考える復職可能にずれが生じないよう、先手を打って対話するわけです。
そうすることで、主治医もより現実的な意見に変わる可能性があります。小橋さんは、それだったら復職をもう少し伸ばした方がいいかな、という判断につながることもあると話します。産業医としても主治医と信頼関係を築き、本人の復職支援がしやすくなるといいます。
復職後の「通算規定」がないと何が起きるのか
最後は4つ目、復職後のフェーズです。小橋さんが「あれどうなっていますか」とよく問われるポイントが通算規定です。
せっかく復職しても、残念ながら再び体調を崩して再休職になるケースがあります。小橋さんは、その時に通算規定が問題になると説明します。
例えば休職できる上限が1年で、前回すでに8か月休んでいた人が再休職した場合を考えます。またリセットして1年休めるのか、それとも前回の8か月を差し引いて残り4か月しか休めないのか。これを決めるのが通算規定です。
もし通算規定がないと、満了の前に一日でも復職できれば、また次の1年が使えることになります。小橋さんは、極端に言えば半永久的に休めてしまうと指摘します。
そのため、一定期間内に同一または類似の疾患で休職した場合は通算する、という条文が入っていることがよくあります。小橋さんの経験上、通算の対象となる期間は6か月から2年くらいが多いといいます。全く違う病気でも通算するケースもあります。
産業医が葛藤する「同一・類似の疾患」の判断
通算規定をめぐって、小橋さんが産業医として葛藤すると語るのが、同一または類似の疾患をどう捉えるかという判断です。全く違う病気でも通算するケースはどうしようもないものの、類似かどうかの意見を求められる場面が難しいといいます。
例えばメンタル不調で、前回は適応障害の診断書、今回は自律神経失調症の診断書が出てきたとします。これは同一ないし類似と捉えていいのか。しかも通算すると休職期間が残らない、といった状況で産業医に判断を求められるのです。
小橋さんは、エピソードから明らかに前回と今回で原因が違うとわかる場合は非連続と言えると話します。一方で、連続性があると判断せざるを得ない場面もあり、そこは辛いところだといいます。
制度を整えることが、会社だけでなく社員の「救い」になる
最後に小橋さんは、休復職規程を整える意味を語ります。産業医面談をしていると、いつまで休めるのか、お金はどうなるのか、ちゃんと復職できるのか、といった不安を抱える社員がとても多いといいます。
だからこそ、こうした制度を作り、周知し、運用していくことは会社を守るだけではありません。小橋さんは、社員さんを守ることにもつながりますし、何より救いになると話します。
細かい部分は顧問社労士や弁護士と詰めていってほしいとしつつ、小橋さんはこの回の話が休復職制度を見直すきっかけになればと締めくくります。
まとめ
この回は、産業医の小橋正樹さんが休職・復職規程を休職前・休職中・復職前・復職後の4つのフェーズに分けて解説する内容でした。制度を整えることは、紛争リスクや医学的リスクを抑えるだけでなく、不安を抱える社員の救いにもなると語られています。
- 休職制度は法律で強制されるものではないが、復職の見込みがあるなら解雇を先延ばしできる仕組みとして多くの会社で運用されている
- 休職前は発動要件と、受診命令・産業医面談の根拠規定を定めておくと対応を進めやすい
- 休職中は期間・連絡方法・お金まわりを取り決め、休職期間は短すぎず長すぎずが望ましい
- 復職前は復職基準を会社で定義し、主治医と会社の「復職可能」の認識ずれを先手の対話で防ぐことが重要
- 復職後は通算規定を設けないと半永久的な休職につながりかねず、同一・類似疾患の判断は産業医の葛藤点になる


