契約書は「何をどれだけ依頼するか」の究極形
今回のエピソードでは、産業医と契約を結ぶ際の勘所が取り上げられています。前回は産業医の業務範囲がテーマでした。
小橋さんは、いろいろな依頼をもらえるのはありがたい一方で、越えられない一線もあると話します。例えば、本人の同意がないのに必要以上の個人情報を会社へ流すような行為です。
そうした行為は産業医の職業リスクだけでなく、回り回って会社のリスクにもなると小橋さんは指摘します。専門家に何をどこまで依頼するのかは、会社側と専門家側が対話を重ねていく必要があるという考えです。
その前回の内容を受けて、今回は「いつどこで何の業務をどれくらい依頼すべきか」をまとめた究極形として、産業医との契約書に焦点が当てられています。
それをまとめた究極形が産業医との契約書になってくるかと思いますので。
契約書のドラフトは、基本的にはサービス提供側である産業医側が作成することが多いとされています。ただし兼業の先生や直接契約が初めての先生の場合は、会社側が作成することもあると小橋さんは補足します。
いずれにせよ、いつどこで何の業務をどれくらいという5W1Hを詰めていくことが契約書のポイントだと話されています。
産業医の相場は「金額」より「中身」で見る
5W1Hの前提として気になるのがお金の部分です。小橋さんは、産業医の相場は各地域の医師会や民間会社がすでに出しており、調べればすぐわかると説明します。
いわゆる非常勤の場合、相場は月あたり数万円ほどだと紹介されています。小橋さんは、これは自身の現場感覚からしても相違ないと話します。
ただし大事なのは金額だけでなく中身だと小橋さんは強調します。例えば月5万円と書いてあっても、その5万円でどこまでやってくれるのかが問題になるからです。
具体的には、訪問が含まれるとして1時間なのか2時間なのか、メンタルや化学物質といった専門性が求められる業務にも応じてくれるのか、意見書や紹介状を書いてくれるのか、講話や研修をやってくれるのか、といった点です。
多くの場合、これらには別料金がかかることもあります。何に対してどれくらいかかるのかを押さえないと、単に数万円と言っても意味のない会話になってしまうと小橋さんは話します。
そのため、業務内容と業務時間を組み合わせた料金体系を考えることが大事だとされています。さらに、対象人数や対象拠点が増えれば金額も増えますし、産業医のスキルや経験、地域も変数になります。
お金回りでもう一点、契約する産業医が個人か法人かで税法上の取り扱いが変わる点にも触れられています。国税庁のページでは、個人の場合は原則として給与扱いとするよう記載されているとのことです。
そのため、税理士や管轄の税務署にあらかじめ確認しておくとよいと小橋さんはすすめています。
対象範囲を決めると「50人の壁」が見えてくる
お金の前提を踏まえたうえで、小橋さんは具体的な契約内容の詰め方に入っていきます。まずは対象範囲です。
本社だけなのか、支店やグループ会社を含むのか、全体でどれくらいの人数がいるのかを決めていきます。
ここで注意が必要なのが、少し遠い支店も依頼するケースです。その支店が50人以上の事業場なら、産業医の選任届を労基署に出す必要があると小橋さんは説明します。
選任すると原則として月1回の職場巡視義務が発生します。そのため、その先生が本当にその支店を巡視できるのかというところまで考える必要があると小橋さんは話します。
産業医の業務にある「グラデーション」とは
次に業務内容です。大前提として、産業医がやるべき職務は基本的に労働安全衛生法に記載されていると小橋さんは説明します。
ただし、その職務の中にもグラデーションがあると小橋さんは話します。産業医でないとできないもの、産業医でなくてもできるが産業医がやるのが最も望ましいもの、産業医でもできるが一任するのは現実的に難しいもの、といった違いです。
さらに、法律には書かれていなくても一般的にニーズが高い職務もあります。これらを組み合わせて、基本業務に組み込むものと、必要に応じて追加する業務とを整理していく流れです。
法令で「産業医」と決まっている業務は何か
法令の観点から、まず法令で「産業医」と明記されている業務が示されます。具体的には職場巡視、衛生委員会のメンバーになること、健康診断やストレスチェックの結果を確認することの3つです。
さらに衛生委員会では、労働災害の原因および再発防止対策が調査審議事項として求められています。そのため産業医には、職業性の疾病を疑う事例の原因調査と再発防止に関わる助言・指導もマストになると小橋さんは説明します。
「医師」と書かれた業務はどこまで任せるか
次に、長時間労働者への面接指導、健康診断、ストレスチェックという法令3点セットです。小橋さんによると、これらは法令上、必ずしも産業医でなくてもよく「医師」としか書かれていないとのことです。
ただし、会社や労働者のことを詳細に把握している産業医が最も望ましいとされているため、これも基本的には業務内容に入れていくべきだと話されています。
一方で、健康診断の実施そのものも「医師」と書かれていますが、産業医一人で全部背負うのは現実的に厳しいと小橋さんは指摘します。どこまで関与するかは個別に検討する必要があるという考えです。
法令3点セット以外でも、休職や復職支援、健康相談の場面で就業上の意見を述べることは普通にあり得ます。本人や主治医とやりとりし、情報を適切に加工して関係者間をコーディネートする役割も求められると小橋さんは話します。
基本料金と追加料金の線引きを事前に決める
ここで難しいのが料金の設計です。基本的な業務もその他の業務も、時間や件数によってかかる労力が変わるため、それに見合う対価をどう設計するかという問題が出てきます。
例えば面談であればシンプルにタイムチャージでよいと小橋さんは話します。一方で、講話や研修は求められる内容によって労力が変わり、研修となると打ち合わせや資料作成にも相応の時間がかかります。
そこで小橋さんがすすめるのが、事前の期待値調整です。どの業務が基本料金でどの業務が追加料金なのか、同じ業務でもどこまでがベーシックでどこからがアドバンストなのかを、可能な限り事前にすり合わせておくという考えです。
業務時間で確認したい営業時間と臨時対応
最後に業務時間です。最近はオンラインと対面を柔軟に組み合わせるケースも増えていますが、伝統的には月1回、第3金曜の午後に2時間訪問するといった形で頻度や時間を固定するケースがまだ多いと小橋さんは話します。
ここでポイントになるのが営業時間と臨時業務です。産業医業務は平日日中に発生することが多いものの、夜勤のある工場や土日祝に営業する店舗もあります。そのため日勤や平日以外の訪問が可能かを確認しておくとよいとされています。
臨時対応についても、定期訪問の間に面談が必要になった場合に対応してもらえるのかを確認します。その際オンラインだけなのか、産業医のところへ行くのか、臨時で会社に訪問してもらえるのかという点です。
訪問する場合は移動時間もあるため、純粋なタイムチャージ以外に訪問に伴う費用が発生するのかも確認しておくとよいと小橋さんは話します。
さらに、臨時の面談まではいらないが、少し産業医に聞きたいという場面も訪問時間外に発生します。この訪問時間外の問い合わせについて、禁止しているところもあれば月3回までならOKというところもあるため、合わせて確認をすすめています。
(普段の連絡ツールは)メールがいいとか、チャットでもOKとか、電話じゃないとダメとか、FAXでお願いしますみたいな。
普段の連絡ツールも地味なポイントだと小橋さんは話します。メールやチャット、電話など、先生によって希望が異なるためです。
見落としがちな備品・契約期間・信義則
本編で触れなかった見落としがちな点として、小橋さんは備品類を挙げます。有害職場の巡視で使う安全靴やヘルメットをどちらが準備するのか、産業医業務用のパソコンは産業医の所有か会社支給かといった点です。
これらはケースバイケースになるため、合わせてチェックするようすすめられています。契約期間や秘密保持など産業医に限らず大事な項目については、必要に応じて顧問弁護士のアドバイスを聞きながら詰めるとよいとされています。
今回話されたのは標準的な産業医契約の内容です。近年は産業保健師をはじめとする専門職の活躍が広がり、セカンドパートナー契約や多職種を組み合わせたサービスとの契約など、契約の形も多様になっていると小橋さんは話します。
それでもどんな契約でも、いつどこで誰に何をどのくらいお願いするのかという原理原則は変わりません。小橋さんは、最終的に契約はお互いの信義則が大事になると締めくくります。
まとめ
産業医契約は、相場の金額そのものより、その金額でどこまでの業務をどれだけ担ってもらえるかという中身を見極めることが要点です。業務内容、業務時間、料金体系を5W1Hで詰め、最終的には会社と産業医の信義則が土台になると語られています。
- 産業医の相場は非常勤で月数万円ほどだが、金額より「その額で何をどこまでやるか」の中身が重要
- 対象範囲を決める際、50人以上の事業場は産業医の選任届と原則月1回の職場巡視義務が発生する
- 産業医の職務には「産業医でないとできない/望ましい/一任は難しい」というグラデーションがある
- 基本料金と追加料金、ベーシックとアドバンストの線引きを事前に期待値調整しておく
- 営業時間・臨時対応・連絡ツール・備品・契約期間なども忘れず契約書で確認する


