総論から始める第2回、まず問いたいのは「健康とは何か」
番組「産業医の本音」の第2回は、健康と経営のうち「健康」にフォーカスした回です。小橋さんは個別具体的な話に入る前に、総論から始めたほうが後の理解が進みやすいと考え、このテーマを選びました。
今日はまず、この産業医の本音のサブタイトルにもある健康と経営の間(のうち)、健康にフォーカスを当てて、そもそも健康って何ですか?っていうような問いを取り上げていきたい
なぜ健康の定義を最初のテーマにしたのか。その背景には、健康の捉え方が人によってバラバラなのではないか、という小橋さんの仮説があります。
じゃあなぜこれを最初のテーマに持ってきたかというと、おそらくこの健康の定義っていうのが、人によってバラバラなんじゃないかなっていう仮説があるからです
実際、健康と聞いて思い浮かべるものは人によって違います。健康診断で異常がないこと、自覚症状がないこと、よく寝てよく食べてよく遊べてよく仕事ができること。いずれも健康の定義になり得ます。
厚労省の調査が示した、健康を測る3つの側面
小橋さんは、10年ほど前に厚生労働省が行った健康意識に関する調査を紹介します。健康意識に関する調査 ── 厚生労働省が実施した、健康の捉え方や意識を尋ねた調査。人々が何を基準に自分の健康を判断しているかを調べたもの。「あなたが健康かどうかを判断する指標は何か」を尋ねたものです。
この調査では、病気がないこと、美味しくご飯を食べられること、体が丈夫であることといった、身体面(フィジカル)の回答が多くを占めていました。
一方で、身体面以外の回答も一定数ありました。不安や悩みがないこと、幸せや生きがいを感じること、前向きに生きられることといった、精神面(メンタル)の回答が1〜2割ほどあったと小橋さんは話します。
さらに、人間関係がうまくいくこと、仕事がうまくいくこと、他人から認められること、他人を愛せることといった、人と人とのつながり(ソーシャル)の回答も見受けられたといいます。
つまり、この調査から言えるのは、健康の捉え方が人によって違うということです。そしてその違いは、フィジカル・メンタル・ソーシャルという3つの側面に整理できます。
WHO憲章が定める健康の定義
この3つの側面にスポットを当てた有名な健康の定義があります。それがWHO(世界保健機関)が定めるものです。WHO憲章 ── 世界保健機関を設立した目的や役割、運営方法などを定めた文章。その前文に健康の定義が記されている。小橋さんは、これを会社でいう定款のようなものだと説明します。
WHO憲章の一番最初の前文には、健康の定義が書かれています。小橋さんはその文章を読み上げます。
健康とは、単に病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも精神的にも、そして社会的にもすべてが満たされた状態にあることを言う
この「肉体的にも精神的にも社会的にも」という部分が、先ほどのフィジカル・メンタル・ソーシャルにあたります。
ただし小橋さんは、「すべてが満たされた状態」をそのまま受け取ると、ややおこがましいと感じるといいます。ニュアンスとしては、3つの側面の調和やバランスが取れているイメージのほうがしっくりくるのではないか、と補足します。
障害があれば不健康なのか、孤独なら健康なのか
3つのバランスという考え方は、具体例で考えると納得しやすくなります。小橋さんはまず、身体に障害を持つ人を例に挙げます。それだけをもって本当に不健康と言えるのか、という問いです。
逆の例も示されます。持病もなく健康診断もオールAだけれど、家族や友人と呼べる人が一人もおらず、圧倒的な孤独感を抱えている人。
そういった人が、じゃあ果たして本当に健康なのかって言われたら、まあうーんっていう風になっちゃうんじゃないかなって思う
さらに小橋さんは、健康は状態そのものだけでなく、それをマネジメントする力でもあると話します。加えて、人は環境に左右されるため、健康は自分だけでなく周りの環境から与えられた資源という側面もある、という考え方が専門家間にあることを紹介します。
一般化するとどうなる?3つの健康の中身
健康とは何かという問いは、個人を主語にすると結局「人による」ことになります。それでも小橋さんは、あえて一般化した場合の3つの健康の中身を整理します。
フィジカル(肉体的な健康)は、病気がないことだけでなく、普段から体調管理をしているか、体調を崩したり病気を抱えても、うまく対処し付き合おうと意思決定できているかを含みます。
メンタル(精神的な健康)は、精神的に穏やかであることに加え、日々のストレスに自分なりの意思決定で対処できているか、ポジティブな側面も受け入れて意義や価値のある人生を歩めているかを含みます。
ソーシャル(社会的な健康)は、良い人間関係や社会とのつながりがあるか。特に、課題に直面している人が孤立せず、互いに協力し信頼関係を築きながら適切な意思決定ができているかを含みます。
病気の予防や体調管理、病気を抱えてもうまく対処・付き合う意思決定ができているか
日々のストレスに自分なりに対処し、意義や価値のある人生を歩めているか
良い人間関係や社会とのつながりがあり、孤立せず信頼関係を築けているか
そして小橋さんは、この3つがそれぞれ完璧でなくても、総合的に十分調和していることが健康だと考えを示します。
健康は勝手に決めつけられるものではない
フィジカル・メンタル・ソーシャルのどの塩梅が良いかも人によって異なるため、結局は「あなたにとって健康とは何ですか」という問いに戻る、と小橋さんは話します。
一方で、健康は一つの物差しだけで決められるものではありません。医師の立場から「医学的には異常は認められません」とは言えても、それは健康そのものを断定することとは違う、という指摘です。
健康施策は、前提を合わせないと議論が噛み合わない
今回のテーマは漠然とわかったようなわからないような部分もあるかもしれない、と小橋さん自身も認めます。それでも、この整理には実務上の意味があります。
健康施策について話すとき、人によって健康の定義や捉え方が違うため、前提を合わせずに議論すると噛み合わなくなることが多いといいます。だからこそ、前提をある程度合わせておくことが大事だと強調します。
そしてこのフィジカル・メンタル・ソーシャルのバランスは、個人だけでなく企業のマネジメントにおいても大切になってきます。
コロナ禍が突きつけた、3つの健康のバランス
3つの健康のバランスを考えさせられた例として、小橋さんはコロナ禍を挙げます。感染症対策をすべきか、経済を回すべきかという議論です。
小橋さんは、どちらも大事だと話します。感染症対策はフィジカルの健康に良い一方で、経済もソーシャルを構成する立派な要素だからです。
事業が回らなくなれば、そもそも社員を健全に雇うことすらできなくなる、という問題も指摘されます。フィジカルを守る対策が、別の側面の健康を損なうこともあるわけです。
在宅勤務も同じ構図で語られます。感染症対策としては有効だった一方で、在宅勤務による孤独感からメンタル不調を来したケースにもたくさん遭遇してきた、と小橋さんは振り返ります。
どんな意思決定をしても全員が賛成してくれるわけではなく、それでも意思決定はしなければならない。意思決定する側もとても大変だったと小橋さんは話します。
そして、これはコロナ禍に限った話ではありません。コロナは5類になっただけで感染症自体は今も存在し、働き方も多様な選択肢がデフォルトになりました。5類 ── 感染症法上の分類の一つ。新型コロナウイルス感染症は2023年にこの区分へ移行し、季節性インフルエンザなどと同じ扱いになった。だからこそ、組織としてのバランスを考えたマネジメントは引き続き必要だと小橋さんは締めくくります。
まとめ
第2回は、健康の定義が人によって違うことを出発点に、WHOの定義とフィジカル・メンタル・ソーシャルの3側面を軸として、個人と企業のマネジメントまでを整理する総論回でした。
- 健康の捉え方は人によって違い、フィジカル・メンタル・ソーシャルの3側面に整理できる
- WHO憲章は健康を「肉体的にも精神的にも社会的にもすべてが満たされた状態」と定義するが、実感としては3側面の調和・バランスが近い
- 健康は状態そのものだけでなく、マネジメントする力や環境から与えられた資源という側面も持つ
- 健康施策の議論では、人による定義の違いを踏まえ、前提を合わせておくことが噛み合う議論の鍵になる
- コロナ禍の感染症対策と経済、在宅勤務の例が示すように、企業でも3つの健康のバランスを考えたマネジメントが求められる



