なぜ産業医は面談を6つのセクションで進めるのか
この回は、産業医の小橋正樹さんが前回に続いて産業医面談の具体的な進め方を解説しています。
小橋さんは、自身の普段の仕事ぶりがさらけ出されていくような感覚があると話しつつ、産業医面談のイメージがリスナーに伝わればという思いで収録に臨んでいます。
改めて示された産業医面談の構成は、0番の事前準備、1番導入、2番情報収集、3番意向確認、4番フィードバック、5番ネクストアクションという流れです。
前回は2番の情報収集まで扱ったため、今回は3番の意向確認から続きを進めていくと説明されています。
フィードバックより先に「本人の意向」を聞く理由
3つ目のセクションである意向確認について、小橋さんは主治医と産業医で順番が違うところかもしれないと切り出します。
臨床の場面では、情報収集の次にフィードバックが来るのがメジャーな流れだと小橋さんは説明します。話を聞き、診察や検査をして結果が出た段階で、まず主治医が疑われる診断名や選択肢を本人に伝えるという順番です。
ただし、これは医療のフィールドだからこそメジャーな流れかもしれない、と小橋さんは指摘します。産業医は基本的に医療ではなく企業のフィールドで動いているためです。
医療の世界にご本人に来てもらってるっていうよりは、企業の世界に産業医がお邪魔してるっていうような構図なんですよね。
そのため、産業医の意見は大事である一方、本人の意見、職場や人事の意見、保健師・心理師・社労士・弁護士といった他の専門家の意見、さらに会社や社会の状況やルールを総合的に考えて、当事者間で最適解を話し合っていくのが企業のやり方だと説明されます。
小橋さんは、企業は医学の論理だけで回っているわけではなく、医学的な最適解が本人や会社にとっての最適解になるとは限らないと話しています。
こうした前提から、小橋さんはフィードバックより前に本人の意向を伺うスタイルを取っています。
やっぱり先にフィードバックをしちゃうと、それに対してご本人が身構えたり、そこから何かを言い出しにくくなったり、そういった恐れがありますし、実際それで面談がうまくいかなかったっていう体験が私自身もあったんですよね。
具体的には、勤怠やパフォーマンスの乱れを入り口とした面談の場合、本人にその自覚があるのか、思考力の低下やミスの増加が起きているのか、受診など今後対応するつもりがあるのか、そして仕事をどうしていきたいのかを聞いていきます。
一時的に制限してでも仕事を続けたいのか、それとも一旦離れて休みたいのか。小橋さんは、何をどうしたらいいか分からないという答えも率直な思いとして問題ないとした上で、まず本人の意向を確認するセクションを挟むと述べています。
産業医のアセスメントを支える「3本柱」とは
4つ目のセクションであるフィードバックに入る前に、小橋さんはその土台となるアセスメントについて説明します。これは前回や第12回でも触れた産業医業務の3本柱に沿って進められます。
3本柱の1つ目は、仕事によって健康を害していないかどうかです。いきなり労災かを判別するのではなく、職場環境や業務内容がどれくらい健康に影響しているかを、本人の視点から見ていきます。
その際、小橋さんは5つの要素を確認していると説明します。
騒音、放射線、暑熱寒冷など
化学物質全般
コロナなどの市中感染に加え、食中毒や破傷風、レジオネラなど業務と関連するもの
重労働作業や繰り返し作業、無理な姿勢など[[エルゴノミクス::人間の身体特性に合わせて作業環境や道具を設計する考え方。負担の少ない姿勢や動作を目指す。]]全般
長時間労働やストレスなど
3本柱の2つ目は、医学的に働けるのかどうかです。これは安全配慮義務 ── 労働者が安全で健康に働けるよう、会社が必要な配慮をする法的な義務のこと。の観点から、このまま働いていたら危ないという就業制限や要休業を検討する、いわゆるドクターストップに関わる部分です。
何をもって危ないと判断するのか。小橋さんは主に2つあると説明します。
働くことで病気が重篤化する可能性が高いとき。血圧が200と高い状態で過労死ラインを超える長時間労働をしている、呼吸器疾患のコントロールが悪いのに保護マスクで重労働をしているなど。
働くことで重篤な事故や災害が起こる可能性が高いとき。てんかんや糖尿病で治療コントロールが悪く、いつ倒れてもおかしくないのに運転業務をしているなど。
後者は本人だけでなく周りや第三者も巻き込むため、積極的にドクターストップを検討する必要があると小橋さんは述べています。
合理的配慮はなぜ「win-win」になりうるのか
3本柱の最後は、心身ともに健康に働いていくためにはどうすればいいのか、という視点です。これは本人の自己保全義務に加え、合理的配慮の観点から産業医として何を伝えるかをアセスメントする部分です。
合理的配慮について、小橋さんはざっくりと環境や仕組みを調整することだと説明します。会社には安全配慮義務と合わせて、法的にも合理的配慮義務 ── 障害や病気などの事情がある人が働きやすいよう、会社が可能な範囲で環境や仕組みを調整する義務のこと。が求められています。
具体例として挙げられたのが、足を骨折して通勤が難しくなった社員のケースです。デスクワークでオンラインでも業務が完結する場合、一時的に在宅勤務メインへ切り替えれば、本人は問題なく働け、会社も欠員を防げます。
それぞれが働きやすい環境調整を行うっていうのは、これはお互いにとってwin-winなんですよね。
ただし、ステークホルダーへの影響度、工数や費用負担、企業規模、財務状況といった限界もあります。そのため合理的配慮義務は、安全配慮義務と違い、どんな状況でも完璧に対応しなさいというものではないと小橋さんは補足します。
一方で、相場感覚から見て会社として現実的にできる範囲のことは、本人と会社で建設的に対応し、積極的に壁を取り除いていく。それが合理的配慮の考え方だと説明されます。
小橋さんは、合理的配慮は産業医の意見だけで決まるものではないとしつつ、産業医は職業柄いろいろな会社の事例を見聞きしているため、本人と会社の双方にとって現実的かつ理想的な形を面談の段階から組み立てていると話しています。
その課題は一時的か、それとも半永久的か
安全配慮義務や合理的配慮義務を考えるうえでポイントになるのが、今の健康状態が一時的な課題なのか、半永久的な課題なのかという視点だと小橋さんは説明します。
数ヶ月後には働けるようになる、通院治療で危険な状態でなくなるなど、回復が現実的に予測される場合。安全配慮義務に基づき就業制限の意見をもらい、1〜2ヶ月後の状況を見て判断する。
脳卒中の後遺症が症状固定の段階にあり、劇的な改善の可能性が低い場合など。毎月意見をもらうより、働き方や契約形態そのものを長期的に見直す方向へ進む。
結果的にはケースバイケースになるものの、この課題がテンポラリーかパーマネントかは、産業医として合わせてアセスメントするところだと小橋さんは述べています。
そして、こうしたアセスメントの土台と本人からもらった情報を統合して、本人へフィードバックしていくと説明されます。面談における最適解は産業医の一存だけで決まるものではないためです。
産業医は実際にどうフィードバックしているのか
小橋さんは、実際のフィードバックの様子を再現してみせます。まず面談への協力に感謝を伝え、仕事のことを中心にいろいろなことが重なって体調に影響しているのではと感じた、と現状の受け止めを共有します。
仕事や生活に支障が出ている状態のため、産業医としては一度しっかり休むのも選択肢の一つだと伝えます。一方で本人が仕事を続けたい意向であり、今すぐ休めというレベルまでではないため、その思いを尊重しながらサポートしたいという立場を示します。
その上で、このまま何もしないと本人の意向にかかわらず休まざるを得ない状況になり得るとして、現段階から積極的に提案したい2つを挙げます。
小橋さんは、これはゴールではなくむしろスタートだと強調します。フィードバックを受けて本人が産業医へ返し、それに産業医がまた返す。そうしたやり取りを重ねていくものだと説明されます。
これを受けて、今度はご本人が産業医へフィードバックをして、それに対してまた産業医がご本人へフィードバックをして、そういったコールアンドレスポンスみたいな感じで対応を重ねていくんですよね。
情報の扱いを本人と決めながらネクストアクションへ
フィードバックのやり取りは、そのまま5つ目のセクションであるネクストアクションへとつながっていきます。
小橋さんは具体例として、受診には同意した本人が、同僚との人間関係の悩みはまだ会社に言わないでほしいと申し出るケースを挙げます。産業医はそれを受けて、その情報は伏せ、まずは受診を約束したという形で会社へ報告します。
さらに、心配な状況であるため1ヶ月後にフォローアップ面談をさせてほしいと伝え、その内容を報告書に書く形でよいかを本人に確認していきます。
このように、本人と産業医の間で今後の計画を一緒に練り上げると同時に、会社への報告内容、つまり前回も触れた情報の取り扱いを本人と話し合いながら、その面談の中でネクストアクションを決定していくと説明されます。
見落とされがちな「クロージング」の重要性
小橋さんは最後に、6番目のセクションともいえるクロージングについて触れます。面談の最後に、何か質問はないか、言い残したことはないかを確認する場面です。
こうしたコミュニケーションは各セクションの中でも必要ですが、話しているうちに新たな気づきや疑問が出てくることがあると小橋さんは指摘します。
それが実はご本人が心底思ってることだったり、最終的な結論をひっくり返すぐらい本質的な内容だったりすることもある。
本人が「本当は最後にこれを言いたかった」とモヤモヤしたまま終わらないよう、そのきっかけを産業医の側から作っていく。小橋さんはクロージングをとても大事なコミュニケーションだと位置づけています。
なお、この回の収録週には、産業保健の世界で最も大きいイベントである第98回日本産業衛生学会が仙台で開催されていたと紹介されます。ただし小橋さんは、収録日の前日に5人目の子どもが生まれたという事情から現地参加を見送り、オンデマンドで学会を追体験する予定だと明かしています。
まとめ
この回では、産業医面談の後半にあたる意向確認・フィードバック・ネクストアクションの進め方が、実際のやり取りを交えて解説されました。産業医が3本柱でアセスメントしつつ、本人や会社と話し合いながら最適解を練り上げていく姿が語られています。
- 産業医は医療ではなく企業のフィールドで動くため、フィードバックの前に本人の意向を確認する
- アセスメントは「健康を害していないか」「医学的に働けるか」「健康に働くにはどうするか」の3本柱で行う
- 合理的配慮は環境調整によって本人と会社の双方が働きやすくなるwin-winの取り組みになりうる
- 健康状態が一時的か半永久的かで、就業制限か働き方の見直しかという対応の方向性が変わる
- フィードバックはゴールではなくスタートであり、本人との対話を重ねてネクストアクションを決めていく


