そもそもメンタルヘルス不調とは何を指すのか
この回では、株式会社ワンセルフ代表で産業医の小橋正樹さんが、メンタルヘルス不調者への初期対応を取り上げています。前回に続くテーマとして、「こういう時はむしろ産業医に繋いでほしい」という観点から話が進みます。
まず前提として、小橋さんはメンタルヘルス不調が正式な診断名ではないと説明します。ストレスによって社会生活などに影響を及ぼす諸々の問題を幅広く含むものだといいます。
この定義は厚生労働省の指針で示されているもので、メンタルヘルス不調は正式な診断名ではなく、幅広い問題を含む概念だという点が出発点になります。
ストレスとは何か、そしてなくすべきものなのか
続いて小橋さんは、そもそもストレスとは何かを整理します。ストレスとは外部からのあらゆる刺激であり、暑い・うるさい・嫌な臭いといった刺激もすべてストレス源になると話します。
そのうえで有名なのは、仕事や人間関係といった心理的なストレスだと指摘します。心理的なストレスには大きなライフイベント級のものと、日常の小さなものがあると分類します。
親しい人の死といった悲しい出来事だけでなく、結婚や就職・転職・昇進など、一般的に嬉しいとされる変化も含まれる
大きな出来事ではなく、仕事を進めたりコミュニケーションを取るなかで生じるちょっとしたストレス
小橋さんは、結婚や昇進のように一般的に嬉しいとされる変化そのものもストレスになると説明します。変化そのものが負荷になるという視点です。
では、ストレスは良くないものなのか。小橋さんは、ありすぎると疲労や病気の原因になり得る一方で、適度なストレスがあるからこそ日々のメリハリや人としての成長もあると話します。
なのでストレスというのは、なくそうというよりは、うまく付き合っていくといった観点がむしろ大事なのかなと思います。
不調のサインはメンタル・フィジカル・パフォーマンスに表れる
ストレスがかかりすぎると、さまざまな症状が出てくると小橋さんは言います。その症状は主にメンタル・フィジカル・パフォーマンスの3つに分類できると整理します。
メンタル面
不安が募る、イライラする、落ち込む、集中力が低下するといった症状
フィジカル面
寝れない、食べれない、頭が痛い、動悸がする、生理が不順になるといった症状
パフォーマンス面
ミスが増えて能率が低下する、対人関係のトラブルが出る、酒やタバコの量が増えるといった変化
これらの症状は、この分類を知っておくと自分や周囲の変化に気づきやすくなる、という意味で押さえておきたいポイントです。次に小橋さんは、ここから言えることが2つあると話を進めます。
すり傷にたとえる「治る力」と、その過信の危うさ
1つ目として、小橋さんは人間にはホメオスタシスという元に戻る力があると説明します。不安やイライラ、寝れない・食べれないといった症状は、多くの人が一度や二度は経験したことがあるはずだといいます。
小橋さんはこれをすり傷にたとえます。転んですり傷程度の怪我なら、放っておいても2、3日で治ることが多い。ストレスから来る症状も、何日か寝たら自然とよくなることが多いと話します。
ただし、その治る力を過信してはいけないとも釘を刺します。すり傷だと思って放置すると傷が化膿し、病院で大きな治療が必要になることがある。ストレスの症状も同じだと言います。
ちょっと気づかないふりをしていたり、市販の薬で騙し騙しやっていくうちに、だんだんと重度の病気になっていくリスク、これはあるわけですね。
体の病気にもストレスが関わることがある
2つ目として、小橋さんはメンタルヘルス不調が精神科にかかる病気だけではない点を強調します。うつや適応障害だけでなく、フィジカルの症状も不調に含まれるという整理です。
具体的には、高血圧や胃潰瘍、喘息の悪化、蕁麻疹など、一見ストレスとは関係なさそうな体の病気を挙げます。すべてが100%ストレスというわけではないものの、ある程度関連することが多いとされていると話します。
実際の産業医面談でも、こうしたケースは珍しくないといいます。ある月は頭が痛い、次の月はお腹が痛いと来られた社員の話をよく聞くと、背景に仕事のストレスがあったという例を紹介します。
様子見でいい場合と、早めに相談すべき場合
では、どう判断すればよいのか。小橋さんは一つの指標を示します。嫌なことや辛いことで体調を崩しても、1日、2日程度なら様子見でいいことも多いといいます。
一方で、1週間以上続くような場合、特に仕事や生活に支障が出てきて悪化の一途をたどる場合は、なるべく早めに専門家に相談してほしいと話します。
嫌なこと・辛いことで体調を崩しても、1日〜2日程度でおさまるケース
1週間以上続き、仕事や生活に支障が出て悪化していくケース
安全配慮義務と、企業が問われる2つの可能性
ここから話は企業の義務へ移ります。企業には従業員の健康を守る義務があり、有名なものとして安全配慮義務があると小橋さんは説明します。
この安全配慮義務は、さらに予見可能性と結果回避可能性の2つに分解できるといいます。少し難しい言葉ですが、小橋さんはかみ砕いて説明します。
従業員の何かしらの損害を、会社が客観的に予測できたよね、という視点
その損害を回避する手段が、会社にはあったはずだよね、という視点
小橋さんは具体例を挙げます。体調が悪くて仕事に来れない、来てもパフォーマンスが発揮できていない従業員に対し、話を聞くことも産業保健の専門家につなぐこともしなかった場合です。
そうしたケースでは、安全配慮義務違反になるおそれがあると小橋さんは指摘します。何もしないこと自体がリスクになるという整理です。
企業がやるべき「みる・きく・つなぐ」の3ステップ
では企業は何をすればよいのか。小橋さんは、やるべきことは3つだと言います。「みる・きく・つなぐ」という言い方で整理します。
「みる」で注目すべきは、周囲から見えやすいパフォーマンスの変化だと小橋さんは言います。欠勤・遅刻・早退といった勤怠の変化や、ミスの増加、報連相の減少などです。
さらに、対人関係のトラブルといった仕事上の変化に加え、最近元気がなさそう、身だしなみが乱れているといった様子の変化も見やすいポイントだといいます。
「きく」は、時間と場所を確保して本人に話を聞くこと。ただし聞くのが難しい場合は、次の「つなぐ」に飛んでもらって構わないと小橋さんは補足します。
「つなぐ」先は立場によって変わります。人事労務担当者なら産業保健専門職や社労士などの士業へ、一般の上司なら人事労務担当者へつなぐという整理です。
小橋さんは、最低でも「みる」と「つなぐ」ができていれば、安全配慮義務の最初のステップは踏んでいると言えると話します。そのためにも、いつもと違うと気づくための普段のコミュニケーションが大事だと強調します。
従業員の健康を守ることが企業を守ることにつながる
最後に小橋さんは、今回のテーマを企業の健康管理の意義と結びつけます。第3回でベネフィットとリスクの側面から話した内容の、リスクの部分とも重なるといいます。
企業のリスク管理のためだけに従業員の健康管理をするわけではない、と小橋さんは断ります。そのうえで、従業員の健康を守ることが結果的に企業を守ることにもつながるとまとめます。
まとめ
この回は、メンタルヘルス不調への初期対応を「みる・きく・つなぐ」という枠組みで整理する内容でした。不調は精神科の病気に限らず、体の症状としても表れること、そして企業には安全配慮義務があることを踏まえ、早めに専門職へつなぐ姿勢が大切だと語られました。
- メンタルヘルス不調は正式な診断名ではなく、ストレスによる幅広い問題を含む概念
- ストレスはなくすものではなく、うまく付き合っていく観点が大事
- 症状はメンタル・フィジカル・パフォーマンスの3つに表れ、体の病気にも関わることがある
- 1週間以上続き仕事や生活に支障が出る場合は、早めに専門家へ相談する
- 企業は「みる・きく・つなぐ」で対応し、最低でも「みる」と「つなぐ」で安全配慮義務の第一歩を踏む



