デザイナーの時間は経営よりクリエイティブが多い?
対談は、川邊さんが廣川玉枝さんに仕事の時間配分を尋ねるところから始まります。クリエイティブな仕事と経営の比率を聞かれた廣川さんは、クリエイティブの時間のほうが多い気がすると答えました。
廣川さんの会社では、試作や生産の段取りまでは社内で行い、縫製などの製造は工場が担っています。川邊さんは、製造を自社で持つかどうかで人数が大きく変わると受け止めました。
だから僕がYahoo入った時は200人でしたけど、今2万5000人ぐらいですから。
川邊さんによると、ネット企業は基本的に内製なので、事業が大きくなるほどエンジニアが一気に増えていきます。服づくりは外部パートナーとの分業がしやすい点が、ネット企業との大きな違いとして語られました。
独立後の苦労を聞かれた廣川さんは、常に大変ではあるものの「面白い大変」だと表現します。初めて取り組む仕事にはどうしても時間がかかり、その苦しさを楽しんでいるといいます。
楽しみながら苦しんでる感じ。そうそうそう、産みの苦しみぐらいですかね。
「衣服は第2の皮膚」から世界服へ
話題は、廣川さんの代表作であるスキンシリーズのコンセプトに移ります。服飾業界には「衣服は第2の皮膚」という言葉があり、廣川さんはそれをマーシャル・マクルーハン ── カナダ出身のメディア論の研究者。「メディアはメッセージである」という言葉で知られ、メディアを人間の身体や感覚の拡張としてとらえましたが生み出した概念だと理解しています。
ただし廣川さん自身も、出典ははっきりとはわからないと断っています。昔見た「皮膚と被服」をテーマにした展覧会で、この考え方に触れたのがきっかけだったそうです。
廣川さんが「その通りだ」と感じた背景には、人間という動物の弱さへの見方があります。人間は毛も生えておらず、昆虫のような装甲もないため、衣服を皮膚のように扱って文化を発展させてきたと廣川さんは考えています。
僕なんかイノシシしょっちゅう解体してますけど。もうハンターなんでね。
ハンターでもある川邊さんは、イノシシの皮膚の強さには辟易させられると応じ、人間の皮膚の弱さに実感をもって同意しました。
廣川さんによれば、服の形は基本的に環境に応じて決まります。アジアとヨーロッパでは、気候の違いから服づくりの考え方そのものが異なるといいます。
温暖湿潤で雨や湿度が多い。着物やサリーのように、布を人に巻きつけて包む筒形の服が好まれた
乾いた気候で、立体的な骨格に合わせて造形技術を上げ、体に沿う立体造形が主流になった
こうして各地で民族服が確立していきますが、廣川さんは、人間そのものは地球上でみんな同じだという点に目を向けます。皮膚があり、ほぼ同じ構造をもつ人間の「皮膚」を服として形にできれば、それは民族服ではなく人類共通の世界服になると考えました。
それで世界服っていうのも作れるし、この無縫製のこのニットの技術で皮膚みたいな服が作れるなと思って、そのスキンシリーズっていう服を作ったのが一番最初でした。
川邊さんは、皮膚には縫い目がないのだから、無縫製のほうがより皮膚らしいと指摘します。廣川さんも、それまでに得てきた点がつながってスキンシリーズというプロダクトができたと振り返りました。
なぜ人は皮膚に模様を描き、服で変わるのか
川邊さんは、疑似的な皮膚を作る立場から見た皮膚のすごさを尋ねます。廣川さんは、人間は人間そのものに満足できず、常に人間を超えた存在になりたがってきたと話しました。
廣川さんによると、衣服はまず寒さや毒、ささくれから体を守る機能のために生まれました。しかし人間は機能だけでは満足せず、表現を求めるようになったといいます。
刺青やボディペインティングも、神に近づきたいという意識から生まれた文化だと廣川さんは語ります。皮膚に表現をすることは古代から続く普遍的な美意識であり、それを服にできればファッションの幅が広がると考えました。
脱ぎ着できるタトゥーみたいな。
川邊さんは、タトゥーは一生ものになってしまうので、入れ替えられる点がいいと応じます。廣川さん自身はタトゥーが怖くて入れたことがないものの、皮膚に密着する服なら元の皮膚の機能を高められる可能性があると考えたそうです。
廣川さんはさらに、光る皮膚や鎧のような硬い皮膚をもつ動物や昆虫にも目を向けます。服を着なくてもすごい皮膚をもつ自然界に比べ、弱い人間が服を作っていることが面白いと話しました。
廣川さんは、警察官の制服を着れば周囲も警察官として接し、本人もその気持ちになると例を挙げます。川邊さんも、副社長になったときに初めてオーダーメイドのスーツを買い、少し偉くなった気分や自信を得たと重ねました。
廣川さんは、服が環境に合っているとその意識はより高まると補足します。5つ星ホテルでスーツを決めればいい気分になるように、人間の意識を変えられるのが服の面白さだといいます。
無縫製ニットを最初に着たのはレディー・ガガ
川邊さんは、縫い目のない無縫製ニットがどう着心地に影響するのかを尋ねます。廣川さんは、縫い目があると動きが止まりやすいのに対し、縫い目がなければ皮膚についていくように動けると説明しました。
無縫製ニットは着心地のよさという機能性をもともと備えていたため、意図せずアスリートやパフォーマーから人気を集めたといいます。その最初の着用者が、歌手のレディー・ガガさんでした。
最初にパフォーマンスで着てくださったのはレディーガガさんだったんですよ。
レディー・ガガさんはコンサートツアーやテレビのパフォーマンスで、ボディスーツをぴたりと着て踊っていました。廣川さんはその姿を見て、動きがよく形もきれいに見えることから、ダンスやスポーツをする人に向いた服だと感じたそうです。
連絡はある日突然メールで届きました。廣川さんの記憶では、VOGUEなどの編集部から、来日するので服を見せてほしいという依頼だったといいます。
廣川さんたちは現場には行っておらず、集められた服の中からレディー・ガガさんが気に入ったものを選んだのが、たまたま廣川さんのブランドSOMARTAのボディスーツでした。オーダーメイドではなく既製品だったそうです。
このボディスーツはよく伸びるため、女性から男性まで幅広い体型にフィットし、サイズ展開もあまり必要ありません。廣川さんは、その点も評価された理由ではないかと見ています。
廣川さんは、人間の皮膚そのものを「第1の皮膚」、服を「第2の皮膚」と呼び、第1の皮膚に近い第2の皮膚が作れれば今までにない服になると考えていました。
スキンシリーズの価値はユーザーが見つけた?
川邊さんは、スキンシリーズの一番の価値は着心地だったのか、ファッション性だったのかを尋ねます。廣川さんは、自分はコンセプトに沿って作りたいものを作っただけで、どう使うかは着る人の自由だと答えました。
廣川さんがスキンシリーズを機能的な場面で効果を発揮する服だと理解したのは、だいぶ後になってからです。体の形は見せたいが全部は見せたくない、動きや体をよく見せたいというダンサーのような人たちに向いていたといいます。
ダンサーのパフォーマンス衣装に使われたことをきっかけに、さまざまなダンサーからオファーが届きました。その後はアシックスと共同で表彰台用のポディウムジャケットも作り、汗をかく部分とかかない部分を生地にグラフィック化して落とし込んでいます。
コンセプト
「第2の皮膚」から世界服を目指して無縫製ニットで制作
パフォーマー
レディー・ガガさんやダンサーが着用し、動きやすさが評価される
スポーツ
アシックスと組み、競技ウェアや表彰台ジャケットへ応用
ユーザー側がむしろ見いだして。あ、なるほどっていうのは、ユーザーから学ばせてもらったっていう。
廣川さんは、わかるまでに時間がかかり、後から気づくことが多いと自分を評します。ファッションだけでなくスポーツにも技術を応用できるかもしれないと、ようやく気づき始めたところだといいます。
アシックスと作ったオリンピックウェアの補完関係とは
オリンピックのウェアは、コンペではなく先方から依頼が来たものでした。スキンシリーズの技術を応用し、競技ウェアと表彰台ジャケットを作る仕事です。
競技ウェアでは長距離マラソンを担当しました。アスリートにとって汗と通気性は大きな課題で、日本の7月の猛烈な気温と湿度の中で選手の快適さをどう保つかを、アシックスはずっと考えていたといいます。
アシックスは研究所をもち、人間のどこが汗をかくかといったデータを蓄積していました。廣川さんはその知見をテキスタイルに落とし込み、非常に薄く、体に合った模様状の穴から通気するすごく涼しい長距離ウェアを形にしました。
素材については、アシックスが研究していた新しい糸を使い、吸水速乾の生地を作ったそうです。廣川さんは、スポーツを専門に研究する企業の本気度に感心したと話しています。
そこまでアシックスは自分たちもう素材も研究成果もあったら自分たちで作ればいいじゃんってちょっと思っちゃうんですけど。
この意地悪な問いに、廣川さんは少し考え込みます。身体に寄り添う服を作っていたのを見て声をかけてくれたのではないか、かっこいい特別なものを作りたいという話は強くされていた、と振り返りました。
川邊さんも、表彰台ジャケットは珍しく「あれが欲しい」と思ったほどだと伝えます。廣川さんは、デザイン性を担う自社と、人間の体を研究し尽くしたアシックスが組んだからこそ生まれたプロダクトだと締めくくりました。
まとめ
廣川玉枝さんのスキンシリーズは、「衣服は第2の皮膚」という発想と、人類に共通する皮膚を服にする世界服の構想から生まれました。その価値は、レディー・ガガさんやダンサー、アスリートといった着る人によって見いだされ、アシックスとのオリンピックウェアへとつながっています。
- 服の形は気候で決まり、アジアは包む服、ヨーロッパは体に沿う立体造形が発展した
- 人類共通の皮膚を服にすれば、民族服ではなく世界服になるというのがスキンシリーズの出発点
- 縫い目のない無縫製ニットは動きやすく、パフォーマーやアスリートに支持された
- 機能服としての価値は、廣川さん自身よりも先にユーザーが見いだした
- アシックスとの協業は、デザイン性と身体研究の知見が合わさって初めて形になった






