醤油カスに籾殻、種の配布。月曜の牧場は外仕事だらけ
この日は9月28日の月曜日で、9月の最終週です。出雲の天気は最高気温27度の曇り時々雨で、前日からぐずついた空模様が続いていると川上さんは話しています。
川上さんのこの日の仕事は、外回りが中心です。近くの醤油の製造会社から出た醤油のカスを引き取りに行き、頼まれていた籾殻も取りに行く予定だといいます。
(醤油カスが出る)時期がね、始まりましたねと思って。こう寒い時期に仕込むのかな。
午後は液体窒素の補充日で、あわせて後代検定 ── 種雄牛の能力を、その娘牛たちの成績から評価する仕組み。候補となる雄の精液を各地の牧場に配って交配し、生まれた子の能力を調べます用の精液の配布があるため、それを受け取りに行くそうです。
一方で、牧場の経営については深刻な話も出ています。川上さんによると、8月は売上がかなり少なく、9月上旬も同じような状況だったとのこと。10月に入ると配合飼料や電気代などの値上がりも控えているといいます。
これでまた10月ね、入っていくと配合飼料とか上がったりとかね、電気代、動力代の資材も上がってますからね。これはやべえなと思ってます。
そのうえで川上さんは、リスナーに毎日コップ1杯の牛乳を飲むことと、noteのメンバーシップでの応援を呼びかけました。音声配信を文字にまとめたnote記事、Instagramでの「#未来の牛乳」デジタルアート、週1回まとめが届く公式LINE、リニューアルした酪農データバンクの紹介もありました。
「交雑してる?」リスナーの質問とF1という身近な交雑牛
お便りコーナーで読まれたのは、配信アプリSpoonのリスナー、かんしんさんからの質問です。
川上牧場さんでは牛さんの掛け合わせ交雑を行っていますか?交雑しているならどんな掛け合わせを行っていますか?どんな理想の牛さんを目指していますか?
川上さんはまず、日本でよく知られている交雑牛を紹介します。ホルスタインのお母さんに黒毛和牛のお父さんを掛け合わせた「F1」と呼ばれる牛で、スーパーで「交雑牛」として売られているお肉は、ほとんどがこの組み合わせだそうです。
F1の狙いは、ホルスタインの体の大きさと黒毛和牛のお肉のおいしさを組み合わせることです。ただ、日本の話だけだとすぐ終わってしまうため、この回では世界の交雑の事例まで広げて話すことにした、と川上さんは説明しています。
日本だけではなく、世界中にね、目をやるとですね、いろんな交雑があって、で、その国特色があったりとかしてですね、めちゃめちゃちょっと面白いんで。
川上さんによると、世界では「いいホルスタインにいいホルスタインを掛け合わせる」という発想だけでなく、そもそも純粋種だけで乳牛を作らない考え方もかなり使われています。例としてニュージーランドのホルスタインとジャージー、アメリカのホルスタイン・モンベリアード・バイキングレッド、ブラジルのホルスタインとジールが挙げられました。
交雑は「中間の牛」づくりじゃない。長所の補い合いと雑種強勢
川上さんがまず強調するのは、交雑(クロスブリーディング)は2つの品種を混ぜて中間の牛を作ることではない、という点です。交雑には大きく2つの狙いがあるといいます。
1つめは、品種同士の長所を組み合わせることです。英語ではブリードコンプリメンタリティ ── 異なる品種の得意な能力を組み合わせ、互いの弱点を補い合う交配の考え方。「品種の相補性」とも訳されますと呼ばれ、乳量が得意な品種、乳脂肪や乳タンパクが高い品種、繁殖性に強い品種、暑さに強い品種などの特徴を組み合わせていきます。
2つめはヘテローシス ── 遺伝的に離れた親同士を交配したとき、子が両親の平均を上回る能力を示す現象。作物のF1品種などでも広く利用されています、日本語でいう雑種強勢です。遺伝的に離れた品種を掛け合わせると、繁殖性や健康、長命性などで両親の平均から期待される以上の能力が出ることがあり、特に最初の交雑であるF1で利用しやすいそうです。
川上さんのまとめは、今の牛に足りないものを別の品種から持ってくる育種が交雑だ、というものです。単純に牛を混ぜる話ではない、と話されています。
ニュージーランドはなぜホルスタインにジャージーを入れるのか
海外の交雑でいちばんわかりやすい例として川上さんが挙げるのが、ニュージーランドです。ニュージーランドではホルスタインとジャージーの交雑牛がとても大きな存在で、「キウイクロス」と呼ばれる牛も使われているといいます。
日本では乳牛といえば白黒のホルスタインのイメージが強いですよね。けれどニュージーランドでは、交雑牛そのものが普通の選択肢の1つになっている点が面白い、と川上さんは話します。
ジャージーはホルスタインより体が小さく、1頭あたりの乳量も少なめになる傾向があります。そのかわり乳脂肪率や乳タンパク率が高く、繁殖性や体格にもホルスタインとは違う特徴があるそうです。
ニュージーランドの酪農では、1頭から何リットル搾ったかより、乳脂肪と乳タンパクという乳固形分 ── 牛乳から水分を除いた成分のこと。乳脂肪、乳タンパク、乳糖、ミネラルなどを含み、乳製品の原料価値を左右しますをどれだけ効率よく作れるかが重要になります。少し小さくても草をしっかり食べ、乳成分を出し、毎年きちんと妊娠する牛に価値が出るわけです。
その国が牛乳をどう作り、どう売っているのかによって、理想の牛まで変わるということですね。
飼い方の違いも大きいといいます。ニュージーランドやアイルランドは放牧中心で、牛は自分で歩いて草を食べに行きます。牛舎の中で1年中TMR ── 粗飼料と濃厚飼料などを混ぜ合わせた「混合飼料」。牛が栄養を偏りなく食べられるよう、牛舎での給餌によく使われますを与える日本の酪農とは、システムがかなり違います。
歩けて草を食べられ、決まった時期に妊娠し、乳固形分を効率よく作れる牛
大きな体で、とにかく大量の牛乳を出せる牛
放牧型の牧場では、1日だけすごい量を出せる牛より、歩けて食べられて妊娠できる牛が欲しくなります。川上さんはこれを「飼養管理の方法が育種の目標まで変える」と表現しています。
ただし、ジャージーを混ぜれば全部良くなるわけではない、と川上さんは念を押します。ジャージーが入ると体は小さく、乳量も減る可能性があり、海外では雄子牛の価値も課題になるそうです。
ジャージーの血が入った雄子牛は、肉用としての成長性や市場価値で不利になる場合があります。そのため性選別精液でメスを狙い、後継牛が確保できたら残りの牛には肉牛の精液をつけるビーフオンデイリー ── 乳牛に肉用種の精液や受精卵を使い、肉としての価値が高い子牛を産ませる方法。日本では乳牛に黒毛和牛を掛け合わせる例が代表的ですや、受精卵移植も組み合わせるといいます。
乳牛としていい交雑かだけではなく、雄子牛をどうするのか、淘汰牛がどう評価されるのか、牛乳はどう売るのか、そこまで含めて交配を考える必要はあります。
アメリカの3品種ローテーションと「一生で価値を残す牛」
次に紹介されたのはアメリカです。研究にも使われている代表的な交雑の方法に「プロクロス」があり、ホルスタイン、モンベリアード、バイキングレッドの3品種を使います。
このやり方は3品種ローテーション(スリーブリードローテーション)と呼ばれ、川上さんは日本の三元豚に近い考え方だと説明しています。3品種を使うのは、雑種強勢を1代で終わらせず、世代を重ねながら維持したいからだそうです。
面白いのが、アメリカの商業牧場での比較研究です。交雑牛と純粋なホルスタインを、同じ牛群、同じような餌と搾乳の条件で比べ、繁殖、牛乳生産、健康、生存性を調べています。
その結果、交雑牛では繁殖性や生存性に利点が出たとする研究がある一方、乳量や乳脂肪、乳タンパクの生産量では必ずしもホルスタインを上回らないそうです。交雑牛だからといって全部の数字が良くなるわけではない、というのが川上さんの強調点です。
ここから川上さんは、特に大切だという話に進みます。仮に純粋ホルスタインが交雑牛より多くのお乳を出すとしても、なかなか妊娠せず病気が多くて早く淘汰されるなら、話は変わってきます。
逆に交雑牛の乳量が少し少なくても、毎年妊娠して病気が少なく、5産、6産まで牛群に残るなら、経営としての答えは変わると川上さんは話します。
そのため日本でも、乳量だけでなく、繁殖性、治療費、淘汰、育成牛を入れ替える費用、長命性まで全部含めて見ていく必要がある、と川上さんは考えています。
暑さに強いブラジルのジロランド。それでも暑熱対策はいる?
3つめの例はブラジルです。ブラジルでは、ホルスタインとゼブー ── 背中にコブがあるタイプの牛の総称。インド原産の系統で、暑さや病害虫に強く、熱帯地域で広く飼われています系の品種ジールを掛け合わせた「ジロランド」という牛がいます。
ジロランドの狙いはとても明確で、ホルスタインの高い牛乳生産能力と、ジールの熱帯環境への適応性を組み合わせることです。暑い環境でホルスタインをどう冷やすかだけでなく、そもそも暑さに適応しやすい遺伝子を持つ牛と組み合わせる発想だといいます。
ブラジルにはホルスタインの血の割合が違う牛もいて、最終的にはホルスタイン5/8、ジール3/8を基本とした合成品種としてジロランドが作られてきたそうです。
ただし、暑さに強い牛でも暑熱対策がいらなくなるわけではありません。川上さんによると、ホルスタインの血の割合が高いほど牛乳生産能力は上がる一方で、暑さへの弱さも出てくる可能性があるといいます。
遺伝改良
暑さに強い遺伝子を持った牛を作る
環境づくり
日陰、十分な水、換気、扇風機、必要なら散水やミスト
給餌管理
暑い時間帯でも食べられるように工夫する
川上さんの言葉を借りれば、大事なのは牛を環境に合わせることと、環境を牛に合わせることの両方をやることです。
川上牧場が目指すのは「崩れにくい牛」
では、川上牧場はどんな牛を目指しているのでしょうか。川上さんは以前のゲノム編集の回でも話したように、世界一乳量を出す牛を作りたいわけではないといいます。
受胎しやすくて、(病気になりにくくて)暑さに強くて、足が丈夫で、乳房が丈夫で、餌をしっかり食べて、そして扱いやすい、そして何産もですね、牧場に残ってくれる。
もちろん牛乳もちゃんと出してくれる。僕が欲しいのはですね、そういう牛です。
川上さんは「目立ちにくい牛」とも言い換えています。人の手がかかることが少ないから目立たない、そんな牛のイメージです。
条件の良い時期は毎日50キロ出すが、夏は餌を食べなくなり、乳量も繁殖も落ちる
ピーク乳量では負けるが、夏も食べて体重を落としすぎず、妊娠もして病気になりにくく、5産、6産まで残る
川上さんは、後者の価値をもっと評価したいと話します。現実はそこまで単純に分かれないとしつつも、最大能力だけを見る育種から、環境が変わっても能力を維持できる牛を見る育種へ変わるほうが、これからの酪農に必要ではないかと考えています。
交雑を考えるときに最初に考えるのは品種ではない、というのも川上さんの大事な指摘です。まず「今の牧場の何を改善したいか」を決めることが先だといいます。
- 乳脂肪や乳タンパクを高めたい
- 繁殖性を上げたい、体格を少し小さくしたい
- 暑さに強くしたい、病気を減らしたい
- 長命性を上げたい、足を丈夫にしたい
- 搾乳ロボットに合う牛にしたい
上のような目的によって、選ぶ品種は全部変わります。各国の交雑も、それぞれ解こうとしている問題が違うそうです。
| 国 | 主な掛け合わせ | 解こうとしている問題 |
|---|---|---|
| ニュージーランド | ホルスタイン×ジャージー | 放牧と乳固形分 |
| アメリカ | ホルスタイン・モンベリアード・バイキングレッド | 高生産牛群での繁殖・健康・長命性 |
| ブラジル | ホルスタイン×ジール(ジロランド) | 熱帯環境への適応 |
同じ交雑でも解こうとしている問題が違うから使う牛も違うと。ここがね、今日一番伝えたいな思うところでございます。
だから海外の成功例をそのまま日本に持ってきてもうまくいかない、と川上さんは話します。気候、牛舎、餌、放牧か舎飼いか、乳成分の評価、雄子牛や淘汰牛の価格、土地の価格、人件費まで全部違うからです。海外の交雑を見るときは「何の品種か」より「なぜその地域でその牛が必要だったのか」を見るのが大切だそうです。
「日本の理想の牛」から「牧場ごとの理想の牛」へ
最後に川上さんは、少し未来の話をします。ゲノム検査がさらに広がり、乳量、乳成分、繁殖、病気、足、活動量、反すう、採食量、暑さへの反応といったデータが1頭ごとに取れるようになり、生成AIで解析できるようになるといいます。
そうなると「日本で一番いい乳牛」という考え方自体が、あまり意味を持たなくなるかもしれない、と川上さんは考えています。北海道の放牧なら北海道向き、九州の暑い環境なら九州向き、搾乳ロボットならロボット向き、そして川上牧場なら川上牧場で一番能力を発揮できる牛、というイメージです。
技術面では、交雑で品種の長所を組み合わせ、ゲノム選抜 ── DNA情報から牛の能力を若いうちに予測し、優れた個体を選んで改良を進める方法で自分の牧場に合う牛を選び、将来は仕組みが十分わかった形質についてゲノム編集も選択肢になるかもしれないといいます。どれか1つを選ぶのではなく、全部を組み合わせる考え方です。
川上さんはかんしんさんへの回答を、いい牛の答えは飼う環境によって変わるという言葉でまとめました。草中心なら草を効率よくお乳に変える牛、暑い地域なら暑くても食べられる牛、人手の少ない牧場なら病気や繁殖で手がかからず長く残る牛、ということです。
さらに川上さんは、外部環境しだいで改良の方向も変わると付け加えます。暑さに強い牛を狙って生まれたころには地球が涼しくなっているかもしれないし、餌が簡単に手に入るようになれば乳量を求めるほうがいい、という話になるかもしれません。
まあでも本当にそういうのを考えながらやっていく酪農がめちゃめちゃ面白いんですよね。僕はこの品種改良、うちの交配がめちゃめちゃ楽しいんで。
番組の最後には、リスナーへの問いかけもありました。牛に1つ能力を足せるとしたら、乳量、繁殖、病気への強さ、暑さへの強さ、長生きのどれを選ぶか、コメントで教えてほしいとのことです。あわせてKindle本『酪農未経験者のために 遺伝改良と飼料設計編』と、黒毛和牛の近交係数がわかるアプリ「和牛交配チェック」も紹介されました。
まとめ
今回は、リスナーの質問をきっかけに、ニュージーランド、アメリカ、ブラジルの交雑乳牛から「理想の牛は環境で決まる」という考え方が語られました。品種名より、その牛がなぜ必要とされたのかを見るのがポイントです。
- 交雑は中間の牛づくりではなく、品種の長所の補い合いと雑種強勢で、足りないものを別の品種から持ってくる育種です
- ニュージーランドは放牧と乳固形分、アメリカは繁殖・健康・長命性、ブラジルは暑さへの適応と、国ごとに解こうとしている問題が違います
- 交雑牛は全部の数字が良くなるわけではなく、雄子牛の価値や暑熱対策まで含めて考える必要があります
- 1年でいちばん乳を出す牛と、一生で牧場に価値を残す牛は同じとは限りません
- 川上牧場が目指すのは、牛にも人にも無理のない「崩れにくい牛」です

