子牛価格の暴落と値上げ見送り、9月末の牧場のリアル
配信日は9月29日の火曜日で、「29」にちなんだ肉の日です。川上さんは冒頭から、子牛の価格がかなり落ちて暴落していることに触れ、ぜひお肉もしっかり食べてほしいと呼びかけています。
この日の川上さんの仕事は、注文を受けた堆肥の配達、頼まれた籾殻の引き取り、牛乳を欲しい人への配達と、外仕事が中心です。調子の悪い牛もいて、治療するか考えているところだといいます。
川上さんによると、8月は暑さの影響で売り上げが少なく、確実に赤字だったそうです。10月を境に辞める酪農家も多く、全国の酪農家の数は8000軒台に入り、減るスピードが速まるのではないかと見ています。
さらに前日には、JAから「今年中の牛乳の値上げはできなかった」というお知らせが届き、とてもがっかりしたと話しています。
ぜひ皆さんしっかり牛乳飲んでね、足りないってなるぐらいまでになってくると、(値上げの)交渉に優位になってきますんで。
子牛の価格が下がった理由について、川上さんは分娩が増えて頭数が増えたことが大きいのではないかと推測しています。これまでは子牛の価格が高かったのでなんとかやれていたものの、10月からは配合飼料の値段も上がるため、年末に向けて値段が戻らないと本当に厳しいといいます。
千葉の水害で届いた質問、酪農家に災害補助金はある?
お便りコーナーで取り上げられたのは、配信アプリSpoonのリスナー、ヤマさんからの質問です。背景には、千葉で続いた災害級の大雨があります。
千葉の水害で酪農家さんにもダメージがあると思いますが、災害補助金などはあるんですか?また、川上牧場は大雨の災害などはどんな対応をするなど想定があれば教えてください。
川上さんはこの質問を「かなり重要」と受け止めています。備えあれば憂いなしとはいえ、備えるための費用を負担しきれているかというと、川上牧場もなかなかできていないと正直に話しています。
先に示された結論は、農業者が災害に遭ったときに使える公的な支援や保険、融資はある、というものです。ただし、災害に遭えば国が自動的に牛舎を直してくれる制度ではありません。
支援の中身は、災害の規模や種類、激甚災害 ── 国が「激甚災害法」に基づいて指定する、特に被害の大きい災害。指定されると復旧事業への国の補助率が上がるなど、特別な財政援助が行われますに指定されるかどうか、国や自治体がどんな支援策を出すか、酪農家がどの保険に入っているかで変わってくるといいます。
そのうえで川上さんは、補助金を調べるより先に、補助金が届くまで牧場をどう止めないかを考えることが大事だと強調しています。
「災害補助金」は1つじゃない?制度の分かれ方と畜産ならではの支援
川上さんがまず説明するのは、「災害補助金」という1つの制度があるわけではない、という点です。支援制度はありますが、いくつもの制度に分かれています。
たとえば豪雨で田んぼが崩れた、農道や水路が壊れたといった農地・農業用施設の被害には、国の災害復旧事業があります。農林水産省も、被災した農地や農業用施設を復旧して農業生産を維持するための制度を設けています。
ただ酪農家の場合、被害はそれだけにとどまりません。牛舎、搾乳機、バルククーラー ── 搾った生乳を集乳車が来るまで低温で保存する大型の冷却タンク。電気が止まると冷却できず、生乳の品質が保てなくなります、自動給餌機、トラクター、堆肥施設といった民間の施設や機械が壊れる可能性があります。
こうした施設や機械については、大きな災害が起きた際に「被災農業者支援タイプ」など、その災害に合わせた支援策が追加されることがあります。熊本地震の支援では、畜舎や堆肥製造施設を含む農業用施設や、農業機械の再取得・修繕が対象になったそうです。
ただし、この支援はあくまでその災害に対して実施された制度です。別の豪雨で同じ内容や補助率になるとは限らず、前の災害で出た補助金が次も必ず出るとは思わないほうがいい、と川上さんは念を押しています。
牛を飼う農家には、畜産ならではの支援が組まれることもあります。2024年の能登半島地震では、次のような支援が実際に行われたと紹介されています。
この支援の並びからわかるのは、酪農の災害は建物を直せば終わりではない、ということです。牛は災害だからといって1週間休業することはできず、餌も水も必要で、糞もお乳も出て、病気にもなります。
そのため畜産の復旧では、建物の復旧と同時に、生き物の生活をその日から維持しなければなりません。ここが一般的な事業とはかなり違うところだと川上さんは話しています。
補助金・保険・融資は別物、何がどこまで助けてくれる?
次に川上さんが分けて考えてほしいと話すのが、補助金、保険、融資はそれぞれ別物だという点です。
農業の保険には農業共済 ── 国の制度として運営される農業の保険。自然災害などで農作物や家畜、施設に損害が出たときに共済金が支払われる仕組みですと収入保険 ── 青色申告をしている農業者向けの保険。品目を問わず、自然災害や価格低下などで収入が基準より下がったときに、その一部を補てんしますがあります。収入保険は、自然災害など農業者の努力では避けられない収入の減少を広く補償する制度です。
酪農の場合、収入保険は生乳の販売が主体の経営を想定していて、条件によっては子牛や乳用種の雌牛、廃用牛などの販売も対象になるそうです。豪雨でしばらく出荷できない、乳量が落ちたといった、経営全体の収入減少への備えとして考える制度です。
一方で、壊れた牛舎そのものの修理代と、収入が減ったことへの補償は同じではありません。川上さんは、ここは分けて考える必要があるといいます。
さらに災害のあとは、補助金が決まるまで待っていられません。餌代も電気代もかかり、機械も直さなければならないため、災害関連の融資があります。
激甚災害に指定された場合は、災害関連資金の当初の金利負担の軽減や、農業近代化資金の保証料免除などが行われることがあります。すでにある借入金の返済を猶予してもらう措置もあるそうです。
| 仕組み | 主な中身 | 役割 |
|---|---|---|
| 保険 | 農業共済、収入保険 | 収入の減少や損害への備え |
| 補助金 | 災害復旧事業、災害ごとの支援策 | 施設・機械の復旧など |
| 融資 | 災害関連資金の金利軽減、保証料免除 | 立て直しの資金を借りる |
| 既存債務の猶予 | 返済猶予などの措置 | 今ある借金の負担を和らげる |
この4つに分かれているからこそ、災害支援を「補助金が出るか出ないか」だけで見てはいけない、というのが川上さんの整理です。
本当に怖いのは最初の24時間、停電で牧場の何が止まる?
川上さんが「本当に怖い」と話すのは、補助金が出るかどうかより、大雨が来たその日、災害発生から最初の24時間です。
たとえば停電すると、酪農ではさまざまな機械が止まります。搾乳は電気を使うので搾乳できず、牛乳の冷却もできません。井戸から電気でくみ上げている給水設備も止まります。
夏場なら牛舎の換気も電気頼みで、自動給餌機や糞尿処理の機械も電気で動いています。
農林水産省も畜産農家に対して、停電中も搾乳や生乳の冷却を続けられるよう非常用電源を用意し、発電機のメンテナンスと燃料の確保をしておくよう求めているそうです。
そこで大雨に備えるなら、停電しても最低限何を動かす必要があるかを決めておくことが大切です。全部を普段通りに動かすのではなく、優先順位をつけるという考え方です。
牛の飲み水
給水が止まらないようにする
必要な換気
暑さから牛を守る
搾乳
毎日のお乳を搾る
生乳の冷却
搾った牛乳の品質を保つ
川上さんは、熊本の地震のときに電気が使えず、牛舎の換気扇を半分だけ回していたというニュース記事を見たそうです。あの暑さで半分しか回せないのは本当にきついだろう、と振り返っています。
餌が届かない、水が止まる、水害なのに断水も考える理由
停電の次に川上さんが挙げるのが餌の問題です。牧場が無事でも道路が壊れればトラックが来られず、配合飼料も粗飼料 ── 牧草や稲わら、サイレージなど、繊維が多く牛の胃の働きを支える餌。配合飼料と組み合わせて与えますも届きません。そうなると、牧場だけ無傷でも牛を飼えなくなります。
農林水産省は畜産農家に、少なくとも1週間以上使える飼料の在庫を確保することを勧めているそうです。しかも全部を同じ低い場所に置かず、川の増水や土砂崩れを想定して分けて保管することも推奨しています。
これ酪農家としてはかなり重要かなと思いますけど、難しいですよね、現実ね。
川上さんは、牛舎が壊れないことだけが防災ではなく、物流が止まっても牛を飼い続けられるかまで考えるのが防災だと話しています。
そして餌以上に怖いのが水です。牛は毎日たくさんの水を飲みますし、搾乳設備や牛乳配管の洗浄、牛舎の衛生管理にも水が欠かせません。
農林水産省も、貯留タンクやくみ上げポンプの準備を畜産農家向けの対策に挙げているそうです。大雨のときは川が溢れることばかり心配しがちですが、断水への備えも必要になります。
川の氾濫や浸水、土砂崩れで牛舎や餌が被害を受ける
断水で牛の飲み水、設備の洗浄、衛生管理ができなくなる
つまり酪農の防災は、水害対策でありながら、水が多すぎる場合と水がなくなる場合の両方を考えなければならない、というのが川上さんの整理です。
牛の避難は簡単じゃない、そして嵐の中で見回りに行かないこと
洪水が来るなら牛を避難させればいい、と思う人もいるかもしれません。けれど川上さんは、たくさんの牛を警報が出てから急に移動させるのは簡単ではないといいます。
牛を運ぶにはトラックと運転する人、移す先の場所が要り、道も安全に通れなければなりません。ほかの牧場へ移す場合は、家畜の病気を持ち込まないための防疫も必要です。
農林水産省も、家畜の避難場所や避難方法を災害の前に検討しておくこと、移送車両や資材の消毒などの病気対策をすることを求めているそうです。どこまで水が来たら動かすのか、どこへ、誰に頼むのかまで決めておくのが大事だとしつつ、川上さんは「かなり難しいんじゃないか」とも話しています。
そのうえで川上さんが「絶対にやってはいけない」と、配信を聞く農家さんにも伝えたいと話すのが、危険な暴風雨の最中に牛舎や水路の見回りに行くことです。
大雨や台風のときは牛が心配で、牛舎や排水溝を見に行きたくなります。それでも農林水産省は、暴風雨が収まるまで畜舎などの見回りをせず、人命を最優先にするよう明記しているといいます。
牛を守りたい気持ちは当然あります。でも、牧場主が流されたら、その後牛を守る人がいなくなります。
川上さんは、災害時の最優先は牛ではなく人命だと決めておかなければいけないと話します。冬場にヒーターなどが原因で牛舎が火事になり、牛を助けに行った畜主さんが亡くなってしまう事故も昨年あったそうです。
水が引いたら片付ける前に写真を撮る、濡れた餌は与えない
水が引いたあと、牛舎に水が入っていた、機械が壊れていたとなれば、早く片付けたくなります。もちろん復旧は急ぎますが、川上さんはその前に写真を撮ることが「ものすごく重要」だといいます。
近年の被災農業者支援では、先に復旧に取りかかる場合でも、被災状況の写真や機械の型式プレート、発注書、納品書、請求書などの保存が求められているそうです。
農地や水路の災害復旧でも、写真を残さず市町村に相談しないまま直すと、国の補助の対象にならない可能性があると農水省が注意しているといいます。川上さんは、復旧を急ぐことと証拠を残すことはセットだと覚えておいたほうがいいと話しています。
もう1つの注意点は、水に浸かった餌です。サイレージや乾燥した配合飼料が濡れたり泥がついたりしても、高い餌なので捨てるのはもったいないと感じるものです。
けれど品質が落ちた餌を無理に与えると、牛の健康に影響するおそれがあります。農水省も、冠水した畜舎は排水後に水洗いと消毒をし、品質が落ちた餌は健康面の心配があれば与えるのをやめ、判断が難しければ家畜保健衛生所 ── 都道府県が設置する家畜の病気予防や衛生指導の専門機関。伝染病の検査や、農家からの相談に対応していますなどに相談するよう示しているそうです。
災害のあとは使えるものは何でも使いたくなりますが、ここで病気を出せば二次災害になる、と川上さんは注意を促しています。
全部は無理だからこそ、災害用のシートを1枚作っておく
ここまでの対策を並べたうえで、川上さんは「そんなのできないよ」と思う酪農家や畜産農家は多いはずで、自分もそうだと認めています。災害の直前に全部を考えるのは無理だからこそ、対策を1枚のシートにまとめておくといいのではないか、という提案です。
川上さんが挙げるシートの中身は、次のようなものです。
- 最優先は人命、危険な時間帯は見回りに行かない
- 停電したら、どの機械をどの順番で動かすか
- 発電機、燃料、給水をどう確保するか
- 最低1週間分の餌をどこに置くか
- 牛を避難させるなら、どこへどう運ぶか
- 集乳車が止まったときや飼料会社・獣医・JA・市町村の連絡先
加えて、被災後は片付ける前に写真や動画、型式番号を残すことも書いておきます。メモにしてどこかに置いておくだけでも、何も決めていない状態とは全然違うと川上さんは話します。
農林水産省には、畜産向けの農業版BCP ── 事業継続計画の略。災害などで人や設備、資金が失われても、重要な業務を止めない、または早く再開するためにあらかじめ立てておく計画ですの雛形もあるそうです。人、物、資金、情報、電気や水などが失われたときに、何を最優先で、何時間以内に戻すかを事前に決めておくもので、2026年6月には実際の災害事例をもとにした新しいパンフレットも公開されたと紹介されています。
1つ壊れても全部は止まらない、酪農を止めない仕組みとは
今回の質問を受けて川上さんがいちばん考えたのは、災害対策は設備を強くするだけではない、ということです。堤防も発電機も保険も大切ですが、酪農でもっと重要なのは、何か1つが壊れても牧場全体が止まらない仕組みだといいます。
| 止まるもの | 起きること | 備え |
|---|---|---|
| 電気 | 機械が動かない | 代わりの電源を用意する |
| 餌 | 配送が来ない | 備蓄しておく |
| 水 | 断水する | 貯水しておく |
| 人 | 自分が牧場に行けない | 代わりに対応する人を決める |
| 牛舎 | 使えなくなる | 牛の預け先を決める |
川上さんは、一つの故障で全部が終わらないようにするこの考え方は、災害だけでなく、これから人手不足が進む酪農にもとても重要だと話しています。
ヤマさんの質問への答えをまとめると、支援制度はあるものの、内容は災害ごとに違う、ということです。農地や農業用施設の災害復旧、被災した農業機械や畜舎への特別支援、収入保険、農業共済、災害融資、大規模災害なら餌や発電機、家畜の避難、酪農ヘルパーへの支援が組まれることもあります。
でも、どんな補助制度ができても、災害発生から最初の数時間、牛に水を飲ませてくれるわけではありません。
牛がいる限り、餌、水、搾乳、換気、衛生は毎日続きます。だからこそ酪農の防災は、災害を防ぐだけでなく、災害が起きても牛の生活を止めない設計が大事だと川上さんは結論づけています。
川上牧場でも、停電、断水、道路の寸断、浸水の4つが同時に起きたらどうするか、一度本気でシミュレーションしておきたいといいます。そして聞き手にも、家や仕事で電気・水・道路のうち1つが止まったら何がいちばん困るかを考えてみると、防災の見え方が少し変わるかもしれない、と投げかけています。
振り返ってみると問題ばかりで、どこから手をつけていいかわからない、と川上さんは本音も漏らします。千葉の大雨や熊本の地震の中でも酪農を続けている人がいることに「すごいな」と感じつつ、出雲は今のところ災害が少ないものの、いつ何が起きるかわからないと話しています。
シミュレーションには、AIが壁打ち相手になってくれるはずだとも話しています。川上さんは自身の書籍のデータを読み込ませた「FarmEcho AI」を作っていて、災害時にどうすればいいかの相談相手にも使えるかもしれない、と紹介しています。
まとめ
酪農家が災害に遭ったときの支援制度はありますが、1つの「災害補助金」ではなく、補助金・保険・融資・債務の猶予に分かれていて、中身も災害ごとに変わります。だからこそ川上さんは、支援を待つより先に、停電・断水・餌の途絶が起きても最初の24時間を乗り切れる備えを考えておくことが大事だと話しています。
- 災害支援は補助金、保険、融資、既存債務の猶予に分かれ、前の災害と同じ支援が次も出るとは限らない
- 電気は牛の生命維持装置に近く、停電時は飲み水・換気・搾乳・生乳冷却の優先順位を決めておく
- 水害対策でも、浸水だけでなく断水や餌の配送停止まで想定する
- 暴風雨の中の見回りはせず人命最優先、被災後は片付ける前に写真や書類を残す
- 対策を1枚のシートにまとめ、1つ止まっても牧場全体が止まらない仕組みを作る


