この2週間の活動と、余裕から生まれた学びの時間
冒頭でみずちさんは、この2週間を振り返ります。長尺動画のことを考えたり勉強したりしながら、受けていた案件配信がすべて終わったといいます。
案件についてはメールでいろいろな依頼が届き、断ったもの、やらせてもらったもの、返信しても返ってこないものなど、対応はさまざまだったと話します。フィッシングメールも大量に届き、アカウント乗っ取りに怯えながら返信していると振り返ります。
受けた案件は、みずちさん自身が面白いコンテンツだと感じたゲームだったため引き受けたといいます。その中で気づいたことや学んだことは、後半のメインテーマで語られます。
最近は毎週木曜に長尺動画、月曜と木曜にソロ配信という形で更新を定期化し、明確に余裕ができたと話します。その余裕によって勉強する時間が増えたといいます。
明確にこう余裕ができた。で、余裕ができたことによってすごい勉強するようになったんですね。
最近は長尺動画やいろいろな人のポッドキャストを聴き、ゆる言語学ラジオなど、ためになりそうなものを聞き流していると話します。海外のものも聴いているといい、そこで気づいたことを今回のテーマにつなげます。
ふつおた:キャパオーバーで自己嫌悪に陥るリスナーへ
お便りコーナーでは、ラジオネーム・ウツギさんからの相談が読まれます。仕事や私生活で新しく始めたことが多く、体がついていかず、おそらくキャパオーバーで体調が悪くなっているという内容です。
ウツギさんは、眠くても終わっていないことへの不安がぐるぐるして眠れず、睡眠不足が重なってさらにうまくいかないと書いています。当たり前のことが当たり前にできず、周りが羨ましくなってしまうといいます。
努力できているわけじゃないのに、そんな資格なんてないのに、自己嫌悪に押しつぶされそうです。
相談の最後は「みずちさんは自分が嫌になる時がありますか?どうやって乗り越えて生きていますか?」という問いで、暗い上にしょうもないお便りで申し訳ないという言葉が添えられていました。
みずちさんは自分が嫌になる時がありますか?もしあったとしたら、どうやって乗り越えて生きていますか?
みずちさんはまず、しょうもないお便りではなく、むしろ逆だと受け止めます。そのうえで、自分が嫌になることはあると率直に答えます。
自分が嫌になった過去と、そこで実際にやったこと
みずちさんは、過去に自分が嫌になった経験を2つ挙げます。1つは配信中に泣いたことで、本当の自分はこうじゃないのにと感じ、文字通り自分が嫌になったといいます。
もう1つは高校の吹奏楽部での経験です。新入生に興味を持ってもらう案をみんなの前で発表したところ、代替案のない否定を軒並み受けたと振り返ります。
いや、それじゃうまくいかないんじゃない?みたいな、代替案のない否定のされ方をして、なんかすごい悔しいみたいなね。
その時は泣いた一方で、実際の行動として、一緒に活動する仲間と話してプランを考え、父親にも相談したといいます。
父親からは、否定するならまず代替案を持ってこいと伝えろと助言され、次の会議で「否定はいいが、何がダメでどうすればいいかの代替案をください」と言ったところ、誰も何も言えなくなったと話します。
配信で自己嫌悪になった2〜3年前も、ウツギさんと同じくキャパオーバーだったといいます。いろいろやっても伸びず、自分に能力がないとひしひしと感じていたと振り返ります。
その時にやったのは、自分のやっていることをシンプルに見直すことでした。定期的な配信スケジュールの管理、ちゃんと寝る・食べる・運動するといった基本を、最近も続けていると話します。
ずっとアウトプットして何かやらなきゃ、何かやらなきゃって感じだったんですけどね。
ただし、これで問題そのものを乗り越えたわけではないと正直に語ります。一時的にその感情は乗り越えたが、結果としてはほぼ変わっていないと言ってもいいと話します。
「努力していない」「資格がない」という言葉をほどく
みずちさんは、ウツギさんの「努力できているわけじゃないのに」という言葉に引っかかったといいます。相談文には「必死に食らいついてはいるものの」とあり、それははたから見れば努力だと指摘します。
必死に食らいついていると言っているので、それははたから見たらもう努力です、これは。
次に「そんな資格なんてないのに」という言葉について、その資格はどこかの協会が定めたものではなく、ウツギさんが自分で勝手に作った資格だと話します。
仮にその資格があって自己嫌悪をしていいことになっても、ウツギさんにメリットはないといいます。だからこの資格自体がある必要がないので、取っ払っていいと語ります。
自己嫌悪そのものについては、してもいいと考えを示します。虚勢を張って強くなる人もいるが、大半の人はメンタルが弱いもので、ウツギさんは今そういう時期なのだと受け止めます。
一時的な負荷と、できることを大きく見積もる人間の癖
みずちさんは、相談文にある「新しく始めたこと、変わったことが多く」という状況は、恒常的にずっと続くものではないと指摘します。今は一時的に負荷がかかっているだけだと捉えます。
そのうえで、中途半端なタスクや溜まっていく家事、実らない夢というように、人生全体が悪い方向へ向かっているかのような書き方に見えるが、そうではないと話します。
解決策の1つとして、友達や上司などに悩みを話し、自分の考えを咀嚼して捉え直すことを挙げます。そうすれば「今だけかもしれない」と楽観的に見られるかもしれないと語ります。
もう1つの観点として、人は自分のできる範囲を大きく見積もりがちだと指摘します。溜まったタスクは「本来できたはずのこと」に見えるが、結果としてできなかった以上のことはないと話します。
本当はできたっていうのは、あの、まあ夢物語なんですよ。逆に言うと。
キャパオーバーで体調も悪く睡眠不足の状態で、いつもどおりできると考えるほうが難しいといいます。比べている「いつも」は、体調が良く生活が安定していた時期のことだと指摘します。
他人がうまくいって見えることについても、実はドロドロの恋愛や借金など負の側面を抱えている人はたくさんいると話します。今はいいところばかりが見えてしまう時期だと語ります。
新しい環境のストレスと、慣れ・割り切りという答え
自分も情けないと思うことは毎分あり、自己嫌悪は毎日起こるものだとみずちさんは話します。今はそれが一時的に大きな負債として溜まっているだけで、時間が経てば解決すると語ります。
一つのことばかり考えるとぐるぐる回って答えが出ないため、課題を過大に評価しないほうがいいと助言します。タスクが終わらないと解決しないものはたくさんあると話します。
新しい環境や新しいことは大きなストレスになるといい、社会に出た時に会社の産業医から受けた研修の話を挙げます。ストレス指数 ── 職場の変化や人間関係の変化、引っ越しなど、生活上の出来事がどれだけ心身に負荷をかけるかを数値で示す考え方。新しいことを始めると値が高くなるとされますは、新しいことを始めると非常に高くなると教わったといいます。
みずちさんの会社は全国転勤だったため、北海道から茨城への転勤など、新しい環境に身を置く機会が多かったと話します。回線や騒音、隣人といった小さなストレスも積み重なっていくと振り返ります。
宇津木さんはその中でも自分で必死に食らいついてるって言えてるんで、あの、誇っていいと思います。マジで。
そのうえで、仕方ないところは割り切るしかないと語ります。転勤でみんな体調を崩し寝不足になるのと同じで、新しいことを始めれば誰もがそうなるものだと話します。
もしこの状況が連続的に続くなら、耐性がついて慣れていくと話します。新しい職場で知っていることも知らないふりして聞く、引っ越しの手続きは先にやっておくといった慣れが出てくるといいます。
連続的になったら学びます、慣れます。
今回は一発でドーンと重いものがのしかかっているタイミングなので、頑張るしかない、慣れるしかない、割り切るしかないというのがみずちさんの答えです。
情けなくないことの証明と、アイゼンハワーマトリックス
みずちさんは、育児のように長く続く負荷でさえ、人生の全てを覆うわけではないと話します。人生全てがダメになることは基本的にないと語ります。
そのうえで、ウツギさんがこのお便りを送ったこと自体が、問題を解決したいという前向きな思考の表れだと指摘します。本当に情けない人はお便りも出さないし、必死に食らいついているとも言わないと話します。
みずちさんが変えられるのは、ウツギさんの頭の中で「悪いもの・大きなもの」と捉えられている問題を、少しでも軽くすることだといいます。10年後・20年後には笑い話になると励まします。
具体的な整理術として、みずちさんは睡眠時間を確保するには24時間のうち何かを削る必要があると話します。そこでアイゼンハワーマトリックス ── タスクを「緊急かどうか」と「重要かどうか」の2軸で4つに分けて優先順位をつける整理法。アメリカのアイゼンハワー元大統領の言葉に由来するとされますを紹介します。
4つの領域について、みずちさんは次のように整理します。すべての優先順位が横並びで「全部やらないといけない」と感じることが辛さの原因なので、これで実際にやることを絞れると話します。
当たり前のことを当たり前にできる人がどれほどいるかとみずちさんは問いかけます。歯を磨かない人も汚部屋の人も敬語を使えない人もたくさんいる中で、仕事をして私生活で新しいことを始めているウツギさんは十分すごいと語ります。
その当たり前のことが当たり前にできるっていうのが、もし素晴らしいことなのであれば、ウツギさんはもう素晴らしい人です。僕がそう言うんだからそうなんですよ。
最後に、ウツギさんは真面目ゆえに全てのリソースを注いでパンパンになっているのだろうと分析します。休憩の時間を必ず取り、タスクを整理してやってみたらどうかと結び、いい方向に行くよう願うと締めくくります。
QAがずれる:質問の趣旨を理解して答えるということ
メインテーマは「QAがずれる AはBの対人編」です。前回、物事を「AはBだ」と単純化すると悩みの霧が晴れるという話をしたことを受け、今回はそれを対人の会話に広げます。
みずちさんは今、動画編集者に助言したり、アナリティクスを見て次の方針を伝えたりする、教える立場にいると話します。編集者からの提案に答える場面も多いといいます。
いろいろなポッドキャストの対談を聴く中で、質問と答えがズレていると何かモヤっとすることに気づいたといいます。QAがずれる ── 質問(Question)に対して、その趣旨とかみ合わない答え(Answer)が返ってくること。会話がすれ違い、伝えたいことが伝わらなくなる原因になりますという言葉自体を知ったのも最近だと話します。
その言葉を意識して人と会話すると、みんながズレていると感じ、自分もズレていると気づいたといいます。相手が聞きたいことより先に、自分が喋りたいことへ話題がどんどんズレていくのだと語ります。
自分が喋りたいことを喋ろうとするが故に、この人はこういうことを聞きたいんだなの前に、あ、それでいうと俺こういうことを喋りたいなっていう風に、なんかどんどんずれていく。
質問の意図をつかむ:編集者との利害のズレを例に
みずちさんは具体例として、動画編集者が「こういう編集をしたい」「次はこういう動画を作ってみたい」と聞いてくる場面を挙げます。
みずちさんの中の答えは「チャンネルを伸ばすためには必要ない」となりがちだといいます。しかし、そもそもチャンネルを伸ばしたいという目的が、二人の間で一致していない場合があると気づきます。
編集者が質問した本当の趣旨は、自分が成長したい、新しい編集で自分に何ができるか開拓したい、という点にあると分析します。その趣旨を理解しないまま答えると、答えがズレると説明します。
チャンネルが伸びるかだけで判断し、「その動画は伸びないからノー」と返してしまう
相手が求める成長や開拓の意図をくみ取り、それがチャンネルの伸びにつながるかで答える
質問の意図とか、そういうのをちゃんと理解した上で答えてあげないといけないなっていうところはまず最近気づいたんですよ。
言葉に2つ以上の意味を乗せるな、という指摘
みずちさんは、QAがズレる理由の一つに、話す本人が一つの言葉に2つ以上の意味を乗せていることを挙げます。
ロルのコーチングをしているライジンさんの言葉として、言葉に2つ以上の意味を乗せるなという話を紹介します。「これしてください」と言う時は、その意味だけを出すべきだと語ります。
これしてくださいって言った時に、私はこっちにいますよっていう意味は乗っけるなみたいなことがあったんですよ。
言葉に複数の意味が乗るとQAがズレ、報告したことが伝わらなかったり、連携がうまくいかなかったりすると話します。ここが最近すごく重要だと感じていると語ります。
AはBだの積み重ねで、会話の中心をあぶり出す
みずちさんは、単純な「AはBだ」「QにA」という2つの物事しかないシンプルな形なら誰にでも伝わると話します。
その「AはBだ」を複数積み重ねることで、外堀を埋めるように中心の形をあぶり出せると説明します。お祭りの型抜きで外を削って中心の形を綺麗に出すイメージだと例えます。
端っこからどんどんどんどんどんどんやってってやるみたいなっていう感じ。これがいいんじゃないかなと思いましたね。
頭のいい人たちの会話はこれをやっていて、「それってどうなんですか」ときちんと質問し、自分が知りたい情報が手に入るまで聞くとみずちさんは指摘します。
自分は昔、中学からの頭のいい友人たちの会話で、聞かれたことにうまく答えられず、自分はバカだと自己嫌悪していたと振り返ります。
その人たちの言動を思い返すと、質問が多いことに気づいたといいます。「最近どうなの」「それってあれだったっけ」と随所に質問があり、答えを重ねることで全員の解像度が上がっていくと話します。
周りを見ると、話をごちゃごちゃにしたり「察してよ」で済ませたりして、モヤっとしたまま流される会話が多いと感じるといいます。
聞くが7割・話すが3割:QとAの割合という発想
みずちさんは、全てを質問と答えで成り立たせる必要はないと断ります。なんとなく伝わることも大事だが、動画編集やコーチングのように結果を出す場面ではQAが大事だと話します。
コミュニケーションの根っこには、みんな喋りたいことを喋りたいという欲求があると指摘します。だからこそ「聞くのが7割、喋るのが3割」が良いと言われるのだと語ります。
聞いてないと答えられないよねっていうのがある。Qが七割でアンサーが三割みたいな。
自分が7割喋っていたら、相手のQに答えられなくなるとみずちさんは説明します。聞くことと答えることのバランスを、QとAの割合として捉え直せるのではないかと語ります。
ゆる言語学ラジオに学ぶ、伝わる技術と質問力
みずちさんは、ゆる言語学ラジオの二人の話し方に注目します。小難しいものをエンタメにし、わかりやすくする力があり、全てを「AはBだ」の形で説明してくれると感じるといいます。
分かりにくいものでも分かりやすくして、それが面白くエンタメに昇華されてるっていうのはすっごいなって思って。
みずちさんは、トーク力を鍛えたい、解説動画で内容を伝えたいという自分の目標と重ねます。伝わらなければ意味がなく、QAがズレると「この人何を言っているんだろう」となってしまうと話します。
今の自分は喋りたいことをバラバラに喋ってしまうと自覚し、それではポッドキャストとして成立せず独り言になってしまうため、QAを身につけたいと語ります。
そのうえで、まずは質問力を鍛えたほうがいいと考えを示します。伝える側も答える側も素人だと難しいからこそ、質問の仕方が鍵になるといいます。
具体的には、クローズドクエスチョン ── 「はい・いいえ」で答えられる形の質問。「こういうことで合ってる?」のように確認する聞き方で、答える側が答えやすく、認識をすり合わせやすいとされますが有効だと話します。「今こう考えてこう感じたけど、こういうことで合ってる?」と聞く形です。
一方、オープンクエスチョン ── 「あなたはどう思いますか」のように自由に答えを求める質問。答えの幅が広く、答える側にとっては難しくなりやすいとされますで「どう思いますか」と聞くと、答えが難しくなると指摘します。確認を重ねて解像度を上げていく聞き方を、今後鍛えたいと語ります。
病名をつけると認識できる:QAのズレに名前を与える
締めくくりでみずちさんは、今回のテーマを改めて整理します。前回の「物事を簡略化する」話の対人編として、人と話す時もAはBだよねという形が、ほとんどズレていると感じたという内容でした。
これまでQAのズレを意識したことがなかったのは、その現象自体を理解していなかったからだといいます。ここで「病名をつける」という考え方を持ち出します。
現象に名前をつけると、一気に認識できるものになるとみずちさんは話します。例としてサンクコスト ── すでに使ってしまって取り戻せないお金や労力のこと。これを惜しんで、割に合わないことをやめられなくなる心理を指すことがありますのようなバイアスを挙げ、名前を知るだけで今の状態に気づけると説明します。
病名を付けるみたいな感じで、それ自体に名前を付けてあげたら一気に認識できるものになるんですよね。
QAがずれるという言葉を最近知り、しかも前回「AとB」で当てはめると綺麗になるという話をした直後だったため、強く印象に残ったといいます。当たり前のことだが、改めて考えると自分もあまりできていないと気づいたと話します。
最後にみずちさんは、話を聞いていてQAがズレていると思う場面があればコメントで教えてほしいと呼びかけます。番組への質問や相談は概要欄のフォームから、感想はXでハッシュタグをつけて投稿してほしいと案内し、回を締めくくります。
まとめ
今回は、キャパオーバーで自己嫌悪に陥るリスナーへの答えと、会話でQAがズレる理由という2つのテーマが語られました。負荷は一時的なものとして扱い、会話では質問の趣旨をつかむことが鍵だという内容です。
- キャパオーバーは一時的な負荷であり、できなかった以上のことはない。過大評価せず割り切ることも大事
- アイゼンハワーマトリックスで優先順位を分けると、実際にやることが絞れて楽になりうる
- QAがズレるのは、質問の趣旨を理解しないまま答えたり、言葉に2つ以上の意味を乗せたりするため
- 「AはBだ」を積み重ねて外堀を埋めると、会話の中心があぶり出される
- 結果を出す場面では質問力が鍵。クローズドクエスチョンで確認を重ねると解像度が上がる






