登録者50万人弱、SNSを止めた人気インフルエンサーとは
この回のゲストは、SNSで「フミカナ」として活動するFUMIYAさん。妻のカナミさんとの夫婦チャンネルで、YouTube登録者は50万人弱に達しています。
現在は医療やスタートアップのマーケティング・クリエイティブに携わりながら、表向きにはSNS発信を続けてきた人物です。
今現在は医療とかスタートアップのマーケティングクリエイティブに携わる仕事をしつつ、また表ではSNSでフミカナという名前で活動しております。
活動の起点は、AbemaTV時代の恋愛リアリティショーでした。すでに付き合っていたカップルが、7日間で結婚か別れかを決めるという企画で、二人は第1回に出演しています。
FUMIYAさんは当時パーソナルトレーナーとして活動しており、体重100キロほどの体格で知られていました。妻のカナミさんは子役出身で、インスタで先にフォロワーを集めていたと話します。
フォロワー数への違和感と、露出の先にあった「無」
高木さんはこの回を、登録者2300人ほどの自分のチャンネルに大きなインフルエンサーが出てくれた、という構図から始めます。ただFUMIYAさん自身も、その数字に違和感を持っていました。
FUMIYAさんがショート動画に手応えを感じたのは2022年。まだ収益化もされておらず、稼げる見込みが見えない時代でした。当時の指標はフォロワー数であり、そこに強い違和感があったと振り返ります。
ショート動画の露出とか再生数っていうのは誰にも負けてない自信はあったんですよ。結局、でもこの必要とされるのがフォロワー数が多い人ってところにすごく違和感を感じてて。
やがて時代がショート動画に熱狂し始めます。しかしFUMIYAさんは、そのときにはすでにTikTokの更新をやめていました。世の中が追いついたときには、自分の関心はもうそこになかったのです。
もう一つの違和感は、露出の量が増えても一人ひとりの熱量が上がらないことでした。街で声をかけられても、返ってくるのは「知ってます」までで、そこから先に届かなかったといいます。
(声をかけられても)知ってます。でも本当に好きで会えて嬉しいですっていう熱量までは一生いけなかったんですよ。
FUMIYAさんが本当に欲しかったのは、困ったときに集まってくれる100人でした。どれだけ再生されても、その100人は作れないと感じたことが、TikTokを止めた理由だったと語ります。
オフラインで感じた熱量と、掘り返された過去
転換点になったのが、2025年に恵比寿ガーデンプレイスで開催したオフラインイベントです。SNSとは真逆に、当日会いに来てくれた人の熱量は明らかに高かったといいます。
オフラインでやるって決めて踏み切った瞬間に、当日来てくれた人とか会ってくれた人ってすごく熱量が高かったんですよね。
一方でFUMIYAさんは、自分の行動に矛盾も感じていました。違和感を行動に移して成果が出ると、途端に興味が薄れてしまうというのです。
いまFUMIYAさんが向き合っているのは、妊娠・出産というテーマです。妻が妊娠直後に意識を失い、四肢が伸び切って痙攣した光景が、亡くなった母親の最期と重なったといいます。
妊娠出産が命懸けっていうことが、まだまだ日本の社会として理解できてないと思うし、包み込むことができてないと思うんですよ。
同時に、なぜ自分がそれを発信するのかがわからないとも話します。男性がこのテーマに踏み込むとヘイトが集まりやすく、リスクが高いことを自覚しながらも、やめられずにいるのです。
中1のいじめと「見て見ぬふり」への怒り
FUMIYAさんは、この発信の根に中学1年のいじめ体験があると、動画では話したことのない過去として明かします。教室に入る一瞬すら耐えられない空気があったといいます。
つらかったのは加害者そのものより、周りで見て見ぬふりをする人たちだったと振り返ります。やめなよと思っていても、空気に流されて言えない人たちの姿が、いまの発信と重なりました。
(いじめで一番つらかったのは)周りで見てる人たち。きっとやめなよって思ってくれてる人もいたと思うけども、やっぱみんな空気に流されて負けて言えないわけじゃないですか。
妊娠・出産の現実が社会に伝わっていない状況を前に、FUMIYAさんは自分が当時の傍観者側になっているように感じたといいます。だから声を上げたかったのかもしれない、と語ります。
一見、女性のためとか妊婦さんのためって見えてると思うんですけど、紐解いていくと、本当に自分自身のためにそういう発信をしてるんじゃないかなって思ったりもしてるんですよ。
いじめの影響は人間関係にも及んでいました。FUMIYAさんは33歳のいまも深く関わる友人がおらず、結婚式に参列した経験も一度もないと打ち明けます。
今三十三歳なんですけど、結婚式に一度も参列したことがないんですよ。
女遊びの果ての「無」と、妻に初めて怒られた日
高木さんは、そんなFUMIYAさんが心を開けた相手について尋ねます。妻のカナミさんはパーソナルトレーナー時代の客で、出会いは20代前半でした。
FUMIYAさんは大学時代から妻に会うまで女遊びを続けていたと語ります。母親を胃がんで亡くした前後に、その傾向が強まっていたと振り返ります。
妻と出会って変わったきっかけは、人生で初めて本気で怒られたことでした。女遊びの癖が抜けず、電話越しに「出ていく」とまで言われた瞬間だったといいます。
(妻に)このままだともう本当出ていくからねみたいなことを言われたのが人生で初めてだったんですよ。
その恐怖は、Abemaのリアリティショーでも本気の喧嘩として表れました。彼女がいなくなったら自分はどう生きるのかと、初めてリアルに感じたことが決め手になったといいます。
女遊びに何を求めていたのかを問われ、FUMIYAさんは明確な答えを持てません。ただ、遊んだ先には何もなかったと言い切ります。
遊んだ先に何もなくて、「ああ、無だな」って思ったので、今のこの幸せをその無のために使うほどバカだよなっていうのがあって、今全く遊んでないっていう感じです。
高木さんは、その刺激を今度はSNSに、承認という形で求めたのではないかと投げかけます。FUMIYAさんは一定は当たっているかもしれないと認めます。
ショート動画で日本でもトップクラスの数字を得たとき、FUMIYAさんは「これが上だ」と感じた瞬間があったといいます。しかしそこでも、待っていたのは同じ「無」でした。
「同じゲーム」をやり続けている、という指摘
高木さんはここで、フォロワーか再生数か、短尺かテキストかという違いは本質ではないと指摘します。承認を求め続けてきたプロセスそのものが、女遊びとSNSで共通しているという見立てです。
FUMIYAさんはこれまで、自分の歩みを「先見性」と評されてきたと言います。しかし本人の実感は、その時々の違和感を払拭したくて動いた結果に過ぎませんでした。
その時の自分の違和感というか、気持ち悪いものを払拭したくてやって、それがたまたまその形としてそう見えてるだけだったので、なんかそこはすごく今すっきりしました。
いまFUMIYAさんが関心を寄せているのは文章です。出産動画がYouTubeで最も伸びた際、流入の起点はTikTokではなくInstagramのキャプションでした。長い文章を読む人ほど滞在時間が長く、良いパフォーマンスにつながったと分析します。
短時間で完結し、断片的に理解される。声をかけられても「知ってます」で止まりやすい
時間を使って理解しようとする人が読む。滞在時間が長く、熱量の高い関係につながりやすい
高木さんは、その文章もまた相手のアテンションを得る武器だと捉えます。そのうえで「何を伝えたいのか」を繰り返し問いかけました。
文字で涙を流してほしいなと思います。文字を読みながら。見た人の感情っていう部分に関しては、そういう感情になってほしいっていうものはあります。
高木さんは、媒体が変わっても自分の存在を相手に刻みつけたい欲望は同じだと指摘します。1000万回再生されたいという話と構造は変わらない、というのです。
失うものはない、というリフレーミング
高木さんは、FUMIYAさんの発言に多いエクスキューズに注目します。「初出しなんですけど」「ここちょっとなんですけど」といった前置きの多さです。
高木さんの見立てでは、FUMIYAさんには「この側面を出しても受け入れてもらえるのか」という恐怖が根にあります。媒体を変えながら少しずつ自分を出し、承認されることで安心してきたのではないか、と読み解きます。
しかし、と高木さんは続けます。すべての側面を知る妻がいまも愛してくれている以上、失うものは何もないというのです。
FUMIYAさんは、妻が知らない側面があるなら悩む価値もあるが、精神的に参って床に頭を打ち付ける姿まで見られている、と応じます。だから何を言っても驚かれないと気づきます。
だからそこにね、別に何も思われないんだったら、怖いものは確かにないなって思いましたね。
高木さんは、絶対に許容してくれる存在があれば、それが自信のよりどころになると話します。いまFUMIYAさんにとってはそれが妻であり、子であるという整理です。
SNSを消して、本を出す、という提案
高木さんは具体的な提案に踏み込みます。本を出すタイミングで、すべてのSNSをやめてはどうか、というものです。2年間更新していないアカウントは、いわば2年間着ていない服だと例えます。
もし妊娠・出産のメッセージが本当に伝えたいことなら、それをSNSのフォロワーを増やす手段に下げてほしくない、と高木さんは念を押します。大事なコアがアテンションエコノミーの餌になってしまうからです。
本出すタイミングで全てのSNSやめたらいいかなと思いましたね。認知を書き換える一番の方法は、もう消しちゃうってことです。
高木さんは、FUMIYAさんの自己紹介が経歴の羅列になっていた点にも触れます。実績はあるのに、自分の中のストーリーが薄れ、履歴書のような順番でしか語れなくなっている、という見立てです。
だからこそ、いまの魂が乗っている「出産・妊娠の発信をしたい」というビジョンから語ればいい、と高木さんは伝えます。過去の実績が残っていると、そこから話さねばと感じて詰まってしまうのです。
外的動機の罠と、高木自身が抜けた経験
高木さんは、自身も20代前半にTwitterでバズり、アテンションと承認に飲み込まれた経験を語ります。出れば出るほど自分の人生を削って消費され、言いたいことがなくなっていったといいます。
SNSをやめて1年後にふと見ると、かつて熱心にコメントをくれた人が、別の盛り上がっている相手にも同じことをしていました。所詮は偶像を求めているだけだと気づき、吹っ切れたと話します。
高木さんは、外的動機で動くと見た目は良くなるが自信はなくなると説明します。世の中がかっこいいとする姿に自分を合わせる行為は、緩やかな自己否定だからです。
FUMIYAさんは、いまのSNSは自分が良いと思ったものではなく、SNSで良いとされたものを人々が取り入れる場だと感じてきたと応じます。その違和感を持ちながら、なお後ろ髪を引かれて残っていた自分に気づかされたといいます。
この感覚を持ってるから自分は離れてるって思ってたけど、いや、全然まだ残ってるよっていうところを今日思い知らされた。
アンラーニングとしての決断、そして表現へ
高木さんは、承認ではなく内的動機を大事にすることを勧めます。人生の大きなライフイベントから生まれた、本当に伝えたいことこそ手放してはいけない、というのです。
そのうえで高木さんは、これはアンラーニングだと位置づけます。レゴで作った城を一度バラすようなもので、作り方は手に残るから、似た城はまた作れると例えます。
この城を大事にし、これもう作ったからさっていう、バーンでぶっ壊したらめっちゃ気持ちいいですよ。そしたら別の城作れるんで。
FUMIYAさんは、初対面でここまで自分のことを思って言ってくれる人に会ったことがなかったと語ります。そして、自分が本当はそういう言葉を求めていたのだと気づきます。
高木さんは、自分のために伝えることこそがクリエイティブであり、失恋ソングが赤の他人を感動させるのと同じだと話します。自分のためが、結果として社会のためにつながる瞬間があるというのです。
FUMIYAさんは、妻が妊娠直後に倒れた光景を前にすると、動画もショートもテキストもくだらなく思えてしまうと吐露します。それでも、あの光景を見たときの感情は残したいと語ります。
あの光景を見せることは物理的にできないかもしれないんですけど、あの光景を見た時の僕の感情っていうものは残したいんですよね。
高木さんは、それこそが表現だと応じます。動画を作ること自体が表現なのではなく、あの感情を残そうとすること自体が表現だ、という言葉でした。
対話の終わりに、高木さんはFUMIYAさんを「1年に1回飲みに行く友達」だと言い、誕生日会に招きます。友人がいないと語っていたFUMIYAさんは、泣きそうになりながらこの時間を振り返りました。
まとめ
SNSで成功したはずのFUMIYAさんが抱えていた違和感を、高木さんはフォロワー数や媒体の問題ではなく、承認を求め続ける動機の問題として捉え直しました。いじめ、女遊び、出産という原体験までさかのぼる対話は、SNSを手放して本当に伝えたいことへ向かうという決断の後押しになりました。
- FUMIYAさんの違和感は、フォロワー数か再生数かではなく、露出の先に熱量ある関係が残らないことにあった
- いじめの傍観者への怒りが、妊娠・出産という発信の根にあると本人が言語化した
- 高木さんは、すべてを知る妻がいる以上「失うものはない」とリフレーミングした
- 外的動機で動くと見た目は良くなるが自信は削られる、という指摘が対話の核になった
- 本を出すタイミングでSNSを消すことを、既存の成功を手放すアンラーニングとして提案した






