神経細胞25万個のアリは、なぜ賢く見えるのか?
この回は、10月の「科学系ポッドキャストの日」への参加回です。ホストはプラントライフさん、テーマは「におい」で、あきさんはにおいにまつわる生物学の話を用意してきました。
あきさんは冒頭で、とみーさんにクイズを出します。敵味方の識別から交尾までを、すべてにおいでこなしているといわれる生き物は何か、という問題です。
敵味方の識別から交尾までをすべて匂いでこなしていると言われている生物はなーんだ?
アリ。
とみーさんは原稿を見ずに即答し、用意されていた5つのヒントはすべて使われずに終わりました。アリはフェロモンを使ってコミュニケーションしているとされ、においがテーマの回にふさわしい題材だとあきさんは説明します。
あきさんが最初に話したのは、アリの脳の大きさです。アリの脳の神経細胞はわずか25万個ほどで、人間の脳の約860億個と比べると30万分の1ほどしかありません。
ただし、神経細胞25万個という数は、昆虫の中ではかなり大きな部類です。体の大きさに対する脳の割合で見ると、アリは地球上で最も脳が大きい生き物の一つだともいわれています。
さらにアリは、巣の仲間全体、つまりコロニーで見ると、一つの知性を持った生き物のように高度な社会を作り、さまざまな仕事をこなします。あきさんは、コロニーを一つの生き物として見ると、かなり賢い生き物だといえると話しています。
女王アリは群れに命令しない?
アリは地球上で大きく繁栄している昆虫です。地球上のアリを全部集めると、その総重量は人間全体の重量に匹敵するという試算もあるそうです。
あきさんは、コロニーの中心にいる女王アリについて、よくあるイメージを覆します。女王アリはあくまで卵を産む専門の個体で、群れのみんなに命令しているわけではありません。
ただただ、運んできてもらった餌をもらって食べて、卵を産むというような、仕組みの中の一つっていう感じですね。
これを聞いたとみーさんは、漫画『HUNTER×HUNTER』のキメラアント編を思い出して衝撃を受けます。
え?ハンターハンターキメラアント編のあの女王アリからの話は。
嘘ですね。
え?ちょっと私このポッドキャスト始めて以来の衝撃かもしれない。
あきさんは、コロニーを一つの生物として見た場合、女王アリは卵巣や子宮のような役割を担う部分だと例えます。「女王」という名前から中心にいそうに感じますが、実態は仲間を増やすための仕組みの一部だというわけです。
とみーさんは続けて、女王蜂も偉いわけではないのかと尋ねます。あきさんによれば、アリとハチは近い昆虫で、女王蜂も卵を産むための装置といえるそうです。
一方で、アシナガバチの場合は、巣が近くにできると女王蜂同士が戦うことがあり、働き蜂はどちらの女王蜂にも懐いてしまうこともあるといいます。あきさんは、女王蜂のほうが女王アリより個性があるのかもしれないと話しつつ、女王同士が出会うこと自体は少ないと補足しています。
農業するハキリアリ、生きた貯蔵庫のミツツボアリ
あきさんは次に、高度な分業を見せる面白いアリを2種類紹介します。1つ目は中南米にいるハキリアリ ── 中南米に分布するアリの仲間。切り取った葉を巣に運び、それを土台に菌類を育てて食べることで知られていますです。
ハキリアリは、大顎でジャングルの木の葉を切り取り、巣に持ち帰ります。持ち帰った葉は細かく噛み砕かれ、その上で餌になるキノコが栽培されます。あきさんはこれを、人間以外で農業をしている生き物だと紹介しています。
ハキリアリの巣には、体の大きさの違うさまざまなアリがいて、葉を切るアリ、葉を運ぶアリ、葉を運ぶアリを見張るアリがいます。見張り役は「ちゃんと運べ」と監視しているのではなく、運搬中のアリに卵を産みつける寄生性の昆虫を近づけないよう守っているそうです。
2つ目は、オーストラリアの乾燥地帯にいるミツツボアリです。アボリジニの人々が食べるアリでもあり、コロニーの中に糖分の貯蔵だけを担当する個体がいます。
ミツツボアリの貯蔵係は、仲間が運んでくる糖分を口移しで受け取り、お腹にどんどん貯めていきます。天井からぶら下がり、お腹だけがパンパンに膨らんだ姿で蜜を蓄えています。
雨が少なく花がなくなる時期には、この生きた貯蔵庫が仲間に少しずつ蜜を分け与えます。とみーさんは、ミツツボアリが漫画『美味しんぼ』の対決の場面で、アリをつまんで蜜の詰まったお腹を食べる形で登場したことを思い出していました。
フェロモンの発見と、行列を生む「においの道」
ハキリアリやミツツボアリのような複雑な社会で、誰がどの役割を担い、どう連絡を取り合っているのかは、かつて謎でした。その答えが、においによるやりとり、つまりフェロモンです。
フェロモンという言葉は、1959年にドイツの生化学者ペーター・カールソンとスイスの昆虫学者マルティン・リッシャーが名付けました。同じ種の個体同士が体外に放出した化学物質によって、行動や生理状態が変わる現象を指す言葉です。
フェロモンという名前は造語で、ギリシャ語で「運ぶ」を意味するフェレインと、「刺激するもの」を意味するホルモン(ホーモウン)を合わせて作られました。
同じころアメリカでは、のちに「社会生物学の父」と呼ばれる若き昆虫学者エドワード・O・ウィルソンが、アリを使ってこの現象を証明しようとしていました。
ウィルソン博士はアラバマ州出身で、幼少期に片目を失明し、父親を自殺で亡くしています。視力の問題から、遠くの鳥や動物よりも目の前の小さな生き物、特にアリの観察に向かうきっかけになったといわれています。
ウィルソン博士は蟻類学 ── アリを専門に研究する昆虫学の一分野。分類、生態、行動、社会構造などを扱いますの世界的権威となり、生涯で{placeholder}種類以上のアリを新種として発見し、長年ハーバード大学の研究教授を務めました。あきさんによれば、昆虫の中でも特に種類が多いのがアリで、まだ見つかっていない種も多いと考えられています。
ウィルソン博士が注目したのは、餌を見つけたアリが一列の行列で歩く行動でした。誰も声をかけていないのに、なぜアリは迷わず餌場と巣を往復できるのか、という疑問です。
ウィルソン博士は、餌を見つけたアリが巣に戻るときに何かの目印をつけていると考えました。そこでアリを解剖し、腹部にあるデュフォア腺 ── アリやハチの腹部にある分泌腺。種によって道しるべや警報などに使われる化学物質を作りますの中身を筆先につけて、地面に1本の線を引いてみます。
すると、何もない場所に線を引いただけなのに、巣から出てきたアリたちがその線に沿ってゾロゾロと歩き始めました。こうして、アリが道しるべフェロモンを持つことが確かめられました。
道しるべフェロモンの仕組みは、非常に優秀です。フェロモンは時間とともに蒸発して薄れますが、餌が多ければアリが何度も往復し、そのたびに上書きされて道が濃く太くなります。
餌の発見
餌を見つけたアリが巣に戻りながら、においの線を残す
道の強化
餌が多いと多くのアリが往復し、フェロモンが上書きされて道が濃く太くなる
餌の枯渇
餌がなくなると、その道を歩くアリがいなくなる
道の消失
フェロモンが蒸発し、道は自然に消えていく
この仕組みでは、餌がなくなれば誰もその道を歩かなくなり、フェロモンが蒸発して道が自然に消えます。アリは、においを使って効率よく餌場へたどり着いているのです。
警報、女王の統制、仲間の識別まで「においで統治」
道しるべ以外にも、アリはさまざまなフェロモンを使い分けています。巣が外敵に襲われたときは、兵隊アリの一部が大顎の付け根にある腺から警報フェロモンを一気に放出します。
警報フェロモンを感知した仲間は、すぐに興奮状態に入り攻撃態勢をとります。逆に危険から離れる行動をとるアリもいます。あきさんは、人間なら「危ない」「敵だ」と叫ぶ場面で、アリは化学物質の非常ベルを鳴らしていると説明しています。
女王アリも、体から特有の女王フェロモンを出し続けています。巣の中のアリはほぼすべてメスで、オスは交尾の時期にだけ現れます。
働きアリもメスですが、女王フェロモンを嗅ぐと卵巣の発達が抑えられます。そのため働きアリは自分では卵を産まず、女王への餌運び、外での採餌、戦い、幼虫や蛹の世話を続けます。
種類によっては、女王が死んで女王フェロモンが行き渡らなくなると、働きアリの卵巣が発達し始め、新しい女王が現れることもあります。あきさんはこの仕組みを、アリは匂いで統治していると表現しました。
アリは、仲間と敵もにおいで見分けています。体の表面を覆うクチクラ炭化水素 ── 昆虫の体表を覆うロウ状の油分。乾燥を防ぐ役割に加え、種やコロニーを見分ける化学的な目印として働きますの組成がコロニーごとに微妙に違い、それが合言葉の役割を果たしています。
| 種類 | 出どころ | 働き |
|---|---|---|
| 道しるべフェロモン | 腹部のデュフォア腺 | 餌場と巣を結ぶ道を示す |
| 警報フェロモン | 大顎の付け根の腺 | 仲間を攻撃態勢にしたり、危険から離したりする |
| 女王フェロモン | 女王アリの体 | 働きアリの卵巣の発達を抑える |
| 体表のにおい | クチクラ炭化水素 | 同じコロニーの仲間かどうかを見分ける |
アリは、同じ種類でも別のにおいがする相手を「違う家のアリ」とみなし、すぐに攻撃します。逆にいえば、このにおいを真似できれば、他の巣にも潜り込めてしまいます。
実際、昆虫やムカデ、クモの仲間には、アリのにおいを真似したり体になすりつけたりして、「私は家族です」となりすまし、巣に入り込むものがいます。
シジミチョウの仲間のクロシジミは、幼虫時代をアリの巣の中で過ごします。クロシジミの幼虫は体から甘い蜜を出してアリに与え、アリを誘引するか、攪乱するか、仲間と思わせるような匂いを出しているようです。ただし、その詳しい仕組みは正確にはわかっていないといいます。
クロシジミの幼虫は、アリに巣の中へ運ばせると、そこで蜜を与えながらアリが運ぶ餌を食べて育ち、成虫になります。とみーさんは、この戦略を「攪乱みたい」と受け止めていました。
アリを騙して巣に住む虫はとても多く、種類もまだまだいると考えられています。アリは強力な武力を持つため巣の中は外敵から安全で、餌も仲間が豊富に運んでくるので、居候には非常においしい環境なのです。
アリは音でも喋る?村上貴弘先生の「アリ語」研究
人間は声や身振り手振りで情報を伝えますが、アリはフェロモンで仲間とやりとりしていると考えられてきました。ところが最近は、アリの通信手段がにおいだけだという見方が揺らぎ始めています。
アリの中には、足をこすり合わせるなどして音や振動を出し、言葉を喋るようにやりとりする種類がいることがわかってきました。この研究を進めているのが、岡山理科大学の村上貴弘先生です。
村上先生は中南米のハキリアリなどを研究するなかで、アリが音を出していることに気づきました。小型の録音装置でアリの音を精密に録音し、電子顕微鏡で発声器官の構造を調べています。
さらに村上先生は、フェロモンを封じたり、音声だけを封じたりした個体群がそれぞれどう行動するかを実験で観察しています。その結果、アリは状況によって明らかに違う音を使い分けていることが見えてきました。
「キキキキキ」のような音を出す
「ギュンギュン」のような音を出す
アリの音や振動は、実際に仲間の行動を変えているらしいこともわかっています。土に埋もれたアリが音を出すと、それを感知した仲間が掘り出してくれることがあり、警戒態勢に入ったときに出す音もあるようです。
あきさんは、村上先生の研究への没頭ぶりを示すエピソードも紹介しました。ある晩、寝ぼけていた村上先生は、娘さんに話しかけられて「キュキュキュキュキュ」と答えてしまったそうです。
娘さんから、「お父さんアリ語喋ってるよ」という風に言われたということがあるみたいです。
村上先生の研究は、『アリ先生、おしゃべりなアリの世界をのぞく』という本にまとめられています。とみーさんは、その前の著作として『アリ語で寝言を言いました』もあると紹介しました。
あきさんによれば、新しい『アリ先生、おしゃべりなアリの世界をのぞく』のほうが内容がまとまっていて、最新の研究も入っているようです。あきさんは、シジュウカラの言葉を研究する鈴木俊貴先生の『僕には鳥の言葉がわかる』と並んでいたこの本を書店で見つけたといいます。
とみーさんによると、『僕には鳥の言葉がわかる』は今も鳥類学のベストセラー1位です。あきさんは、村上先生の本もそれに負けず劣らず面白いと勧め、アリは音でも喋っているかもしれないという話で回を締めくくりました。
まとめ
アリの脳は人間の30万分の1ほどしかありませんが、コロニー全体ではフェロモンという化学の言語を使い、農業や貯蔵、防衛、繁殖の統制までこなす高度な社会を作っています。さらに近年は、においに加えて音や振動でも会話している可能性が見えてきました。
- アリの神経細胞は約25万個と人間よりはるかに少ないが、昆虫では最大級で、コロニー全体では一つの知性のように振る舞う
- 女王アリは命令役ではなく、卵を産むための仕組みの一部
- ウィルソン博士はデュフォア腺の実験で、においの線がアリの行列を生むことを示した
- 道しるべ、警報、女王による統制、仲間の識別はいずれもにおいで行われ、居候昆虫はそのにおいを真似て巣に入り込む
- 村上貴弘先生の研究から、アリが状況に応じて音を使い分け、仲間の行動を変えている可能性がわかってきた





